雪を自宅に招いた後、明久は料理を作って一緒に食べてから雪を先にお風呂に入らせた
明久は雪が入浴し始めたのを確認すると、ポケットから名刺を取り出した
そして、電話を取ると名刺に書かれていた番号に通話を始めた
数回ほど呼び出し音が続くと、ブツっという音がして
『はい、椎名です』
とあの男性、椎名太一の声が聞こえた
「あ、椎名さんですか? 吉井です」
『ああ、君か』
明久が名乗ると、太一は明久のことを思い出したようだ
「すいません。こんな時間に」
『いやいや、構わないよ。今は休憩中だからね』
明久が謝罪すると、太一はそう言った
「それはすいませんでした……貴重な休憩時間に」
『いやいや。当直医師というのも、なかなか暇なんだよ』
明久が再び謝罪すると、太一はそう言った
それを聞いて、明久は医師も大変だな
と思った
そして、一拍置いて
『雪……のことだよね?』
と太一は問い掛けた
「ええ……とりあえず、今日は僕の家に泊まるように言っておきました……今家に帰しても、恐らくは素直に帰らないでしょうから……」
明久がそう言うと、太一は少し間を置いてから
『ああ、そうだろうね……すまないね。食事代とかは、言ってくれれば払うから』
と言った
「いえ、それは大丈夫です……ただ、僕が言いたいのは……」
『なんだい?』
太一が問い掛けると、明久は一回深呼吸してから
「家族のことが理由だったら、椎名さんと……話し合ってください」
明久がそう言うと、電話向こうだというのに太一が息を呑んだのが聞こえた
「僕みたいな子供が言うべきことじゃないかもしれません。赤の他人が言うべきことじゃないかもしれません。ですが、このままじゃ椎名さんが可哀想なんです……」
『吉井くん……』
明久の言葉を聞いて、太一が呆然とした様子で呟いた
「僕の家も、昔母さんが死んだ時に父さんと姉さんが喧嘩して、姉さんそれ以来行方不明なんです」
明久はそこまで説明すると、思わず頭を下げながら
「だからお願いします……椎名さんとちゃんと向き合って話し合ってください」
と言った
そして、数秒間ほど沈黙が続いて
『そう、だね……確かに、私は雪と向き合ってなかったね……わかった。今度、キチンと話し合ってみよう』
と太一は言った
「すいません。不躾にズケズケと……」
『いや……考えてみれば、お互いに逃げてしまっていたからね……むしろ、吉井くんのおかげで目が覚めた思いだよ』
明久が謝罪すると、太一は晴れ晴れとした声音でそう言った
「そう言ってもらって、幸いです」
『っと、すまないが呼ばれたから。これで』
「あ、はい。お仕事頑張ってください」
『ありがとう』
太一が感謝を述べると、切断音がして通話が切れた
通話が切れたのを確認すると、明久は受話器を台に戻した
その時、ドアが開いて
「吉井、お風呂上がったぞ」
と雪の声が聞こえた
「ああ、うん……ねぇ、ズボンは?」
雪の姿を見て、明久は思わずそう言った
なぜなら、今の雪の姿はパジャマの上着は着ているが下は履いてなかったのだ
「ん? ああ……ゴムが緩くて、脱げてしまうからな。ここにある」
雪はそう言うと、ズボンを掲げた
「わかった……ゴムは後で直しておくね」
明久はそう言うと、雪からズボンを受け取った
明久としても、今の雪の姿は刺激が強過ぎた
(最優先で直そう)
明久は脳内メモ帳の修理欄の最上位に、ズボンの修理を割り込ませた
明久がそう意気込んでいると、雪は子犬と戯れていた
その光景を見て、明久は微笑んだ
(やっぱり、椎名さんは優しいね……)
今の雪は笑顔を浮かべながら、子犬とじゃれあっていた
(とりあえず、パッパッと直そう)
明久はそう思うと、裁縫箱を取り出してズボンの修理を始めた
明久の精神の安定のために