おいタルタル、追ってくるな   作:飲み会後の味噌汁

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「ありゃあ、もう戻れないだろうな。生前葬の準備をしておいた方がよさそうだ。」


忌まわしき過去 - 消化不良 -

side エレーナ

 

 

 

 

 

最近、自分の体のことが分からなくなってきた。

窓の外で降り(しき)る雪の粒にすらも嫌悪感を抱くようになり、賑やかな子供たちの声を煩わしく感じてしまうのだ。

些細なことで憂鬱になる。

 

自分の癇癪のせいで家族を傷つけたくない一心で、最近は弟たちの世話も最低限に留めるようにしている。

もう何週間もオーブン用の厚手袋を着けていないし、包丁も握っていない。

だって、子供たちに危害を加えるなんてあってはならないから。

 

「エレーナ、最近あんまり眠れていないのか?」

「兄さん。」

 

あどけない声がして顔を上げると、ハイライトのない少年の瞳が立っていた。

 

 

(アヤックス)の瞳は濁っていた。

 

 

何度見たか分からない彼の瞳は、見るたびに私を不安にさせる。

その瞳を見ていると深みに連れ込まれそうになる。

 

「目の下とか、凄い(くま)じゃないか!」

「......心配しないでください、少し寝不足で疲れてるだけですから。」

 

嘘を吐いた。

 

大丈夫なんかじゃないけれど、家族の前では空元気(からげんき)を振るうしかない。

虚勢を張る自分に、失望と落胆を覚えてしまう。

私はこんなにも弱かったのか。

 

「エレーナはしっかりしてるけど、一人で抱え込む癖があるからね。何かあったら兄ちゃんに言うんだぞ?」

「ええ、そうさせてもらいます。」

 

「抱え込むな」などと、どの口が言っているのだろうか。

抱え込んでいるのは兄さんの方ではないか?

 

深淵の奥底でどんな修行を積んだのか知らないが、禍々しい深淵(アビス)の気配を漂わせている貴方の方が、よっぽど他人に言えない秘密を抱えているだろうに。

 

思えば、失踪する前までは(ただ)の優しい兄だった。

 

ちょっとそそっかしいし、(たま)に悪戯をして父さんに叱られることもあったけど、兄妹には甘々だった。

そのせいか、テウセルはずっと兄さんにくっついていた程だ。

 

わんぱくだけども、それが取り柄な普通の少年。

それがアヤックスだった筈なのだ。

 

けれど、そんな彼の内側に得体の知れない力が入り込んだ。

それが深淵(アビス)だ。

深淵(アビス)はアヤックスという人間の運命を捻じ曲げるだけでなく、どうしてか私の肉体をも蝕んでいった。

 

しかも奇妙なことに、深淵(アビス)の力の影響を受けているのは私だけだった。

他の家族(みんな)は普通に過ごしていた。

 

つまり、私だけが勝手に苦しんでいるのだ。

当時は疎外感のようなものを感じたのを覚えている。

 

物心ついて間もない頃は、「この世界に馴染めずとも、この家の中でなら私も認めてもらえるのでは」と思った。

でも、兄に歪さを視たあの瞬間から、そんな期待も潰えた。

 

 

 

きっと、私だけが壊れていく。

 

 

 

そんな私の懸念に応えるように、元々脆かった私の体は、坂のてっぺんから転げ落ちていくように、驚くべき速度で悪化していった。

 

食事は喉を通らない。

全身が痒くて眠れない。

やる気も次第に失せていく。

 

兄さんの帰還を無邪気に喜ぶ弟たちを尻目に、私だけが兄さんの(いびつ)さに恐怖し、震えている。

父さんたちでさえ、彼の内に潜む不気味な力が深淵(アビス)のものだなんてことは知らないだろう。

 

 

 

私だけだ。

私だけが知っているのだ。

 

 

 

 

けれど、何も出来ない。

私は衰弱していく己の肉体と共に朽ちていくのを待つだけ。

 

 

 

...なんだ、それは。

なんてみじめなんだ。

 

 

 

転生を果たした主人公(わたし)は、前世の知識を使って無双するんじゃないのか。

 

前世での過ちを幼き内に理解し、他者よりも早く成熟して、飛び級で学園を卒業するんじゃないのか。

 

世界中を飛び回るような冒険譚を楽しめるんじゃないのか。

 

 

 

 

いや、そんな馬鹿みたいな欲求を抱くつもりはない。

 

せめて、この苦しみを誰かと共有したかった。

 

私だけが弱い体で生まれて、変な知識があるせいで敵だけが増えていく。

挙句の果てに、外に飛び出した拍子に死にかける始末だ。

 

生きたいと願っただけで人を殺して。

その次は自分の意思で人を殺した。

殺して。

殺して。

殺し尽くした。

 

殺したくもないのに、罪のない多くの人間を殺した。

その結果、ほんの少しの人間を救った。

被害者の遺灰は燃え尽きて吹雪に溶けて消え、残ったのは後悔の念だけだった。

 

「じゃあおやすみ、エレーナ。」

 

