それからすぐにメンバーも集まり、バイトが始まった。
まぁ、所詮はバイトである。そんなに難しい仕事を任せられたりはしない。
しないものの、流石に初めての経験だ。それなりに緊張はする。
「はい!オレンジジュースですね!」
笑顔を張り付けて接客。好きではないが、難しくはない。
「……ふぅ」
少し落ち着いて来て、ふたりは一息つく。
「うんうん、二人とももう完璧だね!」
虹夏に誉められ、素直に笑顔で反応する喜多と、改めて自分の名前はややこしいなと思うふたり。
やがてライブが始まる。
舞台。姉がもっとも輝いた場所。
もし生きていたら、この場所に来る事もあったのだろうか。ここのステージに立つ事もあったのだろうか。
「ねぇ、後藤さん」
「ん?」
話しかけられ、ふたりは喜多にその目を向ける。
「その……後藤さんは、どうしてギターを始めたの?」
「……」
「あ、答えたくないなら答えなくていいのよ?」
少し、考える。ただ、別に隠している事でもない。
「……わたし、尊敬してた人がいたの。その人は、ギタリストだったんだ。結構、有名だったんだけどね。
でも、わたしのせいで、もう、二度とギターを弾けなくなったの」
「………」
「まぁ、わたしのお姉ちゃんなんだけどね。だから、お姉ちゃんの音を。音楽を、世界にひろめなきゃいけないの。
だから……有名にならなきゃ」
漠然とした、生きる目的。自分でもっと改めて確認するように、ふたりは話す。
「わたしは。おねえちゃんの。いろんな人の夢を壊したから、その埋め合わせをしなきゃ……だから有名にならなきゃ……」
まるで独り言のように。呪詛を吐くように、とり憑かれたようにふたりは呟く。
「……その、ごめんなさい」
軽い気持ちで聞いていい話じゃなかったと、喜多は思う。
「いや、いいよ。どっかで自分の目的とか言っておきたいけど……自分から話し辛いから、タイミングなくて。聞いてくれて助かった」
「そう……? なら、よかったけど……」
今の話を聞いて、言いたい事。他に問いたいモノがある。
でも、それは言の葉として口まで出て来てくれなかった。
「……やっぱり、後藤さんと違って、私の動機って不純よね」
少し、寂しげにステージを見ながら喜多は呟く。
「リョウさん目当てだったっけ?」
「ええ、そう……」
「別にいいんじゃないの? 動機なんて人それぞれだと思うし……お姉ちゃんなんて、お友達一人もいないコミュ症の陰キャだったけど、ギターなら輝けるだとか皆からちやほやされたいっていうのが目的だったし」
尊敬している人間の評価じゃないわね……口には出さないが、喜多は思った。
「少なくとも、喜多ちゃんは別に誰かに迷惑かけたわけじゃないし。ファンっていう立ち位置でもいいはずなのに、ギター買いに行ったり、真剣に練習したり。凄いと思うよ?」
「後藤さん……ありがとね?」
「……そういえば、単純にファンでいるじゃダメだったの?」
なんとなしに聞いてみた。そりゃまぁ、一緒にバンドやった方が憧れの人に近付けるとは思うけれど。
「うん……ほら、バンドって、第二の家族って感じがするじゃない?
一緒に同じ夢を追って……。
友達とか恋人を超越した不思議な存在だと思うのよね」
………姉も、そんな感じだったのだろうか。
「私、部活とか何もしてこなかったし。そういうの、憧れてたんだ」
「……そっか」
「そう……! 私は結束バンドに入って、先輩の娘になりたいのよ!」
友達なんてイヤ!と付け足す喜多ちゃんと、言葉の意味が解らず真顔になるふたり。
なんというか……やはりというか、ぶっ飛んだ人だ喜多ちゃんは。理解の外に彼女は居る。
バンドマンたるもの、こうでなくてはならないのか……ふたりは少し悩むのであった。
オマケ
伊地知 星歌はいろいろと複雑
「………」
「どうかしたんですか?」
複雑そうに、妹である虹夏やふたりを眺めている店長、伊地知星歌にこのSTARRYのPAさんが尋ねる。
「……あの子。後藤ふたりちゃん。あいつ、後藤ひとりの妹なんだよ」
顔はかなり似てんなと星歌は思う。なんであのダサいピンクジャージまで引き継いでるのかは知らないが。姉よりは着こなしてるし。
「全盛期だった頃の店長の、ライバルだった人でしたっけ?」
「全盛期言うなっての。……まぁ、あっちが私の事をどう思ってたかは、知らねーけど」
「へぇ~……でも、自分の妹さんとライバルの妹さんの共演なんて、ドラマチックでいいじゃないですか~。なんでそんなに複雑そうなんです?」
「……あの子、二、三回くらい会った程度だけどさ。あの頃はスゲーちっちゃくて可愛かったんだよ」
「はぁ」
「……それがさ、随分とおっきくなって現れたんだよ」
「はぁ」
「虹夏ん時は自覚なかったけどさ……なんか、あの子が目の前に現れた時、自分がこう……スゲー老けた気分になってさ……」
「はぁ……」
「それとあの子のギター。アレ私が使う筈だったんだよ」
「そうなんですか?」
伊地知星歌は、かつて御茶ノ水の楽器店で働いていた。
仕事は出来たし、慕う人も沢山いたけれど、自分の弾きたいギターを勝手に入荷したりとやりたい放題やっており、御茶ノ水の魔王(サタン)と呼ばれる事もあった。
客がいなくなると、ギターのメンテとか言いながら勝手に弾いたり、買ってもないのにライブで使おうと画策したりする事等しょっちゅうよ。
そんなある日であった。
その日も勝手に入荷したギターを店内に置く星歌。
『ちくしょー絶対こいつ誰にも買わせたくねーな……』
売約済みの札を貼ろうとしたその時である。
後藤ひとりが現れたのだ。めっちゃ頭をぶんまわす謎のヘドバンをしながら。
『うお!?お前、後藤ひとり! なにしてんだマジで!?つ、ついに薬キメやがったのか!? いつかやるだろうとは思ってたが……』
『マママイイイニューギギギギギギギーアアアアー』
『なに言ってんだ!?せめて日本語喋っ……あ!テメッ、それは私のギターだ!』
『いや、まだ星歌のじゃないでしょ!』
『あっ……ギターかこよ……ぐふっ、これにしまふっ……』
『ふざけ……離せぇ!』
『はいはい、みんな星歌押さえといてね。こちらのギターでよろしいでしょうか?』
『やめろォ!』
『ダークホール』
『お買い上げありがとうございます~』
『ちくしょー、覚えてろよテメェ!』
「って事があったんだよ」
「はぁ……」
ふむ、とPAさんは呟いて。
「……それ、ほとんど店長が悪いのでは?」
「…………」
そう、奇行こそ目立つが、後藤ひとりは単にギター買いに来ただけである。客として。
「……お前それ以上喋ったらクビな」
「はぁい」
理不尽な事を言われても特に気にしないPAさん。
「………」
理由はどうあれ、気に入っていたギターだった。
だからこそ、後藤ひとりがこの世を去った時……喪失感の中、ふと思ったのだ。
……あのギター。使い手もなく、埃を被っていくのかなと。
そしてそのギターは、今は妹の腕の中で。