密室で何してるんですか?ペロペロしちゃってますが何か?ふざけてるんじゃねえですよ追放させて頂きます 作:すかすかのタキ
小康状態にあった男は、その徴無しの少女を見た途端、再び混乱の極みへと陥った。
「ひいいいいっ!?あんたは森の屋敷のお嬢ちゃん!?ごめんなさいごめんなさいあんたの欲しい本ならいくらでも差し出すから!お願いだからあのトロールの生贄にするのはやめてくれええええええっっ!!」
「いやそんな残虐非道なことしませんよ!?ちょっと落ち着いて下さい、わたしはそのトロールを迎えにやって来ただけですから!」
昨日の晩。ラーントルクはやらかしてしまった責任を自ら負い、クトリら年長の同期達に詫びると、山中で暴れまわった挙句いずこかに姿を消したナイグラートを追い屋敷を出て行った。
島中を飛んで回り、市街地にまで出向いたところでようやく見つけた手がかり──もとい、錯乱する獣人族のおじさんをなだめ、どうにか情報を聞き出した彼女は、すぐさま酒場に向けて駆け出した。
「はあ、はあ、はあ…!」
あっという間に息が切れだす。当然であろう、長時間魔力を使い単身で捜索し続けていたのだ。体は疲れ切って熱を持ち、今すぐに休息を欲している。しかし、道中で何度か見かけたナイグラート乱心の被害者達を思うと、彼女はとても立ち止まってなどいられなかった。
ある人は建物に背中を預けてかがみ込み、震える体を抱いている。
またある人は、白目を剥きながら泡を吹いている家族を膝に乗せ、必死に名前を呼んでいる。
まるで濃密な呪詛が、この通りを吹き抜けていったかのよう。
ああ、震えはいずれ収まるし、失神からも目を覚まされるでしょう。けれど、毛がごっそり抜けたと絶叫していたあの狼微属のお兄さんは元通りフサフサになるのでしょうか。子供達も以前『あー!あのオオカミおじさんにふもふしたい!もふもふしてきていいー?』ってきゃいきゃい盛り上がってたのに何てもったいない。失わなければ気付かないことって本当にあるんですね。今度同じ状況になったら、うまくお願いしてあの子達の願いを叶えてあげることにしましょう。知らない人とのコミュは苦手ですが、今なら何だかがんばれる気がします。ついでにわたしもご合判に預かりましょう。ああもふもふ。魅惑の毛皮。想像するだけで心が癒されてしまいますねうふふふふふ。
あんたも間違いなくあのトロールの娘だよとつっこむべき大概な思考回路であるが、とにもかくにもラーントルクは現場に到着。殴りつけるようにして、勢いよく酒場の扉を押し開いた。
「…ゔっわ」
年頃の少女にあるまじき、酷い低音が出てしまった。
だがその惨状を目にすれば、誰もが似たり寄ったりの反応を見せてしまうだろう。
彼女は鼻と口を手のひらで覆い、嫌悪に顔を歪ませながら、店の中に目を通す。
四人掛けのテーブルが四つ。スツールが五つだけのカウンターに、こじんまりとしたステージ。それらの間には無数の酒瓶が乱雑に転がっており、床を酒浸しにしてしまっている。
四方の壁には、地元の画家が描いたらしい、移り変わる68番島の四季を描いた幾枚かの油絵。
春の日差しのように。降り積もる雪のように。
静かだが、生まれ育った地への確かな愛情を感じさせるそれは、見る者の心へも優しく緩やかに染み渡っていく。
正に無名の名画と呼ぶにふさわしい。だがその美しさも、小さな店の中、無数の酒が混ざり合い充満しきった退廃に、暗く澱み濁らされてしまっている。
そして、カウンターの一席では。
「ごっきゅごっきゅごっきゅ。ぶひゃああ~!マスターもう一本!もっともっと強い酒!え?これが一番強いやつ?なら原液でいいから持って来い!わたしこんなんじゃ、いつまでたってもこれっぽちも酔えないってんだよこんちくしょ~!」
品性もユーモアもない、とても悪い意味での豪快すぎるラッパ飲み。
妖精倉庫の日常で見せる、お茶目な表情と軽やかな口調。いささか過剰とも言える少女趣味の演出は、その一切が放棄されている。
目は涙に。口元はこぼれた酒と唾液に汚れ、愛用のメイド服も染みだらけ。探し人は、冴えない人生の先を憂いた中年の如く、そこでやさぐれきっていた。
ああもう、ナイグラート。何という有様ですかこれは。あまりに心が弱すぎます。こんなのが、まともな大人の姿だとでもいうのですか。普段の礼儀、清潔、身だしなみにうるさいあなたは何処に行ってしまったというのですか。
──ごめんなさいね、考えが足りなくて。あなたがあの場所をどれだけ愛おしく思っているか、思いを馳せることもしないで。わたしの追放宣言が、そんなにもショックだったというのですね。
心中で罵倒した後、ラーントルクは目を閉じる。目を閉じて、自身の未熟さと犯した過ちを受け入れる。
目を開く。
気を入れ直し、一歩踏み出す。びちゃりと不快な感覚がした。
嫌悪が表に出ないよう、ありったけの自制心で抑え込む。
そこら中に転がった酒瓶を、一本一本脇に立てかけながら。
靴裏に酒が染み込むのも構わず、雑巾で丁寧に床を拭き上げていきながら。
悪臭に塗れた魔窟を、目標に向けて着実に切り拓いていき──
ようやく辿り着いたそこで。
大切な管理者の肩に、少女はそっと手を添えた。
──以下は、遠めに見ていたギャラリーや店員達の証言を繋ぎ合わせて再現した、彼女がやさぐれトロールの説得に費やした会話の記録である。