子供らしさを残している兄さんの笑顔が、私にとっては眩しかった。

正面から(ちゃんと)見るのが辛い。

 

「はい、おやすみなさい。」

 

その日の夜、家族が寝静まった頃に家を出た。

身軽さを確保するために多くの私物は置いて行った。

 

心なしか、荷物の他にも大切なものを置いて行った気がしたけれど、それらからは目を背けた。

まるで、盲目という言葉の定義を再認識させられたような気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪の中をひた走る。

 

家を出てからどれくらい経っただろう。

もしかするとまだ数分しか経っていないかもしれないし、数時間は経過しているかもしれない。

 

そんなことを考えたところで、今の私に時間(それ)を知る術はない。

 

時間を知りたいのであれば時計を見ればいいのだが、残念なことに時計は自宅に置いてきてしまった。

時間が分かった所で大して意味がないからだ。

 

今の私に出来るのは()()の目線を掻い潜って走り抜けること。

そして、木々の影に隠れてやり過ごすことくらいだ。

 

「クソッ!あの餓鬼(がき)どこに隠れやがった!?」

「吹雪でよく見えんな。どこかの洞穴にても隠れたのかもしれん、こうなったらくまなく探すぞ! 『散兵』様の怒りに触れるなんて死んでもゴメンだからなッ!」

「そんなの言われなくても分かってる!」

 

ファデュイの怒鳴り声が聞こえる。

焦っているのか少し声が上擦っている。

『散兵』の部下が猛吹雪の中で私を捕まえようと躍起になっているなんて、何とも奇怪な光景だ。

 

「『散兵』も来ているのかな......? だとしたら随分と豪華なパーソナリティだね。」

 

我ながら人気者になったものだ。

人気のあまり殺されそうになっているというのは少し頂けないが。

 

「はぁっ......うぐ、もう......走れない。」

 

貧弱な体に鞭を打って走ったからか、私の足腰は限界を訴えていた。

 

吹雪が痛い。

手足の先の感覚はもうない。

このまま吹雪の中を動き続けたら凍死してしまう。

 

だが、こんな所で足踏みしていては追手に見つかってしまう。

そうなれば間違いなく死ぬ。

無惨に引き裂かれて終わりだ。

 

「進むしか、ない!」

 

どちらにしても死ぬのであれば、少しでも生き永らえる方を選ぶ。

私は寒さで震える膝を叩いて走り出した。

 

踏みしめている固い雪の感覚が靴越しに伝わる。

今転んでしまえば、固い雪の地面に顔を打ち付けることになる。

故に足元に気を配る必要がありそうだが、今の私にそんな余裕はない。

 

ただ前だけを見ながら進む。

 

「寒い....っ!」

 

しばらく進んでいると、さらに吹雪の勢いが増してきた。

それに伴って、辺りに積もっている雪山たちの身長も随分と高くなっているような気がした。

 

雪山たちが「お前は逃げられないぞ」と私を唆している気さえする。

これは幻覚や幻聴だろう。

或いは、私の心情(こころ)吐露(とろ)だろうか。

 

「なんだか、よく分からない場所に連れていかれてる気がする。」

 

どんどんと人気のない場所へと進む。

視界は白く染まり、やがて曖昧になる。

次第に五感はまともに機能しなくなっていた。

 

ごおごおと鳴く吹雪の音以外、何も聞こえない。

世界にひとりぼっちになったみたいだ。

 

だが、そんな静寂の世界に突如として異音が届く。

それはどこか()()()()()のように聞こえた。

私は気になって音の方を向く。

 

その瞬間、右腕が()()()()()()を訴えた。

 

()っ!?」

 

右腕に冷たい風が突進してきたような感覚が走る。

いつも以上に冷気が痛い。

 

「え....?」

「グルルッ......!」

 

少し先に視線を見ると、そこには狼のような魔物がいた。

()()は地面に足を付かずに宙に浮遊しながら、私を睨んでいる。

 

私はこの獣を見たことがあった。

 

雪すらも染め上げそうな燻んだ黒の毛皮に、鉄の牙を持ち、あらゆる生物と敵対する怪物。

たとえ暗闇でなくともその眼光の輝きを獲物に知らしめる世界の癌。

 

寒さと痛みで冷めた頭を必死に回し、この獣の名前を記憶の棚から引っ張り出した。

 

「『獣域ハウンド』......ッ!?」

 

それはテイワット全土を荒らした無法者。

とある魔女によって生み出されたとされる忌みもの。

 

狼のような見た目をしているが、その獰猛さは普通の狼のそれを遥かに凌駕する。

人間を見つけたのなら容赦無く襲って殺す。

魔物に出会ったのならその獰猛さを衝突させて争いの芽を作り出す。

 

まさに百害あって一理なしの存在だ。

 

狼の魔物(ハウンド)は口の中に()()()()()()()()()()()()()()()()、はぐはぐと忙しそうに咀嚼している。

 

()()()......? え、え?」

 

