彼岸の花は月の色香   作:パッチ・スパイダー

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グズグズするなよ幸せ者め!
お望みの神秘がやってくるだろうさ!




狩人の耳に念仏

 

我ら血によって人となり

 

人を超え

 

また人を失う

 

知らぬ者よ

 

かねて血を恐れたまえ

 

 「なにそれなんかの映画?」

 「どぅわぁっ!?」

 

 半ばより折れた旧電波塔。それが見下ろす街角に、喫茶店「リコリコ」は立っている。

 

朝のピークが終わって客足は減り、静かだった店内。

千束は後ろから聞こえた声にバランスを崩し、ガシャンと騒がしい音を立て椅子から転げ落ちた。

 

思い切り床にぶつけた頭を撫でる千束。そこに一つの影が覆いかぶさる。

 

 「何してんのよ。」

 

心配半分呆れ半分といった感じの表情で、上から自身を覗き込む眼鏡の女性。

千束は八つ当たり気味に、彼女に向かって苦言を呈した。

 

 「ミズキが脅かすからでしょー!」

 「ぼーっとしてるあんたが悪いんでしょうが。」

 

至極真っ当な正論に、千束は思わず黙り込む。

よくよく時計を見てみれば、今しがた転げ落ちた椅子に座ってからはや四半刻ほどの時間が過ぎ去っている。

自分でも感心するほどの時間の無駄遣いだ。

 

 「んで?あんたらしくもない。考える前に突っ走るのがあんたでしょ。」

 「あのね、私のことなんだと思ってんのさ。」

 「バカ。」

 「黙れ酔っぱらい。」

 

即答するミズキに噛みつく千束。二人の間で火花が散り始めたのをしり目に呆れた顔でためを息をつく人影が一つ。

 

 「どうしたクルミ。」

 「いや?元気だな、と。」

 

長い金髪を指に絡ませ、くるくると弄りながらもう一度二人を見やる。

二人の様子はさながら猫の喧嘩のよう。特に自分に外はないだろうが、営業時間だということを忘れてはいないだろうか。

 

 「ミカ。止めなくていいのか?」

 「まぁいいじゃないか。」

 

なにか微笑ましいものを見るように、眼鏡の奥に見える眼には微笑が浮かんでいる。黒い皮膚と年季の入った厳つい顔。見た者が皆恐れおののきそうな大男だが、千束のことになったとたんにこの有様だ。

 

 とはいえ居候の自分にどうこう言う権利は無いだろう。クルミはもう一度ため息をつくと、視線をカウンターへと戻しーー

 

 「おい。」

 「「何っ!?」」

 「客だぞ。」

 

リコリコのドアベルが鳴る。

クルミが認めた気配の正体は、上下真っ白のスーツを着た中年の男。この店の常連の一人であった。

 

 「やあ。やってるかい?」

 「ヨシさん!」

 

本名吉松シンジ。

吉松は気さくな笑みで手を上げて答え、そのまま奥のカウンター席に腰掛けた。

駆け寄ってくる千束に手に持っていた土産袋を手渡し、はしゃぐ姿を微笑ましげに眺める。

 

 「1週間ぶりくらい?珍しいね。」

 「偶々休みがーーって言いたいんだけど、このあと向かうところがあってね。」

 

どうやらここへやってきたのは何か用事のついでらしい。

千束にコーヒーを注文し、厨房へと消えていく彼女と入れ替わりでミカがカウンターに立った。

 

クルミは何気なく二人の方に聞き耳を立てながらテーブルを布巾で拭いていく。正直自分の身長的にもっと別の仕事をやったほうが効率的な気がするが、まあ今更だろう。

 

 「なぜわざわざ?」

 「ミカ。君にも関係のある話だからね。」

 「……リコリス絡みか。」

 「あぁ。」

 

……色々と聞き捨てならないモノが聞こえてきたのだが。

周囲に聞こえない程度で、しかし違和感のないよう会話を続ける二人。ミズキにはどうやら聞こえていないらしく、ノーテンキに酒瓶を傾けていた。

あの図太さは最早才能だろう。

 

 「我々もまだまだだったよ。まさかあそこまでの原石を見落としていたなんてね。」

 「わざわざ自分で?」

 「謝罪も兼ねてね。我々の誠意を彼女に示しておこうというわけさ。」

 「……千束はもう用済みか?」

 「まさか。でも、もしやすると彼女はさらに大きな存在になるかもしれない。」

 

 二人の間にネッチョリとした嫌な空気が充満し始める。

ニコニコと笑う吉松とは対象的に、ミカの表情は苦虫でも噛み潰したような酷い顰め面だ。

流石のミズキも二人の不穏な様子に気がついたらしく、怪訝そうに片眉を上げてこちらに目配せをしてくる。

 

 「シンジ、お前はーー「コーヒーおまたせしましたー!」……ッ。」

 

一気触発。その重々しい空気が底抜けに明るい声に断ち切られた。

犯人は千束。彼女の表情を見るに、何も意図せずしての行動だったのだろう。

間が良いのか悪いのか。クルミが送ったジトッとした視線にも千束はキョトンと首を傾げる。

 

