デジタルモンスター研究報告会   作:タマリリス

65 / 156
掃除とアイスモン

『暗号化』されたデータを固めている石鹸は、水をかけてからサラマンダモンの炎で炙ると、じわじわと溶け出した。

 

でも、溶けた石鹸がかかってるな。

このままにしたデータを使ってると、そのうち危なくなるかも…。

 

『拭き取れればいいんだが…。地味に面倒な後始末だ。敵デジモンを倒すより大変な作業じゃないか…?』

 

パルモン、なんか拭くもの出せない?

 

『まかせて!』

パルモンはそう言うと、腕から麻の繊維のようなものを出し…

それを編み合わせて雑巾をいくつか作った。

 

『おそうじ!』

 

…マッシュモン、パルモン、コマンドラモンは、雑巾を使って石鹸水を拭き取った。

 

『クァ~』

4足歩行であり、手を器用に使えないサラマンダモンは、拭き取り作業を見守っていた。

 

 

『君達のおかげで無事復旧できたよ!ありがとう!』

 

いえいえ。

暗号化されたデータを元に戻せたのも、敵の親玉を倒せたのも、サラマンダモンのおかげですよ。

 

『敵はサラマンダモンが倒せたかもしれない。だがデータの復旧は、ケン君!君の知恵がなければ手が出せなかった!君にも感謝している!』

 

そ…それはどうも。

 

「なあスポンサーさん、まだサラマンダモンを疑うのかよ?」

 

『いやぁカリアゲ君、今回は彼に助けられた。サラマンダモン君の力に…ではなく、「行動に」助けられた』

 

「行動に、か」

 

『そうだ。どれだけ力を持っていても、意思と行動がなければ何も変わらない。…サラマンダモン君は、我々のために力を貸してくれた。その意思に、私は敬意を表する。クラッカーのもとでは、この心は育まれることはないだろう!』

 

『クワ…!』

 

『疑ってすまなかった!仲良くやっていこう、サラマンダモン君!』

 

『クワァ~!』

 

こうしてサラマンダモンは、無事にスポンサーさんからパートナーと認めて貰えたようだ。

 

その後…。

驚くべき記事が発表された。

 

一連のランサムウェア事件は、アイスモン一味によって引き起こされ、サラマンダモンがそれを倒してから起きなくなった。

また、サラマンダモンは暗号化されたデータを復旧できた。

 

その実績から、クロッソ・エレクトロニクスは、なんと『ランサムウェアに暗号化されたデータの復旧サービス』を期間限定で開始したのである。

データ容量に応じた定額制だそうだ。

クラッカーから復号ツールを買うために振り込む身代金よりははるかに安いが、まあまあな価格だ。一応良心的な範疇ではある。

 

…『期間限定』という言葉が聞いたのだろう。

クロッソには次々と、ランサムウェア被害者からの依頼が来た。

 

また、録画したデジクオリアの映像は、デジタルモンスターの特集番組で放映され、高視聴率を記録したらしい。

『セキュリティデジモンとして、サラマンダモンのデジタマが欲しい』という要望も殺到しているそうな。

…ピンチをチャンスに変える発想力において、私はスポンサーさんに敵う気がしない。

 

 

…リーダー。

今回の敵、楽勝でしたね。

 

「片付けるのは楽だが…手口は恐ろしく巧妙だったな」

 

そうですね。

パソコンの電源を落としても動き続けるデジモンの性質は、ランサムウェアとしての運用と相性が良すぎる。

 

「そうだ。しかも相手は、幼年期をベースにして犯行を組み立てていた。…どういうことか分かるか?」

 

…幼年期が成長期や成熟期に勝る点。

それは『育つのが早い』ということだ。

我々はあの戦いから、デジモンを増やそうとしたが…

やっと今の頭数になった。

 

今回の犯行が、スカモンの主と同一かは知らないが…

幼年期をベースにして犯行を組み立てるなら、デジタマから孵化したデジモンを即座に運用できる。

だから、今回削いだ戦力も、すぐに殖やして回復させることができるかもしれない。

 

『…幼年期をここまで有効に作戦に使えるのは、奴らがデジモンの命をなんとも思っていないからだ。迎撃されてもそのまま死なれていいと考えているからだ』

 

…でしょうね。

恐ろしい奴です。

 

しかし、アイスモンでしたっけ。

あれ成熟期ですよね。

前のクラッカーがスカモンを成熟期にしてましたが…

あれは粘菌デジモンだから、発育が早いので、育てるのは苦じゃないでしょうね。

そうでないデジモンを、成熟期へと育て上げるとは、奴ら飼育の腕も相当なんでしょうね。

 

「…違う」

 

へ?

 

「あの胸の傷痕を見たか?」

 

見ましたが…それが何か?

 

「あの傷痕は…、寒冷地域で我々が観た個体のアイスモンが、シードラモンから負った傷と同じだった」

 

…まさか。

 

「クラッカーは、成長期デジモンを育てて成熟期にしたんじゃない。…野生の、あのときのあのアイスモンを、そのまま捕獲して戦力として運用したんだ」

 

…信じられない。

野生のデジモンが、そうやすやすと捕獲されるんでしょうか?

しかも人間の命令に従うとは…考えられません。

まさか、さらに強いデジモンを使って、脅されたとか?

