密室で何してるんですか?ペロペロしちゃってますが何か?ふざけてるんじゃねえですよ追放させて頂きます   作:すかすかのタキ

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すいません一回消して全面修正しました…。次回完結予定。


添い寝の一歩

 最年少の妖精兵ネフレン・ルク・インサニア。

 

 彼女は遥か天上で浮遊大陸に生きる人々を見守っているという星神の寵愛を受けているとしか思えない、至極の肉体を持ってこの世に生まれついている。

 

 何を言ってるんだこいつは。頭がおかしいのか?と思われるだろうか?それではここで一つの事例をご覧頂こう。

 

 ある昼下がりの妖精倉庫。年中組の少女ラキシュは、疲労の極みに達していた。

 

 繰り返される日々の家事に、行動が予測困難なちびっ子達のお世話。いずれも笑顔で自主的にやってくれる、実に真面目で健気な出来すぎた九歳児。

 

 それに加え、ティアット、パニバル、コロン──。ラキシュの親友にして、三人揃うととたんに調子に乗りまくり、溢れる好奇心と行動力に全く歯止めが利かなくなる妖精倉庫最凶(?)の悪童チーム。そんな彼女らまでをもどうにかコントロールしようとして、当然のようにどうにもできず「はわわわわ~」と振り回されまくり、ソファーに死んだ目で横になっていた。

 

 そんなラキシュの下に、ネフレンがそっと無言のままに腰かけた。

 

 彼女はいつもぼんやりとした無表情で、後輩達からは何を考えてるかいまいち掴み辛いと思われがちである。

 

 しかし実際は、心の傷付いた人や行くべき道に迷っている誰かを見ると手を差し伸べらずにはいられない慈愛深き女の子なのだ。

 

 そのまま自身も横になると、ラキシュと向き合う形できゅっと静かに抱きしめる。するとどうだろう。

 

「ふひゃ~、にゃにこれ気持ちいい…。ぽかぽかでふわふわで、ハチミツみたいに甘い香りがして…。ねふねふねふねふ、ねふねふねふねふ…」

 

 ハグを開始してから十秒足らず。たったそれだけの時間で、生気が枯れ果て倒れ伏した少女の裡に光が灯った。それは一秒毎に光量を。鮮やかさを、瑞々しさを増し、少女の全身を巡りながらあるべき活力で満たしていく。

 

 無論それは現実でなく、ただのイメージに過ぎない。しかし、種族や個人による差はあれど、彼女の抱擁を目にした者は一様に類似した聖なる光のイメージを見て取るのだ。そして抱擁を受けた者は、実際あっという間に疲労から回復を果たしてしまう。

 

 正に奇跡の肉体。星神の寵愛を一心に受けた、選ばれし癒しの少女。それ以外に、ネフレン・ルク・インサニアをどう呼び表せというのだろうか。抱擁中は誰もがずっと「ねふねふねふねふ、ねふねふねふねふ」と繰り返すのが玉に瑕ではあるのだが。

 

 

 

 ──とまあ、ここで説明が終わるなら、話は全然ややこしくないのだ。

 

 クールで周りに無関心に見えた子が、実は誰より周囲を気にかけている心優しい人格者だった。それは古来より使い尽くされた、よくあるテンプレの一種と言えるのだから。

 

 重ねて言うが、ネフレン・ルク・インサニアが、傷付いた者を放っておけない慈愛深き性格であるのは間違いない。

 

 が、同時に。彼女は人が少なく静かな環境で、まったり本を読んで過ごす時間をとてもとても大事にしている。

 

 つまり一人が大好きで、必要がないならスキンシップなんてやりたくない。必要があったとしても、長時間は耐えられない。最大限努力しても、五分以上は絶対無理。それを過ぎたらどうなるか。

 

「ふはああ~天国。ねふねふもふもふ、ねふねふもふもふ。わたしもう、このまま一生涯ネフレン先輩をはなしません。ずっと二人で密着したまま過ごしましょうね。ねふねふもふもふ、ねふねふもふもぎゃーっっ!!?」

 

 恍惚とした表情で、いつの間にかガッチリとしがみついていたラキシュ。ネフレンはハグを解き、それ以上の力で彼女をベリベリひっぺがすと、慈悲とか慈愛とかと一緒にまとめてソファの下に放り投げた。

 

 その後は、騒動厳禁の読書室か。森の何処かの開けた木陰か。或いは68番島周辺を漂っている、揺り籠のように小さな大地の欠片か。とにかく心休まる居場所を求め、ネフレンは詫びの一つも入れることなくその場から高速で逃げ去っていった。

 

 ねふねふねふねふねふがうざいのは分からなくもないが、それにしたってハグから忠告もなしの突然のぶん投げとは、扱いの落差がえげつなすぎる。スキンシップは五分以上は持たないというが、今回はどれだけハグし続けることに耐えられたのか。驚くなかれ、計測結果は僅か四十七秒。よもや一分にも届かないとは、あまりに堪え性がなさすぎる。癒しの力は本物なのに、これでは慈愛深いという評価を撤回せざるを得なくなる。いや、一生涯はなさないとかずっと密着したまま過ごすとか明らかにハグ依存の様相を呈していた以上、強制的に引き剥がしたのはラキシュを深く思いやっているからこその厳しさと解釈できないこともないのだが。

