密室で何してるんですか?ペロペロしちゃってますが何か?ふざけてるんじゃねえですよ追放させて頂きます   作:すかすかのタキ

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君の墓

 添い寝。密着。ネフレンの無謀な戦い。その蛮勇の成果あって──まだ覚醒してはないものの──、ラーントルクの顔色は格段に良くなった。

 

 安らかな寝息。幸せそうに緩んだ唇。この調子なら、翌朝までには確実にベッドから起き上がってくれる筈。仲間と共に、その手に愛剣ヒストリアを携えて、三十一番島での戦いに必ずや赴いてくれるだろう。

 

「けどその為に、レンが戦闘不能になっちゃ意味ないでしょうに…」

 

 クトリ。ヴィレム。アイセア。ノフト。

 

 気絶したネフレンをベッドに寝かせ、再び会議室へと足を運び席についた一同は『どうしよう』とがっくり頭を抱え込んだ。

 

 宵の頃はとうに過ぎ、ランプに照らされた暗い部屋。全てが徒労に終わった無力感。これ以上の策をなくし、停滞しきった重い空気。その中で、空色の少女は一人思う。

 

 ──大丈夫よクトリ。罪の意識に苛まれることなんてない。これは散々騒いで回り道をした末に、戦力としてラーントルクとネフレンが入れ替わっただけの話。五人が必要な戦いに四人で臨まなくてはならないという現状は何ら変わってなんていない。この結果は、事前に予測出来てた物。むしろわたしは忠告をした。ちゃんと忠告をして、事実その通りになった。最悪の共倒れだけは防いだのだから、これ以上気に病んじゃいけない。

 

 ──だけど、あれが如何に無謀で愚かしい行為だったとしても。

 

 もしわたしが、もっと大人になれていたのなら。忠告を聞かない後輩に意地にならず、その意気を買って、もっと頭を使って、苦闘を少しでも和らげる策を考え出すことが出来てたなら。もしかしたら、ネフレンが本当に添い寝に耐えきって、この戦いをちゃんと五人で。

 

 ──駄目よ。たらればに延々こだわっててはいけないわ。

 

 倉庫の最年長として。現代最強の妖精兵として。間違いを犯したからこそ、失態を晒したからこそ。わたしは誰より早く力強く前を向き、みんなを引っ張っていかなければならないの。しっかりしなさいクトリ。リーダーはいつまでも、こんな呆然とした顔で俯いてるなんて許されはしないのよ。

 

 少女はどうにか立ち直ろうと、弱気と言い訳を振り払い、必死に叱咤と鼓舞をする。

 

 だけど、身体はそれにちっとも応えてくれはしない。

 

 ──ズルズルと。彼女自身にも認識出来てない、縦横無尽に入り組んだ、心の奥の更に底。

 

 羞恥、失望、自己憐憫。そこから湧き上がる数え切れない負の感情。それらが溶け合い混ざり合い、やがて生まれ這い上がってきた、汚泥そのものの濁った絶望。粘り絡みつくその毒に、全身侵されてしまってたから。

 

 まさに万事休す。誰かが今すぐ、彼女の手を取り引き上げてやらなくては。このまま闇に呑まれては、決戦のその日、最大戦力であるクトリまで使い物にならなくなる。今度こそ完膚なきまでに、浮遊大陸郡の命運が途絶えてしまう。

 

「──ありました」

 

 そう思われた瞬間である。ガタンと音を立て、確信に満ちた声と共に、椅子から立ち上がる者があった。

 

「──アイセア?」

 

 クトリはテーブルの対面にいる、猫耳少女の姿を見上げた。後悔の淵に追い詰められていた少女の声に、呼応するように生気が戻る。

 

「あったんですよ。ラーンを蘇えらせる代償として、代わりにレンが倒れてしまう。この状況に辿り着いてこそ、間違いなく確実に、五人全員で戦えるようになる方法が」

 

