毎日書いては修正を繰り返しております。
だがモチベだけはあるので書き続けるです。
胡桃は璃月に拠点を構える葬儀屋、"往生堂"の七十七代目堂主である。
彼女は時折、葬儀屋とは思えないほど思い切った施策を取ることがあり、その度に璃月の人間を驚かせている。
だが、胡桃が往生堂の堂主になってからの経営状況は上昇傾向にあり、その手腕の高さが窺える。
また、葬儀の腕も見事なものである。彼女は、齢にして十三歳という幼さで親しい肉親との離別を突きつけられ、剰えその葬儀を自らが執り行うこととなった。側から見ればあまりに残酷で、無慈悲で、見てもいられないほどの現実に映っただろう。
しかし、当時の彼女の心境は対して穏やかであった。その手際の良さと厳格な面持ちを目撃した多くの客卿は、誰もが彼女への印象を好転させたという。
自由奔放で周りを振り回し、落ち着かない。
その上、その独特な死生観から、一部の人間から反感を買うこともある胡桃だが、葬儀に関する一切を執り行う際のその姿には、誰もが認める程の威厳と死への尊重があったのだ。
ただ、人間は未熟な時期があるもので、彼女にもそのような時期があった。
とは言っても、他の子供達のように微笑ましいような無邪気さがあったかと言われれば少し迷う。彼女は齢三つの頃に逆立ちで有名著書を読んだり、齢六つの頃に学校をサボり棺桶で居眠りしたり、齢八つの頃に堂に篭って葬儀についての研究を行ったりと、中々に異質さを際立たせるような幼少時代を送っているのだ。
ただ、そんな彼女が唯一と言ってもいいほど衝動的だった時がある。それは、彼女の祖父である往生堂七十五代目堂主が逝去した時だった。祖父にとても懐いていた胡桃は、唐突に訪れた別れを受け入れられず祖父を求めて暗い森の中を彷徨った。
まだあの人に会えるのではないか少なくとも、遠くへ逝ってしまう前に、一目会いたい。会って言葉を交わしたい。
そんな淡い期待を胸に、彼女は『境界』へと赴いた。無妄の丘の奥地にある『境界』....そこは往生堂の先祖たちが代々管理してきた秘密の場所であり、生と死の境界線であるらしい。胡桃は実に二日間かけてその境界に辿り着き、件の祖父の魂を探し始めた。
しかし、探せど探せど彼と思わしき魂を見つけることは出来なかった。境界にはかなりの数の『魂』が跋扈しているが、そのどれもが祖父とは似ても似つかない者ばかり.....。結局一日待ち続けたが待ち人は来ず、気づけば夜になっていた。いつの間にか周囲にいた魂たちが胡桃を嘲笑う。
『バカな娘だな。あの爺さんがこんな場所に来るわけないだろう?待つだけ無駄だ、無駄!』
胡桃はその声を無視し、それから何日も待ち続けた。用意していた非常食が底を尽きても、雨が降ろうと、霧が掛かろうと、待ち続けた。
経過した日数が幾許か分からぬほどに胡桃が疲弊した頃、魂とはまた違った、不思議な気配が境界でと向かってくるのがわかった。
それは酷く静かな靴音で、本当に鳴っているのかと疑ってしまう程に軽やか...いや、軽やかというよりも潜んでいるという表現の方がしっくりくるが、ともかくとても静かな足音だった。
少しずつ足音がこちらへ近づいてくる。しかしそれはあくまで感覚で感じ取っているだけに過ぎない。
近づいてくるとはなんとなく感じ取れるが、
『.....人?』
胡桃はそこで、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に出会った。
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そこは璃月の民でも滅多に訪れぬ秘境。或いは、全ての璃月の民がいずれ訪れることになる場所。少なくとも、生を謳歌している者が来るべきではないこの彼岸は、信じられぬほどの数の魂で覆われる魔境でもあり、少なくとも常人が気軽に近づいてはいけない場所だった。
そんな場所に、奇怪な褪せ人が一人、立ち寄った。小さな背丈に長い髪、ボロボロの布切れのような衣服に血と泥で汚れたであろう双剣の柄と鞘。漂う気配は常人のそれとは大きく異なり、かなり褪せている。およそ人が発しているものとは思えない程の瘴気が漂っており、その雰囲気は境界にいた魂たちをも震え上がらせるには十分過ぎる深淵を纏っていた。
辺りが騒めき始める。木々がミシミシと悲鳴を上げ始め、そこらにいた鳥たちはすぐさま空へと飛び立った。ただのミントが稲妻の血石華に見える。そこらに生えている群草たちが、黄泉へと誘う血濡れた花々に見えるような錯覚に陥る。
ここに居続けるということは、目の前の存在に屠られて死ぬのと同義であり、詰まるところ彼女のいるこの場所こそが黄泉の世界なのだとすら感じた。
『何、してるの?こんな寂れた山奥で。それとも自殺志望者か何か?』
彼女が、胡桃に声をかけた。
『.....っ誰?』
不意にかけられた声に反応し、胡桃は顔を上げて返事をした。胡桃の目に訪問者の姿が映る。夕暮れの実ような、鮮やかな赤茶色の長髪が風に靡いて輝く。その輝きはこの世のものとは思えぬほどに煌びやかで、心垢のカケラもない気配を匂わせる。自然と顔に目が映る。胡桃はその瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えることになった。
夕暮の実のような鮮やかな髪?
煌びやか?
