デジタルモンスター研究報告会   作:タマリリス

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進化することへの恐怖

コマンドラモンの体のノイズは収まった。

だ…大丈夫かコマンドラモン?

 

『なんとか だうjぶだ』

 

コマンドラモンはぜぇぜぇと息を切らしている。チャットをまともに打てないほどの不調をきたしているようだ。

無茶なことを…!

キャンセルなんかせず、とりあえず進化しておいていいんじゃないのか…?

 

『とrあえzのしんか あともどりでkない かんがえnしに するわけにはいかない』

 

考えなしに、か…。

…し、しかし。

進化をキャンセルしたら、もう二度と成熟期になれなくなるかもしれないぞ!?

 

『わからない だが やくにたたない しんかは できない そうは なれない』

 

…コマンドラモンは動揺している…。

パニックになってるんだろうか…。

 

「と、とりあえずだ。…蟹鍋、冷めないうちに食っちまえよ。腹減ったままだと悩んでもうまくいかないぞ」

カリアゲがそう言うと、コマンドラモンは頷く。

 

『れいせいに なってから かんがえる』

 

…異様な空気の中ではあるが…

とりあえず皆、ガニモン鍋を食べた。

 

硬い殻やハサミは、なにかに使えそうかもな。

とっておくか。

 

…落ち着いたかな、コマンドラモン。

 

『おちついた』

 

進化を止めた理由は…なんだっけ。

 

『わたしは これからさき ずっと クラッカーのてさきと たたかわなければ ならない だから それにてきした しんかをしなくては ならない』

 

なるほど…

それに適した進化をすればよかったんじゃないの?

 

『だが どんなしんかをすればいいか わからない だから かんがえなしに いちどきりの しんかをして たたかいに てきさない すがたに なったら とりかえしが つかない』

 

なるほど…。

一度きりの進化を間違えたくないんだね。

 

だけど、そう言っていては、何者にもなれないんじゃないか…?

 

『はなしが どうどうめぐりに なっている』

 

…そうだね…。

ゴメン。つい我々人間の目線でものを言ってしまう。

当事者のコマンドラモン自身の問題だというのに。

 

『ケン わたしは ばかなことで なやんでいるのか』

 

…そんなことは無いと思うけど。

 

『ケン あなたや カリアゲは なんでもいいから しんかしてしまえばいいと いった それを きょひする わたしは ばかに みえるか』

 

…そんなこと無いってば。

 

『わからない じぶんが どうすればいいか ていたい しつづけるのは よくない だが あやまったみちをすすんだら あともどりは できない わたしは わたしは…』

 

…。

 

『おしえてくれ ケン リーダー わたしは どうなれば いいんだ わたしは なにをすればいいんだ』

 

「…分かった。これから少し、残酷な話をするぞ、コマンドラモン」

リーダー…

一体何を!?

 

「…これから、あるデジモンの記録映像を流す。よく観てほしい」

 

デジモンの記録映像…?

どのデジモンだ…?

 

そうしてリーダーは、映像を再生した。

 

そこはマングローブ域…

我々が「トロピカジャングル」と呼ぶ地域の沿海である。

 

マングローブの中を流れる、淡水と海水が混ざった川。

そこを何かが泳いでいる。

 

やがて、一体のデジモンが、水面から顔を出した。

…とても懐かしい個体だった。

 

シーラモン。

全ての陸上脊椎動物型デジモンの祖先だ。

 

シーラモンは、川から少しだけ身を乗り出した。

 

シーラモンは、小さな肺を持っており、陸上でも呼吸ができる。

それだけでなく、腸や皮膚でも酸素を取り込めるため、水中でも呼吸ができる。

 

だが、そのどっちつかずの性質故に、水中・陸上のどちらかへ特化しているデジモンとは運動能力で競り負けてしまうのである。

 

…シーラモンは、岩の間にデジタマを一個産むと、再び川へ戻り、海へ去っていった。

 

シーラモンは別の土地にも現れた。

リアルワールドでいうところのナミブ砂漠に似た地域の海岸だ。

シーラモンはそこでもデジタマを産んだ。

 

シーラモンのデジタマから産まれたデジタマは、成長期になるとオタマモンやベタモン等へ進化する。

 

環境に適応できれば、そこで成熟期になれるだろうが…

生存競争に負け、幼年期のまま捕食されることも多い。

 

シーラモンは、川や海から時々顔を出し、自分の子孫がどうなっているかを遠目から眺めていることがある。

 

