デジタルモンスター研究報告会   作:タマリリス

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起きた必然と起きない奇跡

デジタル空間からデジヴァイスに撤退してきたパートナーデジモン達。

だが、様相は酷いものであった。

 

腹部が破裂して内臓が飛び出ているワームモン。

胸部に空いた大きな穴から血泡を吹いているサラマンダモン。

そして、割れてしまったサラマンダモンのデジタマ。

 

それらを見て呆然としているブイモン。

 

…ボスマッシュモンは、モリシェルモンに丸呑みにされてしまった。

モリシェルモンの腹を掻っ捌けば救出できるかもしれないが、それができる戦力は我々にはない。

 

心身ともに平気そうなのはチビマッシュモン達だけだ。

 

…一瞬の出来事だった。

ほんの一瞬のうちに、我々のパートナー達は戦闘不能になった。

 

「あ、ああ…オイラが…オイラがよけいなことしたせいで…ワームモン…!」

 

ブイモンはワームモンを揺さぶっている。

だがワームモンは虫の息だ。

…これはもう助からない。

 

「ケン!たすけてくれ!ワームモンがしんじゃう!」

 

…ごめん…。

今のデジヴァイス内の設備じゃ救えない。

 

「…ちくしょう!オイラがワームモンをたてにしたせいで…!オイラが…オイラがワームモンを…こんなにしたんだ…!」

 

…ブイモンはモリシェルモンのタックルを受けそうになったとき、咄嗟に左腕でガードをした。

 

ワームモンがくっついている左腕で、だ。

 

そのおかげでブイモンは深いダメージを負わずに済んだが…

盾になったワームモンは、致命傷を受けてしまった。

 

「オイラが…ワームモンを…ころしたんだ…!」

 

それは違う…

それは違うぞブイモン!

 

「ちがわねーよ…ケンのいうこときいて、すぐににげてれば…ワームモンは…!オイラが!バカだから!オイラのせいで!!」

 

ブイモン!!

自分を責めるな!

 

「じゃあだれのせいなんだよ!」

 

それは決まっている。

…モリシェルモンが…

 

 

…いや…

なんでモリシェルモンがここにいる?

クラッカーが飼育しているのか?こいつを?

 

あり得ない。

モリシェルモンは人間の指示を聞くようなデジモンじゃない。

 

デジタル空間内のモリシェルモンは、クラッカーマッシュモンが残した繭をバリバリと食べている。

「ムシャムシャ!ウオォ!ウシャオオォ!」

 

あの繭は、猛毒をもつ粘菌デジモンの集合体だ。

まともなデジモンは食べることなど不可能だ。

 

先程丸呑みにされてしまったマッシュモン達も体内に毒を持っており、野生環境下で彼らを襲うデジモンはほぼ居ない。

 

だが、モリシェルモンは違う。

 

デジタルワールドにいる野生のモリシェルモンは、カラツキヌメモンが外敵に襲われた時に発するフェロモンを嗅ぎ取り、その外敵を倒して食う習性を持つ。

 

だが、そうでない平時の場合は…

野生のマッシュモンを襲って食べているのである。

超強力な消化吸収能力をもつヌメモンを祖先にもつモリシェルモンは、祖先譲りの強力な消化吸収能力を受け継いでいる。

そのため、マッシュモン由来の毒物が効かない。

マッシュモンから進化した粘菌デジモンがもつ毒も同じ成分なので、効かないようだ。

 

そしてリアルワールドの動物達は基本的に、「自分だけが消化できる毒物を美味と感じる」ようになる傾向をもつ。

 

たとえば、アルコールはほとんどの動物にとって猛毒である。

犬や猫は、アルコールを多少舐めただけでも容易に致死量に達してしまうという。

 

だが、人間やハムスターは、その猛毒であるアルコールを分解する酵素を持つ。

ゆえに、酵母菌によって発酵しアルコールを含んだ食物を独占することができるのだ。

 

もちろんアルコールを接種しぎると人間の体にも害となる。ゆえにアルコールは人体にとっても軽微な毒素であることは間違いない。

接種しなくて済むならば、接種しないほうがいいのだ。

 

それでは人間は、軽毒であるアルコールを避けるだろうか?