それは、おかしい。先程までこの少女は悍ましい死臭と殺気を撒き散らしていた筈だが、今この瞬間はそんな様子は全く見られない。気のせいだったのか、はたまた先程まで物騒な気配を漂わせていた存在は目の前の少女とはそもそも別人であるということなのか。
まるで、何かに化かされたような感覚ではないか。言葉に変換しようのない、奇妙な現象。それは一人の子どもが恐怖で竦むには十分過ぎるものだった。
しかし、胡桃はそこらの童とは異なり、凄まじい胆力を持つ子供だった。また、往生堂の人間であることから、生死に対して正しい認識を持っている。肉親との死別を受け入れられずにこうして境界までやってきた胡桃ではあるが、その実、祖父が死したという事実は正しく認識しているのだ。
死というものはいずれ誰しもが迎える経過であり、終局。故に、極端に恐れるようなものではないと理解している。だからこそ、胡桃は臆せず少女に会話の糸口を投げかけた。
『どうしてここにいるの?ここは彼岸との境界線なんだよ.....?普通の人間が入ってきて良いような場所じゃない....。』
すると...それまで物言わぬ骸のようだった来訪者は、ゆっくりと視線を胡桃に向けるような動きを見せると、
『それは貴女もでしょ?見る限り持ってきた物資もとうの昔に尽きてるみたいだね。相当無計画で先を見通せないタチなのかな。』
『っ...。』
間髪入れずに彼女は胡桃にそう切り返してきた。初対面だというのに、なんとも遠慮のない横柄な態度で、相対する者を不快にしかねないような物言いだった。声は枯れている上に声量もそこまで大きくないから、聞き取るのもやっとであり、先程感じた不快な態度も相まって交流する気概を削がれかねない。
まるで幼い子供に何かを諭すような口調とも取れた。口調こそ冷たく突き放つようなものであるが、話の内容自体は至って普通で安否に関するものだ。
だが、幼い胡桃にとってそれはとてつもなく屈辱的で看過できないことであった。胡桃は基本的のそのような稚拙な悪意は意にもせず何ともない顔で流せるのだが、心情が酷く荒れている現状の彼女は柄にもなく声を荒げて反論しようとした。顔を凄ませて声を張り上げる。
『わ、私は....!』
『私とは違うって?ハッ.....同じだよ。
少女はまたも機嫌が悪いそうな横柄な態度でそう吐き捨てる。彼女が言うには胡桃のように死者との死別を受け入れられず、このような『境界』に足を運ぶような者は愚か者であり、軽蔑する対象であるらしい。
事実今も少女は胡桃を仇のように睨んでおり、胡桃はたじろいだ。何故この少女は自分を目の敵にしているような態度をとるのだろうか。いや、そもそもがこういう性格なのか?そんな考えを巡らせる胡桃を置いてけぼりにして、今度は少女の方から喋り出した。
『貴女も解ってるんでしょ。お爺さんは帰ってこないって。』
『...っ!?』
『そんなに驚かなくても。さっきまでそこら中の人たちに聞いて回ってたでしょ?喚き散らしながら、大声で。』
あんなに声量出てたら嫌でも聞こえるよ、と彼女は言った。少女はゆらりゆらりと胡桃の方へと近づいてくる。それまでは境界に漂う濃い霧の影響で少女の顔がはっきり見えなかったが、距離が縮まったことで顔が少し見えるようになった。しかし、その瞬間胡桃は驚愕することになる。
背丈は小さく声も幼い印象を受けさせることから、恐らく胡桃とそう変わらない年齢であることは想像に難くない筈だが、少女の悍ましい姿がその認識を歪めている。少女の頬はかなり痩けており、子ども特有の水々しさを全て置いてきたような雑巾のような感触をしていた。体力も残りわずかなのか、足取りもおぼつかないようだ。
また、腰に下げた鞄のようなものが見えるが、よく見ればそれは鞄ではなく刃物を収めるための鞘であると分かる。しかし、肝心の武器が見当たらない。妙に思った胡桃は少女の手元に目線を配る.....すると、少女の手元に薄汚れた何かが握られているのが見えた。それは淡い輝きを放ちながら新たな血を求めて飢えていた。
それこそが、その双剣こそが腰元の鞘に収まるべき武器の正体だった。泥に塗れていたために、それが武器であると認識するのが遅れたのだ。泥と血と雨に濡れたその様相は、この世の人間とは思えぬ程に恐ろしいものだった。そんな少女に対し、胡桃は思わずデリカシーのない言葉をかけてしまう。
『....君、鏡見たことある?』
『は?何、喧嘩売ってるの。貴女こそ今の顔を鏡で見てみたら?すごい顔してるよ。』
『.......多分、誰よりも疲れた顔をしてるよ。
まるで死人のような青ざめた顔。境界にいる魂たちの方が幾分かマシなのではと考えてしまうほどの蒼白っぷりは、胡桃を驚愕させた。本当に生きているのかを疑いたくなる。これでは、これまで葬儀で見てきた遺体とそう違わない、ただの屍だ。
目の前の少女は一体何者なのだろう、どこから来て、何が目的でどうやってここまで来たのだろうと、ぐるぐるとあらゆる疑問が胡桃の脳内を永久螺旋状になって巡る。幼い少女がボロ布のような様相になるほどの過酷な物事が何処かで起き、目の前の少女に降りかかったのだと想像した胡桃は、無意識に親近感を抱いてしまった。思わず会話を続ける。
『ねぇ、そういう貴女はどうしてここに来たの?』
『......別に。特に理由なんてものはない。ただ暇を潰すために歩いていて、気付いたらここにいただけ。』
少女は何食わぬ顔でそう言ってのける。しかし、幾分か時が経過して頭が冷えてきた胡桃は、従来の聡明さで持ってして少女違和感を看破した。明らかに嘘を吐いている。頑なに事情を話そうとはしない少女は、顔を逸らして追及から逃れようとしているようだが、多くの人間の感情を見てきた胡桃にとっては隠していないのと同義だった。
尤も、このような傷だらけの姿で現れておいて「暇を潰していた」というのは明らかな嘘であると見抜くのは胡桃でなくとも容易いのだが。
少女の人間性を感じた胡桃は、それまで向けられていた嫌悪感や圧力に対する恐怖をまるで感じなくなり、彼女本来の調子を取り戻した。彼女も感情を持つ人間であって意思の疎通は十分に出来る。これまで亡者しかいないこの場所で長く過ごした胡桃にとっては、他の誰かと会話が出来ると言うだけでかなりの助けになるらしかった。尤も、本人はそれを自覚してはいないようだが。
『じゃあさ、ちょっとお話ししない?ほら、せっかくこうして出会うことができたんだしさ。ね?』
