元々、古の時代には本物の霊媒師…シャーマン達が世界中にいて、霊視や冥界の観測をするロストテクノロジーを持っているらしかった。
そこで神木さんは、それら霊媒師たちの特殊な脳の状態を人工知能によって再現し、コンピューターに霊視をさせることに成功した。
そうして出来上がったのがデジクオリアであり…
デジクオリアで観測した冥界こそがデジタルワールド。
そして、冥界を漂う幽霊のようなものが、情報生命体デジタルモンスターだと。
「そうだ」
…その『実在した霊媒師』とやらの存在を、あまり触れていませんでしたが…
それについて詳しく教えてくれませんか。
「…いいだろう。他言無用でな」
はい、分かりました。
「…この研究を行うにあたって、実際の霊媒師の存在は不可欠だった。デジクオリアの観測した世界が、実際の霊媒師の視界に近いものが再現されいるかどうかテストするためにな」
そうですね…頑張って集めたんでしたっけ。
「そうだが…幸いにも、ごく身近に霊媒師が一人いたんだ」
誰ですか?
「…私だよ」
えぇ!?
神木さんが!?
「…とはいっても、私は古の時代のシャーマン達ほどちゃんと修行を積んだわけじゃない。祖先から受け継いだ霊感が残っていて、多少目が利く程度だ」
…びっくりした。
マンガの世界みたいですね。
「デジタルモンスターだって怪異だろう」
それはまあ…そうですが。
そういえば、カンナギ・エンタープライズって社名…
日本語ですよね。
『巫(かんなぎ)』…
神の依代。神と交信する者。
「そうだ。カンナギ・エンタープライズは、人間の脳をAIで再現し、人工知能を開発する事業をしている多国籍企業だ。収入源もその関連事業だが…、裏の顔がある」
裏の顔…?
「世界各地で、オカルトと揶揄されながらも今も細々と活動している本物の霊媒師達。その人脈を繋ぎ、その秘術の原理を科学で解き明かすことだ。デジクオリア開発にあたって霊媒師を集めることができたのは、その人脈のおかげであり、会社の資金をデジクオリア研究に使えたのも元々そういった理念を持っていたからだ」
株主からさんざんこっぴどく叱られ、世間から後ろ指をさされ…
そうしてしんどい状況の中で頑張って霊視機能を持った人工知能を開発し、ついに完成させたんでしたね。
古の時代に世界各地で幽霊と呼ばれていた怪異の正体、デジタルモンスターを可視化するソフトウェア…デジクオリアを。
「そうだ。これで霊能力の原理が、オカルトではなく科学によって解明されたということだ。だが、そういう背景は世間に一切公表していない」
…霊媒とか幽霊とか冥界に、フィクションの中で過剰なパブリック・イメージが植え付けられてるから、でしたね。
「そうだ」
…それでですね。
私が知りたいのは…
パブリックイメージ抜きで、実際に古の時代に活動してた霊媒師やら何やらって、結局何者なんですか?ということです。
「…墓場まで持っていくつもりだったが。ケン、君になら話してもいいだろう」
お願いします。
「現代人は、自分達が百年前や千年前の人々よりも知的な存在だと考えがちだ。だが実際はそうではない。『考える』というタスクを電子計算機に丸投げし、その恩恵を受けることができるようになっただけに過ぎない」
思考能力のアウトソーシングということですか。
「現代の一般人が、コンピューター無しでギザの大ピラミッドを設計し、その施工計画ができるか?大航海時代のガレオン船サン・ファン・バウティスタ号を建造できるか?ローマ帝国時代から現代まで使われ続ける下水路クロアカ・マキシマを作れるか?どう思う?」
…コンピュータ無しでですか。まあ正直難しいでしょうね。
必要な知識が多すぎます。
コンピュータがあっても難しそうですが。
「それほど極端な例でなくても、だ。現代の一般人が、星の動きを六分儀で観察して、コンピューター無しで太陽系惑星の自転周期や公転軌道を計算できるだろうか?」
うーん…やりたくないですね。
「そうだ。だが古代の人間達は、やりたくなくてもやらざるを得なかった。電子計算機に思考のタスクを丸投げする技術を持たなかった時代の人間の方が、現代人より遥かに生活の中で頭を使っていた…知的な生活をしていたといえるだろう」
…まあ、言ってることはなんとなく分かります。
「すなわち古代においては、人間の脳こそが電子計算機の役割を果たし、生体コンピューターとして日夜利用されていたんだ。科学水準が低い時代とて、そこで日々を考え抜いて生きてきた人間たちの思考そのものは侮れないものだ」
ふ、ふむ…?
