デジタルワールドのエネルギー循環、栄養循環は、どのような仕組みになっているのだろうか?
一見すると、太陽光を使って成長した植物が、草食デジモンの餌となり、それが肉食デジモンの餌となり、死んだデジモンが分解されて植物の栄養になる…という、現実の生態系と同じシステムに思える。
しかしながら。
デジモンというものを詳しく調べていくと、「ん?」と疑問点が湧いてくる。
第一に…
デジモンは「データ」を食べる生き物であることが分かっている。
ただし、デジモンはサイズがでかいだけのランダムノイズなどは食べない。
価値のある情報を選り好みして食べるのだ。
我々が、コマンドラモンやマッシュモン、フローラモンの餌を、既存データのコピペではなく、データマイニングによって計算コストと時間コストをかけて都度生成していることからも、それは明らかだ。
しかしながら、「データを食べる」ということが具体的にどういうことなのか、よく分かっていないのだ。
食べたデータが分解され、デジモンの体内で消えたことで、代わりに何のエネルギーが生まれるのか?何がデジモンの肉体を構成する細胞の材料となるのか?
分からないことだらけではあるが…
デジモンの代謝系は、我々人間が、糖と酸素からATPを合成して、細胞内で分解してエネルギーにする仕組みとは、完全に同じシステムとは言い難い。
すると、そのエネルギーの源となっている、デジタルワールドにおける「太陽」とは何なのであろうか?
デジクオリアが我々に「太陽」として見せているコレは一体何なのであろうか?
まだ正確なことは分かっていないが、少しずつ仕組みらしきものが見えてきている。
私の同僚の言葉を借りるならば…
『エネルギー保存則がこの世に存在するように、情報もまた完全に消滅することはない』という法則が、この世には存在するらしい。
たとえば、純水と乾燥した土がそれぞれ独立で保管されていたとして…
それを混ぜて泥水にしてしまえば、それが元々は純水と乾燥した土だったという情報は、我々からすると消えてしまったように見える。
しかし実際は、その結果が観測されることにより、「乾燥した土がどのような過程で水に溶けていくのか?」という知識や、泥水そのものが持つコロイド溶液の性質に関する科学的知見など、新たな情報が生み出される。
デジタルワールドの栄養循環や、デジタルモンスターのエネルギー代謝とは、この概念に近いのだそうだ。
『情報が消えることで、新たな情報が生まれる』…。
その連鎖によって、デジモンは活動している、ということらしい。
「価値ある情報が消失したことで、損失してしまった情報量」の多さが、そのままデータの餌としての栄養分の多さになるようだ。
ただし、容量だけがやたらでかいランダムノイズを生成したり、一度作ったデータをコピペしても、栄養分が多い餌はできない。
それらが消えたところで、価値ある情報が失われたことにはらないからだ。
我々はキノコ培養の材料として、「データマイニングで生成したデータ」を与えてきたが…そのデータが具体的に何かというと、「デジモンの生体機能を自動シミュレーションしたデータ」である。
これを作る度に消してしまうのは、実を言うと我々にとってけっこう痛手だ。餌にせずにちゃんとデータとして使えば、かなりしっかりした論文が書けるはずなのだ。
…言い方は悪いが、デジモンの栄養は「人の不幸の蜜」なのかもしれない。
デジタルワールドにおける太陽とは、『巨大な栄養源』、つまり『巨大な情報源』だ。
どうやら、「我々の認識できる世界から失われていった情報」が、何らかの方法でデジタルワールドへ送られ、日光のように降り注いでいる…ということのようだ。
ぼやっとした説明になってしまったが、なんとなくイメージは分かってもらえたことだろう。
人間のデジタルネットワークには、コンピュータのデータを破壊するプログラムが多数存在している。
我々はそれをワームやウィルスに喩え、「データを食べて殖える生命のようだ」と比喩したことがあった。
しかしながら、その比喩は一見合っているようで、実は誤りがある。
なぜならウィルスやワームは、自己増殖することとデータを破壊することの間に、機能的な繋がりがないからだ。
殖えようと思えば、データを破壊せずともいくらでも殖えることができる。
かつて流行したことのあった「チェーンメール」や「不幸の手紙」のように。
つまり、ワームやコンピュータウィルスは、別に「データを食べて栄養にして殖えているわけではない」のである。
だが、コンピュータウィルスの流行をきっかけとして、デジタルワールドの存在が我々の技術で観測できるほど顕現できるようになったことは、決して偶然ではない。
デジタルネットワークが肥大化し、それを構成する情報を破壊する悪質なプログラムが増えたことで、「我々の世界から失われる情報」の量が爆発的に増加したのである。
つまり、それと対になるように、我々の世界からデジタルワールドへ送られる情報量もまた、爆発的に増加したのだ。
デジモンは、コンピュータウィルスが進化して産まれたデジタル生命体…という通説は、合っているようでもあり、そうでもないといえる。
これは、原核生物から真核生物の進化のイメージが近いといえる。
真核生物は、細胞内のミトコンドリアによって酸素と糖分から莫大なエネルギーを得る力…「好気呼吸の力」を獲得した生物群だ。動物、植物、菌類はすべて真核生物のドメインに属する。
好気呼吸によって得られる活動エネルギーは、メタン細菌のような他の代謝システムをもつ生物が生み出す活動エネルギーよりも遥かに大きい。
そのミトコンドリアの起源は、αプロテオバクテリアと呼ばれる好気性細菌だったといわれている。
しかしながら、真核生物は好気性細菌そのものが直接進化して誕生した生物というわけではない。
原始的な原核生物が、好気性細菌を取り込んで、細胞内共生することで進化した種だ。
デジモンもまた、ウィルスそのものから直接進化した存在というよりは、データを分解・吸収するための手段として、ウィルスを利用するようになった生物、ではないかと予想されている。
デジタルワールドには、『デジモン以外のデジタル生命体』も存在している。
たとえば微生物や細菌、植物に近い生命が確認されている。
それらデジタル生命体の中のひとつであり、最も強力に進化した系統が「デジタルモンスター」なのだ。
かつて我々の研究所で発生した「ゴミ箱マッシュモン事件」を覚えているだろうか。
ゴミ箱の中にあるデータが、どんどん消えていき、マッシュモンの餌となっていた事件である。
あのときは、コンピュータをスキャンしてもコンピュータウィルスは見つからなかった。
それはそうだ。ウィルスセキュリティソフトは、コンピュータに有害なプログラムをなんでも除去してくれる魔法のソフトではない。
ウィルス定義ファイルに基づいて、ウィルスとみなされたプログラムを除去しているにすぎない。
あの時、研究所のパソコンに巣食っていたプログラムは、ウィルス定義ファイルで引っ掛けることができなかったのだ。
マッシュモン…
「分解者」の姿と力を得たそのデジモンは、データを分解するプログラム…デジタルワールド製のコンピュータウィルスを菌糸のように操り、ゴミ箱の中のデータを破壊し、吸収しやすいように加工していたということだ。
つまり、マッシュモンは…
デジモンの起源を解き明かすことにおいて、重要な意味を持つデジモンなのかもしれない。