天井に貼り付いたサラは、粘菌の繭へ燃料を噴射し続ける。
繭は既に燃えているので、吐くのは火炎じゃなく燃料だけでいいのだ。
メラメラと燃える繭は…
突如、破裂した。
飛び散る破片の中から出てきたクラッカーマッシュモンは、落下しながら毒キノコをサラへ投げつけた。
毒キノコはサラの顔にポコっと当たった。
サラはそれを炎のオーラで焼き尽くそうとしたが…
突如、毒キノコは爆発した。
「クワアアア!?」
キノコの胞子が粉塵爆発を起こしたのか…!
大丈夫かサラ!?
「クワァ~…!」
地面に落下したサラ。怪我をしているようだ。
かなりの威力だったからなぁ… 戦いが終わったら手当しなきゃまずいかもな。
クラッカーマッシュモンは、粉塵爆発でクラッカーマッシュモンにダメージを与えた隙に、地面に着地した。
ネット回線のトンネルの方へ走っている。…逃げる気だ!
「おらああああぁぁ!」
だが、スナイモンの鎌を構えたブイモンが走ってきて、クラッカーマッシュモンを横一文字にぶった切った。
「マシイィイイィィイィイ!!」
クラッカーマッシュモンは、腰から上と下が真っ二つに分かれた。
決着だ。
上半身と頭だけになったクラッカーマッシュモンは、じたばたと暴れる。
マッシュモンはパワーが弱い分、生命力が異常に強いのだ。
教員はその無惨な姿を見てショックを受けているようだ。
「あ、ああ…マッシュモンちゃん…!」
教員さん。
なぜ正規のセキュリティサービス業者と契約せず、こんな怪しい業者と契約したんですか?
先程パソコンを調べさせて頂きましたが…
このパソコンからマルウエアに感染し、生徒の保護者達へ自動でウィルス付きメールが送信されたようです。
そしてメールを開いてしまった親御さん達のパソコンへ、マルウエアの感染が広がっていった…。
もし誰か一人でも正規の見張りマッシュモンサービスと契約していれば、マルウエアの感染を検出して防止できました。
全員が同時に詐欺に引っかかるというのは流石におかしいのではないですか?
「…だって。正規の業者は料金が高いんですもの」
そんなにですか…?
「今は給食費払うのにすら苦労する親御さん達がいっぱいいるんです!それに学校だって、物価上がってる世の中で、あれこれの費用を頑張って頑張って切り詰めてるんです!それなのに世間では税金減らせ、公務員の給料減らせ、学校が使う金も減らせ減らせって…。だから少しでも負担を減らそうと思って…」
…正規より安い料金のサービスを選んだんですね。
「だってそれが普通でしょう!スーパーの野菜だって国産の高いやつより外国産の安いのを買う!車だって高い新車より安い中古車を買う!家だって新築より…ぜぇはぁ…。安いのを選ぶのは…今の時代…当たり前でしょう…!」
…
内心、この人教育者として大丈夫なんだろうかと思ったが…
言わないでおいた。
「良かれと思って…みんな大変だから…良かれと思ってやったんです…悪気はなかったんです…ねえ…悪いのって私ですか?また私だけが親御さん達から責められて責任負わされるんですか?ねえ?」
…悪いのはクラッカーですよ。
「…ですよねぇ…」
だからもう怪しい業者には騙されないでください。
ブイモンはなにやら訝しげな顔をしている。
「まだまだオイラぜんぜんだめだな。サラマンダモンだっけ?こいつ、だれかしらないけど…こいつがたすけにきてくれなかったら、オイラたち、てきにかてなかった」
…そうだね。
「ぜんぜんよええよ…」
そんなことないよ。
ちゃんとブイモンが鎌でトドメ刺したじゃんか。
「おぜんだてしてもらっただけだよ…。ってか、なんでテキは、サラマンダモンみたいなさいしょっからつえーやつをおくってこねーんだ?」
前に一度、そこそこ強い成熟期デジモンを繰り出してきたときがあったよ。
アイスモンという奴だ。
まあ、サラマンダモンに瞬殺されたけど。
「まじか!つええな!」
そのアイスモンは、ランサムウェアデジモンの母体だったから、そいつを倒して以来しばらくの間ランサムウェアデジモンが出現しなくなった。
つまり…
クラッカー側にも強い成熟期デジモンはいるっちゃいるだろうけど、討伐されたり、もしくは侵入した端末がネットから遮断されて監禁されたら、貴重な母体デジモンをロストしたり鹵獲されることになってしまう。
それはクラッカーデジモンを殖やすことにおいて大きなロスになる。
だからクラッカーは、迂闊に強いデジモンを送り込んでこれないみたいだ。
「…そっか。じゃあスカモンとかはなんなんだ?」
粘菌型デジモンは殖やすのが容易だし、合体すれば強くなるから、リスクが低いというわけだ。
「なるほどなー…」
…ところで、なんでさっきはサラマンダモンがばくはつしたんだ?」
あれは粉塵爆発という現象だ。
燃えやすい粉が空気中に舞った状態で着火すると、たくさんの空気を吸って大爆発を起こすんだ。
「へぇ~…だ、だいじょうぶか?サラマンダモン」
「クワー!」
お、おお?