 

 とにかくそんな、肉体の特性と精神性がかみ合っているようでかみ合ってないちぐはぐ少女が、自ら手を挙げ言ったのだ。

 

「ん。それじゃあわたしが今夜一晩、ラーンをつきっきりで添い寝する?」と。

 

 そのぽつんとした一言に、つかみ合いのケンカ一歩手前まで行っていたクトリとノフトが。腹を抱えて壊れ気味に爆笑していたアイセアが。年頃の少女の仲裁の仕方が分からずに、おろおろするばかりだったヴィレムが。

 

 四人の動きがピタリと止まり、混沌に荒れ狂っていた会議室の空気もまた、ネフレンの纏う静謐さに倣うように深と凪いだ。

 

 八つの目線が彼女に向けて集中し、まじまじとその一挙一動を観察する。先の一例を加味しても、あからさますぎる疑いの目線。無礼で不躾なそれを受け続けても、ネフレンは平時のぼんやりとした無表情のまま。真っ直ぐに背筋を伸ばし、身体は微塵も揺るぎはしない。

 

 彼女は本気で言葉通り、ラーントルクを復活させる為に一晩つきっきりで添い寝してくれようとしている。その確信に年長四人は、一転して歓喜の歓声を爆発させた。屋根の上で救助を待っていたちびっ子達が、会議室から突き上がってきた衝撃に驚いてびょんと跳び上がる。危うく転落しそうになり、救助活動中のティアットを慌てふためかせたが、そんなことは露知らず。揃ってネフレンの傍に駆け寄ると、彼女のスキンシップ嫌いも忘れて頭をぐしゃぐしゃになで回し始めた。

 

「ねえレンほんとにいいの!?君、ほんとにラーンを添い寝で癒してくれるの!?」

 

「お前は偉いよ。誰かの為に苦手なことを自分からやってもいいと名乗り出てくれるなんて。俺も妖精倉庫の父として鼻が高いぞ」

 

「にゃははははははは、いやーあたしらみんな視野が狭くなってたっすねー。どうしてレンていう適任中の適任がいるのに全然気付かなかったんでしょ?」

 

「ちっちゃいからだな!あーもーこういう時はちゃんと早く声に出して自己主張しなきゃダメだぞー?レンは世話が焼けるよなーもー。なでなでなでなで」

 

 戦いはまだ始まってすらいないのに、既に勝ったも同然な祝賀テンションである。今日はもう無礼講だとばかりになでなでは激しさを増し、ネフレンの頭は前後左右にぐわんぐわんと揺さぶられる。

 

 あまりに雑で不敬な扱い。ダメな年上共に顔をしかめながら、少女は心中あれやこれやと思いを馳せた。

 

 ん。とりあえず今回の戦いが終わったらアイセアとノフトは絞める。人の体格をいじるのは許せない。そもそもわたしはラーンに関しては特に心配なんてしていない。みんなつい先週のゴキブリ事件を忘れたのだろうか。ラーンてば内心震えてる癖に、子供達の前だからクトリみたいに余裕ぶって、壁に張り付いたヤツをスリッパで叩き潰そうとしたでしょう?ぎゅっと目をつぶっての一撃なんて当然外す。で、壁を叩いた衝撃に驚いたゴキブリがぶーんと飛び立って、ラーンの腕にピタリと着地。ショックで意識を喪失し、顔面から床にぶっ倒れた。ヤツの退治なんて、虫が平気な誰かに任せておけばよかったのに。目が覚めたら絶対『毎日念入りに清潔を保っていたわたしの身体が、黒い悪魔に穢されたああああああああ』とか叫んで、全身で取り乱すんだろうな。めんどくさいなあと予測してたら一時間後、『すみません皆さん、読書で夜更かししてたら寝過ごしてしまいました。頑張って家事の遅れを取り乱します』と、自分が傷つかない方向に記憶を改竄していた。気絶中に無自覚に。どうせ今だって、体は眠りながらも脳は全力で働いていて、昨日の追放宣言から全身ペロペロまでの記憶を矛盾のない別物に置換している最中なのだ。で、ラーンのこの芸人体質を考えたなら、明日の出立前には何事もなかったかのように復活してるに決まってる。こんな会議に時間を使うくらいなら、ラーンがどう記憶を改竄していてもちゃんを話を合わせるよう、決して真実を刺激するようなことは口にしないよう、子供達全員にきちんと言い含めておくべきなのだ。

 

 そう考えていながらも、今回ラーンに添い寝してあげようと決心した理由。

 

 それはもちろん、ヴィレムを助けてあげる為。

 

 この人は本人が思っている以上に、心も身体も傷だらけで目を離せないくらいに危なっかしいのだ。たたでさえわたし達の戦いの前は毎回ナーバスになるのに、こんなくだらない騒動で更なる負担をかける訳にはいかない。ヴィレム以外の他人と一晩寝るなんて、正直すごくストレスが溜まるけど。まあラーンは一応わたしの読書仲間兼ギャンブル仲間で、親友と言ってもいい間柄だし。今夜だけ我慢して事態が解決するというのなら、安くはないけどまあ許容範囲内の買い物だ。