 

…否。

むしろ人間は、人体にとっても多少有毒であるはずのアルコールを(個人差はあれど)大変好む。

 

自分からアルコール…酒類を生成し、それを販売し、積極的に飲むほどアルコールが大好きなのだ。

 

同様に、唐辛子に含まれるカプサイシンも多くの動物にとって有害な毒物だが、人間はそれを香辛料として栽培するほど好む。

 

人間だけではない。

昆虫の蚕は、アルカロイド系の毒素を含む桑の葉を積極的に好んで食べる。

 

リスやキツネは、イボテン酸という毒素を含むベニテングタケを積極的に好んで食べる。

 

このように、「自分達だけが消化できる毒」は、あらゆる動物にとって好物になるのだ。

 

モリシェルモンもまた、猛毒のマッシュモンを積極的に好んで食べる習性があるのだ。

我々人間がビールや香辛料を好むのと同じように。

 

繭を食べ終えたモリシェルモンは…

デジタル空間内に散らばっている様々なデータを食べ始めた。

 

…教員さん、大変です…

パソコン内のデータが次々と食べられていってます!

 

「…え?、へぇっ!?あ、ああ…あなた達の、その、パートナー?さん達の方が…大変な状況じゃないかと思うんですが…」

 

まあそれはそうですけども…!

そっちはそっちで、消されたら困るデータがパソコン内にたくさんあるんじゃないですか?

 

「!あ、あります!期限が近い作りかけの資料とか、生徒たちの成績のデータとか!あわわ…!食べないでぇぇぇ!」

 

デジタルワールドで高度に進化した多くのデジモン達は、デジタルワールドに住むデジタル生命体を消化吸収するのに特化した消化器官を獲得する傾向がある。

その方が高い栄養価が得られるからだ。

 

故に、こういったデータを直接食べようとしない種が多い。

 

だがモリシェルモンの祖先は、生態系ピラミッド最下層のスカベンジャー(分解者)であるヌメモンだ。

デジモンの腐乱死体や糞、朽ち木、腐葉土、他もろもろの有機物ゴミ残渣をなんでも食べる。

それだけの悪食だ。

多くのデジモンが捨てた「データを直接食べる性質」を再び取り戻しているのは不自然なことじゃない。

 

奇妙な感覚だ。

我々がデジタルワールドを最初に観測したとき、最初に観察したデジモンが、シャコモンから進化したヌメモンだった。

 

我々が観察したシャコモンは、海中でガニモンに襲われて捕食されそうになったことがあった。

 

それを見ていた私は、咄嗟にゴミデータをぶちまけて煙幕を張り、シャコモンを助けてしまった。

 

野生の生存競争に干渉すべきでないと知りながら、ついシャコモンを観察したいという欲求が上回り、助けてしまったのだ。

 

…あのとき私がシャコモンを助けていなければ、地上にヌメモンが繁栄することはなかったのかもしれない。

 

そして、それが進化したモリシェルモンが、今目の前に現れることもなかったのかもしれない。

 

あのとき、迂闊に自然に干渉した軽率な行動の報いが、今私達に業として降り掛かってきたのだろうか…。

 

 

…なんて感傷に浸っている場合じゃない!

ワームモンとサラが死にそうになっており、モリシェルモンがパソコン内のデータを食い散らかしているんだ!

ど…どうにかしないと!

