おいタルタル、追ってくるな   作:飲み会後の味噌汁

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月代を切り離した者の覚悟

side 神里綾華

 

 

 

 

エレーナが一心浄土に引き込まれてから、少し経った頃 -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの話している声が聞こえる...そう遠くない場所で話している声が聞こえます。

 

「腑抜けていた姫様を木漏茶屋まで運ぶのは難儀だった。何せ、呼びかけても呻くばかりで仕様のなかったからな。屍と見違える所だった。」

 

「お、おいダイン言い過ぎだぞ!」

 

...(わたくし)は、何をしていたのでしょうか。恩人であるエレーナさんを幕府軍の待機していたあの神像の前まで誘導して、そのあと...その後は?(わたくし)は将軍様に斬られて、いや違う。(わたくし)はエレーナさんにまた助けられて...。

 

「フンッ、ようやく事態を飲み込めたようだな。」

 

「綾華、気分はどう?どこか痛むところとかはない?」

 

旅人さんとパイモンさん?どうしてここにいらっしゃるのですか。(わたくし)は貴女方に申し出を断られた筈ではなかったのですか。

 

「その、ちょっとややこしくて。端折って言うと、ここにいる...」

 

「俺のことは話さなくていい。実に不愉快だ。」

 

パイモンさんと旅人さんがいらっしゃるのは、まだ理解出来ます。しかし、貴方はどなたでしょうか。少なくとも(わたくし)からお見かけしたことはないようですが。それに不愉快とはどういう意味でしょうか。まだ会ったこともないお方に不快感をお与えるような手品は、神里流にはございません。精々、ここでその口を上下に別つことくらいしか出来ません。

 

「ちょ、綾華も落ち着いて。ね?ダインもそこまで詰めなくてもいいなじゃないの。」

 

「そうだぞ!まぁ、こんな状況じゃあちょっと気持ちが沈むのもわかるけどさぁ...。でも、綾華だって頑張ってるんだぞ!稲妻の皆んなに聞いていく中でそれは十分分かったことだろ!」

 

パイモンさん。その、皆さんに聞いたとはどういうことですか。

 

「あ、しまった。」

 

「はぁ、パイモン?」

 

「違うんだ旅人ぉ〜!オイラだって気を付けてたけど、けど...皆んな綾華のこと、褒めちぎってたから。つい...。」

 

...(わたくし)を、誰が?

 

「いい加減、現実の話をするとしよう。」

 

...っ、(わたくし)は貴方についてまだ何も紹介されていません。どこの誰とも分からぬ無法者に傾ける耳など持ち合わせておりません。(わたくし)は社奉行の人間として、白鷺の姫君として民を守り、導く責務があります。

 

「俺と旅人たちはこの目で稲妻の現状を見てきたが、それは既に事態がある程度収まった後のことだ。件の魔物たちによる各地の乱が起こった時のことは、当事者であるお前の口から聞くのが早いだろう。」

 

暗に話せと言っているのでしょう。であれば是非もありません。元より(わたくし)に拒否権などありませんが。

 

と言っても、そこまで難しい話でもないのです。唐突に魔物が活性化して稲妻を蝕んだ...それだけのことなのです。それだけならまだ対処のしようがありましたが、それまでに行われていた目狩りによって臣民の抵抗力が弱まっていたのと、肝心の将軍様の行方が知れなくなったのがいけなかった。戦力と在るべき指導者を同時に失った臣民が感じた絶望は計り知れません。

 

「...。」

 

これまでの(わたくし)は愛されてきたのだと思います。

蝶よ花よと煽てられてその鼻柱を天へと伸ばしていた。

 

私が周りの方々にそう言うと、決まって否定し、代わりに(わたくし)の全てを肯定します。

そんなことはないと言って私を励ますのです。『貴女は十分以上に我々の役に立ってくださっている』というのです。それが(わたくし)の目には酷く醜いものであるかのように見えてしまいます。

 

無論、その方々が醜い人間であると言いたいのではありません。むしろ逆であるとすら感じています。

醜いと感じているのは、(わたくし)自身の心です。

他者からの賞賛を偽りだと誤認してしまうようになった私は、いつしか自分を信じることすら出来なくなりました。お母様が遺してくれた(わたくし)への数々の言葉は、今や(わたくし)をこの世に繋ぎ止めている唯一の契りであり、それなくして(わたくし)がこの家に、神里家に居座り続ける資格はないように思えてしまうのです。