どうして狼の魔物(ハウンド)が私の腕を咥えているのか考えたくなかった。

だが、そんな意思とは関係なく反射的に目線を己の腕へと向けてしまう。

 

私の肘先から伸びている筈の()()()()()()()()()()()

吹き荒れる吹雪の粒が、剥き出しになった骨と肉を冷やしている。

さっき感じた痛い程の冷気は、私の肉が吹雪の冷たさに打たれているが故に起こったものだったのだ。

 

その時初めて、この狼の魔物(ハウンド)に己の腕を食われたと理解した。

 

 

 

「ァッ〜〜〜〜〜!!??」

 

 

 

呆けていた脳の神経が、痛覚から激痛を享受して歓喜の悲鳴を上げ始める。

突然湧いて出たような凄まじい痛みが脳を焼き、それは在らん限りの慟哭や涙となって流れ出す。

思わず声にならない叫びが出る。

 

「いだ....痛い! 熱い...!」

 

狼の魔物(ハウンド)はブルブルと頭を左右に振り、付着した獲物(私の腕の断面)の血液を吹き飛ばす。

やがて咥えていた私の腕を完全に口内に収め、咀嚼し、飲み込んだ。

 

魔物の喉元が膨らんでいき、やがて腹に収まっていく。

 

「わ、私の腕、返してぇ......。」

 

返して。

それは私のだから。

 

それがないと何もできないの。

妹を撫でることが出来なくなる。

抱きしめ返すことも出来なくなってしまう。

 

それだけじゃない。

料理してると片手は塞がっちゃうから、もう片方の空いてる手を使わないといけないの。

 

だから、返して。

取らないで。

これ以上、私から体の自由を取らないで!

 

 

 

「返せッ!」

 

 

 

狼の魔物(ハウンド)を焼き払うため、神の目から炎を顕現させた。

食われずに残った左手を突き出し、掌の先から火炎が放射されるイメージを描く。

 

だが、私の炎が吹くよりも先に敵が動いた。

狼の魔物(ハウンド)が私の左半身に噛み付いたのだ。

 

「ガァウッ!」

「あぁっ!?」

 

左肩に鋭い痛みが走る。

黒ずんだ獣の牙が筋繊維をぷちぷちと突き破っているのがわかる。

私のような幼子の肉体は脆くて解けやすいのだろう。

まるで妹の縫った拙いマフラーよりも(ぎょ)しやすく、嚙みちぎりやすいのだろう。

 

(いだ)い! (いた)いから離してよぉっ!?」

 

まるで私の方が炎に焼かれているようだった。

太い牙がまるで針のようにぶすりと肉を突き、千切っていく。

ビチビチと肉たちが乖離していく音が聞こえる。

 

私は、人間の肉が物理的に引きちぎられていく音なんて聞いたことなかった。

こんなにも鈍い音が鳴るなんて知らなかった。

 

痛いのはもう嫌だからと必死に懇願するけれど、狼の魔物(ハウンド)は捕食を続ける。

その牙は骨へと達した。

こりこりといい音がする。

 

「ほ、骨まで食べないで......!」

「グルルッ......!」

「ぐぅあぁッ......この、燃えろ!!!

 

痛みを振り払う為に必死に炎を燃え上がらせた。

自分を巻き込まないようにとか、そんな細かいコントロールは捨て置いた。

私はめちゃくちゃに大きな炎を吹かした。

 

私と魔物の視界が陽炎で埋めつくされる。

 

「ゴアァァァァッ!?」

「焼けろ! 焼けろっ! 燃えて()くなれ......!」

 

己の肌ごと魔物を調理する。

段々と黒い焦げの痕を付けていく魔物の外殻は、やがて煤けた灰となって雪のキャンバスを黒く染め上げていく。

 

「な、なにこれ。」

 

ふと、煤けた魔物とは異なる()()()()()()()()()()()()ことに気が付いた。

 

「私に深淵(アビス)を浴びせるつもり......ッ!?」

 

身体が崩れゆくこの獣が、朽ちゆく肉体に巣食う深淵(アビス)を撒き散らし始めたのだと分かった。

この魔物はたとえ死ぬことになろうとも私を苦しめたいらしい。

 

あっという間に深淵(アビス)の瘴気が充満し、私を抱き込んでくる。

 

 

「しっっっっつこい!!!」

「グアァァァ......ッ」

 

狼と私は下手なタップダンスを踊るかのように危なっかしい足取りでもつれ合う。

 

「離れて、離せ......っ!?」

 

痛みよりも魔物への不快さが勝り始めた時、唐突に足が虚空を踏んだ。

 

抜け穴(クレバス)だった。

 

雪の多い土地ではこのような自然の落とし穴が存在するのだが、こんな時に嵌るだなんて聞いていない。

 

なんて運がないのだろう。

 

「きゃっ!?」

 

抜け穴(クレバス)に嵌った体は重力に従って落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? なぁ、あっちの方でなんかデカい音がしなかったか?」

「ん、そうか? 俺には聞こえなかったが...」

「じゃあ気のせいか......クソッ! こんな吹雪じゃまともに音を聞き取ることも出来やしねぇな。」

「全くだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は真っ逆さまに落下した。

そして、やがては見知らぬ洞窟に不時着した。

 