…シーラモンは、かなりハイペースでデジタマを産むデジモンである。

 

シーラモンは、今もデジタルワールドの各地でデジタマを産み、子供の活躍を見守っているようだ。

 

…サバンナにもよく顔を出す。

だが、身体が乾燥に弱いため、水辺からあまり離れることはできないようだ。

 

シーラモンは、いつも沿岸部で生活している。

水中の成熟期デジモンに襲われたら、すぐに川や陸上へ逃げることができる。

陸上で成熟期デジモンに襲われたら、すぐに水中へ逃げることができる。

 

シーラモンはいつも、成熟期デジモンから逃げ、幼年期などの弱いデジモンを食べて生活していた。

 

そんなシーラモンの映像を、我々は見た。

 

「どう思った、コマンドラモン」

 

『このかんじょうを うまく ことばに できない』

 

「何でもいい、コマンドラモン。お前自身の今の語彙で表現してみてくれ」

 

『…わからない わたしは このきもちに がいとうする ことばを まなんでいない』

 

…思うところがあるみたいだな。

 

『ひとつ いえるなら わたしは たたかえる デジモンに ならなくては いけない こうは なれない』

 

それを聞いたリーダーは、口を開いた。

「コマンドラモン。残酷なことを言わせてもらう…。俺は君に、こうなってほしいと望んでいるんだ」

 

『な なにを こうならないために わたしは しんかを とめた』

コマンドラモンは動揺している。

 

「ケン、俺の言いたいことは分かるか?」

 

…なるほど、そういうことですね。

 

『ケン わたしは リーダーが なにをいいたいか わからない』

 

コマンドラモン。

シーラモンは、「陸上へ適応を試みたが、水中から出ることを恐れ、結果として中途半端になったデジモン」だ。

 

陸と海、どっちつかずの半端者になったデジモンと言ってもいいだろう。

 

そしてシーラモンから産まれたデジタマからは、魚類型デジモンにはならず、両生類型デジモンへ進化する。

 

…どういうことか分かるか?

 

『シーラモンは りくに あがりたいのか』

 

そうだよ、コマンドラモン。

私自身がシーラモンなわけではないから、本当の気持ちは分からないが…

 

おそらくシーラモンは、自分の進化をひどく後悔していると思う。

水中生活を捨てきれず、陸上生活にも適応しきれなかった自分の進化を、悔やんでいると思う。

できることならもう一度、進化をやり直したいと…。

 

だが、幼年期や弱い成長期デジモンばかり食べているシーラモンは、レベル5にはきっとなれない。

シーラモン自身の望みはきっと、この先叶うことはないと思う。

 

『わたしに こんなふうに なってほしくは ないのではないか だからわたしは しんかをとめたのに』

 

だけど…

シーラモンから産まれた陸上脊椎動物型デジモン達は、デジタルワールド各地に生息分布を広げて、今も凄まじいスピードで進化し続けている。

 

まるで、シーラモンから託された望みを、親の代わりに叶えるかのように。

 

そして…

これがデジモンの「進化」という概念の正体そのものだと、私は思うんだ。コマンドラモン。

 

陸上で繁栄している「強いデジモン」達が、成熟期になるまでデジタマを産まない理由がわかった気がする。

 

『わからない どういうことだ』

 

つまり…

成熟期デジモンの役割は「後悔」することなんだ。

 

『こうかいすることが やくわり?』

 

そう。

君が「こうなりたくない」と言っていたコカトリモンだが…

彼の子孫である鳥型は、デジタルワールドの至るところで大繁栄している。

 

コカトリモンは死に際に、きっと自分が獲得した形質に後悔しただろう。

 

「飛べるようになりたかった」と。

 

その強い後悔が、死に際に遺した子孫であるピヨモンに対して強い肉体変容を促した結果、たった一代で飛行能力を獲得するまでに急激な進化を遂げた。

 

シーラモンの直接の子供達だって大したもんだよ。

たった一代で、魚類型デジモンが両生類型デジモンになり、陸上生活が可能になるほど急激に肉体が変容するんだ。

 

幼いデジモンが、強く劇的に進化し、環境への著しい適応をするトリガーがあるとするなら…

それはきっと、「親デジモンが抱えている自分の姿へのコンプレックスと後悔」だと思う。

森林に適応できなかったタスクモンが、森林を焼き払うグレイモンを生んだように。

 