胡桃は少女にそう言うと、自身が座っていた岩のスペースを少しだけ空けて、ここに座れと言わんばかりに隣の岩肌をバンバンと叩いた。
こちらの有無を言わさぬ圧が伝わったのか、少女は溜息をつきながらもゆっくりと岩に腰掛けた。その動作は驚くほどゆっくりで、初めは年老いた老婆のようだと感じたが、次第にその見解は適切ではないと気付く。
初めてはっきりと少女の顔と身体を至近距離で見つめる。顔には焼き傷や擦り傷が蜘蛛の巣のように夥しく刻まれており、その端正で可愛らしいであろう顔を醜い醜女へと変貌させていた。胸元には服の上から大きく刻まれたバツ印の斬撃の痕。足元の腱には血が滲んだ痕跡もあった。
ゆっくりと座ったのは、とてつもない疲労に加えて足の腱を切られたからか。
そう思い至った胡桃は先程までの自身の浅慮さを恥じた。茶化す余地などない。
この少女は文字通り命からがら此処へと辿り着いたのだろう。でなければ全身に負った負傷とこの疲弊具合に説明がつかない。
明らかに何か異様な厄介事の気配がする。ただ転んだとか、冒険者がヒルチャールと戦ったとか、そんなチンケな出来事では絶対に発生しないであろう大怪我は、事の異常性をヒシヒシと伝えてくれていた。
しかし胡桃はあえてそこには踏み込まずに経過を見守ることにした。少女本人が言及しない以上、それに言及することは最適ではないと判断したのだ。
『.....。』
『.....。』
お互いに沈黙を貫く。胡桃は何かを話そうとするが、少女の容体が気掛かりで迂闊な話題を振れない。一方の少女は特に気に留めることもなく、ただいつも通りするように静かに佇んでいた。
ただの沈黙でも人間によってここまで差異が出るのは興味深く、変わり者にとってはこの状況がいつまで続くか見届けようとするだろうが、胡桃はこの気まずい空気を良しとする人間ではなかったようで、苦しみながらもなんとか話題を絞り出して語りかける。
『.....ご趣味は!?』
『...。』
少女は応えない。あくまでも沈黙を貫くようだ。胡桃は話しかけたのに無視されたことで、羞恥と少々の苛立ちを覚えた。子どもゆえに感情を上手く嚙み締められない。頬が膨れる。
『裁縫と、絵本を読むこと。』
唐突に少女が応えた。
『へぇ〜......え?』
胡桃は予想だにしなかった答えに動揺する。突拍子もなく意味不明な問いかけだったにも関わらず答えが返ってきたことも驚きではあるのだが、何よりもその内容が随分と等身大で可愛らしかった。
少女の血生臭く悲惨な容姿を目の当たりにした直後にこのような答えが返ってくるとは夢にも思わなかった胡桃は呆けたような声を出してしまう。そんな胡桃の様子を怪訝に思ったのか、少女はこれまで以上に眉を顰めて睨んできた。緩んだ圧が再び収束してその場を掌握する。
『.......何?文句でもある?貴女が質問してきたんでしょう、『ご趣味は?』って。』
『ご、ごめんごめん!別に悪いとかじゃあ全くないよ!?ただちょ〜っとだけ意外だなって。』
『別にいい。それより、貴女の趣味は?人に聞いておいて自分は答えないなんて不公平だからね?』
『わ、私は木の上で座禅したり、瑠璃袋を畑で育てたり....あ、あと炎スライムを爆弾にしてみたり......』
『そっちも大概じゃない?』
血に塗れた少女は普通の女の子のような事柄を好み、可愛らしい天真爛漫の少女は歪で普通ならざる奇抜な趣味を好む。これほど外見と中身が正反対な組み合わせも珍しい。
だが、これも必然と言える。人間は自らの持たざる物を欲する性質を持つ。
争いの絶えない紛争地に生まれ落ちた人間は人並みの穏やかな暮らしに対して羨望を抱き焦がれるし、平和な港に生まれた人間は変わらぬ日々に飽き飽きし、その彩りに異彩を求めて奇抜な展開を求めるものだ。まぁ、胡桃の持つ性質は天性のものなのだが。
『別に無理に話しかけなくてもいいよ。それに、さっきも言ったけど、
『っ。』
『あからさまだね。
羨ましい.....そう語る彼女が何を思っているのかはわからない。
少女は懐からナイフを取り出し手玉遊びを始めた。ナイフを順手で軽く持ち手のスナップで顔よりも少しだけ高い位置まで投げて、やがて落ちてくるナイフを再び手に取りまた投げる。
その手際は鮮やかで、かなり手慣れたものだった。手持ち無沙汰なのは分かるが、話しかけている本人の目の前でそうもあからさまに退屈さを表現されると中々に気まずいものがある。その上、その取り出したナイフまで血塗れなのだから余計に言及し難い。
胡桃の心中もどこ吹く風だと言わんばかりの少女は、別のポッケから比較的綺麗な状態の布切れを取り出してナイフにこびり付いた血の痕を拭い始めた。
もう長いこと手入れ出来ていなかったのが、素人目でも分かる。それほどまでに錆びれており、切先に関しては風化して欠けていたため、武器として機能するかも怪しい。しかし、少女はそれでも大切に優しくナイフを拭った。
粗雑な態度や荒れた見た目と相反する彼女の"柔らかさ"に、胡桃はしばらく思考を奪われるほど魅了された。
木々から溢れる松の葉が時折彼女を隠す。周囲に浮かぶ青い火の玉が灯籠のように彼女のシルエットを照らし出す。明らかに生きた人間であるはずなのに、少女がこの世から隔絶された妖精のようにも映る。目の間にいるのに手を伸ばしても届かないのではと錯覚するほどに幻想的な光景だった。
時間を忘れさせて、場所さえも朧げにさせる美しさ。
五感全てを向けたくなる美麗さがそこにはあった。
ナイフの背から拭いていき、やがてそれは切先に辿り着く。そのまま折り返し。側面にも布を当てながらゆっくりと刃を拭いていく、間違いのないように慎重に。
ナイフを拭い終えたのか、不意に少女が胡桃に顔を向けて口を開く。
『次期堂主だから我儘を言っちゃいけないの?貴女もまだ幼い子どもでしょ。むしろまともな感性じゃあそんな大役請け負えないでしょうに。』
彼女の口から出たのはあまりに無責任で無鉄砲な問いかけ。大人が聞けば場合によっては憤慨すらする稚拙な考えだった。
全ての責任を放り出してしまっても構わないと語る少女の眼には、会った時には見られなかった光が宿っており、胡桃を揶揄う意図などは見えなかった。この娘は本気で言っているのだろう。
感嘆の息が漏れそうになる。
幼い齢にしてこれほどの達観した感性を持てる子どもは胡桃の周りにはいなかった。みな幼さを元に無邪気に振る舞い元気いっぱいに走り回っていた。
胡桃もまたそんな子どもの一人だったが、どこか胸の中にシコリを抱えていた。