 ヴィレムとノフト。二人の目も、希望を見出した朽木色の大きな瞳に吸い寄せられる。

 

 過去を読み込み作り上げた、明るくてお節介で、その癖全然素直じゃない、飄々とした少女の仮面。それを被るのも忘れ、■■■■へと立ち戻った彼女は、本来の生真面目な口調でこう告げた。

 

「ですが、それを成す為にはクトリ。貴女の技官にネフレンを──」 

 

 

 

 

 

 

 ──さて、ここまで来ればもうとっくにお察しであろうが。

 

 これこそがヴィレム・クメシュの奇行の理由。周囲に聡い情報屋アイセアだからこそ閃けた逆転の一手。

 

 ネフレンは心も身体も傷だらけなヴィレムを温めてあげようと、暇さえあればペットになりきりベタベタベタベタ密着する。

 

 反面、自分にとって何か嫌なことがあった場合──。例えばお気に入りの本にうっかりお茶を零してしまった時。自分よりずっと下の子供らから『ねふれんせんぱいちっちゃくてかわいいねー』と頭をなでられてしまった時。

 

 そういうショックなことがあると、彼女は温める為でなく、自身が温まる為にこそヴィレムにぴたりと密着する。

 

 ──そう。一度閃きさえすれば、後は誰でも組み立てられる単純な道筋。

 

 昏睡したラーントルクを起こす為、今度はネフレンが昏睡してしまったというのなら。

 

 ネフレンに誰より懐かれているヴィレムが、復活するまでずっと抱きしめ続けてあげればいい。彼女の心が癒されるよう、精一杯励ましの言葉をかけ続けてくれればいいのだ。ただその為に、やはり支払わなくてはならない代償が一つ。

 

 ヴィレムの恋人であるクトリ。彼女に『自分の愛する恋人が、実の妹のように可愛がっていた後輩を一晩全力で抱きしめ続ける』というネトラレ的屈辱にどうにか耐えきってもらう必要がある。

 

 彼女にとって決して楽な試練ではないだろう。ネフレンからヴィレムに抱きつくのは、もうなし崩し的に日常と化している。しかしそれを許せたのは、ネフレンに恋愛感情は一切なく、純粋に彼を思いやっての行動だときちんと理解していたからだ。ヴィレムからネフレンに、能動的に抱きつくことは決してなかったからなのだ。苦しいのは分かる。嫉妬するのも分かる。現実に浮気されたのではない、それでも悔しいものは悔しいと、頭と感情が食い違うのも当然だ。でもそれをしなければ、浮遊大陸郡と妖精倉庫の未来はこの先永劫に閉ざされる。

 

 幸いにしてというか哀れにしてというべきか、クトリはその混沌を罪悪感で押し殺し、アイセアの案を無言で承諾してくれた。

 

 ──だから最後の想定外は、稀代のドジっ子ラーントルクの、もう笑うしかない驚異的な間の悪さである。

 

 

 

 

 

 

 ヴィレムは立ち上がることの出来ないまま、引き下がって引き下がって、とうとう食堂の壁際にまで追い詰められた。もうこの先に逃げ場はない。浮かべられるは藍色の捕食者による余裕の笑み。

 

「うふふふふふ、じっとしてるならせめて優しくしてあげましょう」ラーントルクの慈悲の手が、いよいよ彼の眼前にまで迫る。

 

 ──今より五百年以上前。地上がまだ健在で、今より幼い青年が、勇者を目指し修行と戦いに明け暮れていた頃。

 

 真っ当な武装では傷の一つも負わせられない凶悪な亜竜。同族に害をなす、闇に堕ちた武の達人。才無き身で飛び込んだ分不相応すぎる戦闘領域。その中で、当然のように幾度も体感した走馬灯。時間が拡張され、せせらぎのようにゆっくり流れていく感覚。久々に味わうそれの中、青年はどうしてこうなったんだっけかと昨日に思いを馳せていた。