「痛いっ。」

 

凸凹(でこぼこ)とした地面が痛い。

寒さのあまり硬くなった肌に岩肌が食い込んでくる。

泥や砂で薄汚れた雪の塊が私の体中に付着していて、どうしようもなく不快だった。

 

暫くすると、落下の衝撃で忘れていた腕の痛みが再び到来した。

アドレナリンでは誤魔化せない程の凄まじい激痛が走り、呻く。

 

「ッ〜〜っつぅぅ!!! うぅぅぅああああぁぁ!? 」

 

汚い洞窟の地べたで、のたうち回ることしか出来ない。

髪が乱れて肌が傷付いてくが、そんなことは心底どうでも良かった。

今は命の危機にある。

多少身体が汚れた所で気に止まらない。

 

「こんなとこでッ、死にたくないっ......!」

 

まずは右腕の血を止めなければならない。

けど、私にそんな止血術はない。

止血のやり方なんてわからない。

そもそも痛みで意識が飛びそうだ。

 

仮に止血の方法を知っていたとしても、止血に必要となる清潔な布がない。

着ている衣服を破こうにも、体が震えてそんな力技は出来そうにない。

 

でも血は止めないと死ぬ。

間違いなく死ぬ。

 

残された手段は傷口の()()しかない。

 

「どうか、人を殺すこと以外にも役立ってよね、この『神の目』(ガラクタ)!」

 

決死の覚悟で『神の目』に祈る。

もしこれが神からの贈り物であるのなら、私のことを見ているに違いない。

私という敬虔な信徒の願いを聞き入れてくれ!

 

激しい炎は必要ない。

生み出すのは燃え上がるような業火などではなく、小さな熱でなくてはならない。

 

捺印(なついん)をするように、傷口にゆっくりと熱をあてるのだ。

これは傷を塞ぐための『炎の印鑑』だ。

 

己の傷口に力を集中させるイメージを浮かべる。

次第に仄かな熱が私の千切れた腕の根本(ねもと)へと集まっていく。

 

 

 

 

じゅ

 

 

 

 

「〜〜〜〜っがぁ!?」

 

 

気が飛びそうになるのを必死に堪える。

 

間違いなく、今生における最大級の痛み。

激痛に悶えるも、根性で何とか踏ん張る。

思いっ切り奥歯を噛み合わせて意識を繋ぎ止めようと足掻く。

ただ歯を食いしばるだけでは心許なかったから、左腕にある服の袖に噛み付いた。

 

「ぐむっ〜〜〜〜!!!」

 

あまりの痛みに大声が出る。

 

玉汗が額から顎先にかけて伝って地面へと落ちていく。

地面の土色がじわじわと褪せ色へと染まっていくのを見ていた。

 

別に、自分の汗が地面に染みこんでいく様が面白かったのではない。

ただ痛みから気を逸せるのならなんでもよかっただけだ。

 

「...フーッ! フゥーー....!」

 

数十秒の格闘を経て傷口が塞がれてきたのか、痛みが少しだけ和らいだ。

腕の出血は止まったが、鈍い痛みと肉体の疲労は残ったままだ。

むしろ無理をしたせいで悪化している気さえする。

 

「はぁ、はぁ......ゲホッ!」

 

吐き気が止まらない。

一回の呼吸の後に三回ほどの嗚咽を漏らす。

 

「......まだ全身が痛い。お腹もすいた......それになんだか寒い。」

 

貧弱なわたしの体では荷物を抱えながら走るのも現実的ではなかったため、非常食も必要最低限しか持ってきていない。

家族に気取られるのを防ぐために深夜帯に家を出たことが裏目に出てしまった。

 

とはいえ、クソ不味い携帯食はある。

それを食べるとしよう。

 

「何も食べないよりはマシか、あのクソ不味い乾パンでも..........あれ?」

 

そう言いながらポッケの中を弄るが、いつまで経っても非常食の袋の手触りを感じられない。

嫌な予感がする。

何度も服のあらゆる穴を確認するが、やはり空を切るだけだった。

 

「嘘、うそ......嘘ッ!?」

 

食べ物を、失くしたのか?

 

「どこかで落とした、のかな。何それ、笑えないんだけど。なんでこんな時に限ってそんなくだらないミスを......。」

 

苛立ちのあまり汚い言葉が出る。

 

「な、何か食べるもの。なんでもいい、食べ物.........!」

 

このままでは餓死してしまう。

この暗く冷たい洞窟の中で孤独死を迎えるなんて、まっぴらゴメンだ。

 

重たい体を引きづるようにして洞窟の奥へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい歩いただろう。

もう二時間は洞窟の中を彷徨っている気がする。

 

誰もいない孤独な世界を放浪している内に、焼いて塞いだ右腕の断面からまた血が流れ出てきた。

 

中途半端にしか止血できていないからだろうか。

或いは、私の肉体が栄養失調に陥っているせいで、細胞の維持が出来なくなっただけかもしれないな。

 