 

最初は、ほんの些細な思い事でした。自分なりに邁進する日々の中、(わたくし)は本当に人々のために、役に立てているのかと疑問に感じました。こう思うに至った理由は特になく、人間であれば誰しも感じる希薄な不安のようなものでした。お兄様がいてくれなければ、神里家はとうの昔にその権威を地の底に落としてしまっていたでしょうし、トーマがいなければ(わたくし)は『友』の存在を知らない愚か者のままでしかなかったでしょう。

 

彼らが居てくれるからこその私なのです。

---いえ、彼らだけではありません。社奉行が稲妻に生ける人々を律してるように、人々によって(わたくし)も生かされている、生きる意義をもらっているのです。

 

しかし、そんな意義はもはやありません。

 

稲妻各地で起こった魔物による大乱は、まるで嘲笑うかのように人々の領域を踏み荒らしていきました。そこらに生っているスミレウリは更に濃い赤色に染まってしまい、本来の紫色をしたものはここ最近は見ることが出来ていません。

 

 

 

深淵(アビス)の魔物

 

 

 

---人類はそれらを()()呼びます。

 

歪な姿形を取り、その巨躯を以ってあらゆるものを吹き飛ばす。それは悪夢のような光景であり、同時にある種の神話体系の一種であるようにも見えました。

あまりの理不尽さゆえに、(わたくし)はこのこれらの惨劇をとある神からの試練なのだと錯覚しました。...いえ、白状すると、そう信じたかっただけなのです。

その時、(わたくし)の目の前で起こっている蹂躙劇が、(わたくし)の尽力を鼻で一笑に伏せるかのように人々を殺していくのが耐えられなかったのです。

それまで人々に感謝されていた(わたくし)という虚像が、災厄によってその皮を剥がされてしまうのが嫌だったのです。自分はこんなにも醜かったのかと思いたくなかった、向き合いたくなかったのです。

 

断っておきたいのですが、(わたくし)は決して他者の不幸を見て愉悦を感じることはありません。それはこの刀と雷神様に誓います。ただ同時に、(わたくし)は災厄を止めることの出来ない未熟者であるという事実を、皆さんの命で代えて知らしめられたことが苦痛だったのです。これまで先人たちが積み上げてきた塵諸共、稲妻の平穏を汚されていくのを見ているだけなど、耐えられなかったのです。

 

()()もそうなのではないですか。(わたくし)は貴方の来歴も素性も存じませんが、その眼差しを見て、さぞ苦労をされてきたことは分かります。

そして、貴方はエレーナさんを助けることを選んだ。それは単に大事な家族であるのと同時に、何もしない自分の存在を認めたくなかったからではないですか。

 

「...家族などではない。」

 

え?

 

「俺と彼女は・・・そうだな、ただ似たような境遇に陥っただ同士であるというだけだ。俺と彼女の間に血縁関係などない。」

 

そうでしょうか。すみません、つい先走って勘違いをしてしまって。

しかし、全てが(わたくし)の思い違いであるとも思えません。

貴方が彼女を語る時のお顔は...その表情はとても穏やかなものでした。少なくとも、ただの冒険者仲間の方に向けるような表情ではないと思います。そう言う(わたくし)も早くに両親を亡くしてしまっていますので、あまり知ったようなことは言えません。ですが、(わたくし)が何故貴方に協力するのかの証明にはなったと思います。

 

これは、(わたくし)がエレーナさんを信頼している証であり、(わたくし)に課せられた義務であるとも言えます。唐突な出会い方でしたが、(わたくし)が彼女に命を救われたと言うのは明確な事実であり、その後にお互いの承認の下に協力体制を敷いたことも本当のことです。(わたくし)はこれ以上傍観者でいるのは嫌なのです。目の前で、(わたくし)とそう年も大きく変わらない()が自分を庇って逝くことなど、それを見ているだけなど言語道断です。

 

(わたくし)は戦います。これまでのような社奉行の白鷺姫としてではなく、一人の神里綾華として刀を握るのです。(わたくし)がお兄様との稽古中に授かったこの『神の目』は、今この時にこそ使うべきなのです。

 