 

「…あのときのアイスモンは、シードラモン達に追い詰められ、仲間を失い、親子で孤立し、飢えていた」

 

そうでしたね。

 

「クラッカーはおそらく、餓死寸前に陥ったアイスモン親子を保護し、餌付けをして懐かせ…ランサムウェアデジモンとして働かせたんだ」

 

バブモンは、アイスモンが暖かい環境で産んだデジタマから産まれた幼年期ってことでしょうか。

 

「おそらくな」

 

そんなことを、するなんて。

 

『ハーッハッハ!なるほど、さすがはリーダーくん!奴らがどうやって戦力を揃えたのか疑問だったが、まさかそんな方法だったとは!』

 

…どう思いますか?

 

『その前に君の感想を聞かせてくれ』

 

ちょっと、冷静に考えられません。

 

飢えた野生デジモンを、餌付けして味方に引き入れ…

親子ともども、サイバー犯罪の手先として利用して、あっさりと使い捨てる。

奴らを倒した身とはいえ…

今の気持ちを表現できる言葉が、見つかりません。

 

『何、我々の世界もよくあることだよケン君。大金の最も効率的な使い方を知っているかい?』

 

なんですか?

 

『明日の生活もままならないような者達を、そのカネで大量に雇い…、違法なビジネスの実行犯として働かせ、悪の手先にすることさ!』

 

…!

 

『雇った側は違法なビジネスで大儲けし、処罰されるリスクを貧しい実行犯へ押し付ける。我々の世界で!幾度となく!延々と繰り返されてきた!!それを彼らクラッカーは、こともあろうにデジモンへ応用した!それだけのことさ!』

 

…そんな。

そんなことって…。

 

「クソ野郎!デジモンに闇バイトみたいなことさせるなんて…!性根が腐ったド悪党だ…許せねえ!」

 

『そう思うかいカリアゲ君?だが我々がアイスモン親子にしてあげられたことは、命を断つことだけだった。対してクラッカーは、アイスモン親子に餌と安住の地を与えた!…アイスモンから見たら、我々とクラッカー、どっちが善でどっちが悪として映るだろうねぇ!ハッハッハ!』

 

「笑い事じゃねえだろ!」

 

『…そうだねぇ』

 

…スポンサーさん。

デジクオリアって、デジモンって…いや、デジクオリアって。

人に害しか与えてなかったりしませんか。

 

『おや?デジタルペットのマッシュモンは、私の娘に愛されている。君のセキュリティデジモン達は人をクラッカーから護る。…そのためのデジクオリアの何か害なのかね?』

 

マッシュモンはいいとして…

セキュリティデジモンを配備するのには、費用がかかるわけで。

維持費を払ってる側からすると、費用はかからないほうが良いわけで。

 

『そうだねえ』

 

…新たな火種を持ち込んだだけ…になってませんか?

デジクオリアって。

 

「そうはさせない」

 

メガ…?

 

「僕はデジモンの新しい可能性に気付き始めている。対クラッカー用のセキュリティや、ペットとしてだけではない…真の可能性にね」

 

そうなのか…?

 

「…デジモンは火種を持ち込んだだけじゃない。いずれ人類にプラスの恩恵と福音を齎してくれるよ」

 

め、メガ?

何を言っているんだ?

 

「…そうしてみせる」

 

『…よく分からないが、期待しているよメガ君!』

 

 

 

 

 

 

 

その後。

私とクルエは、カンナギエンタープライズジャパンへ向かい、神木さんへサラと思われる個体の顛末を話した。

 

「…拾ってくれたのが君達でよかった。ありがとう」

 

疑問があります。

あのサラマンダモンから、カンナギの情報が漏洩する可能性は危惧していなかったのですか?

 

「…」

 

いろいろ話してくれましたよ。

保護したのが我々でなくクラッカーだったらどうするつもりだったんですか?

そうしたら、情報だけでなく力も利用されていましたよ。

破壊活動用デジモンとして。

 

「…サラをどうするか…話し合いの中で、機密保持のために殺処分すべきという声も上がったよ。だが我々にはできなかった」

 

…。

 

「野に放つのは、無責任な…重大なセキュリティインシデントだ。会社の利益のためには、殺処分した方が絶対に合理的だったんだ」

 

…できなかったんですね。

 

「何もかも中途半端だろう?最低だと、自分でも思っている」

 

…でも、それでよかったと思いますよ。

飼育し続けるのが無理である以上、殺処分するのが善い判断とも私には思えません。

 

「…こんなことでは…我々は、クラッカーに勝てないかもしれないね」

 

そんなことで張り合いたくも勝ちたくありませんとも。

それに、事実として今回…

サラのおかげで、我々は勝ちました。

 

いえ、サラだけでなく…

あなた達のおかげでもあるんです。

 

「我々の…?」

 

はい。

あなた達が冷徹にサラを処分していたら、今頃クロッソ・エレクトロニクスのサーバーはランサムウェアに破壊しつくされ、我々は資金源を失っていました。

 

あなた達が非情になりきれず、責任を放棄し、中途半端なことをしたおかげで…

我々はサラを拾うチャンスを得ることができ、結果的に助かった。

それが事実です。

 

「…分からないものだね、どうなるかなんて」

 

時に情に流され、非合理的な判断をすることがある。

それがクラッカーにはない、我々の強みなのかもしれませんよ。

 

「本当に…サラを拾ってくれたのが、君たちで良かったよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。