翌日の放課後
明久は慌てていた
「ああ……バイトに遅れる! あの先生、なんであんなに書類を溜め込むのかなぁ!?」
今日明久は日直だったのだが、職員室に行ったらとある先生が書類を大量に溜め込んでいたのだ
しかも、日直だった明久はそれを手伝うように頼まれてしまったのだ
その結果、バイトの時間に遅れそうになっていた
「……あ、吉井です! あ、陽斗? 僕だけど、ちょっと遅れるかもしれ……」
と、遅刻することを連絡していたら
「きゃあぁぁ!?」
という叫び声が、目前の階段から聞こえた
「あ、ごめん。また後でかけるけど、一応遅れるって言っておいて!」
明久はそう言うと、携帯を切り
「あの、大丈夫ですか?」
と階段の方へと、顔を出した
すると、階段を降りた先の踊場に一人の少女が倒れていた
上履きの色から、一年生とわかった
「大丈夫ですか!?」
倒れている少女を見て、明久は駆け寄ると声を掛けた
だが、少女からは返事はない
「うーん……下手に動かすのはマズそうだけど、ここにこのまま放置も駄目だよね……」
明久は少し考えると、よしっと頷くと
「緊急事態だからね、仕方ないからね?」
と言うと、女の子をいわゆるお姫様抱っこで抱え上げた
「この時間なら、まだ保健の先生居るよね……」
明久はそう言うと、保健室目掛けて駆け出した
そして、保健室に到着すると足でドアを開けた
その時、少女の瞼が震えて
「う、うん……あれ? ……あなたは?」
と明久に視線を向けた
「あ、起きた? ちょっと待っててね、先生呼んでくるから」
明久は少女が起きたことに気付くと、そう言いながら少女をベッドへと寝かせた
どうやら、養護教諭は居ないらしい
「あ、あの……」
「あ、キミは動かないでね。頭を打ってるかもしれないから」
少女が声を掛けると、明久はそう言いながら保健室から出ていった
そんな明久を見て、少女は顔を赤らめながら
「かっこいい……」
と呟いた
数十分後
「それで、その女の子はどうなったの?」
「一応念の為に病院に行くって、保健室の先生が言ってました」
明久は質問してきたひよりに対して、そう返した
あの後、明久は先生を連れて保健室へと戻った
そして、何があったのかを聞いて先生に後を託した
「それで、どうして女の子は階段から落ちちゃったの?」
「どうも、廊下を勢い良く走ってた人が居たみたいで、その人の荷物がぶつかったみたいです。しかも、その人はそのまま行ったみたいで」
ひよりからの問い掛けに明久がそう返すと、ひよりはそっかぁ、と言ってから
「明久くんは偉いねー」
と言いながら、明久の頭を撫でた
「あの、ひよりさん……恥ずかしいんですけど……」
「え、なんで?」
明久が抗議するが、ひよりは何で明久が恥ずかしいのかが分からないらしく、首を傾げた
そんなひよりの反応に、明久は深々とため息を吐いた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひよりさんって、絶対に天然だよね……」
バイトの帰り道、明久は頭を撫でてきたひよりを思い出しながら呟いた
そして、信号待ちしていると反対側の道を雪が歩いているのを見つけた
「え、こんな時間に一人で?」
今の時間は夜の10時を過ぎており、女の子が一人で歩くのは感心しない時間である
「あ、路地裏に入った……」
しかも、そのまま路地裏へと向かった
明久は気になり、信号が青になるとすぐに駆け出した
路地裏はもちろん真っ暗で、明久は一瞬入るのを躊躇ったがすぐに入った
そして、少し歩いていると……
「こぉら、ハシャぐなって」
という声が聞こえた
そして、明久の視界に入ったのは
「良い子にしてたか?」
子犬と戯れている雪の姿だった
しかも、近くには傘が立てかけてあるダンボールも置いてある
その光景に明久が固まっていると、子犬が明久の方に近寄ってきた
「あ、お前は……」
「あ、えと、その……」
雪に気づかれて、明久は苦笑いを浮かべた
すると、雪は明久を睨み付けながら
「何のようだ?」
と問い掛けた
「えっとね、椎名さんが路地裏に入ったから、どうしたんだろって思ってね……」
明久は誤魔化すことなく、素直にそう言った
すると、雪は溜め息混じりに
「お前は……お節介な奴だな……他人なのに」
と呟いた
明久は雪のそんな呟きに、苦笑いを浮かべながら
「この子犬はどうしたの?」
と雪に問い掛けた
「ん? 近くの公園に居たんだ。何故かあたしに懐いてきたから、ここで世話してる」
確かに、この近くに比較的大きな自然公園がある
そのことを思い出しながら、明久はダンボールに視線を向けて
「それで、あのダンボールに付けてあるイルミネーションは?」
と雪に問い掛けた
「クリスマス仕様だ」
明久からの問い掛けに、雪は即答した
そう、子犬の寝床であろうダンボールは、クリスマスツリー等に付ける電球等により綺麗にイルミネーションされていたのだ
(あれってつまり、椎名さんなりの優しさだよね……)
明久がそう考えていると、雪は買い物袋の中から牛乳パックを取り出して
「牛乳大丈夫かな?」
と首を傾げた
「あ、子犬に牛乳はダメだよ。子犬や子猫は胃が弱いから、牛乳を飲んだらお腹を壊すよ」