「さて、現代において、コンピューターが相互接続し電気信号のやりとりをすることで形成されるコンピューター・ネットワークが幅広く普及している。そのネットワーク上では、度々デジモンの出現が確認されている。君達の研究施設にマッシュモンが湧いたようにね」
デジタルワールドから、偶発的に開いたゲートを通じてやってくるんでしたっけ。
「そうだ。そして古代の時代にも、人間達の脳という生体コンピューター同士は相互に接続され、通信を行ってネットワークを形成していた。音声や視界という信号によって接続されてね。何のことか分かるか?」
人間関係…ですか。
言葉で会話したり、手紙のやりとりをしたり、ハンドシグナルやジェスチャーで意思疎通したり…。
「一般の人間達はそうだ。しかしその中でごく僅かに…、自身の脳を生体コンピューターとして鍛え上げ、研鑽を重ねた人間の中には、特殊な能力を身に着けた者達がいた。『自身の思考や感覚を、他人と共有する力』を得た者達だ」
テレパシーというやつですか?
「そうだ。現代の携帯端末が電波で繋がるように、第六感のようなもので他人の脳と繋がれる者達がいたんだ」
…本当にいたんですか?そんな超能力者みたいなの。って、実在する霊媒師本人の前で言うのもなんですが…
「世界一有名な霊媒師の名を挙げよう。モーセ、ムハンマド…そして、イエス。彼らがそうだ」
…預言者ですか。
「そう。彼らは人間の脳だけでなく、それよりさらに上の領域にまで思考バイパスを接続できた。当時、冥界や彼岸と呼ばれていた領域だ」
…それが、デジタルワールドですか!
「そうだ。ブッダが説いたとされる六道、天上界というものも、彼がデジタルワールドを断片的に観測し、それを独自に解釈したものではないかという説もある」
え、じゃあデジタルワールドにいる何者かが、旧約聖書やら何やらを預言者へ伝えたってことですか?
「それは分からない。我々が観測しているのと同じデジタルワールドから預言を受けたのかもしれないし、全く別の世界から交信を受けたのかもしれない。あるいは…まあ、中途半端な邪推は止めておこう。どのみち数千年前の者達が実際に何をしたのか、何を見たのかなど、今更考えても仕方がない」
まあそうですね。
少なくとも我々のいるリアルワールドには、当時のデータが古文書以外何も残っていませんし。
「ともかく、現代の人間にはオカルトと切り捨てられることだろうが、古代の人間には脳という生体コンピューターを使い、他人の脳と繋がったり、デジタルワールドに繋がったりできる者がいたということだ」
それで、彼らは何をしたんですか?
「…現代と変わらないさ」
…まさか。
「そう。脳という生体コンピューターにサイバー攻撃を行い、不正アクセスを仕掛ける、『クラッカー』に相当する者が、当時も存在していたんだよ」
脳にサイバー攻撃を仕掛けるクラッカー…!?
一体何の目的で、どんなことをするんですか?
「何をするのかも現代と同じだ。他人の脳から個人情報を抜き取る者もいれば、DDos攻撃を仕掛けて脳を破壊する者もいただろう」
ど、どんな手段で…?
いくら霊能力者といえど、人間にそんなマネができるんですか?
漫画の世界じゃなく現実で?
「まさか。いくらテレパシーを会得した人間といえど、そこまでの芸当を自力で行うことはできない」
では、どうやって…?