現実離れした大怪我を前に、私はそれをどこか他人事のように見ていた。

 

ただでさえ浅い呼吸音と己の意識が薄れていくのを感じながら、私は洞窟で生き物を探し回っていた。

 

ふと、足元に何かが当たった。

急に足下に現れるものだから、思わず()けるところだったが、何とか姿勢を保つ。

 

「......動物の死骸かな。けど、暗くてよく見えないな。」

 

自分の足元にあるモノを見ようと視線を下げたが、何も見えない。

 

(あか)りもないし、どうしよう......。」

 

ここでは何も見えない。

灯台どころか陽の光すら届かないこの洞窟は暗闇しかない。

 

ここまで進んで来れたのも、洞窟の壁に手を付いて壁伝いで歩いてきたからだ。

決して、自分の目で進路を判断出来ていたわけではない。

 

足元にいる何かを確かめるため、膝を折って屈む。

左手の指で()()の感触を感じる。

 

「柔らかい。」

 

この柔らかさからして、『何かの生き物』であることは明白だ。

少なくとも、鉱石や人工物の類ではない。

 

「何の動物? 熊か何かかな。そうじゃなくても、大きな哺乳類だろうけど。」

 

手の先にある生き物を、雪国に生きる動物か何かだと結論付ける。

そもそも、動物の種類なんていちいち覚えていないのだが。

 

もしかすると、イタチ(もど)きかもしれないし、それ以外の何かかもしれないのだが、そんな真偽(しんぎ)はどうでも良かった。

 

私が求めているのは食料だ。

それ以外でもそれ以下でもない。

食べられればいい。

食べられなければ意味がない。

 

「生きるために食べなきゃ......。」

 

大抵のものは焼けば食べられるようになるだろう。

毒を持つ動物だっているかもしれないが、我儘を言っている場合ではない。

 

「でも、私の腕の時みたいに表面だけ焼くんじゃダメか。もっと、ちゃんとした火力で加熱しないと......。」

 

止血した時よりも大きな元素力を込める。

神の目が振動する。

 

左手を目の前の動物のような何かへと(かざ)して、炎がこの動物の体の中で発生するように、静かに爆発させた。

 

ボゴっとグロテスクな音と共に肉が焼ける醜悪な臭いが漂い始める。

香辛料などつけていないし、灰汁(あく)抜きもしていないから、それはもう物凄くキツイ臭いだった。

あまりにも臭かったから、考えなしに焼いた目の前の血肉が意思を持って私を拒否しているかのように感じた。

 

「ぐっ!? なんて臭い! でも選り好みしてる余裕はないッ......。」

 

懐からサバイバルナイフを取り出して獲物の肉を切る。

 

火を通したからか、或いは極寒の猛吹雪にでもあたられたのか......肉はとても硬かった。

急激な温度変化によってタンパクが凝固したのだろう。

まるで堅牢な鉄を相手しているかのようだった。

 

「切り(にく)いっ......!」

 

何度もナイフの刃を前後させて肉の筋繊維を捩じ切っていく。

初めて台所で包丁を握った幼子のように、ギコギコと刃をねじ込ませる。

まるでゴムを切っているような感覚だった。

 

「硬かったけどなんとか切れた、かな。暗くてよく分からないけど......。」

 

探るようにして左手を暗闇の中を泳がせた後、辛うじて摘まむことが出来た肉の切れ端を取って、勢いのまま口の中に放り込んだ。

 

その肉は想像を絶するような弾力を持っており、噛み切れなかった。

噛んでも噛んでも、肉が細かくなる気配はない。

 

「ぐぎぃ....硬っい! クソッ!」

 

しぶとい獣肉を奥歯で噛み切ろうとするが、肉の繊維を伸ばすだけに終わる。

 

残っている左手でナイフを手に取り、口の中にある肉に突き刺して無理やり繊維を切る。

中から生き物の液体が溢れ出て口のへと溜まっていく。

 

その液体は凄まじい悪臭と鉄の味がした。

 

「ぐぶっ、グゥゥ...!」

 

嘔吐しそうになる。

だが、喉をグッと締めて我慢する。

 

洞窟の奥にあった大事な食料なんだ。

無駄にしたら勿体無い。

次に食事にあり付けるのはいつになるか分からないのだから、たとえ不味くても胃に入れるべきだ。

 

乾き切った喉を開門して硬い肉を流し込む。

まるで風邪をひいている時に、腫れている喉に刺激物を流し込んだような異物感だった。

 

「なんて酷い味ッ。」

 

肉が醸し出す血の臭いを嗅いでいる時、何故か既視感があった。

 

加えて、噛み切れない程の弾力を持つ肉を噛んでいる時、とてつもない生理的嫌悪を抱いた。

 

なんだか心がざわついたのだけれど、私はその違和感を無視した。

私はただ、生き延びるために動物の血肉を食らった。

 

それだけのことだ。

その筈だ。

 

けれど、肉を食べた時の感触が脳に刻み込まれて離れない。

あの時、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「もう食べたくないけど、後で餓死するのはもっと嫌! 無理にでも腹に入れなきゃっ。」

 

私は冷えたせいで更に硬くなった謎の肉を、時間を掛けてゆっくりと腹に入れた。

 

 

 

 

やはり味は酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、地上では何が起きているのだろう?

