翌日の昼休み
「明久。悪いけど、俺は部活の後輩達と一緒に飯食うからな」
陽斗は昼休みになると、やってきた後輩から話を聞いてそう言った
「ん、わかったよ」
明久がそう言うと、件の後輩が近づいてきて
「吉井先輩。吉井先輩、放課後の部活に参加してくれませんか?」
と聞いてきた
「んー……」
明久が悩んでいると、陽斗が後輩の肩を組んで
「明久、辞めとけ。どうせ、こいつに下心があるんだから」
と言った
「い、イヤだなぁ……陽斗先輩。そんなワケないじゃないですか!」
後輩が狼狽えながらそう言うと、陽斗は意地の悪い笑みを浮かべながら
「本当かぁ? 嘘だったら、お前のあの事を、今ここで暴露……」
と陽斗がそこまで言った瞬間、その後輩は凄い勢いで土下座して
「すいませんでした! 吉井先輩は運動能力が高いから、あわよくばと思ってました!」
と謝った
「よーし! 正直に言ったから、アレは言わないでおいてやる」
「あざーっす!」
陽斗の言葉を聞いて、後輩は感謝していた
「んじゃな、明久」
「お騒がせしました!」
陽斗と後輩は一緒に去った
「ほどほどにね……」
明久は苦笑いしながら見送ると、カバンから弁当を取り出して立ち上がった
その時、雪が一人で教室から去ったのを見つけた
その手に握られているのは、コンビニのビニール袋だった
明久はすぐに立ち上がると、雪を追い掛けた
「椎名さん!」
「吉井……」
雪に声を掛けると、雪は少し驚いた様子で振り向いた
「子犬の事で話し合いたいから、一緒にご飯……いいかな?」
明久が問い掛けると、雪は少し考えてから
「わかった……付いて来て」
と言って歩き出した
そして、到着したのは図書室だった
明久と雪は図書室の外れの席に座ると、二人はそれぞれ弁当を広げた
しかし、雪が出したのはアンパンとパックの牛乳だけだった
「椎名さん……それだけ?」
明久が呆然としながら聞くと、雪は頷いて
「お金の節約だ」
と言った
明久はそれを聞くと、少し考え込んでから
「少し待ってね」
と言うと、弁当の蓋におかずやご飯を分け始めた
「……吉井?」
「それだけじゃ足りないし、栄養バランスも悪いから、椎名さんの体調に良くないよ」
雪が首を傾げていると、明久はそう言って割り箸を添えて雪に差し出した
「でも、そうしたら吉井、足りなくないか?」
雪がそう問い掛けると、明久は微笑みながら
「僕、燃費が善いから大丈夫だよ」
と譲った
雪はしばらくそれを眺めると、割り箸を持ってから
「ありがたく、貰う……」
と言った
「うん、遠慮なくどうぞ」
と明久は微笑んだ
そして、雪は割り箸を割ると少し固まって
「そういえば、なぜ割り箸を持ってるんだ?」
と明久に問い掛けた
「ん? 陽斗や雄二達が時々、箸を忘れるからね。その時用に常備してるんだ」
と答えた
すると,雪はしばらく箸を見つめてから
「なんとなく、お前のあだ名の理由がわかった……」
と呟いた
「ん?」
明久はそのあだ名を知らなかったので、首を傾げた
ちなみに、雪が言ったあだ名というのは
《クラスの良心》と《クラスのおかん》である
このあだ名の理由は、明久の面倒見の良さから来たのである
特に、陽斗は結構忘れ物等があるので、明久がフォローに回るのが多々あるのだ
更には、明久は帰り道等で困っている人が居ると助けているのだ
故に、明久は近所では評判が良いのだ
閑話休題
「それで、子犬のポスターだけど……椎名さんがデジタルカメラを持ってくるんだよね?」
と明久が問い掛けると、雪は少し落ち込んでいた
「椎名さん?」
明久が首を傾げると、雪は俯いたまま
「おいしい……」
と呟いた
「それは良かったよ。昨日の残り物がほとんどだから、少し手抜きなんだよね」
と微笑んだ
「これで、手抜き……女としてのプライドが……」
雪のその言葉に、明久は首を傾げるが
「あ、明日から椎名さんの分のお弁当も作ろうか?」
「え?」
明久の言葉を聞いて、雪は目を丸くした
「二人分作るなんて、一人分とほとんど変わらないし、何よりも、そんな食生活してるって知ったら、ほっとけないしね」
と明久が言うと、雪は慌てた様子で
「流石に悪い……」
と言うが、明久は微笑んで
「大丈夫だよ。僕に任せて」
と言った
すると、雪は少し間を置いてから
「わかった……ありがとう……」
と呟くように言った
「うん……それじゃあ、子犬のことなんだけど……」
「ああ……デジタルカメラはあたしが持ってるから、近々撮影してポスターを作ろう」
その後、明久と雪は話し合って、休日に子犬の写真を撮影することに決まった