「それがお前の覚悟か。随分と若い姫だと聞いてはいたが、心配は無用だったようだな。ただ未だに解せないこともある。何故そこまで彼女に執着する。今のお前の説明で、お前自身に後悔の念があることは理解した。その重圧堪らぬ立場ゆえ、今回の稲妻の災厄を屠ることに意義を見出していることは実に結構だ。だが、それと彼女は直接の関係がない。いやむしろ部外者であるとすら言える。そんな小娘に命を掛ける価値があるのか。」

 

先ほど語った理由では弱いということですか。

 

「弱い、とまでは言うまい。だが足りん。お前は彼女に二度も命を救われたのと同時に、それを口実に半ば無理矢理協定を結ばされたそうだな。そもそも、それを抜きにしても彼女は異邦人、つまりは不法入国者だろう。秩序の瓦解した国であるとはいえ、一国を支える公的機関の重鎮が罪人の肩を持つのはいくらなんでもリスクが大きすぎる。不自然極まりない。お前の誠実さを以ってしても塗り替えられぬ程にな。」

 

「疑問はそれだけではない。---貴様、雷神からの勅命でエレーナを城下町へと連れ出したのだろう?彼女が雷神と敵対すると理解しておきながら、それを拒否しなかったわけだ。もっと分かりやすく言ってやろう。貴様はアイツを売った。そんな小娘が、今度は売られたアイツのために命を張るなどと言っても、ただ己の良心の呵責に耐えられなくなった自己保身の極みだと言わざるを得ない。...このようなことは貴様自信がよく知っていることだろう。」

 

「俺は、アイツが稲妻に転移...上陸する直前まで言葉を交わしていた。その時点で既にアイツは傷だらけで、立っていることすら出来ない状態だった。アイツは直後に姿を眩まし...かと思えばこうして見知らぬ地で誰とも知らぬ者のために躍起になって、殺されそうになっていた。その元凶の片棒を継いだ貴様が、なぜ、今更彼女を救うなどと世迷言を吐ける。」

 

...。

 

「答えろ。何がお前をそこまで駆り立てる。なぜ、最近会ったばかりの他人のためにそこまで命を張ろうと啖呵を切れる。」

 

...あの方は、あの()は優しい子です。

 

「何?」

 

初めて会った時のことを今でも思い出します。

後先のことを考えずにファデュイとの取引に応じようとした(わたくし)は、彼らの都合でその場で鏖殺されそうになりました。その時に助けてくれたのがエレーナさんです。その時の彼女は既にボロボロで、体にはいくつもの傷があり肌は血で滲んでいました。瘡蓋と泥の境すら見分けがつかない程に汚れていた彼女は、側から見れば物語に出てくる死徒の類にすら見えたでしょう。と言っても、彼女のお顔と体をはっきりと見ることが出来たのは、敵を掃討し終わり、纏っていた黒い霧のようなものを脱した後のことでしたが。敵を屠った後、彼女はどこか安心した顔をした後に(わたくし)を見ながらこう言ったのです。あやか、と。信じ難いことですが確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おかしな話だ。稲妻は鎖国体制を貫いていた、そしてお前の顔と名前も諸外国で見聞きする機会などそうない筈だろう。エレーナが港の門所で社奉行の人間からお前のことを聞いたとしても、死に体で意識もあやふやな状態で初対面の人間を意識するなど現実的ではない。...聞き間違いではないのか。」

 

そう仰るのも理解できます。しかし、彼女は確かにそう言ったのです。(わたくし)の名を、確かに。

 

「...。」

 

自分が死にそうな状態にあると言うのに、他人を助けることの出来る人間などそういません。まして、あんなにも()()()()()で名を呼ばれるとも思っていませんでした。それに、彼女は(わたくし)に憎まれ口を叩いていましたが、実際に実力行使に出ることはありませんでした。初めて会った時から、(わたくし)が明確な敵意を持って城下町を誘導していた時も、あの瞬間も...最後まで(わたくし)という愚か者を守ってくれたのです。(わたくし)はそれに報いたい。ただそれだけなのです。しかし、言葉でどのように取り繕おうとも信頼を得られるとは思っておりません。(わたくし)が既に彼女を裏切った者であり、貴方にとっての仇敵そのものです。

 

「では、どうする。」

 

「こうします。」

 

傍らに置いていた脇差を鞘から抜き、構える。

己の背後に揺れいてるであろう一房の白髪の束を根っこから掴んでから、携えた刀身でその根を刈り取った。

さり、と言う細やかな音が頭髪の離脱を知らせてくれた。髪を掴んだままの左手を前に持ってきて見ると、そこには立派に伸びた白鷺の髪束が有った。少女として美麗さを保つことなど捨てる。

