密室で何してるんですか?ペロペロしちゃってますが何か?ふざけてるんじゃねえですよ追放させて頂きます   作:すかすかのタキ

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ペロリックルージュ

浮遊大陸群辺境の地68番島。緑豊かなこの土地の、更に奥深くに佇んでいるおんぼろ屋敷のある一室。

 

 清潔に整えられた純白のベッド。小難しい医学書や過去のカルテが収められた大きな戸棚。何かと怪我の多い子供達にすぐ対応する為だろう、使い込まれた木製のデスクには、救急箱がデンと目立つ形で置かれている。

 

 妖精倉庫の医務室兼診察室。今日はそこで何が行われているのかというと、少女達の定期的な健康診断と身体測定である。

 

 妖精の子供達は、成長すればいずれその手に遺跡兵装を携えて、浮遊大陸群を脅かす獣と戦わなければならない身の上だ。浮遊大陸の守り手たる護翼軍は、成体となった妖精を兵器として運用・援護し侵略者を撃退する。ならば当然、幼体の少女達が健康を損なうことなく順調に成長しているか、軍から管理者に定期的なデータの提出が求められるのは自明の理と言えるだろう。

 

 そこに踏み込んだのは、ラーントルク・イツリ・ヒストリア。涼やかな藍色の髪を肩口まで伸ばした、いかにも知的で冷静そうな年長妖精の一人。実態はともかくとして、彼女は日頃から後輩達の模範たるよう自身を厳しく律している。

 

 しかし今はそれがすっかり抜け落ちて、激情家としての本性が露わとなってしまっていた。

 

「なかなか次の子に順番が回ってこないからどうしたのかと心配してたら、一体何をやってるんですかあなたは!?わたし達を食べたがるのは毎度のことですが、まさか本当に実行に移すとは思いもしませんでしたよ!」

 

「食べようとなんてしてませんー。ペロペロするのが指だけじゃ物足りなくなって、他の部位も味わってみたくなっただけですー」

 

「それ絶対ペロペロするだけじゃ済みませんよね!?放置してたら絶対エスカレートしてましたよね!?」

 

 念の為にと持ち出された彼女の愛剣ヒストリアは、未だ起動状態のまま。狭い室内にも関わらず今にもキレて振り回しだしそうで、危なっかしいことこの上ない。

 

 もう片方の、正座でお説教を喰らっている長身の女性。言うまでもなく、オルランドリ商会から派遣された妖精倉庫の管理者、ナイグラート・アスタルトスその人だ。

 

 一見すると清楚さとお茶目さが両立した、美しく親しみやすいメイドさん。

 

 が、中身の方は紛れもなく、色んな意味で伝説のトロール種の末裔である。

 

 兎にも角にも種族揃ってお肉大好き。めでたければやんややんやと肉を食う。悲劇があれば涙と共に、やっぱりみんなで肉を食う。未知の獣在りと聞けば、文明の手の及ばぬ領域へ体一つで踏み込んで行き。臭みがあっても硬くても、果てなき情熱と執念で何が何でも食べれるものにする。その長きに渡る美食を追求した歴史は、彼らにとって最も好ましい捕食対象であった人間族をして『俺はトロールの里を探しに旅へ出る。やめとけ?捕らえられて骨も残さず食べられる?そんなことは百も承知だ!俺はこの身を彼らに差し出しても構わない!だから代わりに、トロール族伝統の絶品肉料理を心ゆくまで振舞ってもらいたいんだよおおおおおおお!!』と言わしめるほどなのだとか(一部のやばい美食家の意見です。間違っても種の総意とかではありません)。

 

「だってエクラったら、身長なんて測るまでもなく日々目に見えて成長してるんだもん。そういう子を見たらね、無機質な数字だけじゃなく、舌で直接変化を味わってみたいって思うのが人情じゃない?じゅるり☆」

 

「変化って何ですか!?あなたまさか、日頃からみんなをペロペロして回ってるんじゃないでしょうね!?ってよだれ!よだれを手で拭い取るんじゃありません品がなさすぎるでしょおおー!?」

 

 ギャンギャンつっこまれ続けているが、こたえた様子は全くなく。むしろ内心では、怒られれば怒られるほど『ああんもうラーンてばかわいすぎ♡なんて感情豊かで激しい子なのかしら♡♡ペロペロペロペロ舐めまわしたい♡♡♡』とデレデレし、元気に変えている節すらある。

 

 如何に本質が霊体といえ、妖精達の姿は今は亡き人間種そのものだ。そんな彼女らの下で、何故人間種を最大の好物としていたトロールが働くことを許されているのか。それはきっと闇深く、ことことじっくり煮込まれる程度の覚悟も持てないのであれば探らない方がいい問題だろう。

 

「あーもういいです。そもそもあなたと子供達を密室で二人きりにする体制に今まで疑問を持たなかったわたし達がバカでした」

 

 その言葉と同時に、ラーントルクの口から一つ、諦めたようなため息がこぼれ出た。愛剣ヒストリアに込められた魔力が解除され、その切っ先も床に向けて落とされる。

 

「え~~、お説教はもう終わりなの?つまんな~い、ぶーぶー」

 

 どうやらもっとたくさん構ってもらいたいようだ。ナイグラートは律義に正座を維持したまま、生真面目な性格であればあるほどイラっとくること間違いなしの、ふさげたブーイングを放った。

 

 が、彼女の期待した反応は返ってこない。

 

 むしろその態度は、いつもより僅かに──。だが確実に、平坦で、冷たく硬質なものとなっている。

 

「申し訳ありません。わたし、ライムスキン一位武官と少し話をしたいのですが。通信晶石の使用許可を頂けますか?」

 

 護翼軍一位武官。

 

 正に歴戦の古強者。浮遊大陸群最大にして最強の武力組織から選りすぐられた、傑物中の傑物。

 

 家柄程度ではどうにもならない。体力。智力。胆力。経験。軍略。指揮力。人格。瞬間的な判断力から、大の為に小を切り捨てる決断力。果ては天性の武運まで、あらゆる物を兼ね備えていなくては座ることの許されない貴き席。

 

 その地位が示す通り、彼は第五師団を指揮して獣の侵攻を防ぐという重責を背負い、日夜戦い続けている。  

 

 ただでさえ多忙な彼に、軍籍さえ持たない兵器が話す機会など与えられる筈がない──

 

のであるが、ヴィレムと打ち解けて以来仕事で会う度に娘自慢バトルをし合っているらしく、今ではナイグラートと通信中に子供達が混じってきても、フランクに対応してくれるまでになっている。

 

 というかむしろ、三日に一回は向こうから連絡が来て、息抜きがわりにのろけていく。

 

 そんな訳で、

 

「ん~、まああっちのタイミングに合わせれば、それなりにいけるとは思うけど。でもどうして?」

 

 いつも通りのおっとりした声。変質しつつある空気に、ナイグラートはまだ気付いておらず。

 

 ラーントルクは一瞬、地に向けて深くうつむいた。決して悟られぬよう、美しい顔を悲痛なまでに強張らせ、

 

「──そんなの決まっているでしょう。ナイグラート。妖精倉庫の管理者から、あなたの解任を要請する為です」

 

 迷いなき瞳で。

 

 彼女の心を根幹から瓦解させる、その決断を口にした。

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