彼女はよく空気を読めない困った子だと言われることがあるがそれは間違いだ。
胡桃は理解した上で敢えて空気を読まない。普通のかけっこやかくれんぼ、絵本の読み聞かせは確かに楽しい。が、しかし、心躍るほどではない。
聡いゆえの苦悩、苦味....それはおよそ十三やそこらの子どもが抱えるようなものではない。無論、彼女には仲の良い友人はいる。
だが、彼女は璃月港という群れの中で"一個"としての孤独を感じていた。別に虐められているわけではないし、何か不満があるわけでもない。それでも何か根本の部分で他者と自信とでは何かが異なっているのだと苦心していた。
そんな中で訪れた最愛の祖父との死別---苦しくないはずがなかった。それまで少しずつ軋み始めていた胡桃の支柱はその時ついに崩れ落ち、周囲の反応を少しも気に留めることはなく森へ駆け出した。
癇癪もあるだろうが、理解者である祖父との別れなど到底受け入れられるものではなかった。連れて行かせはしない、その一心で走る胡桃を待っていたのは再びの絶望。探せどいない待ち人に焦がれる彼女は膝を落として塞ぎ込んでいた。
そんな中で、新たな理解者が現れた。その理解者は胡桃の価値観や選択を咎める一方で、決して否定や拒絶はしない。その行為の善悪ではなく、あくまでも胡桃のとった行動として見てくれる。そんな彼女に胡桃は疑念をぶつける。
『なんで会ったばかりの私にそんなに優しくしてくれるの.....?偶然『境界』で出会っただけの私を。』
『優しい?感覚バグってるんじゃない。私のどこに優しい部分があるのか全く理解出来ないんだけど。』
『だって、これまではみんな私のことを変な子どもを見るような視線で見てきて.....私はただやりたいことをやってるだけで、奇妙な子どもだって.....。』
『...なるほど。周囲の人間は貴女の行動の是非しか問わず、貴女自身には向き合わなかったのね。そして貴女に対して対等に正面から見てくれたのは、例のお爺さんくらいだったと.....。』
目を剥いた。この少女が聡いのは何となく分かってはいたが、これまでの断片的な情報だけでここまで察することが出来るとは。少女はなんてことはなさそうに疑問に対する回答をくれた。
『そういう....人の取った行動を基準に裁量するのは司法や国、組織の役割だよ。そして、その人がなぜそういう行動を取るに至ったのかという
『っ。』
『貴女のお爺さんは後者だった。他者とは異なる価値観や境遇を持つ貴女に対して、あくまで真摯に、対等に接してくれたんだろうね。だからこそあんなにも必死になって探すわけだ。』
『でも、もう....。』
胡桃にとってはその親しい家族は旅立ってしまった。胡桃にはまだ話したいことが多くあったが、時間というのは残酷で言葉を交わす余地もなくなってしまった。
胡桃は膝を抱えて顔を伏せて疼くまる。祖父を脳裏に思い浮かべてしまい意図せず涙がこぼれそうになる。
そんな胡桃を見てか、唐突に少女が立ち上がり、大きく息を吸って肺に空気を送り始めた。ひとしきり吸い終わると、途端に話し始めた。
『....人はいつだってこう言う。環境が悪かった。あいつのせいで。タイミングが良くない。自分には才能がない。』
『けど、そうやって渡された選択肢を恨んでばかりじゃ何も生まれない。』
『するとこう返される。
『けれど、
『家畜から出た糞を汚物として捨てるのか、農地の肥料として活用するのかは、当人次第なんだよ。』
『"親しくしてくれる人が周囲にいなかった。だから俺・私は孤独になったんだ。自棄になってしまうのもしょうがないじゃあないか"なんて言い訳は通用しない、環境作りも含めてソイツの人間性なんだ。』
少女は一口にそう言い切ると、脱力して肩を落とした。何かに失望したと言うよりは何かに落ち込んでいるように見える。少なくとも胡桃にはそう見えた。
『....まぁ、そういう自分の内面を見てくれる人間ってのは、そうそう作れるものじゃない。少なくともこんなジメジメしたとこじゃ絶対に作れないよ。』
そう語る少女は疲れ切った老人のような疲弊ぶりを見せて呟いた。
腐りきった死臭が漂っているような錯覚を覚える。この少女はまだ年端もいかない子どものはずなのに、何年も生きて摩耗した行人に見えて仕方がなかった。
この少女は"死"という目的地を求めて歩く旅人なのかもしれない。
少女は立ち上がり胡桃に手を差し伸べた。その濁った瞳には相変わらず光は存在しなかったが、なぜかそこらに浮かぶ人魂のような青い火の玉よりは頼り甲斐のある、希望の光に見えた。
『ほら、そろそろ山を降りるよ。嫌がっても連れてくから。』
彼女もまた、自身の我儘を通す子どもであるようだ。
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おどろおどろしい青い火の玉が漂う不気味な山中を二人で下る。疎に囀るミントの脇目に獣道を掻き分け進む。
胡桃は祖父との対話を諦めて帰路についた。
帰る道中、彼女の胸の中には抱えきれないほど多くの疑念や思いでいっぱいになっていたことだろう。これまで日常だと認識していた穏やかな日々。何も気にせず気ままに振る舞っていたこれまでの安寧。
そして、祖父という存在。これら全てが幻想であるかのような錯覚を覚える程に、強烈で残酷な現実が襲ってきた。
これは幼い子どもにとってはあまりに酷な現実だろう。
だが、胡桃は悲観した様子は微塵も見せることなく、笑顔を浮かべながら帰路を楽しんでいた。
『〜ヒルチャールのお兄さんが.....』
なにやら物騒な鼻歌まで口ずさんでいるようだ。ヒルチャールが病気になったがどうとか、子どもが無邪気に歌って良いものではない歌詞を連ねる胡桃。
そんな胡桃の姿を見た同行者は、呆れたような表情を浮かべながら胡桃に話しかけた。
『その物騒な歌、やめてくれない?場所が場所なだけに洒落になってないんだけど。』
『ん〜〜〜?もしかして怖いのぉ?あんなに頼もしかったのに。』
『はぁ.....強かだね貴女は。あんなことがあったのにマトモな顔して帰れるんだ。本当に十三歳なの?』
そう言ってきたのは、先程出会ったボロボロの少女.....エレーナだった。
そう言ってきた彼女は相も変わらず泥と血に塗れた酷い格好をしており、側から見ればお前の方が随分酷い目に遭っているのでは?と、疑問を投げかけたくなるような気さえするだろうが、胡桃はそういった事を気にせず、いたって普段通りに返答する。
