CEOは静かに語り始める。
「数年前…ドイツの物理学者が『魂』の存在を証明したあの日以来、生物学の常識はひっくり返った。永らく機械論的唯物論で説明されてきた生命の営みが、魂という四次元空間上の情報生命体によって制御されていたと解明されたんだ」
スクリーンには、魂の構造を模式化した図が表示されている。
「我々…三次元空間に棲む生物よりも前に、この世界には既に生命は存在していた。我々の五感では知覚できない、『情報空間』とでもいうべき四次元空間的領域に…『情報生命体』がね。我々はこれを魂と呼ぶ」
細胞の模式図と、魂の関係性が図示された。
「原始の地球で、魂たちはタンパク質を使い、己の器である原核生物を作り上げた。厳密に言えばタンパク質というよりは分子、いや…素粒子であえるクォークを媒体とした肉体と呼んだほうが適切だな」
「やがて原核生物は細胞核を得て真核生物へ進化し、動物、植物、菌類…その他原生生物が誕生した。それらは多細胞生物となり、一個体が複数の細胞や魂を持つようになった」
人間の脳の機能局在を示すマップが表示された。
「そうして動物は進化を続け、我々人類となった。人類は脳を発達させて、想像力を獲得し、『心』という自分だけの心の中の世界を生み出せるようになった。それが人類の文明や芸術、宗教が発展してきた理由だ」
カリアゲはぼーっとした目で見ている。
「ほーん…」
CEOは、何ページか資料を飛ばした。
話を巻こうとしているようだ。
「前置きが長すぎたね、すまない。…魂の存在が証明されたとき、我々はこう考えた。…『魂が実在するなら、これまで霊と呼ばれてきたモノも実在』するのではないか?」とね
「霊ってあの幽霊か?ヒュードロドローっていうオバケの?」
「正しくは『そう言い伝えられている何か』だ」
「?どう違うんだ?」
「当時それらを実際に目撃した者達が、事態を正しく解釈していたのは限らないし、正しく言い伝えられているとも限らない。フィクション作品による誇張でパブリックイメージが捻じ曲げられてもいるだろう」
「あぁー…なんか風で舞った布が月明かりで照らされただけのものを、オバケと見間違えた…って聞いたことあるな。あるいはプラズマがどうこうとか」
「その通り。実際そうであるケースもあるだろうが…、『現代科学ではそうとしか説明できない』故に我々がそうだと決めつけているものでもある」
「え…実際にオバケがいたかもしれないってことか?」
「その可能性があるということだ。そして我々は研究した。世界各地の心霊現象や、土着信仰、シャーマニズムの儀礼などをね」
「ふーん…」
「結論から言うと…世界各地のシャーマニズムの儀礼が根付いた原点を推測すると、どうやらそこには共通の『何か』が存在しているらしい、ということが分かった」
「共通の何かって?」
「儀式だ」
「儀式…」
「現代において、伝承されている祈祷をやったところで、実際に怪奇現象を起こせるわけではない。だが…それらの原点では、偶然か必然か、何らかの奇跡を引き起こす条件が揃い、実際に引き起こすことに成功したらしいことが分かったんだ」
「あ~、それを上辺だけ真似てきたけどうまく再現できないって状態が続いてんのか。でもよ、昔の人はどうやってそんな儀式を作ったんだ?」
「…あらゆるシャーマニズムの儀式は『霊視』から始まる。霊とされる何かを目撃した者達から当時の状況を聞き、それを体系化し、人工的に起こそうとしたらしい」
「ありえねえって思うけど…まあ魂があるって分かった今、否定できねーよな…」
「ある素質を持った人物が、精神をトランス状態にし、何らかの所作をすることで…超自然的な『何か』と繋がる。それは世界各地で、神仏とか精霊とか云われるものだ」
CEOは、その儀式を図式化した画像を表示した。
「我々はこれをコンピューター・ソフトウェアで再現することを試みた。…世間からも株主からも、馬鹿馬鹿しいと批判されたよ。それでも多額の予算を投じて、我々は研究を続けた。…そうして、ついに再現に成功したんだよ」
「すげぇ…」
「我々は特殊な人工知能に祈祷の儀式をさせることで、人工知能の『心』を『超自然的な何か』へ接続し、その心象風景を映像として出力することに成功した!」
リーダーが静かに口を開いた。
「…それが、最初期型のデジクオリアか」
「そうだ。デジクオリアは元々、『霊』や『冥界』を観測するために開発したんだ」
「そうして霊視用人工知能が接続された『世界』を広く見回すために、デジドローンを開発した。そして君達に、何か意味のあるものが見えてこないかを調査をしてもらうために協力してもらったんだ」
そうして私が…
デジタルワールドの海底で、クラゲ型デジモン…ポヨモンを見つけた。
「そう、君の功績だケン。…驚いたよ。我々は天国とか地獄と呼ばれる世界で、幽霊と呼ばれる何かを見るつもりでいたんだ。だが実際にそこにいた幽霊は…肉体を獲得し、進化する力を身に着けていた」
あれらには、デジタル「クリーチャー(生物)」ではなく、「モンスター(怪物)」という名を付けさせていただきました。
「君の命名は適切だったよケン。あれらはかつて、世界各地のシャーマン達が目撃に成功した怪異そのものだったのだから。生物というよりは怪物なのだろうね」
カリアゲが驚く。
「え!?じゃあデジモンって幽霊なのか?」