 

 ──そうだ。俺はあの後妙に生真面目口調なアイセアから『ハグだけで足りなかったらどうするんですか! 有効そうなことはやれるだけ全部やっておかないと!』という理屈の元、山と積まれた恋愛小説をテキストに『独断と偏見とあたしの趣味全開で選んだ、種族を超えて女がイケメンから言われてみたい甘~い台詞一万題!』とやらを僅か三十分の内に無理矢理脳に詰め込まされた。独断と偏見と趣味全開なのに都合よく種族の壁は超えるのかよというツッコミは悲しくもばっさりスルーされたのでカットする。

 

 で、情報過多で朦朧とする頭のままノフトのやつに抱えられ、レンと同じベッドに寝かされた。その後はアイセアの指示通りっつーか洗脳されたがままにっつーかとにかくレンを抱きしめて叩き込まれた甘~い台詞を一晩中機械的にぶつぶつぶつぶつ放出していたような気がする。あんな感情のこもってなければとっくに記憶にも残ってねえ死んだ棒読みにアイセアが納得していたのかはもう知らん。知らんけど、そんな魂のない言葉でも、何度も何度も延々繰り返しているとテンションがおかしな方向に昇ってくる。『こいつら何を言ってやがるんだ…』と、最初は半信半疑、いや、二信八疑くらいだったけど俺のハグはマジで効果があったらしい。ちょっとずつ生気の戻ってきたネフレンが『ん、おなかすいた…。なんでもいいからあまいものたべたい…』と、食べ盛りの子供らしい要望を漏らした。よし。それでこいつの気が済んで、この長かったトラブルに決着が着くならと、ここで完璧に変なスイッチが入りきった。早朝六時十一分。ベッドから降りると、抱き上げたネフレンを胸にしてこの前ティアットに強制的につき合わされた名作ミュージカル映画とやらの華やかすぎるBGMを脳内再生しつつリズミカルなスキップで食堂まで直行(狂気だ。恥ずかしすぎて死にたくなる。ちび達の誰にも見られなかったのだけが不幸中の幸いだった)。そこでレンをあやしつつより細かい要望を聞き出そうとしていたら、いきなりドアを開けてきたラーントルクの誤解と怒りと暴走を買ってしまい今に至るという訳だ。自分で回想しててなんだがもうどういう訳だかちっともさっぱり分からねえ。

 

 そうこう振り返ってる内に、ラーントルクの右手の平がヴィレムの額に添えられた。

 

 少女らしい細く繊細な五指から伝わってくる、不純物無き黒い感情。彼は瞬時に直感した。これから三秒の後、自分の頭蓋は間違いなく、ケーキのようにぐしゃりと抵抗なく潰されると。

 

 どうするどうする? どうやってこの場を切り抜けるんだ俺? 畜生、走馬灯って人間が命の危機に瀕した時に脳がそれまでに蓄積したあらゆる知識と経験から助かる可能性のある手段を高速検索してる状態だって聞いたことがあるけどそんなんちっとも思いつかねえぞ。少なく見積もって常人の十倍濃ゆい人生送ってきた自負はあるんだが、やっぱり修行と戦闘に偏りすぎだったんだろうか。今更だけど正直に『すまんラーン。かくかくしかじかでナイグラートに全身をペロペロされたショックで昏睡したお前を救うには全身洗浄した後でネフレンのハグを以下略』って真実を説明してみるか? いやだからそいつはしたらダメだって! せっかくレンの推測通り、昏睡中に都合のいいよう記憶を改竄してるみたいだってのに! 思い出したらまた気絶する! 元の木阿弥になっちまうだろうが!