『....きっと、悔いを残さずにまっすぐ逝けたと思うから。だからあれ以上あの境界にいる意味はないかなって。』
そう答える胡桃の目にはもう後悔や迷いと言った気配は感じられなかった。あるのはただ一点、自身が次の往生堂を背負っていくという自覚と覚悟のみであった。
それは年頃の少女に背負わせるにしてはあまりに酷な運命であり、常人であれば気を狂わせてしまってもおかしくない筈なのだが、胡桃は違うようだ。
それは境界にいた魂に言われたあの言葉が要因なのだろう。...確か『あの人は境界に来るはずがない』と言っていたか。
一見すると小馬鹿にするような印象を受ける軽薄な物言いではあるが、その言葉には胡桃の祖父を真に理解しているからこそ、滲み出る温かみがあったことがわかる。
でなければ、愚かにも境界へと足を踏み入れた胡桃を野放しにするわけがない。
あの場所にいた魂たちは皆、生者への理解を持ち合わせているのだろう。まるで、家族のようだ。言葉上では冷たくしたり強い態度で当たることもあるが、心の中では愛情を持って接しており、その愛を敢えて見せずに本人の成長を見守る。
あぁ、滑稽だが素晴らしいじゃあないか。出来すぎた群像劇でも見せられているような、妙な気分になる。吐き気が喉元から押し寄せる。
クソが....最悪な気分だ。
エレーナの中の虫が疼き始めるが、それを押し殺して、かろうじて相槌を返す。
『そう......。』
そう呟くと、エレーナはそれ以上は何も言わずに胡桃の側を歩いていた。気遣って言葉をかけるでもなく、かといって何か罵倒の言葉を投げつけるわけでもない、ただ隣にいる事を選んだ。
それが気まぐれなのか、それとも何か意図があってのものなのかは、胡桃には解くことは出来なった。ただ、不思議なことに、悪意を持ってしているわけではないことは伝わった。何か...とてつもなく苛立っているようだが、それは胡桃に対してではないようだ。
そんな少女の様子を見た胡桃は、「この子にも感情があったのか」と失礼な感想を抱くと、少女に対して親近感を覚えて更に距離を詰める。気付かれない程度に、少しだけ。
『あ〜....これからどうしよっかな〜。次の堂主は.....別に人に譲ろうかなぁ。』
『....貴女、思ったより無責任なんだね。』
『いや、勿論この後の葬儀はちゃんとするよ?けど、一度でも逝人の尊厳を捉え間違えた私にはもうその資格はないかなって。立場に縛られ続けるのも、あんまり好きじゃないし。』
『............傲慢だね。』
『子どもは我儘を言うものなんでしょ?』
悪びれる様子もなくそう言い切った胡桃に、元凶である自身を恥じたのか額に手を当てて眉を顰める。エレーナは不機嫌そうな態度のまま言葉を紡ぎ始めた。
『図太い....。励ますんじゃなかった。』
そう言うとエレーナは歩く速度を速めた。少々琴線に触ってしまったようだ。だが、胡桃はそんな彼女を見てまた新たな感情を見ることが出来たと歓喜して、距離が空いた空間を埋めるべく歩幅を広めて追いついた。
ニヤニヤとした表情が鬱陶しい。
そんな胡桃を懲らしめるべく、エレーナは至って現実的な問題を突き付ける。
『胡桃、貴女はこれからどうするの?』
そう、これは極めて重要な問題だ。
結局のところ問題は何も解決していない。胡桃の抱えていた葛藤は軽くすることが出来たとはいえ、親しい家族が死した事実と往生堂の責任者に関する課題は未だに健在のままなのだ。
こういった問題は有耶無耶にして後回しにすると還って碌なことにならないのが定番だ。まだ思考に余裕がある内にはっきりとさせておくべきだ。
『わ、わかんないよ。そんなことを急に言われても〜。そんなの.....。』
胡桃は先ほどまでのおちゃらけた様子とは一変して戸惑うような顔を見せた。茶化してはいるが、どうやら胡桃に刻まれた心の傷はまだ少しだけ残っているようだ。でなければさっきまで陽気に物騒な歌を歌っていた少女がここまで狼狽えるはずがない。むしろ取り繕えるだけ上出来だろう。
エレーナにとっては逆効果のようだが。エレーナは優柔不断な胡桃に向けて惜しみなく苛立ちを見せた。
『....ッチ。めんどくさ。』
『な!?い、今舌打ちした!?したよね!?こんなにも心を傷めている痛いけな少女に向かってなんたることを。そんなに言うんならそっちが決めてよ。私のこれからの目標を〜!!!』
それはある種の信頼。
これまでは自身に興味を示さなかった彼女なりの誠意の見せ方であり、それを胡桃も理解していた。説明された訳ではないが感覚で理解した。
胡桃はその事実がたまらなく嬉しくて思わずニヤついた顔になることを拒めない。口角を上げて嬉しそうな困り眉のままエレーナに絡む。
胡桃のダル絡みに呆れたのか、或いはこれからのことを考えて憂鬱になったのか、エレーナはそれは重い溜息を吐いた。
だが、そこには負の感情などは見受けられず、むしろ何か憑き物がするりと落ちて清清したような爽快感が滲み出ていた。
『はぁ、じゃあさ.................』
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胡桃はただ錯乱するエレーナを見て、唖然としていた。その錯乱ぶりに驚いたのもあるが、
胡桃は何をやっているのだろう。目の前で親友が苦しんでいるのに、その原因を作ったのは胡桃の筈なのに、どうして何もしてあげられてないのだろう。己の無力を恥じると同時に、はたと気が付く。この状況は
自分には何も出来ないなどと決めつけて早々に見切りをつけて、勝手に諦めて。そのくせして後になって『あれは仕方がなかった。自分の力じゃどうしようもなかった。』などとほざくのだろう。
冗談じゃない。
一人よがりで身勝手な私にああやって言葉をかけてくれた彼女をまた裏切るのか?こうも錯乱している彼女を放っておいて、何食わぬ顔で帰るのか?
冗談じゃない
もし彼女がこのまま自棄になって命を散らした後、涼しい顔して葬儀を担うのか?
どんな顔をして対面するつもりだ。
この娘が私に最期を託したのは、こんなことのためじゃない筈だ。この娘は、まだ生きるべきなんだ。私がするべきことはまだ多くあるんだ。
少なくとも、別れの言葉を考える時間があるなら彼女を正気に戻す言葉を考えろ。
手向の花を摘む暇があるのなら、記憶の隅から彼女が好きだった花の名前を思い出せ。
この娘が掛けてくれた言葉を思い出せ!!!