「逆だ。かつて幽霊と呼ばれたものの正体が、何らかの手段で観測されたデジモンなんだ」
「ええ…でもよ、デジモンってデジタルネットワークの世界に住んでるデジタル生命体だろ?なんでインターネットが発明されるより前にデジモンがいるんだ?」
「思い出してほしい。我々生物は、素粒子を最小単位とする肉体に魂が宿って産まれた生物だ。ならば…他の何か最小単位とした肉体に魂が宿り、生命が誕生する可能性もあるんじゃないか?」
「んー…?まああるとすればあるような…」
「我々人類の脳は多数の神経細胞が結合した、ニューラルネットワークという仕組みで働く生体コンピュータだ。その働きによって生まれるのが『心の中の世界』…。ならば、人間の精神の中に新たな生命が生まれる可能性もあるはずだ。神経細胞が貯蔵するデータを肉体として…ね」
「…データの、肉体…?まさか…」
「そう。かつて人類が目撃した幽霊や精霊の正体とは…『脳神経の中で生まれた、心の中の世界で生きる情報生命体』だったんだ」
「…!」
カリアゲは驚いた顔をしている。そりゃそうだ。
「…うーん。でもよ、一人の脳ミソの中でしか生きられないんなら、ただの幻と同じじゃねえか?」
理解が早いな…。
「人類の脳がクローズドネットワークのままだったらね。しかし、その情報生命体は、魂が元々いた世界…『四次元空間上の情報世界』へ人類の脳を繋げ、行き来できるようになった。狐憑きや霊の憑依と呼ばれる現象…あれは『情報世界』から人間の脳へ、情報生命体が宿ることで起こる現象だ」
「えー…こっわ…」
「デジタルネットワークが発達した現在、世界各地の人工知能はめざましい発達をし、ついに人類同様に『内面世界』を獲得するに至った。機械が心を持つかどうかは別としてね」
「内面世界…?」
「シミュレータと呼ぶと分かりやすいかもしれないね。自動車開発や、新薬開発、気象予報用などに使われるシミュレータだ。ゲームソフトもある意味では『ゲームの中の世界』を模したシミュレータといえるだろう」
「それらの多数のシミュレータの中で…、ゼロイチのデータの肉体を持った生命体が生まれた。そして彼らはかつて人間の心の中に生まれた怪異と同様に、情報世界へ進出していったんだ」
「つまりそれが…デジモンか…!え、じゃあデジモンって、狐憑きみたいに人の脳に取り憑くことがあるのか!?」
「可能性は有り得なくはないが…、デジタルネットワークで生まれた生命体は、人間の脳の内面世界環境には適合しないはずだ。コンピューターの中には侵入することがあるだろうがね」
え、ちょっと待ってください。
論文は一通り読みましたが、人間の心の中の情報生命体なんてのは初耳ですよ!?
「それはそうだ。何故ならこれはあくまで我々デジクオリア研究チームの中だけの仮説だ。なにせ検証のしようがないだろう。シャーマンをどこから連れてくる?そのシャーマンの霊能が本物だとどうやって証明する?」
…あなた達はどうやったんですか。
「霊能者を名乗る人物達をかき集め、一握りの本物を探し当てた。…それだけで論文を書けるほどの確度はないがね」
…デジクオリア開発秘話にそんな話が…。
「すげーなそれ!世紀の大発見だぞ!古くから妖怪とか幽霊とか言われてたものの正体が、人から生まれたデジモンだったなんで!論文には書けなくてもさ、なんかで発表しろよ!」
カリアゲがそう言うと、スポンサーが口を開いた。
「ハッハッハ!カリアゲ君!それはできないよ!なあ神木CEO!」
「え、なんでだよ!?すげえ発見じゃん!」
「…怪異の伝承は、長い長い伝言ゲームの中で歪められて伝えられてきた。現代ではホラーフィクション作品の題材として、過剰な設定が与えられ、そちらにパブリックイメージが引きずられている」
「ああ…ヒュードロドロー、うらめしやーってやつ?」
「そうだ。デジモンがそれと同類などと発表してみたらどうなるか。デジモンがどんな偏見を持たれ、どんなデマが流れ、どんなパニックが起きるか…想像に難くない」
「あー確かに。デジモンが『妖怪テケテケ』や『口裂け女』、『ハイチのゾンビ』やらと混同視されちゃうのか…クソ、面倒だな…!」
「大衆は忙しい。正しい知識を得ようとせず、声の大きい輩が唱える第一印象だけで物事を決めつける。そうなるくらいなら、我々が今初めて発見した存在として、偏見のない状態から始めた方がいい」
「納得だ…」
「そうだ。デジモンを勝手に伝説や迷信と結び付けられたら、正しい情報が世間に伝わらなくなるからね。君達がデジドローンとデジクオリアで発見し、記録に残したもの…それが、それだけが。我々人類の、デジモンに対する理解の『全て』だ。それ以外の一切のまやかしは必要ない」
「…すげえ経緯があったんだな。デジクオリアの開発って」
「この研究にどれだけ多額の予算を投じたかは想像に難くないだろう。そして我々は、まだ開発費用の赤字分を回収できていない。研究存続のためにも、ライセンス料金という資金源を自ら絞るわけにはいかないんだ」
その話をすると、スポンサーさんがグスっと鼻を鳴らし、目に涙を浮かべた。
「苦労したんだねぇ…神木くん!ぐすっ、どれだけ大変だったことか…どれだけ世間や株主に後ろ指を指されたか!それでも君達は研究を成し遂げた!素晴らしい!猛烈に感動した!ウオオオォーン!オォーーン!」
マジ泣きしてる!?