 

時計はないので時間は把握できない。

 

洞窟には一筋の陽光も差さない。

 

故に、正確な時間帯を知る術がない。

 

私に許されたのは、洞窟の壁に沿って歩くことだけだった。

最初は神の目を使って炎を燈して、明かりの代わりにしようと思った。

 

けれど、悪戯に力を使って体力を消耗するのが恐くて使えなかった。

 

結局、私は一寸先すらも見えない暗闇を放浪することになった。

 

風通しの悪い洞窟は嫌な湿り気を帯びていて、呼吸すら憚れる。

 

「まずい、またお腹空いてきたかも......。」

 

空腹に襲われるたび、()()()()()()()()()()()()()()()()()を焼いて食べた。

ただ加熱して硬くなっただけの無機質な肉を腹に入れるだけの食事は、次第に私から活力を奪っているように感じた。

 

体調は悪化の一途を辿っている。

まともな装備もなく、食事は不快の塊でしかない。

そんな状況下で、魔物に右腕を引きちぎられた子供が元気でいられるわけがない。

 

むしろ、これまで生きて来れたのが奇跡とも言える。

 

「食べないと、死んじゃう。でもクソ不味いッ....!」

 

 

 

 

 

歩いて

 

腹が空いて

 

転がっている生き物を焼いて、食って

 

歩いて

 

腹が空いて

 

また、そこらのナニかを焼いて食べる

 

 

 

 

 

この繰り返し。

 

まるで螺旋を歩かされているような気さえする。

「ここは異界で、私は人類未踏の大地の奥底を歩いているのでは?」などと馬鹿げた思考に頭を支配されてしまいそうになる。

 

ずっと一人で同じことを繰り返している内に、自分は化け物にでもなってしまうのではと不安になり、その不安から目を逸らすために肉を食う。

 

生に執着し、向上心から目を背ける。

惰性を極めて、それに疑問すら抱かない。

 

こんなのは獣と変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、これまで進んできた道を引き返すことにした。

 

体感では五日(いつか)くらい洞窟の中を彷徨っていた気がするが、正確なことは分からない。

 

それでも、かなりの時間が経過していることだけは分かる。

 

私は「日を跨いでいればファデュイの追手はいなくなっているかもしれない」と、そんな淡い可能性に期待することにした。

 

念の為、洞窟の中で食べた謎肉の残りを持っていくことにした。

 

そもそも、この洞窟の出口まで辿り着けるか分からないし、最初は気が付かなかった分かれ道に迷い込む可能性もある。

そんな時に食料がなかったら一環の終わりだろう。

 

「風の音が聞こえる。もうすぐ出口が近いんだ......!」

 

ようやく暗闇から脱出できるかもしれない。

喜びに胸が躍る。

 

つけ上げる頬の口角を抑えながら歩みを進め、出口へと向かう。

 

命を凍らせる凍土の風の音すらも愛おしく感じる。

それくらい、洞窟の暗闇から離れたかったのだ。

 

「風が強いッ。」

 

出口が近いからか突風が襲う。

加えて、恐らく外では未だに吹雪が吹いているだろう。

故に、顔を防御するために、洞窟探検の道中で拾ったぼろい板を(つば)代わりにするように顔に付ける。

まるで屋台で買ったお面を半分だけ翳すかのようにしたのだ

 

「ようやくだ! で、出口だッ!」

 

左手に持った肉を引きずりつつ、外の世界へと足を踏み入れた。

ようやく陰鬱とした洞窟から出られた。

 

 

 

 

 

 

 

目を凝らす。

視線の先で久方ぶりの外界から私を歓迎しているのは、吹雪の音だけではなかった。

 

「...............は?」

 

そこには『散兵』がいた。

 

思わぬ珍客に言葉を失う。

和服の短パン姿で佇む彼の姿は、極寒の冬景色の上では酷く浮いている。

その執行官のお出迎え(サプライズ)は、それだけで私を動揺させるのに十分過ぎた。

 

「(なんで彼がここにいるの!? 大きな音を立てたわけじゃないし、神の目を使って派手な炎を打ち上げたわけでもない。居場所を特定されるような真似は極力避けた筈だったのに......!)」

 

崖の上から奈落に突き落とされた気分だった。

このままでは私は捕まってしまう。

きっとリンチに合って、最後には殺されるかもしれない。

 

だが、妙なことに『散兵』がいつまで経っても私へと肉薄することはない。

 

大きな笠の下から覗いている少年の顔は強張っており、まるで信じられないものを見るかのように目を見開いていた。

 

「君、()()は何だ。」

「え?」

 

吹雪でよく聞こえなかったので、思わず聞き返す。

聞き返されたことに苛立ったのか、『散兵』は般若(はんにゃ)のような表情で叫び始めた。

 

