密室で何してるんですか?ペロペロしちゃってますが何か?ふざけてるんじゃねえですよ追放させて頂きます 作:すかすかのタキ
朝六時。カーテン越しの陽光と鳥達の歌声を浴びながら、ラーントルク・イツリ・ヒストリアは目を覚ました。
ベッドから体を起こすと、両手の指を組み思い切り腕を伸ばしてストレッチする。ああ、よく眠りました。身体は軽く、頭も澄み切っていて思考は明快。
わたし達妖精兵は、二日後に三十一番島で獣との戦いを控えている。予見によると今回の戦いは小さい個体ばかりらしく、普通に戦えばあの技官に鍛えられたわたし達に負ける要素など一つもない。
しかし、個々の戦闘力が低いぶん来襲する数はかつてない規模で多いらしく、島全域を舞台にした厳しい戦いになるのは確実と言ってよいでしょう。
それを前にして、わたしの状態はこの通り間違いなく絶好調。ピークは完璧に明後日の会戦に合わさっています。自分の自己管理能力の高さに惚れ惚れしてしまいますね、うふふふふふ。
ついつい口角がどやっと上がり、両の瞳も不敵に輝く。むむ、いけません。誰もいない自室だからといって、油断は禁物ですよ。如何なる状況にも心乱さないクールで知的な先輩たるわたしが、こんな調子に乗った顔を後輩達に見せる訳にはいかないでしょう。うちには何処から人の弱みを仕入れてくるか分からない不穏なネコ耳娘もいることですし。ラーントルクは自分の頬をペチンと叩き、ぎゅっと気を引き締める。
そうしてベッドから立ち上がると、彼女はクローゼットを開けて略式軍装を取り出しパジャマからそれへと丁寧に着替えていった。
部屋の一角に吊り下げられている姿見。それの前に立ち、改めて自分をじっくり観察する。軍服に余計なしわ無し汚れ無し。両腕を軽く広げ、くるりと軽やかに一回転。藍色の髪は流麗に梳かされていて、寝癖の一つもありはしない。表情も戦いに臨む戦士のそれへと、一振りの刃の如く鋭く引き締まっている。
うん、完璧ですね!納得のいくわたしの出来上がりです!
現在時刻は六時十分。十時までには港湾区画に到着しなければならないことを考えたら、ゆっくりしていられる時間は多くはありません。
またしばらく妹達の顔が見られなくなり、この家の料理を味わうことも出来なくなる。それを思うと寂しいけれど、なればこそそれを理由に。
ここ妖精倉庫にまた帰ってこられるよう、頑張って戦いを乗り越えましょう。
引き締めた筈の表情がまたほろりと緩んでいるのにも気付かずに、ラーントルクは住み慣れた自分の部屋を後にした。
まだ寝ている子達を刺激しないよう、食堂に向けて静かに廊下を歩く。早朝の冷たくも澄んだ空気が、心地よく身に染みる。こんな朝は、濃い目のブラックコーヒーを優雅に楽しみたいですねと考えていた矢先。
「せんぱーい!門の掃き掃除終わりましたー!」
「うん、ありがとね。それじゃいっしょに洗面所の掃除もやっちゃおうか」
今朝の掃除当番であろうか。彼女はその先に二人の後輩──、ティアットとエクルエクラの背中を見た。
年中組の中では最年長なのに一番小柄。それを気にして毎日欠かさず牛乳を飲んでるのに、なかなか成果が出ないティアット。それとは対照的に、特に何もしなくてもめきめき背が伸び続けてて、もう少し標準的になりたいと時々愚痴をこぼしている年少組のリーダー格エクルエクラ。
うふふ、これは朝から尊くも面白い組み合わせが見れましたね。コーヒーを飲みまでもなく胸がほっこり温かくなりました。この子達は二人きりだと、一体どんな会話を交わすのでしょうか。是非とも創作の参考にさせて頂きたいものです。
ラーントルクは廊下の角に隠れ、こっそり二人の様子を覗き見る。
うーん、それにしても。
何となくですが、ティアットを見上げるエクラの目が妙に輝いているというか、言葉の一つ一つにも熱がこもっている気がします。これはどうしたことでしょう?
そう、これはまるで、子供達が危機にありながらも大人達がろくに働かず失望に心が闇へと堕ちかけていたら、ティアットだけは不器用ながらも一人懸命に動き回っていて光に掬い上げられたかのような。近い将来、あの子が人々に英雄とまで称えられる存在にまで成長することを確信しているような、絶大な信頼すらも感じます。
むぬぬ、愛する後輩が相手とは言え、これは嫉妬を感じざるを得ません。
年少組の熱い尊敬の眼差しは、わたしこそが一身に集めたい。だからこそ日々完璧な先輩を目指し、己を厳しく律し続けているというのに。現実に子供達から向けられるのは『もー、ラーンせんぱいはしょうがないなー』という風の、何もできない赤子の面倒を見る如き微笑ましい視線ばかりなんですもの!
ああ悔しい。温かいコーヒーなんてもういりませんから、ざぶんと豪快に水をかぶって高ぶったこの頭と感情を冷やしたい。
ラーントルクは胸を抑え、ギリギリギリと歯噛みしながら湧き上がってくる激情に耐える。こういう分かりやすすぎるところこそが微笑ましい目で見られる由縁なのだが、当の本人はもちろん全く自覚がない。
そして幸いなことに、ティアットとエクルエクラは、彼女が身を隠している廊下の角から反対方向へと談笑しながら立ち去って行った。
…はあ。もういいです。
嫉妬の荒波を乗り切った少女は、息をついて思考を前向きな物へと切り替える。
今回の戦いは、三十一番島内全域に拡散されるであろう無数の小型が相手。つまり撃退数という、誰の目にも分かりやすい明確な戦果が、今までで最も分かりやすく示されるということです。
戦場に私情を持ち込むのは良くないですが、それはそれこれはこれ。
誰よりも多く。それこそ主戦力であるクトリ以上にたくさんの獣を討ち取ってみせることで、子供達の光り輝く尊敬の目を今度こそわたしというヒーロー一人に注がせる。この溜飲はそうやって下げさせてもらうことと致しましょう──。