 

「クワ…ゴ…ゴボ…!」

サラマンダモンは、胸部の穴を粘液で塞いだ。

 

サラマンダモンのバイタルはどんどん低下している…。

だが、低いレベルで安定してきているようにも見える

 

有尾目の両生類は高い再生能力をもつ。

オオサンショウウオは、手足が千切れてもしばらく待てば生えてくるという。

ウーパールーパーは、心臓や脳、鰓などの急所や循環器を切除されても再生することができるほど高い再生能力がある。

 

それらに似た特徴をもつサラマンダモン…

もしかしたら、この傷からも生還できるかみしれない。

 

バイタルが低下しているのは、自ら仮死状態になって再生に専念するためなのかもしれない…。

 

だが、ワームモンの方は、体液が流出し続けており、心拍がどんどん低下している。

 

「ごめんな、ワームモン…!オイラとワームモンがいっしょにテキとたたかってるとき…、イトをだしたりしてやくにたってるのは、いつもワームモンのほうだった…。オイラはワームモンをはこんだりしてるだけで…だれでもできることしか、してなかった…」

 

ぶ、ブイモン…

 

「イトがつよいワームモンじゃなく…やくたたずでバカな、オイラがそうなってたほうが…よかったんだ…!」

 

ワームモンは、危篤状態でありながら、泣きじゃくるブイモンにチャットを一通だけ送った。

 

『ブイモンが たすかって よかった うれしい』

ワームモンはにっこりと、弱々しく笑みを浮かべた。

 

「ク…ワァァ…!」

突如、サラマンダモンがよろよろと、ワームモン及び割れたデジタマの方へ這ってきた。

な、なんだ…!?

 

サラマンダモンは、ワームモンとデジタマに覆いかぶさると…

 

「グ…ゴボ…クワァァ…!」

その体が、突如光を発した。

 

こ、これは一体…!

危篤状態のワームモンも、それに呼応するかのように体から光を発した。

 

ふたつの光は、ひとつに溶け合い…

割れたデジタマを覆い始めた。

 

やがて光が消えると…

そこには、一回り大きくなった白いデジタマがあった。

 

「…ワームモン…?」

ブイモンは、大きなデジタマにそっと手を触れる。

 

「…どうなったんだ?ワームモン?サラマンダモン…?おい…?」

 

ブイモンは混乱しているようだ。

何が起こったのか理解できていないのだろう。

私も分からない。

 

サラマンダモンとワームモンが、破壊されたデジタマと融合し、修復したのか…?

 

…これは、まさか…

ジョグレス進化か?

かつて瀕死のスターモンとウッドモン、たくさんのゴツモン達が、互いの命を補い合うために融合したのと同じように…。

 

ワームモンとサラマンダモンも。

死にゆく自らの肉体を構成するデータを使って…

これから生まれ育つはずだったデジタマに、再び命を与えた、ということなのだろうか…。

 

「…」

ブイモンは、涙を零しながら…

何も言わずに、大きなデジタマを優しく抱きしめた。

 

「グスッ…グスッ…」

教員さんが涙を流している。

ご、ごめんなさい教員さん。パソコンを荒らしてるモリシェルモンもどうにかしないといけないのに。

 

「グスッ…いえ、デジモンってプログラムかなんかだと思ってたのに…こんなに必死に生きて、戦ってたなんて…!グスッ…!」

 

…クラッカーマッシュモンのことは災難でしたね。

次は正規品のちゃんとした見張りマッシュモンを可愛がってあげてください。

 

「そうします…グスッ…」

 

「…ケン…マッシュモンは…?だめなのか、もう…」

 

ボスマッシュモンはもう救出できそうにない…。

 

「ちくしょう…!マッシュモンまで…ちくしょう…!」

 

…ボスマッシュモンとは、数々の戦いを共に乗り越えてきた。

彼が消えてしまったのは…

やはり悲しい。

 

『ケン そちらのじょうきょうは どうだ』

ん?

デジヴァイスにチャットが来た。

 

送信元は…

マッシュモン!?

 

あ、あれ?

ボスマッシュモンは今、食べられたはずじゃ?