 

これより先は、(わたくし)にとっての命は髪の毛などではない。無論、(わたくし)の命でもない。(わたくし)にとっての命は彼女そのものであり、(わたくし)は彼女の命のために戦うのです。既に命を救われた身でありながら、(わたくし)は白鷺の姫としての、社奉行の人間としての矜持を優先した。将軍様の命であるからと己を騙し、拐かした。これらは私の自害を以ってしても贖いきれない罪であり、恩人である彼女の一助となることでも洗いきれない過ちである。そんなことはわかっていますが...それでも、それでも!

 

 

「不貞腐れて何も行動しないのは、もう嫌なのです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side ダインスレイヴ

 

 

 

 

ーーようやく目付きが変わったか。手の掛かるお嬢様だ。自慢の髪を切る思い切りの良さには感服したが、覚悟を決めたと言うことか。

 

「これは(わたくし)の我儘です。神里家の人間であることに縛られ、己自身の願いを蔑ろにして他者の命を危険に晒した。故にこそ、(わたくし)は社奉行の人間としてではなく、神里綾華としてエレーナさんを助けに行くのです。...断髪は、その誓いです。」

 

「髪を捨てたからと言って何かが変わるわけでもあるまい。肝心なのは行動だ。貴様がエレーナにしでかした仕打ちをどう介錯するつもりだ。」

 

(わたくし)が許されることはありません。」

 

「...何?」

 

大層な顔付きになったと思ったが、まさか死ぬつもりか此奴は。

 

(わたくし)が犯した罪が消えることはないのです。たとえ法がそれを断ずることがなくとも、後悔の念は永遠に私の胸中に居座り続ける。それに、(わたくし)自身が許されることを望むことを許していません。(わたくし)はこの身を引き裂かれようとも刀を離しません。社奉行としての義務であると自分に嘘を吐き、誰かを拐かすような真似など致しません。今後、誰かにこれまでの過去を糾弾されようとも、それを拒否しません。」

 

「たとえ、この行いが讃頌されることがなくてもか?」

 

「はい」

 

「この戦いの後、罪人を匿った愚か者として民草から石を投げられるとしてもか。」

 

「それでも。いえ、だからこそ行くのです。」

 

「ここに腑抜けた醜女はもういません。神里綾華は恩人に仇を返してしまった罪を贖罪し、その方の安らぎを掴み取るために邁進して参ります。」

 

その気迫をもっと早く取り戻してもらいたいと言いたくなったが、流石に自重して沈黙を選ぶ。ここで追撃すればパイモンから煩い小言を大声で喚かれてしまうかもしれないからな。

 

「で、でも...どうやってエレーナを助けるんだ?確か雷電将軍は一心浄土っていう空間にいて、誰も入れないようになってるんだろ?」

 

「...基本的にはそうだろうな。だが何事にも例外はある。」

 

「エレーナさんがそうだと言うことですか?」

 

「...詳しくは言わん。だが一心浄土が雷神の力の産物である場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少なくとも、限られた時間を使って俺一人が助けに入るくらいは出来る筈だ。」

 

「それってエレーナが出鱈目に強いから?」

 

旅人が疑問を投げてきた。当然の質問だが、異邦人であるお前にそれを言われては少し心臓に悪いな。

 

「違う。確かにアイツの強さは鮮烈だが、それが雷神の空間に傷を付ける理由にはならん。」

 

「じゃあ、何を根拠に?」

 

...旅人(お前)もしつこいものだ。

 

「狐の宮司に聞いた。これ以上は言えん。」

 

「宮司って、八重神子のことか?」

 

これ以上深掘りをされても困る。俺が稲妻にいる目的はエレーナの救出だけだ。余計な交流を増やす必要など...ない。

 

「さて、今度こそあの時の話をする時だ、エレーナ。」

 

「...やっぱお前(ダイン)ってエレーナのお父さんって感じの顔をしてるぞ。って、いはいいはい(痛い痛い)おえん(ごめん)ってぇ〜!!」

 

「...ふふっ。ほら、やっぱり大切なんじゃないですか。」

 

...解せない。




これは完全に余談なんですが

フリンズのPVが流れるたびに「こんにちは 」って挨拶を交わしてくるコウモリ男が頭をよぎるようになってしまいました

誰か責任を取ってください
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