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
「っ!?」
胡桃はそう叫ぶと、先程まで大きく取り乱していたエレーナは胡桃の大声に驚いて一瞬硬直する。とりつく島もないほど錯乱していたエレーナの、僅かだが確かな隙。それを見逃す胡桃ではなかった。
胡桃はすぐさまエレーナの両肩を掴んで顔を合わせ、ありったけの熱意を込めて想いをぶつけた。彼女が取り乱す隙すらも与えぬ勢いで捲し立て始めた。
「聞いて!!」
「エレーナが、とても苦しい思いをしてるのは知ってる。内情までは....まだ知らないけど、それでも貴女が辛い思いをしてるのはわかるの!」
「どこを見ても希望なんてものがなくて、周りが敵に見えてしまってることも、それで誰も信じられなくて途方に暮れてることもわかる!」
「けど、一回!一回だけ私を信じてくれないかな!?」
「エレーナの悩んでることも、痛いことも、全部私も一緒に背負っていくから....だからっ少しだけチャンスをくれないかな?」
そんな顔で泣かないで。生まれてこなければよかったなんてことを言わないで。一人で罪を抱え込まないで。胡桃は叫び続ける。親友に自らの意思を伝えるために叫び続ける。
「病気になっている時は、ずっと側にいて看病する!依頼で怪我をしたしたら私が手当て....あぁいや、それは流石に不卜廬の方がいいかも....。」
それまで怒涛の勢いで捲し立てていた胡桃の言葉が少し弱まる。
エレーナのことを一番に考えている彼女は、怪我の手当てという分野においては不卜廬の医者をあてにした方が万全であると理解しているため、思わず訂正する。エレーナはしょっちゅう大怪我を負ってくるからなおのこと。
しかし、ここで言葉を詰まらせ暇を与えると再び錯乱してしまうかもしれない可能性を考慮した胡桃は、思考の整理しきれていない脳内の棚を開け漁り、自身の感情をそのままのカタチでぶつけることにした。
「と、とにかく!!!!エレーナは私の側にいればいればいいのッ!!!!ずっと!!!!一生!!!!!!」
「私は往生堂の堂主だから収入にも困らないよ!!最近は経営状況もいい調子だし、心配ないよ!!ほら、いい玉の輿案件でしょ!!!!ね!?」
辺りを沈黙が包む。
怒涛の説得にエレーナはポカンとしていたが、おそらく原因はその内容にもあるだろう。先ほどまで深刻かつ悲痛な悲鳴を上げながら錯乱していたエレーナに、正気に戻るように必死に味方だと訴えていた親友が、急に大声を出したかと思えば何やらエレーナを家内に取り込もうとするような恥ずかしい告白を始めたのだから無理もない。
少なくとも言葉をかけられたエレーナは、胡桃の暴走気味に目をぱちくりさせていた。だが、同時に錯乱した様子も鳴りを収めており、先程までのような慟哭を起こす様子はなかった。この点においては僥倖と言えよう。
して、肝心の
「あ.................いや、玉の輿っていうのは..........。え、えっとあの。」
「......。」
「い、いや...今のは違くて。ただの言葉の綾というか....。」
「.....。」
「ほら、そういう選択肢もあるよっていうか......その。」
胡桃は柄にもなく言葉を詰まらせた。しかし、ここは誰もが畏れ敬う『往生堂堂主・胡桃』の尊厳の見せ所。これまでの発言もおそらく彼女の計画の一環であり、この狼狽えぶりも騙すための演技なのである。すべては錯乱している親友を落ち着かせるためのけいかk
「(やっばい!!!つい私欲が溢れちゃった!!!!)」
この女、やはり阿呆である。無二の親友を励ますはずが.....思考を放棄した結果
傍から見ればそれはまるでプロポーズそのものである。
『俺にはこれだけの資産と地位があって安泰だし、ずっと側にいたいから了承してください』ということだ。親友はまだ事態への理解が出来ていないのか、依然として硬直しているようだ。だが、少し様子がおかしい。
「え、あえ....え?え?」
顔を真っ赤にしながら、何やらうめき声のようなものを上げていた。りんごのように熟れた色で染められた顔は羞恥でいっぱいになっており、心なしか周囲にハートのシルエットが溢れ出している気さえする。
エレーナに気味悪がられると身構えていた
これまで一度も見せたこともない程顔を真っ赤に染めて。けれども嫌悪感は一切出さずに。
まさか.....
「(これは....脈あり.....?)」
これは胡桃にとっては 僥倖であった。
何やら危ない方向に先見の明を見出した胡桃は、その奇怪な行動を引き出す脳内を介して思考を練り上げ、即座に結論を出した。
その結論とは、説得の方向性を変えること。
これまではあくまでも取り乱して周りが見えなくなっているえエレーナの意識を自身に向けさせて、胡桃という味方がいると訴えることが目的だった。そうすることでエレーナの抱える『四面楚歌状態への恐怖』を取り除き、この場を鎮めることが出来ると考えたのだ。
先程まで硬直していたエレーナは何とか自我を取り戻したのか、その真っ赤な顔はそのままに叫ぶように胡桃を糾弾した。顔は真っ赤だが。
「どういうつもり!?わ、私を動揺させようなんて企んでも無駄だからねッ!!絶対何か裏があるんだそうに決まってる!だだだ、だって...胡桃が私にあんな、告白紛いのことなんて........どうかしてるよ!!あぁあ頭ッ!おかしいんじゃないの!?信じられないッ!」
「頭おかしいってなに!?流石の私でも傷つくよ!?」
「う、うるさいッ!だ、だってあんな...あんなことを私に!私に!?え!?私に言ったの!?どういう話の流れ!?」
「...なんか別の意味で混乱しちゃってる。」
「そもそも!貴方にな、何がわかるの。胡桃には私の心なんて理解出来っこないでしょ!?たかだか数年一緒に過ごしただけの友達...あれ?数年って以外と長い...のかな?」
「...なんか純情すぎて心配になってきたなぁ...。」
「ぼそぼそ喋んないでよッ!?何か言いたいことがあるならハッキリ言って!?ほら!ドント来い!もうわけわかんなすぎて逆に何もこわくないから!!!!!!!!!」
「好きだよ。大好き。」
「...ッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡!?」
胡桃はボンボン爆弾を投下した。
そう、彼女が取った作戦とは『建前とか全部捨てて欲に従う』作戦だ。
つまり、もう押して押して押しまくることにした。胡桃の見立てではエレーナは尋常じゃなく警戒心の強い少女だ。
これまではどちらかと言えば静かな方だったし、実際錯乱を起こすまでは声を荒げることはなかった。だが、ちょっと告白紛いのことを告げてしまったとはいえ、ここまで勝手に動揺するとは思ってもみなかった。
エレーナは顔全体を真っ赤にして、目をグルグルに回し、あたふたしながら何かいいわけやその場しのぎの言葉を探しているようだが、胡桃のぶつけたボンボン爆弾(仮称)のあまりの高火力に、完全にヤられていた。
胡桃の推理通りエレーナは驚く程純情な人間であった。いや、勿論薄汚れている側面もある。彼女は必要とあらば他者を躊躇なく殺し、自らの糧とするような、割り切った残酷な性根を持ち合わせている。