その日の夜、明久は子犬の散歩をしていた
その時
「明久くーん!」
「え? うわ!」
明久は自分を呼ぶ声を聞いて、振り返った瞬間、腕に女性が飛びついた
「香月さん……」
「あー……明久くんは、相変わらず暖かーい」
明久に抱きついたのは、ひよりだった
ひよりはかなりの冷え症で、以前にひよりが店前の掃除をした後などは、手が赤くなっていたほどだ
それに対して、明久は基礎体温が少しばかり高いのだ
それに対して、雄二は
『子供体温なんだろ』
と言い、明久は苦笑いを浮かべたのを覚えている
「香月さん……いきなり危ないじゃないですか」
「だって……寒いんだよ?」
明久の抗議に、ひよりは呑気に返答した
「手袋したり、ホッカイロを使ってくださいって」
「ホッカイロ、切らしちゃったんだぁ。だから、明久くんが暖めて?」
「はぁ……」
ひよりの言葉を聞いて、明久は深々とため息を吐いた
この時、明久は気づいてなかったが明久とひよりが歩いているのとは反対側の道を雪が歩いていた
「吉井……彼女が居たのか……」
一連の光景を見て、雪は残念そうに呟いた
すると、ハッとした様子で
「いや! 何を残念がってるんだ、あたしは!」
と言うと、ズンズンと歩いていった
翌日、明久が登校すると教室の前で雪が壁に背中を預けていた
「椎名さん? どうしたの?」
明久が問い掛けると、雪は数回深呼吸してから
「吉井……彼女が居るなら、そっちを優先していいんだぞ?」
と言った
「へ、彼女?」
雪の言葉を聞いて、明久が首を傾げた
次の瞬間だった
「「「「「なにぃーーー!?」」」」」
という、クラスメイト達の絶叫が響き渡った
「明久! お前、彼女ってどういうことだよ!?」
「ショック! 吉井君のこと、密かに狙ってたのに!?」
「なんで話してくれなかったんだよ、明久!?」
「そうじゃ! 水臭いではないか!」
「……どこの誰だ!」
クラスメイト達が寄ってたかって迫ってきたが、明久としては何のことかわからず
「えっと……彼女って、誰のこと?」
と首を傾げた
すると、雪は首を傾げながら
「え? ミセドの店員さんが彼女じゃないのか? 昨日の夜、腕を組んでたじゃないか」
と言うと、明久は少し唸ってから
「ああ……もしかして、香月さんのこと? だったら、香月さんは僕をホッカイロ代わりにしてただけだよ?」
「ホッカイロ代わり……?」
明久の言葉を聞いて、雪はポカンとした
なお、余談ではあるが、クラスメイト達はクラス委員の努力により、教室に戻った
「ホッカイロ代わりって、どういう……」
と雪が問い掛けようとした瞬間
「明久ー!」
と小柄な影が明久の腰に飛びついた
「っとと……チョコ……」
明久の腰に飛びついたのは、チョコこと
ちなみに、チョコというのは彼女のあだ名であり、彼女のお菓子好きから付けられたのだ
その千代子は、幸せそうな表情を浮かべながら明久に抱きついていると
「あ、せっちゃん! 今日も寒いね!」
と雪に言った
その千代子の言葉を聞いて、雪は呆れ半分といった様子で
「まさか……ホッカイロ代わりって……」
と言葉を濁していると、明久は苦笑いを浮かべながら
「うん……こういうこと……僕って、人より少しばかり体温が高いみたいなんだ」
と説明した
「そういうことか……」
明久の説明を聞いて、雪が深々とため息を吐くと
「ん? せっちゃん、なにか嫌なことでもあった?」
と千代子が小首を傾げた
「え?」
「だったら、誰かと一緒に居たほうがいいよ! てや!」
雪が呆けていると、千代子は明久を雪目掛けて突き飛ばした
「うわっ!?」
「あっ!?」
突き飛ばされた明久は、雪を壁にぶつけないように、抱き締めてから自身が壁にぶつかるように回った
「痛っ……チョコ、いきなり危ないでしょ? 椎名さん、大丈夫?」
千代子に注意してから、明久は腕の中の雪に問い掛けた
雪は顔を赤くしながら
「あたしは大丈夫だから……そろそろ、離せ……」
と呟いた
「あ、うん……ごめんね」
明久が離すと、雪は深呼吸してから千代子に対して
「チョコ……危ないから……ああいうことはしないようにしろよ……」
と言うと、教室に入っていった
「うぅ……怒られちゃった……」
「当たり前でしょ、まったく……」
落ち込んでいる千代子の頭を撫でながら、明久は座っている雪を見て
(さっきの椎名さん……可愛かったなぁ……)
と思ったのだった
なお、この後明久はクラスメイト達からの彼女は誰!? という質問に対して、苦戦を強いられたのは言うまでもない