デジモンの肉体を強化する手段は主に2つ。
『進化』と『トレーニング』だ。
この2つには、密接な関わりがある。
飼育デジモンや、群れで暮らすデジモンだけでなく…単独で暮らすデジモン達にも言えることだ。
デジモンは進化をすることで、それまで肉体に備わっていなかった新たな機能を獲得し、環境に適応する。
たとえばキウイモンを見てみよう。
キウイモンは、戦闘能力…つまりDPが低く、繁殖力も低い。
体毛に葉緑素を含み、光合成によって大気中から酸素や炭素を得ることができる。
それに加えて、キウイモンは海水を飲むことができる。
血中の余分な塩分を塩類腺によって濾し取り、鼻腔から排出する事ができるのだ。
キウイモンの姿は、一見すると祖先であるグレイモンやコカトリモンよりも弱体化し、生物として脆弱になったように見える。
しかし、キウイモンがいる島は食糧が限られており、外敵がいない。
そんな中で、コカトリモンのように圧倒的な戦闘能力と消費カロリーを持っていても、すぐに自分やその子孫で島中の栄養源をあっという間に食い尽くし、やがて己も餓えて滅んでいくだけだ。
そのような環境では、高い戦闘能力など不要であり、食べる餌の量が少ないほうが生存に適しているのだ。
また、海にはホエーモンという桁外れのDPをもつ超強力なクジラ型成熟期デジモンがいるのだが…
実は第三世代以降のホエーモンは、見た目はそのままだが、DPが大きく低下している。
第二世代のホエーモンは、実は多くがすでに餓死しており、生存している個体はごく僅かだ。
数少ない生き残りの第二世代ホエーモンが生んだ第三世代は、相変わらず巨大な体をもつが、その肉体は筋肉の塊というわけではなく、喩えるならば『巨大な袋』だ。
海水の中を漂っている大量のポヨモンやピチモンなどの幼年期デジモンを、海水ごと飲み込み、喉にある網状の体毛で濾し取って消化するのだ。
でかい体で素早く逃げる獲物を追い掛けて捕食するという第二世代までの生活環より、はるかに燃費が良い。
しかも、シードラモンやゲソモン等の獰猛な海の肉食デジモン達は、ホエーモンの見掛け倒しの巨躯を見ると、敵わないと思って逃亡するのだ。
結果的に現在のホエーモンはかつてより弱体化したが、そのおかげでむしろ祖先よりも飢えに苦しまずに済むようになったのだ。
そして何より、第二世代ホエーモンが滅びかけている最大の原因は…
「肺呼吸を捨てて鰓呼吸へ回帰し、過剰に環境へ適応してしまった」ことにある。
一見すると、鰓呼吸になったことによって、息継ぎが不要となり有利になったように見える。
しかし、水に対する酸素の溶解度は、体積比で30分の1、重量比で100分の1ほどである。鰓呼吸はそもそも単位時間あたりに血中に取り込める酸素量が少ないのである。
しかも、ホエーモンの8m近い巨体の場合、体重当たりの表面積が小さくなる…つまり鰓の表面積も小さくなるため、ガス交換効率が悪化する。
巨大を素早く動かそうとすると、鰓呼吸では酸素量が足りず、あっという間にばててしまうのだ。
当初第二世代ホエーモンたちは、植物プランクトンによる光合成が活発な浅瀬で猛威を振るっていたが、やがて獲物デジモン達は深い海底へ逃げ込むことを覚えた。するとホエーモンは酸素濃度の薄い海底まで追いかけていくことができず、飢えてしまったのである。
一方、第三世代のホエーモンは、第一世代ホエーモンと同じ肺呼吸に戻った。
これによって、再び息継ぎが必要になったわけだが…
空気中には体積比にして5分の1もの酸素が含まれている。
これを肺に貯蔵しておけば、単位時間当たりのガス交換効率では、鰓呼吸をはるかに上回るのである。
ゆえに、むしろ鰓呼吸よりも不利と思われた肺呼吸の方が、その巨体を動かすのには効率が良かったのだ。
…このように、デジモンの進化とは、強くなる一方にのみ肉体が変容していくわけではないし、必ず環境で有利になる進化をするともいえないのである。
その一方で、カロリーを大量に消費しながらも、高い戦闘能力を維持するデジモンも多数存在する。
たとえばモリシェルモン。
低DPデジモンの代表格であるカラツキヌメモン達は、強力な消火能力をもち、デジモンの死骸や排泄物、苔などを餌にして生きている。
しかしカラツキヌメモンは弱っちいため、よく外敵に食べられてしまう。
そのカラツキヌメモンを狙ってきた捕食者を餌にするのがモリシェルモンである。