より正確にいうなれば、それは
ともかく、エレーナは人間の負の側面を泥のように浴びた人間であるのだが、いわゆる"性"や"色恋"に関する甘酸っぱい物事には無縁だったため、そういった事柄にめっぽう疎く、知識も経験もない。
ましてや、親しい人に目の前で愛を囁かれるなど、彼女には想像も想定も出来なかった。
唐突に頭をガンッと殴られたような感覚を覚えた彼女の脳は、ある意味破壊され、未知の状況と感情に右往左往する羽目になった。頭が胡桃のことでいっぱいになる。これまでとは別の感情で。
普段はその奔放さから周囲を振り回すような、行動や思考の読めない胡桃から"正面から愛された"という事実に言いようのない歓喜と羞恥が脳内を駆け回る。
エレーナはもう先程のように後悔に苛まれるような思考の回路に戻ることが出来なくなった。
しかし胡桃はそうとも知らず、勢いのままに自らの抱えてきた胸中を赤裸々にぶつけて来る。
「....そうやってあたふたしてるところも好き。」
「.....っ♡♡!!!...っッ♡!!!」
「身長がちっちゃいところも、柔らかくて綺麗な髪も、臆病なところも、鈴みたいな声も、いざって時は強くて頼れるところも、全部好き。」
「....ふ、ふーたお...それくらいd」
「いい匂いがするところも大好き。今嗅ぎたいから抱きしめていいかな?」
「な、なんっ!何言ってるの!?あとさっきどさくさに紛れて『ちっちゃい』とか言わなかった!?」
少しずつ考える力が戻ってきたエレーナは狼狽えながらも胡桃にツッコミを入れる。どうやら身長のことは意外に気にしているらしい。確かに彼女は年齢の割にはかなり背丈が小さい。その端正かつ幼い顔立ちも相まって未だに子どもと勘違いされることもしばしばだ。
「ごめんごめん!つい癖で...。」
「なんの癖!?ほんとッ...そういうとこだよ!?相手が傷つくこととかコンプレックスとか遠慮なくズバズバと物言って、それで結局変わり者扱いされて....!!」
「そういう割には、ずっと一緒にいてくれたんだね〜?」
「....ッそれとこれとは話が別!今は貴女の話をしてるの!」
エレーナの言うことも一理ある。胡桃は敢えて空気を読まないところがあるため、一部の人間に苦手意識を持たれたりすることがある。まぁ、それも胡桃の奇想天外さに当てられてどうでもよくなるのだが。
それに、胡桃には悪意というものがない。
飄々とした態度を崩さないその心では、他者への敬意を持ってして接するために皆に一目置かれているし、エレーナもそれを十分に理解していたために強く言うことが出来ないでいた。それでもエレーナは苦し紛れに言い訳を続ける。
「.....っそうだよ!!これはきっと気の迷いだよ!胡桃みたいな人気者が私なんかを気に掛けるはずがないでしょう!?」
「...........エレーナはバカだよ。」
「はえ?」
「わかってないみたいだから、もっかい言うね?」
「好き。一生隣にいて?」
「.....な!?♡♡♡♡♡」
胡桃はエレーナの手を握って逃がさないようにしてから、顔を至近距離まで近づけた。お互いの吐息が混ざり合う。今、エレーナの眼には梅の花が写りっており、その色香に惑わされている。
さわさわと握られる手に自らの汗が滲む。
胡桃に手汗が気づかれていないかと少し焦るが、むしろ彼女は獲物を見つけた獣のように目を細めて、さらに手をにぎにぎしてきた。何も考えられなくなる。
「嫌なら、拒んでね?」
胡桃はエレーナに対して身体を近づけて密着させる。想い人の身体の豊満さを身をもってして体感する。これは彼女を救うために必要なことであり、決してやましい行為などではない。
胡桃はそう自らの中で結論付けながらも、心の中で己の獣性が今にも剥き出しになりそうで辛抱たまらなかった。
急に抱きしめられて顔を赤くするだけで一切抵抗の意思を見せないエレーナに、胡桃の庇護欲と性的な嗜虐心はムクムクと膨らみ始めていた。
いけない、このままでは本当に過ちを起こしてしまう。まだ理性のある内に言葉で彼女を説き伏せなければ....っ。
「ねぇ.....私にもエレーナの悩みは言えない?」
「....い、言えないぃぃ....♡」
「どうしても?ほんとにダメ?」
握っていた両手を離してエレーナの腰に回す。
ぎゅう♡
弾力を持ちつつも細さを維持したその腰回りは、胡桃によってあっという間にホールドされた。
「....あ♡そ、それ.....ギュッて、だめ!」
「...........っ煽ってるのかなぁ?そんな可愛い声出しちゃってさ。早いこと洗いざらい話しちゃった方がいいと思うなぁ。ほら、も〜とイケないことされちゃうよ?」
悶絶するエレーナの耳元で甘露の言葉を囁く。梅の香りを纏う紅色の蝶は、目の前の雌蝶を色香を被せて蜜を吸わせ、広々とした羽で包み込む。彼女の不安ごと愛を持って押しつぶしてしまう勢いで迫る胡桃に、エレーナはされるがままになっていた。
密着したまま身体を擦り付けて所有権を主張する。左手はエレーナのスカートに手を掛けて、バレないように僅かな速度でずり下ろしていく。
残った右の手をサワサワと動かして何かを探る。ゆっくりとした動きで焦らしながら、しかし確実にその手の位置は少しずつ下がっていく。
そして、ついに辿り着いた。
薬指と中指だけを立ててそのまま
「ま、まだチューはダメェぇぇぇぇ!?」
「っわ!?」
エレーナは香る誘惑を振り払う。いつの間にかずり下されそうになっていた衣服を赤面しながらも手で直して自身の肩を抱く。
「グス.....もう!!!本題に入ってッ!!!!!!!!」
「ご、ごめんごめん........ッチ。ダメか。いけると思ったのに。」
信じられないとは思うがコイツは往生堂七十七代目堂主の胡桃その人である。信じられないかもしれないが。
舌打ちをした胡桃は名残惜しそうにしながらもエレーナに謝った。もう少しで悲願を達成できる一歩手前まで迫った事を惜しみながらも。いや、さっきまでどさくさに紛れて不貞を働こうとした手前、全く説得力がないのだが。
「ていうかチューって....それよりもっとエグいことしようとしたのに気付いてないのかな?」
ますますエレーナの貞操観念に疑念を抱く。
急に愛を囁いて一方的に抱きつき、あまつさえ衣服を剥がして彼女の秘核に挿入して蹂躙しようとしたのに。よくぞこれまで純粋なままでいられたものだと感心すら覚える。先ほどまで彼女の苦悩や闇に関する話題で心配していたのに、別の心配事が出来てしまった。
兎にも角にもエレーナを混乱から解くことは成功したと判断した胡桃が次にやることは一つ。親友を救うことだ。彼女を正気に引き戻して且つこちらのペースにもって行けたのは事実。
ここで畳み掛けなければ次はない。
滾っていたものを抑え、極めて平静を装って陳述する。
「....エレーナ。」
「....なに。」
「さっきも言ったけど、私はエレーナが抱えてる悩みとか、後悔とか....そう言うのはまだ全然知らない。知りたいと思っても、多分私じゃまだ力不足で逆に迷惑をかけてしまうんだと思う。」
「....胡桃。」