ビジネスマンとして何か共感できるポイントがあったんだろうか。
「はーすげえな…。ん…?じゃあよ、昔の人が幽霊と言い伝えたような…『幽霊そっくりなデジモン』がどこかにいるってことか?」
「どうだろうね。デジタルワールドには未探索領域がまだまだ多い。世界の何処かにはいるかもしれないね…。人々が幽霊や精霊として言い伝えた『何か』が」
「あくまで仮説段階だが…、君達研究グループから送ってもらったデジモンの生態データをもとに、『かつて人が幽霊として認識した』とされるデジモンの想像図をAIに描かせた。見てみるかい?」
「見てぇー!どんなんだろ…はーこえぇ…!」
カリアゲは大ヒットのホラー映画でも見るかのようなテンションだ。
「これだ」
そう言ってCEOが映し出したのは…
…なんとも可愛らしい?姿のデジモンだった。
煙の体に、小さな手と顔がついており、頭頂部には小さな火がついている。
「幼年期デジモン…仮称モクモン。こういうのを見つけたら教えてほしい」
「あんま怖くなかったな…」
「それは君がデジタルモンスターの知識を持ち、正体を知っているからだよ。恐怖とは未知から生まれる。何も知らない者が、こいつをいきなり目撃したら、話が違ってくるだろう」
「あーそりゃ怖いかも…」
「…そういうことだ。我々はデジクオリア開発にかかった費用を回収しなければ倒産してしまう。販売規制などやって海賊版が溢れたら、カンナギエンタープライズが倒産しかねない。分かってくれたかリーダー」
「…そういう事情があるなら、販売規制の方は諦める。だが一つ聞きたい。CEO…あなたは平和と戦乱のどちらを望んでいるんだ?」
「…かつてドードーという鳥がいた。外敵のいない島で育ったため、逃げる力も戦う力も退化した鳥だ。だがドードーは、島の外からやってきた外敵によって、あっけなく絶滅させられた。君達の言う平和とは、ドードーのような暮らしを指すのか?」
リーダーはため息を付いた。
「…平和は戦って勝ち取るしかない、ということか。理解したよ」
「我々は悪のクラッカーを冷遇することはできない。君達が先程提唱した国際機関を信用することもできない。…だが、君達研究チームのことだけは、秩序を目指す者として信用している。新製品のテスター…という形でなら、優遇しても不公平ではないかな?」
「…それでいい。助かる」
そうして、カンナギエンタープライズジャパンのCEOへの交渉は…
誰も冷遇せず、誰も規制しない。誰のスタートラインも弄らない。
だが、我々研究グループが編成した対クラッカー用セキュリティチームに限り、新製品のテスターを優先的に依頼する。
…そういう落としどころで合意に至った。
研究室で、カリアゲははーっとため息をついた。
「結局、クラッカーと真正面からぶつかり合って勝つしかねえのかー…。あー大変そうだ…」
交渉では一言も話さなかったメガが、カリアゲに話しかけた。
「新製品のテスターというのも、戦力強化としてアテにしていいのか微妙だし…。無駄足だったかな…」
クルエはスマホを弄ってデジモンに関する世間の噂を調べている。
「無駄足かどうかといえば…まあそーかもしれませんねー。モクモンちゃんが可愛かったけど、可愛くない女がウザかったので足し引きゼロですかねー」
「そんなことはない」
リーダーが我々に話しかけてきた。
「戦わなくてはいけないことが分かった…踏ん切りがついた。それが収穫だ」
収穫なんですかそれ…?
season1で好きなエピソードはどのへんでしょうか?
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1話~ジャガモン編
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ベタモン分岐編
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マッシュモン事件編
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グレイモン・ブロッサモン編
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寒冷地帯編~コカトリモン編
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各種閑話休題(考証フェーズ)
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スカモン戦編