モリシェルモンの巨大な肉体は筋骨隆々であり、非常に高いパワーをもつ。剛腕で敵を叩き潰す格闘戦も、水流を噴射して貝殻の弾丸を飛ばして敵を貫く遠距離戦もできるオールラウンダーだ。
多くの筋肉量を維持するためには、勿論多くのカロリーが必要となる。
そのためグレイモンや旧ホエーモン、スコピオモンのように、『獲物を追い掛けて捕食する』タイプのデジモンは、1日中走り回って暴食を繰り返すことになる。
しかし、モリシェルモンは、普段はカロリー消費を抑えるために休眠していることが多い。
群れの仲間のカラツキヌメモンが外敵に襲われると、カラツキヌメモン達はフェロモンや鳴き声を発し、モリシェルモンへ助けを求める。
それを感知したモリシェルモンは、見た目とは裏腹の素早いスピードで即座に駆けつけ、モリシェルモンを捕食した外敵を返り討ちにして捕食するのだ。
…このように、強いデジモンの中には、『仲間を外敵から護る役割』を得ることで、効率よく捕食活動を行う種もいる。
スターモンもこの一種といえるだろう。
では、デジモンの肉体強化は進化によってのみ起こるのかというと…
実は『トレーニング』という要素が非常に重要になってくるのだ。
たとえば、かつて我々が観察したシャコモンやスイムモン、オクタモンは、淡水に適応し、ヌメモン、シーラモン、ベーダモン等の姿へ進化した。
だが、『海水で暮らしていたデジモンが、淡水に適応する』というのは、そう簡単なものではない。
海水に暮らすデジモン達は、当然ながら海水を飲み水にしている。
だが海水から取り込んだ塩化ナトリウムが、血中に溜まりすぎると、様々な身体機能不全に陥る。そのため塩分を排出する機能を持つのだ。
さて、そのように海水での生活に適応したデジモンが、いきなり淡水に放り込まれたらどうなるか。
実験したわけではないので、あくまで仮説だが…
体内の塩化ナトリウムを過剰に排出してしまい、本来必要な量の塩分すらなくなってしまうため、やがて死ぬと考えられる。
勿論、海中で生活していたシャコモン達が汽水域へ移動し、川へ近づけば、それだけ苦しさを感じるはずだ。
彼らと同様に川へ近付いた海棲デジモンは他にもいただろうが、その苦痛から『塩分が少ない環境は生存に適さない』と判断し、再び海中へ戻っていくものが大半だったことだろう。
しかしながら、シャコモンやオクタモン達は、その苦しい環境の中へあえて滞在し、肉体に強い負荷をかけ続けながら、長い時間をかけて少しずつ塩分濃度の低い環境へと適応していったのである。
排出する塩分の量を、少しずつ減らすことに成功したということだろう。
自律神経系でどうにかできるものではないはずなので、そうとう苦労したはずだ。
それこそ修行…苦行と呼べるレベルであろう。
人間が行う筋力トレーニングとはまた別の、デジモン独自の『トレーニング』の概念だ。
デジモンは進化しなければ、新たな形質の獲得はできないが…
筋力や、臓器の働きの強化など、『既に持っている形質の強化』ならば、ある程度トレーニングによって実現できる。
そして、そのトレーニングの積み重ねによって、進化の方向付けが決まるのである。
そして、最近分かってきたのだが…
トレーニングによって積み重ねてきた肉体への負荷のデータは、どうやら一部がデジタマへ遺伝するらしいのだ。
グレイモンは、異様なほど高いDPを持ち、圧倒的な戦闘能力をもつ成熟期デジモンだ。そのせいでいつも腹を空かせている。
グレイモンの出現からしばらく経った現在でも、グレイモンに匹敵する高DPを持った成熟期デジモンはまだ見つかっていない。
なぜこんなに異常な強さを得たのかは、ずっと疑問だったが…
各地に残る痕跡から、どうやら親のタスクモンが異常な闘争心によって積み重ねてきた戦闘経験が、デジタマに引き継がれ、そこから生まれたアグモンもまた過酷なトレーニングを行うことでグレイモンへ進化したという仮説が立てられている。
そして、グレイモンから生まれたコカトリモンやディアトリモンは、親のグレイモン程ではないが凄まじい強さをもつ。
コカトリモンの子供であるスワンモンの代になって、ようやくグレイモン譲りのオーバースペックが抜けたのだ。
このように、過酷なトレーニングのデータがデジタマへ遺伝することを『経験値の遺伝』と我々は呼んでいる。
また、我々が育成しているパルモンも、経験値の遺伝が顕著に現れた例だ。