 「ありがとう千束ちゃん。」

 「えへへ。まだ先生には追いつけないんだけどね。」

 

いきなり戻ってきた和やかな空気。

しかしその奥底には、なんとも言えないしこりが残っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ペラ……ペラ………

 

一心不乱にページを捲り、文章をなぞり、書物を読み漁る。

昼下がりの喫茶店、そのテラス席の一角。たきなはそうして時間を漫喫していた。

 

 今しがた一つ任務を終わらせてきたのだが、どうにも迎えがやってこない。聞けば車が渋滞に引っかかって動けなくなっているのだとか。

ならばと迎えを断り、今は自由な一時を楽しんでいるわけである。

 

楠に頼んでみたところ、かなり苦々しい声色ではあったがあっさり了承してくれた。そのためこうして堂々としていられるわけだ。

 

ペラ……ぺーー

 

 「……。」

 

不意にページを捲る手が止まる。

少し視線を持ち上げると、白いスーツがこちらに向かってくるのが見えた。

 

 「相席、良いかな?」

 「お構いなく。」

 

それだけ返すと、たきなはまた本に視線を戻す。

眼の前の存在に対して、既に彼女は一切の興味を示さない。

 

視線を合わせないどころの話ではなく、ソコになにかがあるという事実すら無視したかのようなその反応。イスに腰かけたソレは小さく苦笑を漏らすと、あらたまったようにテーブルに肘を付いて身を乗り出した。

 

 「少し、いいかい?」

 「……。」

 

たきなは名残惜しげに表紙を閉じ、初めて視線を前に向ける。

そこにいたのは、白いスーツを着込んだ壮年の男ーー吉松シンジ。

 

 「よろしくね。井ノ上たきなちゃん。」

 「……申し訳ありませんが、所属している組織に関して私はあまり情報を持ってはいませんよ。」

 

名乗ったこともない自分の名を言い当てた男に対し、ひどく冷めた声で言い放つたきな。

しかし吉松は、愛想の良い笑みをそのままに口を開く。

 

 「ああ、リコリスのことならよく知っているよ。」

 

 

 ピクリ

 

 

今まで微動だにしなかったたきなの眉が動く。

つまりそれは、ほんの少しでも自分に興味を示したということ。吉松はその口角を小さく釣り上げた。

 

 「……ならば、なんの御用で?」

 「君に話があってね。」

 

吉松が懐から取り出したのは握りこぶしほどの大きさのケース。それはテーブルの上を滑り、たきなの眼の前に差し出された。

 

 「私は吉松シンジ。アラン機関の人間だ。」

 

たきなによって無造作に開け放たれたソレの中身は、梟を模した一本のネックレス。太陽の光を浴びて煌々と輝くソレは、ある一種の神聖さすら感じさせる。

 

 吉松の言葉は続く。

 

 「君を、君の才能を、神より授かったそれを、ぜひ支援させてもらえないだろうか。その才能を開花させる手伝いをーー「お断りします。」ーー」

 

即答。それも拒否。

ケースは叩きつけるように閉じられ、放って吉松へと返却される。

 

ケースをなんとか掴んだ吉松。彼の顔に張り付いていた笑みは引きつり、眉間に深いシワが寄る。

それを見たたきなの顔には薄っすらと笑みが貼り付き、可笑しそうにクツクツと喉を鳴らした。

 

 「もとより私に才などありませんよ。これを送るならば、遺志を残した先人たちにでしょう。尤も、皆私が狩ってしまいましたが。」

 

懐かしむように遠くを見つめ、次いで何かを確かめるように掌を握り込む。

 

「……あぁそれからーー」

 

そしてすぅ、と目が細められ、澱んだ視線が吉松の瞳を捉えた。

 

 「あまり私の眼の前で神などの話はしないよう。」

 「……何故か、聞いていいかな?」

 

吉松のその言葉に、彼女はニィと笑う。

 

ゾクリと震える体。こめかみを一滴の汗が流れ落ちる。

 

しばしソレを眺めた後に、たきなはゆっくりと口を開いた。

 

 「思わず、狩り殺してしまいそうになるので。」

 

我ら狩人にとって、神は狩るべき獲物の一つなのだから。

 

 それを聞いた吉松の表情には最早余裕など残っていない。得体のしれない何かを見るように眉間にはシワが寄り、額には脂汗が浮かんでいる。

 

始めてだ。こんな存在と相まみえるのは。

あまりに異質。あまりに異様。絶えず覆いかぶさる言葉では言い表せぬ不快感。

 

何よりも、自身の内をさらけ出そうとするその眼光に吉松は完全に及び腰となっていた。

 

 ーこれ以上関わってはいけないー

 

吉松はおぼつかない足取りで席を立つ。

 

惜しい。とても惜しいことだ。ここまでの才能の塊を手放すというのは。

それでも、その使命以上に吉松は、一人の少女に感じた底しれぬ何かに怯えきってしまったていたのだ。

 

 ふらりと一歩踏み出してその場を離れようとする吉松。しかし、

 

 ガシリ

 

 「ッ゙!?」

 「用事が、あるのでしょう?」

 

