~バイオシミュレーション研究所視点~
『して セキュリティよ 余のタマゴは 孵るのか』
我々はベーダモンからデジタマを託された。
曰く、ベーダモンがデジタマを産んでみたはいいものの、全く孵化しないのだそうだ。
それ故に、我々に託して孵化を試みてほしいと頼んできたのである。
しかし、全く孵化の気配はない。
仮説はある。
ベーダモンは海のタコ型デジモン、オクタモンが苦しみながら淡水に適応し、陸上へ適応して進化したレベル5デジモンだ。
そんな無茶なほど急激な進化をしすぎた故に、デジタマがまだ陸上での孵化に適応していないのではないだろうか。
…ねえ、ベーダモン。
やっぱり水中で孵化させた方がいいんじゃない?
『断る 余は陸に居を移したのだ 今更水中になど戻る気はない 二度と言わせるな 空け者が』
チャットの返信が辛辣だ!
うーん…、そうはいっても、上陸したてのデジモンは水中でデジタマを孵化させることが多いんだよ。
ナメクジ型デジモンのヌメモンも、昔は沼なんかの水中にタマゴ産んでたし。
カエル型デジモンのフロッグモンもタマゴは水中で産む。
ベーダモンも無理せずそれらに倣ってみたら?
主な住処は陸上でいいだろうけど、子供を育てる時だけ川や湖にしてみたらどうだろう?
『水中には戻らぬと言っておろうが たわけが』
…頑なにこうだ。
ベーダモンはなぜか水中をひどく嫌っている。何故なんだろうか…。
クルエが何か思いついたようだ。
「もしかして…、ホエーモンに追い回されたトラウマがあるからじゃないの?」
可能性はある。
オクタモンはかつて海中の頂点捕食者のひとつといっていいほどのニッチにいた。
だが部下のシェルモン、ゲソモンと共にルカモンを襲った時、獲物のルカモンは突如レベル5の巨大なクジラ型デジモン…ホエーモンへと進化したのだ。
命からがら必死に逃げたオクタモンは、死ぬほど苦労して淡水へ、そして陸上へと適応し今の姿になった。
…正直、こういうケースは前例がない。
環境への適応力が高いのは成長期の特徴だ。
成熟期になるとふつうはもう生き方を変えられないのだ。
シンがマイクを握り、ベーダモンに問いかけた。
「もしかしてホエーモンが怖いからッスか?」
し…シン!
プライドが高いベーダモンに、そんなセンシティブなことをド直球で聞くやつがあるか!!
『ホエーモンとは なんだ』
「あれ、見せたことなかったっけか こいつッスよ」
そう言いシンは、オクタモンがホエーモンに追い回されていたときの録画映像をベーダモンへ見せた。
デジドローンからホログラムで映像が映し出される。
するとベーダモンは…
「ヒ、ヒイイィィ!!」
声を出して驚いた。
ベーダモンは人語を喋れるほど声帯が発達していないため、意思疎通はチャットで行うが、いちおう鳴き声くらいは出せるようだ。
「ヒイィィイィ!!」
ベーダモンは光線銃をホログラム映像へ向け、洗脳光線を放った。
録画映像だから意味はない。
こ…ここまで取り乱すとは!
シン、映像を止めて!
「ウィッス」
「ゼー…ゼー…」
ベーダモンは汗だくになっている。
「ベーダモンさん、やっぱ今でもホエーモンが怖いんスね」
シン…君ちょっと無敵の人すぎない?
「いや忖度してたら話進まないっしょ」
それはそうだけどさ。
『恐れている だと 違う まだ倒す準備が整っていないだけだ まだな』
むむ?
倒す準備とは?
『余は この光線銃で 下僕を増やしている 見たことはあるか 余の軍勢を』
軍勢?
そういや見たことないな。
『ならばついてこい 見せてやる』
そうチャットを送ったベーダモンは、ウニョウニョという奇声を発し始めた。
すると…
蛾と蜂を足して二で割ったような姿の昆虫型成熟期デジモン、フライモンが舞い降りた。
ベーダモンのお気に入りの手駒だそうだ。
『乗れ』
私はデジドローンをフライモンの上に移動させた。
ベーダモンもフライモンに乗り、奇声を発した。
すると、ベーダモンとデジドローンを乗せたフライモンは飛び立った。
やがて…
ベーダモンの拠点が見えてきた。
なんと言えばよいだろうか…
土でできた、大きな砦である。
そこに十数体のデジモンがいた。
ガジモン、グルルモン、セピックモン、などなど…。
これら全員ベーダモンの洗脳光線で操られた下僕か。
『こいつらには 食糧調達や 砦の建設を命じている 驚いたであろう 汝ら』
…正直あんま驚いてないけど黙っておこう。
機嫌損ねたら嫌だし。
『これぞベーダモン文明だ』
ベーダモンは誇らしげに言う。
「いや…これ別に文明じゃないッスよね?」
し…シン!何を!?
『其の方 たしかシンといったか 余の文明にケチをつける気か 大した度胸ではないか』
し…シン!謝って!