私が疑問に思っていると…
クルエがぼそっとつぶやいた。
「…まさか…、『何かの力を利用した』んですか」
「そうだ、クルエ。世界中によく転がっている逸話があるだろう?黒魔術によって悪魔を召喚し、他人に呪いをかけるとか。丑の刻参りによって妖を呼んで呪詛を仕掛けるとか。陰陽師が式神を操るとか…」
それは、つまり…
「そう。自身の脳をデジタルワールドへ接続し、デジモンを呼び寄せ…、他人の脳へと送りつける。それが世界中に伝わるすべての『呪詛』の基本原理だ」
…そんな昔から…
人間はデジモンと関わっていたんですか。
「もっとも、その当時は現代に比べて世界中を行き来するデータ量がはるかに少ない。故に当時のデジタルワールドは現代に比べてずっと低栄養状態だっただろう。だから呼び寄せられたとしても、せいぜい幼年期程度…ズルモンやモクモン、ポヨモンなどだっただろうな」
あんまり強くないデジモンですね。
「現代基準ではな。だが当時は違った。データを食らうデジタルモンスターを脳の中へ送り込まれたとなったら、どうなる?」
…脳内のデータ…
記憶が、食い尽くされる。
「そうだ。幼年期程度で十分なんだ、人間を殺すのにはな」
その話を聞いたクルエは、いまいちピンと来ていないような表情をしている。
「しかし、そうなると…なんだか『デジタル』モンスターって感じが薄れますね~。人の脳を媒体にするならアナログモンスターじゃないですか?」
おお。
クルエが私の感想を代弁してくれた。
「そうか?…ひとつ質問だ。ソロバンはアナログとデジタル、どちらに括られると思う?クルエ」
「ソロバンですか?アナログじゃないですか?電気使わないし、手動でパチパチやるし」
ソロバンは…
現代人か使う用語では、電気を使わないという意味で『アナログ』と誤解されがちですが…
実際は『デジタル』です。
「え!?そうなの!?めっちゃアナログ感あるじゃん!」
「そうだ。連続的な量を、段階的に区切って数字で表すこと…それこそが『デジタル』の定義だ。電子計算機を使うか否かは本質的には全く関係ない」
「へぇ~」
クルエは頷いている。
「もうひとつ聞こう。カセットテープはアナログとデジタル、どちらだと思う?」
「カセットテープって何ですか?」
「ラジカセとかVHSとかいうやつだ。君の実家にはなかったのか?」
「聞いたことないですね~」
「そういう世代か…。ケン、君は知っているね?」
はい。磁気テープに、電磁気力を利用して映像や音声を記録するんですよね。
磁石のN極とS極で信号を表現するんです。
「そうだ。では、VHSはデジタルか?アナログか?…どちらだと思う」
クルエは即答する。
「N極とS極ですよね!?じゃあデジタルだ!」
「…いいや。VHSはアナログだよ。クルエ」
「なんでですか神木さん!?磁気でゼロイチを表してるんでしょ!?じゃあデジタルじゃないの!?」
VHSの磁気テープの情報は、ハードディスクのような磁気ディスクと違って、特定の個所に何のビット情報があるか…みたいな情報管理はしないんだよ。
ざっくり言うと、映像の明るさを表す「波」と、色情報を表す波、音声を表す波を、波のままテープに刻み込んでおく。
再生機では、それを波としてレコード盤のように再生しているんだ。
だから、一見デジタルのように見えて、実はアナログなんだ。
レコード盤を想像してもらえると解りやすいかもね。
「なるほど…。電気製品が扱う情報はすべてデジタル、電気を使わずに扱う情報はすべてアナログだと思ってたけど…。電気で動いててもアナログのものがあったり、逆に電気を使ってなくてもデジタルなものがあるんだね~」
「そういうことだ。そして人間の脳はニューラルネットワークという仕組みで動いている。シナプスの重み付けを行い、ニューロンが発火し、ナトリウムイオンチャネルで電気信号を発して通信をする。その電気的応答こそ厳密にはアナログでも、実装されるシステム自体は十分に『デジタル』側だよ」
…不思議な感覚だ。
我々の脳は、肉でできているから完全なアナログに見えるけど…
デジタルのコンピュータともいえるのか。
「そうだ。ゆえに人間は、古代だろうが現代だろうが、頭の中にデジタル・コンピュータをひとつ持って生まれているといえる」
なるほど。
それをふまえると、デジタルモンスターが人間の脳というデジタル的な仕組みを持ったコンピュータの中で活動可能な媒体である…という話も、納得できます」
「そういうことだ。あー…脇道に逸れたね。どこまで話したか忘れてしまったよ」
「そういえばなんの話だっけ?神木さん」
…古代の時代では、脳がコンピュータとして扱われていた。
だからデジモンを操って人間の脳へサイバー攻撃を仕掛ける『古代のクラッカー』もいた。そのサイバー攻撃が、かつては呪詛と呼ばれていた。という話だったと思います。
「そうだったね。そう。そしてクラッカーがいれば当然セキュリティもいる。呪詛に対して、飼育したデジモンの力で立ち向かう者もいただろう」
…デジモンを飼育…。
餌はどうしたんですか?
「君達がデジドローンでデジタルワールドからデジモンの餌を拾ってくるように、彼らもまた自身の術でデジドローンのようなものを生み出して、デジタルワールドからデジモンの餌となる食物を調達していたかもしれないな。あるいは、ビオトープのようなものを作って、そこでデジモンを飼育していたのかもしれない」
ビオトープを…?