たきなの白く細い指が、ヌルリとその腕を絡みとる。

ゆるりと腕を引かれるだけで、吉松の足は力なく折れて椅子へと落ちる。

恐る恐る目を合わせれば、そこには震える己の瞳が写って見えた。

 

不気味に持ち上がった口角をそのままに、彼女の口が言葉を紡ぐ。

 

 「血を継ぎ、遺志を継ぎ続け、今や私に私が見えていない。」

 「なにを……」

 「それを貴方達とくればまあ、下らないものに執着し、己を自ら失うとは。あぁなんと妬ましいことでしょう。メンシスの阿呆共の方がまだ余程上等というもの。」

 

 嘆かわしい。そう言ってたきなは首を横に振る。

 

 「やはり彼女には遠く及ばない……いや、比べることも烏滸がましいですね。」

 

そして期待外れと言わんばかりに深くため息をつく。

 

 「貴方の言う神とやらがどれだけ崇高なものなのかは知らないが……」

 

グイ、とテーブルから身を乗り出し、両手で吉松の頭を包み込む。

吉松の体は硬直し、その瞬間にたきなと視線が交差する。

 

もう、目を離せない。真っ黒に澱みきった瞳から。

 

 「一度その目で見てみることだ。思考を止め、ただ神に縋る傲慢さを。

そうして確かめると良い。自らの観る悪夢をね……。」

 

バキリ。

 

 「……ッ!?!?」

 

何か、何かが自分の中に、頭の中に根を張った。

何が起きた分からない。分からないのだから表現のしようがない。しかし、確かに自分の内に何かが起ころうとしている。

 

 「ーーあぁ、そうだ。」

 

白く濁る視界の中、眼の前のソレが口角をゆるりとつり上げた。酷く愉しそうに笑う彼女は、つややかな唇をゆっくり開く

 

 「貴公。かねて血を恐れ給えよ……なーんて。フフフッ」

 

微塵の心もないその言葉。それを最後耳に残し、吉松の意識はパタリと失せた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「ーー様。おー様!」

 

何か、嫌な夢を見ていた。

神を、信じるものを、自分のすべてを理不尽に否定される。そんな悪夢を……

 

 「お客様!」

 「ッ゙!?」

 

耳元で聞こえた声に、吉松は跳ね起きた。

日は沈みかけて周囲の景色は朱く焼けている。どうやら自分はカフェの一角で眠りこけていたらしい。

しかしどうにも記憶が曖昧だ。

そもそもなぜここに居るのだろうか?

 

 「お客様。体調が優れませんか?」

 「あ、あぁ、すみませんね。少し寝不足のようで……」

 

心配そうにこちらを覗き込んでくる店員。その瞳に写り込んだ自分の顔に、

 

 「は……ぁ……?」

 

吉松は驚愕し、目を見開いた。

 

 「あの?」

 「あ、あぁ……」

 

何だ、なんだ、ナンダこれは。

 

 「私は、私は、」

 

そこに映るのは、金の髪でも白い皮膚でもない。その瞳に写っていたのは、節くれだった浅黒い皮膚。毛むくじゃらの毛皮。

 

これは、これではまるで、

 

いや、これは夢だ。悪い夢。

自分が獣だったなど、認めてなるものか。

吉松は逃げる。自分を間違った姿に移す瞳から。

 

喫茶店を飛び出し、人混みへと紛れる。

誰か、誰でもいい。自分の姿を写してくれ。

 

獣は藻掻く。

逃れようのない、救いようのない悪夢の奥底で。

 

 「あぁ、幸運だな貴方は。神秘の智慧に触れることができるのだから。」

 

 墜ちた姿を認められず、右往左往する哀れな獣。それを物陰から 眺める一対の嗤った瞳。

 

 「ソレの見せる貴方の姿が、たとえ自らの望むものでないとして、」

 

一筋の赤い光を浴び、鈍く光る一振りの刃。

その根本をおもむろに両の手で掴み、引く。

 

 「それはどうしょうもなく貴方にとって、紛れもない真実ですよ。」

 

火花を散らし、二振りの短刀へと姿を変えたソレを携え、その瞳は嗤う。

 

 「だから私は獣を狩るのさ。」

 

 

 

だって私には、

 

貴方が獣に見えるのだから

 

 

 楽しげに嗤う声の後には、軽やかな足音が響いていた。

今日は眩しい、満月の夜だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 『……男性の遺体には首元を刃物で複数回に渡って切りつけたような跡があり、警察はこれを殺人事件として……』

 

白い背景にニュースを読み上げていたアナウンサー。それらが映し出されているビルのモニターを見上げ、しかし彼女は特に興味も示さずそこから目をそらす。

 

他の人間もおなじだ。スマホを片手に、友人と談笑しながら、焦った顔で小走りしながらモニターの前を通り過ぎていく。

 

燦々と降り注ぐ日差しの中、相変わらず淡々と時間は進んでいる。

長い夜など、ありはしないのだ。






・狂人の叡智

上位者の智慧に触れ狂った、狂人の頭蓋
使用により啓蒙を得る

狂うとて、神秘の智慧に触れるものは幸運である
まして、それが後人の助けになるのだから
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