「でも、私は自分の我儘を通す。だって、貴女がそうするべきだって教えてくれたから。それは、往生堂の堂主である今だって変わらない。」
そう、貴女が教えてくれた。
どうしようもなくなった子供であった私に、誰も掛けてくれなかった言葉をくれた。それは側から見れば冷たい拒絶の言葉のようだけれど、当人である私にとってはそれまでの日々が溶かされるくらいには新鮮で暖かかった。
辺りの空気が冷たく感じる....どうやらもう日が沈み始めているようで、子どもたちの喧騒もいつの間にか聞こえなくなっていた。それほどの時間が経過していたのだと今になって自覚する。それほどまでに凝縮された時間を過ごしたと言うことだ。この少女を目覚めさせるために。
エレーナは深呼吸をした上でポツポツと話し始める。
「.....璃月には『公子』が来ている。私は、あの人と向き合わないといけないんだ。もう....私にそんな資格はないのかもしれないけど。けど、もう私なんかに残された選択肢なんてそれくらいしか」
「エレーナ」
「っ!」
顔を俯かせて感情を沈ませ始めたエレーナに目線を合わせて、手向ける。胡桃の瞳孔の中にある梅の花がエレーナの心中を見通すように開かれる。窓から差し込む月光が胡桃の紅い瞳を照らし出して光沢を与える。
「誰かと話すことに資格なんて必要ないって。そう言う上辺を見るのは社会の役割で、その人自身を見るのは家族や友人の役割、でしょ?」
「......っ!!!!」
「これは、他の誰でもない貴女が教えてくれたこと....私にとってはとても大切で暖かい言葉なの。」
胡桃はエレーナの頭をゆっくりと撫でながら朗らかな笑顔を浮かべてこう続けた。
「さっきはちょっと冗談を言い過ぎたけど、私がエレーナのことを大切だって思ってるのは本当。ごめんって謝りたいのも本当。自分を大切にしないエレーナにちょっとだけ怒ってるのも、本当。」
「....うん。」
一番近くにいたのに一番距離を感じていた
「だからさ、仲直りしようよ。ほら、前にエレーナが教えてくれたでしょ!?あの.....スネージナヤのおまじないってやつっ!!!」
「え゛.........あれ、やるの?正直物騒だからあんまりやりたくないんだけど....。」
胡桃は撫でている左手はそのままに、空いている右手をエレーナに差し出す。小指以外の指を握り残った小指で結ぶように示す。エレーナは渋々指を差し出して、結んだ。
どこか暖かさを感じる。人肌の温もりとはまた別種の心の拠り所を見つけた感覚。
「「指切りげんまん嘘ついたら氷漬けにさ〜〜〜れるっ .....ゆーびきった!!!!!!」」
流石はスネージナヤ。氷の国に相応しい容赦のなさを遺憾無く発揮している。子どもたちの間で代々伝わるこのまじないはかつての冬国の実家でもよく結んだものだ。
末の弟であるテウセルと遊ぶ時は、特に頻繁に契っていたと思う。そうでもしないとヤンチャで素直過ぎるあの子をコントロールするのは困難だったから。なんだか昔のことを思い出してしんみりしてしまった。そんな願望は捨てたはずなのに。
でも、悪い気はしない。それに、この約束はまた違った気持ちをのせている。
これは、目の前のお互いを反故にせず、且つ自身を大事にすると言う誓い。この璃月の隅っこで交わされた、ささやかな契約。たとえ口約束だとしても、契約はこの璃月においては重要な意味を持つ。
それを理解している胡桃は『してやったり』とでも言わんばかりに誇らしげな顔で笑みを浮かべながらエレーナを見つめる。そしてやがて繋いでいた指を離す。
まだお互いの温度が残っている。なんだか少し恥ずかしい、さっき抱擁を交わしておいて何を今更という感じだが。
けど、この温度は......悪くない。あの暖炉の火が目に浮かぶようで、酷く死にたくなるけれど、死ぬまでなら生きてもいいかなって思える。そんな温かみ。
ここまで言われたら、認めるしかあるまい。自分には胡桃という素晴らしい親友がいて、そんな彼女に肯定される私という存在は、幸福を求めても良いのだと。
「じゃ、
「さっきの約束やっぱなしでいい?」
なんだァ?てめぇ........。
エレーナ、キレた!!
「....まぁ、好きなのは本気だけど。」
梅の花は既にイルカに種を植えつけていた。
その日から胡桃のエレーナに対する肉体的スキンシップが増えたと言う。
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『じゃあさ、私のために生きてよ。』
『私はさ、罪人なんだよ。自分の保身のために他者を屠って、貪った愚者。そこには他者への尊敬も、境遇への感謝も、未来への羨望もない。ただ、我武者羅に今という時間を闊歩する罪人。』
『私はいずれ悲惨な死を遂げると思う。....いや、きっとそうだ。これは定まった運命で、絶対的に訪れる罰。』
『だから貴女には、私の葬儀を執り行って欲しいんだ。
往生堂はその性質上、人々に好かれることは少ない。それゆえか往生堂の経営状況は悪化する一方で、お世辞にも高名なんかじゃない。彼女は何を持って往生堂をそのように讃えるのだろうか。
確かに葬儀は必要な業だ。人の死体を道端に放置するという状況は疫病を蔓延させる危険があるし、何より遺族や親しかった人々の気持ちが浮かばれない。
とはいえ、見方を変えればこの往生堂という生業は『人の死』を利用して利益を得る集団とも言える。そのような輩に良い印象を抱く方が難しいし、実際毛嫌いする者も少なくない。
けれど、この少女はそんなことを気にもせず堂々と往生堂への信頼を語り、あまつさえ自身の葬儀を任せるとまで言ってきた。そのように語る彼女の瞳は先ほどと違い、爛々と輝いていた。あんなに窶れた頬も、光を失った眼も、その瞬間だけは見違えたように輝いていた。
その事実は私の心に影を作った。
彼女は普通の人間とは異なり、死ぬ時までに後悔のないように生きているのではなく、死ぬために生きているのだ。そんな生き方、あまりにも悲しくておよそ子どもの抱く考えとは思えない。
そんなの、あまりに悲し過ぎるではないか。子どもというのは、大人の庇護のもとに無邪気に....無責任に走り回ったり、時には怒られたりしながら成長するというのが常の筈だ。
しかし彼女は違うようだ。生きることは苦痛を伴うものであり、それを取り払うには死ぬことこそが絶対であると信じ込んでいる。でなければこんな悲しいことは言えるはずがないのだ。
貴女がそんなにも苦しい思いをするのなら、その運命を背負い続けるのなら、私の一緒に背負うよ。きっと険しい道になると思うし、それは私が想像しているよりもずっと残酷な運命なんだろうね。
けどね、そんなのどうだっていい。だって、エレーナはあの時に私に生きる意味をくれたの。誰もいない暗闇で一人蹲ってた私を見つけて、厳しくて暖かい言葉を掛けてくれた。支えになる杖をくれた。
だから、今度は私が貴女の杖になる。
そして、暗闇とも言える程の暗黒に包まれた深淵から、いつか貴女を探して救い出して見せるから
『フフッ....面白いねあなた。いいよ!じゃあ次期往生堂堂主である私が、あなたの葬儀を取り持つことを約束したげる!!』
かつて、貴女が私にしてくれたように。
だって、それが私の我儘だから
原神おもろすぎぃ