「その手に持っているものは何だ、その口元の血の痕は? 地下で何をしていたっ。」

 

『散兵』が私の左手を見ながら言う。

彼の視線を追って自分の左手を見る。

正確には、()()()()()()()を見た。

 

それは動物の肉ではなかった。

 

強いて言うなれば人肉(じんにく)(たぐい)

 

人の形をした生物が、人の形を保ったまま歪な色合いに染まってしまった肉。

 

黒ずんだ表皮に包まれたその肉は、断面から濃い赤色の血を垂れ流している。

その肉は()()()()()()()()()()()

 

 

 

()()()()()()()()を好む人間なんて、ファデュイでも見たことないよ。」

「何を、言って......?」

 

 

衝撃のあまり世界の音が遠ざかっていく。

自分が何を持っているのか理解したくないし、『散兵』が言っていることの意味を理解したくない。

 

いつの間にか、『散兵』の背後から彼の部下と思われるファデュイが息を切らしながらこちらへと向かってきていたが、そんなことなどどうでもよかった。

 

「『散兵』様! ここに()られたのですね。てっきりご帰還なさったものかと......って、うわ!? な、なんだコイツ!?」

 

ファデュイの奴らが私を指差しながら顔を青くする。

 

「な、なんで()()()なんて持って......!?」

「あの娘、血だらけじゃねぇか。つか、頭に被ってる()()はなんだ?」

「ありゃあヒルチャールの仮面じゃないか? えらく血だらけで汚れてるようだが。悪趣味なもんだ。」

 

彼らが言ったことを受けて、ふと自分の頭を触ってみる。

右腕はもう無いので、肉を持っている左腕を使って(つば)代わりに被っていたぼろ板を外して、改めてその容貌を見た。

 

その板の中心にはひし形模様のシンボルが刻まれている。

上部には一対の角があり、小柄な人間の顔くらいの大きさをしていて、顔を隠すのにぴったりだ。

 

これはヒルチャールがよく被っている仮面に似ているなと、そう思った。

 

「な、なにこれ。なんでヒルチャールの肉が、仮面があるの。なんで私がこれを持っているの?」

 

 

眩暈がする。

 

 

「おい、何をぶつくさ言っていやがる! 俺たちは『散兵』様と『道化』様の(めい)でお前を連行しなくちゃいけないんだ! 何があったかは知らんが、一緒に来てもらうぞッ!」

 

 

「いや、」

 

 

私が、洞窟の中で刃を突き立てていたのは?

 

 

「やだ......。」

 

 

私が一生懸命食べていた肉は?

ただの動物の肉だと思っていたあれらは?

 

 

「いや」

 

 

拒否しようと思う度に洞窟での出来事が鮮明に甦ってくる。

考えたくないのに、自覚したくないのに、嫌な記憶が思い出されていく。

 

 

視界の端から黒い何がが染み出して来る。

 

 

その『黒い何か』は私の肉体から出ているようだった。

 

さっきまで私を見て(さげす)みの言葉を紡いでいた人たちは、黒い何かに覆われている。

なんだか苦しそうだ。

 

「『散兵』様! たすけぶぐ

「や、やめろぉ! こっちに来るなぁ!?」

ごぼっ....

 

悲痛な叫びと共にファデュイの兵たちが黒い霧に飲まれていく。

 

私よりも大きな人間が、まるで赤子のように捻られていく様はとても恐ろしいものだったが、それを傍観している私の方が余程悍ましい何かであるように思えた。

 

彼らは水に溺れまいとするように四肢をジタバタと動かしている。

なんだか滑稽だった。

 

その様子に呆気に取られていると、腹部に鈍い痛みが走る。

 

「ぐぁっ!?」

 

『散兵』に蹴られたのだと理解したのはそのすぐ後だった。

私の身体がボールみたいに飛んでいく。

 

「ゲホッ、ゲホッ......!」

「とんだ厄ネタだね。」

 

平坦な声で彼は話し始めた。

 

「どうして『雄鶏』が君に目を掛けていたのか腑に落ちなかったけれど、ようやく合点(がてん)がいったよ。そりゃ、こんなにも濃密な深淵(アビス)の力を蓄えた奴を放っておくことなんてしないよね。」

 

彼の冷たい目が私を見つめる。

悪戯をしでかした子供を叱る親とは違う、愛の欠片も感じさせない瞳。

冷めた瞳。

そこには『散兵』の残虐さがありありと浮かんでいた。

 

圧倒的な強者から向けられる殺意が肌を刺しているような感じがして、思わず震え上がる。

 

「いたい......痛いよ。なんでこんなことするの? 私、貴方に何かしたわけじゃないのに。」

「へぇ。まさかこの状況で見逃せとでも言いたいのかい? 随分と面の皮が厚いようだね。」

 

『散兵』は私を見下している。

喜劇役者か、或いは歌舞伎役者のように大げさな身振りで私を小馬鹿にしている。

 

深淵(アビス)の死臭を纏う人間を放置する方が面倒だ。だから君はここで殺す。ああ、因みに拒否権はないけど......ね!」

「ぐぅ!?」

 