 

 そんなわたしの気持ちなんてちっとも知らず、ヴィレムまで調子に乗って、わたしの顎をむにむに揉んだり爪先で軽くひっかいたりし始めた。わたしはヴィレムのペット的ポジションで構わないのだけど、実際に犬みたいな扱いをされるとすごくムカつく。

 

 アイセア、わたしの胸に頬ずりしないで。変態なの?ノフトもわたしのツインテールをかき回さない。これ以上癖っ毛になったらちょっと困る。クトリはまともな子だと思ってたのに、どうして高い高いなんてするの。今日最大の屈辱。もはや事が済んだら全員絞めなければ気が済まない。

 

 無言で決意を固めるネフレンだが、その前に彼女には、先輩全員の手を借りてやっておかねばならないことがあった。

 

 クトリの頭をぺちんを叩き、高い高いから丁重に床に降ろさせる。それからこれ以上なでなでという辱めを受けないよう靴を脱ぎ机の上によじ登ると、ヴィレム、クトリ、アイセア、ノフトらをじろりと見下ろしながら宣言した。

 

「自分で言った以上、仕事は最後までやり遂げる。ただし、その為には一つ条件がある」 

 

「おういいぞいいぞ。何でも好きなこと言ってみろー?」 

 

「みるっすみるっす」

 

 この時ヴィレムを始め年長四人には、まだ精神的に全然余裕があった。ネフレンの言う要求など、精々『少しでもストレスなく添い寝できるよう高級寝具をレンタルしてきてほしい』『せめて静かな環境を。子供達を早めに寝かせてこの部屋にも近付けないで』『ストレスの即効的な解消は甘い物を食べるに限る。明日の朝は、わたしの好きなふわとろフレンチトーストを大量に用意しておいて』等々、少しの手間と資金を惜しまないだけで応えられる、安易なものだと思っていたからだ。

 

 しかし、

 

「ん、じゃあ遠慮なく。ラーンはナイグラートの全身ペロペロを受けた後、全速力でお風呂に入りに行ったでしょう?だけどあの時は相当に錯乱してたから、身体をきちんと隅々まで洗えていない可能性がある」

 

「お、おう…?」

 

 話が全く予想していない方向に転がり始めた。戦勝モードで緩んでいた四人の頭に、不吉な暗雲が立ち込め始める。

 

「全身ペロペロを受けながら完璧に身体を洗いきれていない人と一晩添い寝するなんて、絶対に無理。わたしの身体どころか魂まで汚染されてしまう」

 

 ネフレンの要求が何であるか。この時点で、四人は全く同じタイミングで、全く同じ回答に達した。顔は幽鬼の如く青くなり、冷たい汗が衣服ごと全身ぐしゃぐしゃに濡らしていく。血の繋がりはなかろうと、彼女達はずっと一つ屋根の下で過ごしてきた家族だ。ちょっと恥ずかしい思い出なんかも含め、互いのことは大抵知り合っている。だけど、それでも世の中には、どんなに親しい間柄であろうとも、人としてやってはいけないことがある。いくら何でもそれは駄目だと、数分後の未来を拒絶するように頬が引きつる。されど我が道を行くちびっ子は、そんな空気を全く読んでなどくれはしない。壁に掛けてある絵画が、前触れもなくガタンと音を立てて傾いた。それにも一切動じることなく、少女は机の上から冷厳と一同を見下ろして。

 

「密着添い寝に入る前に、ラーンの全身を改めて徹底的に洗わせてもらう。今すぐにお風呂の用意を。これはみんなに協力してもらわないと、わたし一人じゃやり遂げられない」

 

 四人の心に浮かんでいた、同一にしてあまりに受け入れ難い結論を、そのまま読み上げるようかのに口にした。

 

 

 ──斯くして妖精倉庫管理者ヴィレム・クメシュ。成体妖精兵クトリ・ノタ・セニオリス。アイセア・マイセ・ヴァルガリス。ノフト・ケー・デスペラティオの四名は。

 

 本来一週間はかかる筈だった、ラーントルクの復活。獣と戦い浮遊大陸郡を護る戦力として、それを今夜一晩にまで短縮させる為に。

 

 運命を覆すであろう、灰髪の聖天使。彼女から課された、最後にして最大の無茶振りを乗り越えんと。

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 涙と共に謝罪を繰り返しながら、ラーントルクを引きずって浴室へと向かうのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………ちょっと待て。俺、一応男なんだけど。ラーンを色々アレする現場に立ち会っちまってもいいのか…?」

「いい訳ないでしょうが君は山に入ってエクルエクラとナイグラートを迎えにでも行ってきなさーーーーーーーい!!」

 

 一つ訂正する。黒一点であるヴィレムは、女子達がラーントルクを脱がせ始める直前に死なない程度のクトリパンチによって脱衣場から追放された。

 

 

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