機嫌を損ねて敵に回られたらダメだぞ!
「あ、すんませんッス。そっすね文明ッスね
~」
『フン…』
ふぅ、危ない…
我々セキュリティ最大のリスクは「ベーダモンに敵に回られること」だ。
はっきり言って洗脳光線をもつベーダモンは、他のデジモン達とは別格の存在だ。
制圧力が高すぎる。
その上、DPはかなり低い。肉体の強度を捨てているためだ。
もしもベーダモンがクラッカーの味方についたら、はっきりって詰む。
こいつ一体だけで我々のセキュリティデジモン達すべてが無力化されかねないほどだ。
だからリーダーは、「無理に味方につけなくていいので、せめてクラッカーの味方にはつけさせなうようにしろ」とカリアゲ及びクルエに指令を出した。
その結果、今の関係を築けているのである。
…台無しになったら大変だった。
シンが平謝りした後…
カリアゲがマイクを握った。
「ベーダモン。今のはシンにも一理あると思うぞ」
か…カリアゲ!
何を!?
『カリアゲ 汝まで 余を見下すというのか 余の築いた文明を否定するというのか』
ベーダモンに怒りの表情が見える。
オイオイオイオイ…カリアゲ何を言うんだ!せっかくベーダモンの怒りを鎮めたとこなんだぞ!?
「否定はしねーよ、ベーダモン。お前のこの軍勢は凄いよ。仮に蛮族達が生き残っていたとしても、それと戦って負けないくらいに戦力がある」
『そうだろうな』
「それに、ちゃんとデジモン達はベーダモンの言うことを聞いて、集団生活してる。どんどん発展し、群れの仲間が増えて、土地が広がってる。その頂点にベーダモンがいる。…スゲェと思う。だけど文明かというと違うんじゃねーか?」
『どういうことだ』
「だってさ、たとえば…、ベーダモンが一ヶ月くらいここを離れたとしたら。こいつらは今と同じように発展できるのか?」
『…不可能だろうな 余が新たな指示を与えぬ限り こやつらは同じ命令に従い続けるだけだ 自分でものを考えることはこやつらにはできぬ』
「ベーダモン、人類史の資料は前に渡したことあったな。そこで読んだヒトの文明はどうだった?」
『…支配者が反乱によって打倒され、幾度となく世が変わっていた。それでも人類は発展し続けた』
「そうだろ?ベーダモンの軍勢は別にヒトの文明より劣ってるわけじゃない。絶対逆らわず、自分からはものを考えない支配体制。それはそれで強い。けど『文明』とは別物だ。だからさ、実態と違った呼び方すんのはややこしくねえか?ってことだ」
『…ふむ』
カリアゲとベーダモンの会話を聞いたシンがぼそりと呟いた。
「カリアゲパイセンって、ベーダモンと話す時だけIQ上がってないッスか?」
だけってなんだだけって。さすがに失礼だぞ。
カリアゲは私達と得意分野が違うだけだよ。
『ならなんと呼べば良い 他に適切な言葉を余は知らぬ』
「まあ人の世界には『なんでも言うことを聞かせられる洗脳光線銃』なんて無えからな。今のベーダモンの群れを言い表す言葉…なんだろ?」
カリアゲが悩んでいると、リーダーが来た。
「『コロニー』が近いんじゃないか?」
「コロニーか。確かにそれなら近いかもな、リーダー」
…外来語に置き換えて誤魔化してません?
『ふむ 気に入った 余のコロニーと呼ぶことにしよう 確かに以前から不満だった こやつらは余の言いなりにこそなるが 現場判断を全くせず融通が利かぬ 文明の一員と呼ぶにはあまりに能が足りぬと腹立たしかったのだ』
…丸く収まったみたいだ。
でも危ない綱渡りだったな…。
『やはり汝は面白いな カリアゲ もし汝らがただ太鼓打ちをするだけの輩ならば とっくに飽きていたところだ』
…むしろファインプレーか!?
…えーと。
それでだ、ベーダモン。
いろいろ話が変わったけど、元はベーダモンのタマゴが孵化しないからどうにかしてほしいって話だったよね?
『そうだ よ 余は覚えていたぞ 忘れていないぞ 本題を うむ』
その原因は…その。
ホエーモンへのトラウマに由来する、水中回帰への本能的恐怖心だと。
『』
ベーダモン?
なんか空の文章でチャットが送られてきたけど…
『違うが? ホエーモンを倒す準備を進めるため軍備拡張している最中だが? 怖くないが?』
…まあともかく、あのホエーモンを倒すまでは不安だから水中でデジタマを育てられない。
あのホエーモンがいなくなれば、安心してデジタマを産める。そういうことだね?ベーダモン。
『どうする気だ 汝らの軍勢ではまだヤツに敵わぬぞ』
…一緒に見てみよう、ベーダモン。今の海の状況を。
久々の海中観察だ。
『ふむ よ 余に危険はないのだな』
デジドローンで観察するだけだから危険は無いよ。
『で では 見てやろうではないか』