前世であるフローラモンは、言語能力やコミュニケーションのトレーニングを積んでいたが…
死んだフローラモンが記憶を維持したまま新たなデジタマへ転生したことで、言語能力に関する経験値の遺伝が行われた。
そのトレーニング経験の蓄積のおかげで、パルモンは発話する器官を得たと考えられる。
時にデジモンは、異常なほど飛躍的な進化を遂げることがある。
シャコモンが肺呼吸のヌメモンになったり、ベタモンが高い知能と器用な手足をもつディノヒューモンになったのは顕著な例だ。
これが一体どういうことなのか、我々は説明できずにいたが…
『トレーニング』の概念と『パッチ進化』によって、少しずつ解明の糸口が見えてきた。
たとえばヌメモンに進化したシャコモンや、ベーダモンに進化したオクタモンだが、進化によって淡水に適応しただけならともかく、肺呼吸まで一気に獲得したのはさすがに奇妙だ。
しかし、たとえば川に落ちてきた幼年期の昆虫デジモンを飲み込み、そのデータを使ってパッチ進化したと考えたらどうだろうか。
幼年期昆虫デジモンがもつ呼吸器官…気門もしくは肺の構造を求め、それをコピーすることで、急激な呼吸器官の発達に成功したと仮説を立てることができる。
ベタモンがディノヒューモンに進化できたのは…
あの個体が植物の育成を楽しむ心に目覚め、栽培を行うというトレーニングを積んだことで、『器用な手足と高い知能が欲しい』と望んだことが要因のひとつといえるだろう。
もっとも、それだけでは…あれだけ器用な手足や、発達した脳、言語能力、声帯を得た理由の説明は不十分だ。
この研究成果を報告したところ、チームメンバーのメガは特に強く興味を持ったようだ。
それ以来、メガは我々の研究チームにも属してはいるが…
彼独自の路線でセキュリティデジモンの開発を目指すための、新たな研究チームを設立し、そのリーダーへと就任した。
どうやら、人工的なデータと、その吸収を促すためのトレーニングメニューを考案することで、経験値の遺伝など様々な性質を利用し、得意な形質をもったデジモンを開発することを目指しているようだ。
メガという個人独自の人脈ルートで様々な企業と提携し、資金を集めているという。
…成果が出るのはまだまだ先になる見込みらしいが、仲間として頼もしい限りである。
さて。
これまでに見てきた地域を見るのもいいが、未調査エリアを覗いてみるのもいいだろう。
私はデジドローンを、鉱山と思われる地域へ出現させ、周囲を観察した。
鉱山だけあって、ゴツモンやズルモンなどのデジモンが多いようだ。
…ん?
なんか、様子のおかしいデジモンがいるぞ?
私はそのデジモンを遠くから観察した。
…銀色のボディを持つ、スカモンによく似たデジモンだ。
仮称プラチナスカモンと呼ぼう。
プラチナスカモンは、口から幼年期デジモンを数体吐き出した。
ズルモンのようだ。
ズルモン達は、地面に空いた穴へとズルズル入っていく。
やがて、穴から幼年期デジモン達が帰ってきたが…
ちょっと姿が変わっている。
体が銀色になっており、硬質化しているようだ。
ネズミに似た姿へ変貌したズルモン達を、我々はチョロモンと名付けた。
チョロモンは、プラチナスカモンのまわりにしばらく滞在していたが…
やがてプラチナスカモンの指示を受けて、半分くらいのチョロモンが、いっせいに洞窟のほうへ向かった。
チョロモンが向かった洞窟からは、何者かがぬっと姿を現した。
…下半身を失っており、ドロドロに腐って溶けた痛々しい体表を持つ、両腕で這っているデジモン。
レアモンだ!
久しぶりに見たな。グレイモンの兄弟である、ティラノモンの成れの果ての姿だ。
レアモンが、がばっと口を開けると…
チョロモン達は自らレアモンの口の中へ飛び込んだ。
レアモンは、むしゃむしゃと咀嚼しながらチョロモン達を飲み込み…
再び洞窟の中へ潜っていった。
…なんだ?
何もかも意味不明だ。
なぜレアモンがあんなところにいる?
なぜプラチナスカモンは、スカモンに酷似しているんだ?
なぜズルモン達はチョロモンへ変わったんだ?
そして何故チョロモンの半数は、自らレアモンに食われたんだ?
…何もかもわからない。
やがてプラチナスカモンは、たくさんのチョロモンを連れて、レアモンがいるのとは別の洞窟へと入っていった。
奇妙な光景だった…
いったい何をしているのだろうか。