また腹を蹴られた。

 

いつぞやのようにファデュイの金槌で吹き飛ばされた時とは桁違いの威力だ。

執行官の蹴りは、私の胃の中の内容物を撒き散らせた。

 

吐瀉物を撒き散らしながら雪の上を転がっていく。

視界がぐるぐると回転して平衡感覚が保てない。

それでも確かに見えるものがあった。

 

ファデュイたちを飲み込んだ黒い霧だ。

 

これは一体なんなのだろうか。

私の身体から漏れ出ている黒い(これ)が、深淵(アビス)なのだろうか。

 

私は深淵(アビス)という存在から遠ざかりたいのに、どうして私から深淵(アビス)が発現しているのか。

 

「しぶといな............人間の子どもにしては、だが。」

「ひっ!?」

 

『散兵』がゆっくり近付いてくる。

 

恐い。

 

整った顔が冷たく私を見つけてくるのが、とても恐く感じる。

あと何回ふっとばされればいいんだろうか。

 

私はそんなに多くを望んだのか?

 

私は欲張りだったのか?

 

ただ、平穏が欲しかっただけなのに。

 

むしろ奪われてばかりじゃあないか。

 

「......返してよ。」

「なんだって?」

「返してって言ってるの!」

 

なんだってこんな目に遭わなければならないのか分からない。

だって、私は悪いことをしたわけじゃない。

 

ただの興味本位だった。

兄さんが落ちたという深淵(しんえん)とやらに行けば、私の虚弱体質も治るんじゃないかって思っただけ。

 

少しだけ外に出ただけで、誰かを傷つけるつもりなんてなかったのに。

誰とも分からないファデュイの男に殺されかけて、私はその人を殺した。

そのせいで追われる身になった。

 

だからその後も殺し続けた。

恐らくは何の罪もないであろう人たちを私情で殺した。

 

苦しいながらも安寧に包まれた日々は、ただ苦しいだけになってしまった。

 

「私だって人殺しなんてしたくなかった! こんな弱い身体でなんて生まれたくなかった! こんな......人殺しをなんとも思わない国になんて居たくなかった!!」

 

この理不尽さを『身から出た錆』などと言うのであれば、この世界は死者という名の錆だらけになっている筈じゃあないか。

 

「元に戻して! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 私がもと居た世界の......」

 

 

「喧しい。」

「ぐ ぁ    ?」

 

 

 

 

ぐしゃ

 

 

 

 

あ、れ。

今、何をされたの。

腕、腕いたい......痛いよ。

右。

右腕がいた、痛い。

痛い。

 

あ、そうか。

塞がりきっていない右腕の断面ごと、思い切り踏まれたんだ。

 

「~~~~~~~~~ーーーーーッ、ッ!!! ッいぁ.......。」

「痛みで言葉すら失ったか。惨めだね。」

 

痛い、痛すぎる。

 

前世でも、今生でも、こんな激痛は初めてだった。

 

痛いなぁ。

熱いなぁ。

 

顔が涙と汗と血と鼻水でぐちゃぐちゃぐちゃに、ぐちゃぐちゃに、母さん、父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い太陽が私を見下ろして来る!

いや、あれは白く眩い海の中の太陽だよ!

きっと人間の輝かしい功績だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツァーリ・ベールイよ!

ツァーリ・ベールイよ!

どうしてあなたは屈したのだ!

まさかとは思うが、キッチェヴ(ここ)で果てることがあなたの本懐だったのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ暗闇さんがやって来たぁこわいこわいこわいみんなでやっつけようおにく!

お肉だよ、お肉!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが手を振ってくれているよ!!!!!!

金髪の誰かが王様と一緒に国を豊かにしてくれるって!!!!!!!!

やったね!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない記憶が流れ込んで来る。

 

頭が割れれれれれれ.......。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまで

 

 

 

知らない声がした。

 

 

 

それ以上は見ちゃだめ。

 

 

 

だめ、だめ?

さっきまで私の頭に流れていた映像は見ちゃダメなの?

 

 

 

うん。だめ。

 

 

 

「あぁ.......ぁ。」

「なんなんだ、急に静かになって。」

 

『散兵』が何かを言っているようだったが、私にはよく聞こえない。

代わりに、誰かの柔らかい声だけが響く。

 

 

 

『かえりたい』.......それが君の最初の望みなんだね

 

 

 

私の胸元から覚えのない眩い光が発されている。

白い雪よりも輝かしいその光は、私だけを包み込んでいく。

 

「この輝き、深淵(アビス)とはまた別の力か......いずれにせよ、面倒な奴に介入されたのは間違いなさそうだ。」

 

『散兵』が何かを言っているようだったが、私にはよく聞こえなかった。

やがてその光は輝きを増していき、私の意識を刈り取っていく。

 

 

 

意識が完全に消失する直前、視界の隅にセシリアの花が咲いているのが見えた。

 

 

 

 




いつも長くなってしまい申し訳ありません。
我慢して全部読んでください。
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