 

 ああ、何故かつての俺はあんなにも、年上のお姉さん好きなんて普通すぎる性癖を恥ずかしがっていたのだろう。リーリアに蔑まれたり、鬼マリアが顕現するのを恐れ、師匠やナヴルテリに女遊びを教えてもらわなかったのだろう。不器用な俺なりに、少しだけでもやつらの話術、図々しさを学んでいれば──。時々十歳レベルにちょろくなるラーンなら騙し通せた可能性は十分あるのに。

 

 読書仲間にして肉体年齢十歳のネフレンとは、ある意味対と扱われているラーントルクである。

 

 ちなみにこういう時すごく頼りになりそうな、プロペラの如く口が回る腹黒情報屋アイセアはというと、

 

『うわああ~んヴィレムに抱きしめられたり愛の言葉を囁かれるのはわたしだけの独占権の筈なのに~』と、大泣きしながらお菓子をヤケ喰いするクトリに付き合わされ、今度こそ体力尽きて一緒に仲良く爆睡中。ノフトはノフトで『うわああ~んやっぱりわたしには管理者たる資格なんてないんだわ~』と、帰って来た早々またヤケ酒し始めたナイグラートに付き合わされて以下同文。誰にも助けを求められない。

 

 ──あ、ダメだこれ。俺終わった。

 

 頭に血が上りきっている。言えない事情も逡巡も、ラーントルクはその一切を読み解かない。彼女はいよいよ右手の平へ、荒れ狂うままだった魔力を一点集約し始めていた。

 

 ──クトリ。アイセア。ネフレン。ノフト。ラーントルク。

小さな家族を守る為に、世界という重責を背負い、終わりの見えない戦いに身を投じている戦士達。

あいつらを支えたくて、助けになってやりたくて。借金を返しきった今も、ここでの管理者を続けてきたけれど。

ほんとに俺は、何をやっても思い通りにいかなくて、いくつになってもちっともカッコつかねえなあ。

 こんなくだらないことで。

こんな中途半端なとこで。

 戦いと、妹達の世話と明け暮れてばかりな、全然長くない人生だったけど──それでも決して悪いものじゃなかったと、胸を張れる前向きな最期。

 そんな場所に、一人として辿り着かせてやれないまま、俺はこんなところで終わってしまうのか。

 

 残された生は、最早一秒にも満たないその最中。

 

「─────?」

 

 青年は、目前のラーントルクのすぐ後ろ。食堂の中央部、その何もない中空に、淡い光を発しながら開き出す、横に五メートル、縦に三メートル程の、神々しい両開きの門扉を見た。

 

「マジかよ───」

 

 はは、と微かな笑いが漏れる。

 

 その先には、あまりにも懐かしい──。

 

 青年が、これから先何十年と。弱り切ったその身体で、例え老衰するまで生きようと決して振り切れないであろう深すぎる悔恨。

 

 本当はそこにこそ帰りたかった。最後まで守り抜きたくて叶わなかった──、もうこの世の何処にもありはしない、本当の彼の家。

 

 ここ妖精倉庫に似た、古くて小さな養育院。

 

 ──まだ、待っていてくれたのか。

 

 こんな俺を、今更迎え入れてくれるのか。

 

 アルマリア。

 

 師匠。

 

 ちび達。

 

 カイヤ。

 

 エミッサ。

 

 ヒルグラム。

 

 ナヴルテリ。

 

 リーリア。

 

 ああテッド、お前はいらん。俺の許しを得る為に律義に待っていたのは評価する。が、だからといってお前みたいなレベル一桁に大事なアルマリアを任せる気なんて更々ねえ。どうしてもって言うんならそうだな、禁呪の使い方十発分教えるから、そいつに耐えきってから改めて来い。ギャアギャアうるせえな、誰が人でなしの修行バカだ。一日一発くらいなら人って案外死にはしねえ。最低限これくらいこなせなきゃお話にもならねえよ。

 

 残り零コンマ二秒。今際の際のその刹那、青年は存在しない光に向けて微笑みながら手を伸ばした。

 

 

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