 

『そっちにいたのは わたしときおくを 同期した たんまつだ わたしのほんたいは ビオトープのちかにはりめぐらされている 菌糸だ』

 

あ…そういえばそんなこと言ってたっけ。

メガから聞いた。

真・ボスマッシュモンというのがビオトープにいると。

 

『そちらのわたしから きおくを マージできないのは ざんねんだ ケン なにがあったか きかせてくれ』

 

 

…私は、リーダーやスポンサーさんと通話を繋ぎながら、真・ボスマッシュモンへ状況を報告した。

 

スポンサーさんが発言した。

『…サラは、デジタマになったのだね。…よく戦ってくれた』

 

リーダーが発言した。

『そうか、ワームモンが…。残念だ…。…おい、落ち着けカリアゲ、今はモリシェルモンをどうにかしなければいけないんだ、おいカリアゲ!落ち着け!』

 

…そうだ。

このモリシェルモンをどうにかしなければ…。

 

「…やっつけなきゃ、あいつを…!」

ぶ、ブイモン…

あのモリシェルモンをか…?

 

「そっ…そうだ…しんかだ!コマンドラモンみたいに、しんかすれば…いいんだ!オイラが!」

 

…で、できるのか?

 

「うぅぉおおおおお!しんかしろ、オイラ!カタキをとるんだ…みんなの!」

 

ブイモンは力を込めて力んだ。進化しようとしているようだ。

がんばれ!

 

「…だめだ、しんかできねえ…」

 

…。

口には出さなかったし、応援はしたが… 進化しないだろうということは分かっていた。

なぜなら、成長期デジモンは別に、「ピンチになったら好きなタイミングで進化できる」わけではないのである。

 

もしも成長期デジモン達に、自身がピンチに陥った時にタイミングよく進化できる機能が備わっていたら、デジタルワールドで敵に襲われ、そのまま進化せずに捕食される成長期デジモンなど存在しなかったはずだ。それらは皆成熟期に進化していたはずだから。

だが現実は違う。デジタルワールドでは食物連鎖が成立しており、毎日たくさんの成長期デジモンが敵に捕食されている。

 

それはすなわち…

デジモンには、「ピンチになったときにタイミングよく進化するような力はない」ということを裏付けている。

 

例外はごく少数しか目撃されていない。

我々がデジタルワールドで最初に観察したポヨモンは、幼年期レベル2の状態でスイムモンに襲われたときに、二枚貝のシャコモンへ進化して生き延びた。

だが、そのシャコモンがガニモンに襲われたときは、特に進化の兆しはなく、我々が助けなければそのまま捕食されていたところだった。

その個体が成熟期のヌメモンに進化したのは、体を淡水に慣らして川で暮らし、それからしばらくしてのことだった。

 

…もしも我々がいる世界がアニメーションや映画の中で、我々がその主人公であったならば、きっと神様が味方に付いて、進化の機会を授けてくれるのだろう。

 

人の心理には「公正世界仮説」というものがある。

平たく言うと『きっと悪は裁かれ、善は報われるはずだ』という思考バイアスが、人間の本能には備わっている。

 

だが、それが幻想であることは分かっている。

なぜなら、そんな神の見えざる手があるのなら、この世に悪はこれほど蔓延っていないし、罪のない者が悲惨な事件の被害者になるはずもないのだから。

 

ここは現実だし、我々は物語の主人公じゃない。

神様は我々に味方などしてくれないし、手助けをしてくれない。

 

…我々を助けてくれるのは…天でも神様でもない。

意思を持った人間と、そしてデジモン自身がこれまでに磨き上げてきた力だけだ。

 

そうは言っても…この状況。

天に祈りたくもなる。

我々のパートナーが何体も消え、強力なデジモンが今なおパソコンのデータを貪り続けている…。

 

『ケン、冷静になれ。闇雲にぶつかって、戦って倒すだけが排除の手段ではないはずだ。ケンはいつも、敵デジモンのルーツや、生態、形質を分析し…有効な手段で問題を解決してきた。オレはケンのそういうところを評価している』

 

…リーダー…。

そうだ。

眼の前のモリシェルモンを戦って倒すことだけが、問題解決の手段じゃない。

 

分析するんだ。

なぜモリシェルモンここにいるのか…。

いや…

 

今ここに現れたのが、なぜモリシェルモンなのか。

 

それを考えれば…

どうすれば排除できるのか、わかるかもしれない。

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