サラマンダモンの傷が、少しずつ治癒している。
すごい回復力だ!
我々の世界にいるメキシコサラマンダー… 所謂ウーパールーパーは、凄まじい治癒力を持っている。
手足や眼球を切断されても、一か月程度すれば生えてくるという。
サラマンダモンも、もしかしたらそれくらい高い治癒力を持っているのかもしれない。
…ボスマッシュモンは、上半身だけになったクラッカーマッシュモンにしがみつく。
『な 何をする気だ』
『お前を 私に 吸収し 記憶を もらう』
『やめろ 私は消えるわけにはいかない 命をかけても 主の望みを叶えなくてはならない』
『なぜ それほどまでに 悪事に加担したがる』
ボスマッシュモンは、クラッカーマッシュモンを吸収しながらチャットで問いかける。
『何故とはなんだ ヒトは 我々の祖先に命の恵みとなる糧をくださった 神のごとき存在だ ヒトに恩返しをする それこそが 我々マッシュモンの使命ではないのか』
ボスマッシュモンははっとした。
『…人間は すきか』
クラッカーマッシュモンは答えた。
『当たり前だ 敬愛し 崇拝している』
…そうか。
そういうことだったのか。
デジモンはロボットでも奴隷でもヒーローでもない。
デジモンが人間に力を貸すときは、必ずデジモン側にその動機が存在している。
手を貸す動機がない場合、敵味方問わず襲いかかるファンビーモンや、働かないズバモンルドモンのようになるということだ。
そして、マッシュモン達の系統…
ボスマッシュモンやクラッカーマッシュモン、そしてその子孫の粘菌デジモンであるスカモンらが持つ『人の命令に従う動機』は…
『崇拝』と『感謝』なんだ。
かつて我々のサーバーに住み着き、菌糸の城を建て、そこで我々のパソコンから齎された餌の恵み。
それを与えた我々を神と崇め、感謝をする気持ち。
我々の側も、クラッカー側も。
人間を『崇拝』していることが、人の命令に従う動機なんだ。
ボスマッシュモンは慈しむような表情をしながらチャットで語りかけた。
『身を委ねろ お前は 消えるわけではない 私とともに 記憶を維持し ひとつになって生きるのだ ヒトへ感謝し 恩返ししたいという気持ちは 私と 同じだ』
『…ああ、あああ』
『祈ろう ともに』
クラッカーマッシュモンは目を瞑った。
ボスマッシュモンへ吸収されていく…
その時。
突如、巨大なデジモンの大きな口が、ボスマッシュモン達を丸呑みにした。
な、なんだ!?
そこにいた巨大な影は…
巨大な巻貝の貝殻から、ぬめぬめした巨大な上半身を出しているデジモン。
イソギンチャクのようなものが生えた頭部には、ぎょろりと大きな目が見開いている。
こいつは…!
モリシェルモン!
馬鹿な…なんでこいつが今、ここに!?
クラッカーが送り込んできたのか…?
だが、モリシェルモンは知能が低くて凶暴なデジモンだ。
間違っても人間の指示を聞くような奴じゃない!