どうやって。
「霊媒師は他人の脳と繋がれる。では、霊媒師が宗教の司祭をやったらどうなる?」
…大勢の信仰者と繋がれますね。
「そう。多くの人間の脳とつながれば、そこにはネットワークが…デジタル空間ができる。ならばその中でデジモンを飼育できるはずだ。それが古代の宗教がもつ大きな力だったのかもしれないな。大勢の信仰者と繋がり、広いビオトープを用意すれば、幼年期デジモンを進化させてより強力なデジモンを飼育し、強力な呪詛を仕掛けることもできたかもしれない」
…雲を掴むような話です。
「そうでもない。時代が違えど、君達が今やっていることと同じだろう?使用するコンピュータの種類が異なるだけのことだ」
それは確かに。
しかし…そんな霊媒師が、なぜ今は廃れたんですか?
「霊媒師の人口が少なすぎるからだな。科学を発達させた人間達は、極少数の彼らに頼り権力を握られるよりも、万人が利用できる科学によって文明を発達させることを選んだ」
どういうことですか?
「一人の霊媒師に敵を呪い殺してもらうより、百人の凡人が銃を持って敵を撃ち殺した方がよほど強いだろう?ならば霊媒師を雇うより鉄砲を買った方が経済的だ」
そうか…
霊媒師がいくらデジモンをけしかけることができたとしても、情報生命体デジタルモンスターである以上、物理的な干渉力は持ちませんからね。
かつて人力で戦っていた時代では、デジモンを使った呪詛も強力な武器だったかもしれないけど…
『火薬』が発明されて以来、殺傷力の費用対効果で大きく差をつけられたということですか。
「そうだ。さらに人間は、『非科学的』という言葉を『否定』のために利用するようになった。…それがロストテクノロジーとなって廃れた理由だ」
インチキ扱いされたわけですね。
「だが、土着信仰とか、儀礼が形だけ残るケースもある。霊媒師でもなんでもない人間が、古代の霊媒師が残した儀礼を形だけ真似ていることはよくあることだ」
なるほど…。
初詣とか、お葬式とか。あるいは受験前に神社にお参りに行ったりとか。よくありますね。
…ん?
「どうした?ケン」
もしかして。
神木さんが、この話を公表しない理由は…。
パブリックイメージどうこうという以上に…
『デジモンを使った人間の脳への攻撃、という可能性に辿り着く者が出ないようにするため』ですか?
「…察しの通りだ。デジタルワールドには、我々の世界から消えた情報が流れ着き、太陽から栄養データとして降り注ぐ。ゆえに現代のデジタルワールドは、霊媒師全盛期の時代よりもはるかに強力なデジモン達で溢れている」
もしも。
クラッカーが、現代の強力なデジモン達を人間の脳へ送り込むことを画策し始めたら…。
「…霊媒師のロストテクノロジーを、IT技術と組み合わせた場合、古代より遥かに強力な『呪い』が可能になるだろうな」
それは…危険すぎる。
「可能性に気付いたら、やってみたくなるのが人間のサガだ」
間違いないですね。
「…君達だから話した。万が一、そういう手口をする輩が現れても…セキュリティ側として人々を護るために尽力してくれる君達だから。…ローグ・ソフトウェアのようにセキュリティ活動をビジネスとして割り切っている奴らには決して話せない」
…信用してくれてるんですね。
「そういえば、例の詐欺事件はどうなった?学校のセキュリティとして詐欺業者のクラッカーマッシュモンが忍ばされていた件は」
スポンサーさんから聞いた話だと…
親御さん達のスマホ等に侵入していたクラッカーマッシュモンは、ローグ・ソフトウェアが全て倒したそうです。
ついでに、自分達が提供するサービスにその場で乗り換えさせたそうです。
横取りされた気分ですが…
まあ仕方ないでしょう。
クルエは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「マジでむかつきますよねー」
「まあ、そうだろうね…。犯人は捕まったのか?AAAの差し金なのだろう、あのクラッカーマッシュモン達は」
それがですね…
真犯人にたどり着けなかったそうです。
詐欺業者の実際の犯行をやってた実働部隊は、警察が追っているところですが…
闇バイトか何かの可能性が高いみたいで。指示した者には辿り着けるか怪しいそうな。
「デジモンだけではなく人間にまで闇バイトをさせるのか、奴らは…」
厄介ですよね。
「ひょっとしたら…。脳の代わりに電子計算機が『考える』というタスクを担うようになった現代では、脳を狙うより電子計算機を狙って攻撃した方が、よほど効果的なのかもしれないな」
…そうとも言えるかも知れない。