「そうか。水も買っておいてよかった」
明久の指摘を聞いて、雪は買い物袋の中から水のペットボトルを出した
その時、明久は子犬の首に首輪が着いてることに気づいた
「あれ……この子犬、首輪が着いてる?」
「ああ……最初から着いてた。多分、飼い犬なんだと思う」
明久の呟きに、雪は二つのトレイに水と餌を入れながら答えた
「でも、それだったら帰巣本能ってやつが働くと思うんだが……」
雪は餌と水を入れ終わった二つのトレイを、子犬のほうに近づけながら首を傾げた
「多分、幼いから、まだ家の位置を覚えてないんじゃないかな?」
明久の言葉に、雪はなるほどと頷き
「お前、結構物知りだな」
と感心した様子で、明久を見つめた
「まあ、近所の人達との付き合いとか、色々なバイトをやってる内に覚えたんだ」
「なるほどな……」
明久の話を聞いて、雪は納得した様子で子犬に視線を向けた
子犬は無我夢中で餌を食べている
それを雪は、微笑みながら見つめている
「ねえ……なんで、ここで子犬の面倒を見てるの?」
「あたしの家はアパートだから、ペット禁止なんだ」
明久からの問い掛けに、雪は子犬を見つめながら答えた
その眼差しは優しさに満ちていて、雪が優しいことを物語っている
「なるほどね……」
明久は頷くと、しばらくの間黙考した
「なんなら、僕が預かろうか?」
「ん? いいのか?」
明久の言葉に、雪は期待の眼差しを向けた
「うん……僕の家もアパートだけど、申請すればペットも大丈夫だし」
「それは助かる! 正直言うと、ここに一匹だけ居させるのもかわいそうだからな」
明久の言葉を聞いて、雪は嬉しそうにそう言った
「それと、飼い主さんも見つけないとね……心配してるだろうし」
「ああ……そういえばそうだな」
明久の言葉を聞いて、雪はポンと手を叩いた
「お前は……」
「吉井明久」
雪の言葉を遮るように、明久は自身の名前を告げた
「え?」
「お前じゃなくて、吉井明久だよ。椎名さん」
雪は少しの間ポカンとすると、頷いてから
「吉井はデジタルカメラとか、持っているか?」
と問い掛けた
明久は微笑みながら、首を振って
「ううん、持ってないね。携帯じゃダメかな?」
「デジタルカメラのほうが、綺麗に撮れるから、ポスターにしやすい」
明久の言葉に、雪は力説した
「なるほどね……」
明久は頷くと、餌を食べ終わり眠りだした子犬に視線を向けて
「それじゃあ、今日から預かるけど……大丈夫かな?」
と問い掛けた
「ああ、助かる」
「うん、了解」
明久は眠っている子犬と、雪が買ったらしい二つのトレイを同じダンボールに入れると持ち上げた
「あ、傘とかはお願いしていいかな? 流石に持てないや」
「ああ、わかった」
明久の頼みを聞いて、雪は傘やビニール袋を持った
「それじゃあ、付いて来て」
明久は先導する形で歩き出した
そして、数十分後
自宅のアパートに到着すると、明久は管理人に許可を得て子犬を部屋に連れて入った
「い、よっと……」
明久はダンボールを持ちながら、器用に肘で電気のスイッチを押した
「さ、入って」
電気が点いたのを確認すると、明久は入るように促した
「ああ……なあ、吉井。親はどうした?」
「え?」
雪が問い掛けると、明久はキョトンとした目で雪に視線を向けた
「こんな時間なのに、居ないなんて……共働きなのか?」
「ああ……そういえば、椎名さんには言ってなかったっけ……」
雪の質問の意図に気づいて、明久は内心で納得した
「ちょっと待ってね……置いたら教えるから」
明久はそう言うと、雪を伴ってリビングに入った
そして、子犬を起こさないようにゆっくりとリビングの端にダンボールを置くと
「付いて来て」
と言いながら、仏間に入った
そして、仏壇を開くとライターでロウソクに火を灯して、その火を使って線香に火を点けると刺してから
「これが、僕の両親」
と雪に告げた
「……え?」
予想外だったらしく、雪は呆然としていた
「母さんは病弱だったみたいでね……僕が小学生の時に死んじゃって、父さんは去年に交通事故で死んじゃったんだ……本当は姉さんも居るんだけど、今はどこに居るのやら」
「そんな……寂しく、ないのか?」
雪は悲しそうな表情を浮かべながら、明久に問い掛けた
「まあ、寂しいって言えば寂しいけどね……僕の両親、結構心配屋さんだから、露骨に寂しがってたら、心配で成仏出来ないと思うんだ」
明久はそう言いながら、ロウソクの火を消した
「だから、両親を心配させないために、僕は頑張ってるよって、明るく過ごすことにしてるんだ」
明久のその言葉を聞いて、雪は自身の体を掻き抱いて
「吉井が一人で頑張ってるのに、あたしは家族のことで……」
と呟いた
「家族? 椎名さん、どうしたの?」
雪の呟きが聞こえて、明久は気になり質問した
だが、雪は答えずに
「子犬、ありがとう! あたし、もう帰るな……」
と言って、玄関へと歩き出した
「あ、送っていこうか?」
「大丈夫……家、近いから……じゃあな」
雪はそう言うと、足早に出ていった
「何があったんだろ……」
明久には去る間際に見えた雪の顔が、どうしても泣いているように見えた
「椎名さん……」
そして明久は、そんな雪が気になったのだった