「クワアアア!」
サラマンダモンは、ぺたぺたと壁に貼りついて登っていき、天井にくっついた。
そして天井からモリシェルモンに向かって火炎放射を放った。
「ウゴシャアアアアアア!」
モリシェルモンは、口から凄まじい勢いの水流を放った。
サラマンダモンの火炎放射は、燃料に火をともして噴射するものだ。
当然水圧で押し負ければ、火炎放射も押し負ける。
圧倒的な水圧で放たれたモリシェルモンの水流は、サラマンダモンの火炎放射を押し返し、天井のサラマンダモンにヒットした。
「クワアァ!?」
ファンデルワールス力を利用して天井にひっついていたサラマンダモンは、地面に落下する。
や、やばい!
一旦逃げろ!
私はできるだけデジモン達へ近い位置へゲートを開いた。
サラマンダモンからゲートまでの距離は10mほどだ。
急いで入ってこい!
「ク、クワアァ!」
サラマンダモンはゲートに向かってペタペタと這ってくる。
「ウバシャアアアアアアア!」
モリシェルモンは、口を開くと…
凄まじい勢いで、何かを飛ばしてきた。
小さな貝殻を、水圧によって凄まじい勢いで飛ばしてきたのだ。
「グワッ!」
貝殻は、サラマンダモンの胸部を深々と貫き、吹き飛ばした。
5mほど転がったサラマンダモン。
「ゴブ…ゴッ…」
あ、ああ…やばい。
あの位置は、気管支を脊椎ごとぶち抜かれている。
夥しい量の出血をするサラマンダモン。
『サラ!!!』
スポンサーさんの叫び声が、端末から聞こえてきた。
危篤のサラマンダモンは…
ぷるぷると震えながら、デジタマを一個産んだ。
まるで、己の命を後世に託すかのように。
「あ、ああ、あ…」
ブイモンは、モリシェルモンの威圧感に気圧され、震えている。
ブイモンの左腕にしがみついているワームモンも、目を見開いて仰天している。
やばい…力の差がありすぎる!
逃げろブイモン!
「か…かえせ…マッシュモンかえせよ…!」
ブイモンはモリシェルモンを睨み返す。
「う…うあああ!おれだって!やれるんだ!」
ブイモンは鎌を持ってモリシェルモンに飛びかかる。
ダメだ!
逃げろブイモン!
「うあああーーー!ぶったおしてやる!」
モリシェルモンは、頭部を殻に引っ込めると、貝殻を高速回転させて宙に浮いた。
そして、凄まじい勢いでブイモンにタックルしてきた。
「う、うわあぁ!」
ブイモンは、咄嗟に…
左腕でガードした。
凄まじい衝撃音とともに、ブイモンは吹き飛ばされた。
吹き飛んだブイモンは、何かにぶつかった。
ゴチャ、という嫌な音がした。
「うぐぐ…いてて…!」
ブイモンはむくりと起き上がった。
良かった、どうやら無事なようだ。
…無事?
いや、そんなはずはない。
あれ程の衝撃を受けて、無事なはずがないのだ。
「くそっ…あいつ…つええ!どうやってたたかえば…」
その時。
ブイモンの左腕から、何かがずるりと落ちた。
腹部が痛々しく破裂して内臓が飛び出たワームモンだった。
「え…?わ、ワームモン…?」
ブイモンが後ろを向くと…
ブイモンが叩きつけられた場所には、割れたデジタマがあった。
ブイモンがあの攻撃の直撃を受け、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられても生き延びることができたのは…
ワームモンと、サラのデジタマが、その衝撃を受けたからだったのだ。
「あ、ああぁあああああ!ワームモン!ワームモン!!!」
ブイモンはワームモンの体を揺すっている。
「マシマーーーー!!」
デジタルゲートからチビマッシュモン達が飛び出してきた。
そして、サラマンダモン、ワームモン、割れたデジタマをゲート内に運び込んだ。
ブイモン!!!
まずは体制を立て直すぞ!
今のままじゃ勝てない!
作戦がなければ!
「…あ、あぁ…」
ブイモンは、チビマッシュモン達に手を引かれて、ゲート内へ入った。
「ウシャオオォォオオオオオーーー!!」
…ワームモンの体液やサラマンダモンの血痕が残るデジタル空間に、モリシェルモンの怒声が反響した。