…逆に、己が獲得した力に満足しているデジモンは、それ以上強力な子孫を残さないんだと思う。

 

我々セキュリティチームが、より強力なセキュリティデジモンをたくさん増やすには…

『十分満足できる進化』よりも。

むしろ『不満足な進化』のほうが必要なんだ。 

 

『わたしは これからさき クラッカーのデジモンとたたかうたびに こうかいするだろう もっと こういうしんかを すればよかったと きりがないこうかいを』

 

うん。

 

『だが それでいいと ケンがおしえてくれた こうかいすること それが わたしのしそんの ちからになるのだ と』

 

コマンドラモンは観察力があるし、頭がいい。

きっと他のデジモン達よりも深く、自分の進化の方向性を悔やむことができるだろう。

 

…それが、我々が育て、増やしていくセキュリティデジモン達の、力になる。

 

残酷な役割を押し付けてごめん。

だけど、君にはこれからもずっと…

「後悔」し続けて欲しい。

 

それが、君に望む事。

君に果たしてほしい役割だ。

 

『ああ わかった』

 

『わたしは』

 

『じぶんの あともどりできない いっぽうつうこうの しんぽ ぜんしんが』

 

『むだにおわり だいなしになることが こわかったのだ』

 

コマンドラモンは、目の端から涙を流した。

 

『いまもこわい スカモンだいおうと たたかったときよりも こわい』

 

…。

 

『だきしめてくれ ケン』

 

私は、デジドローンVRを使い、デジドローンから私のアバターの上半身を出現させた。

 

『どうせなら パッチしんかを したい なにか いいデータは ないか』

 

ええっと…

なんかあるかな。

 

『なんでもいい』

 

そ、それじゃあ…

リーダー、なんかあります?

「俺が個人的に集めていた資料データだ。これを」

そう言い、リーダーはどっさりと何かの資料のデータを複製して私のアバターへ渡した。

 

コマンドラモンは、私のアバターの手からデータを受け取り…

食べた。

 

コマンドラモンの身体から放たれる光が強くなった。

 

『もう まよいは ない まようことに まよわない』

 

そう言い、コマンドラモンは両手を差し出してきた。

 

デジドローンVRは素晴らしい技術だ。

まるで、今私の目の前に、コマンドラモンが実際に居るかのようだ。

 

私はVRコントローラーを操作して、コマンドラモンをそっと抱き締める。

 

…デジドローンVRに、触覚のフィードバックはない。

視聴覚情報しか、私には伝わらない。

 

だが、今私は、確かに感じている。

コマンドラモンの体の温もりを感じる。

 

 

この温もりが、ただの脳の錯覚なのだとしたら…

 

 

ヒトの脳というのは、なかなか粋な進化をしたものだ。

 

『ありがとう ケン リーダー パルモン マッシュモン そして みんな』

 

 

 

『わたしは すべてに かんしゃしている』

 

 

 

『農園でなく クラッカーの下でもなく あなた達の下で産まれることができた』

 

 

 

『そのであいに かんしゃしている』

 

 

 

 

 

 

…コマンドラモンの体を包む光が、どんどん大きくなり…

 

シルエットが変貌した。

 

 

やがて光が消えると…

私の目の前には、黄色い塗装で覆われた鉄の塊があった。

 

上を見上げると…

 

 

そこに居たものを、一言で言い表すならば。

身長4mほどもある、大きなロボットだ。

 

右腕はフォークリフトに、左腕はパワーショベルになっている。

肩からはクレーンが生えている。

下半身は三角形のキャタピラー(無限軌道)だ。

 

 

…こ、このロボットがコマンドラモンの進化形態なのか?

 

「いいや ケン こっちが わたしの ほんたいだ」

 

やや合成音声っぽい流暢な言葉が、ロボットの胸部のハッチの向こうから聞こえてきた。

 

ハッチが開くと、「本体」が姿を表した。

 

外身のでかいロボットに比べると、小回りがきいて活動しやすそうだ。

 

爬虫類型デジモンの面影は

 

…かっこよくなったね。

 

「さいしょから こうかいするような しんかなど しない わたしは いまのじぶんが ベストだとおもう しんかをした」

 

…ああ言っておいてなんだけど。

その「本体」の姿、きっと後悔することはないよ。

 

「わたしは よくばりだ」

 

 

 

 

 

 

 

外身のロボットには、ケンキモンと名付けた。

本体の方の名前を公表するのは…もう少し後にしておこう。

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