落ち着いた雰囲気の、オープンしたばかりの喫茶店。
特に緊張もなく……ふたりは普通に入って、普通に山田リョウを見付けた。
カレーを静かに食べているのを見て、終わってから渡すかと会釈しながら隣に座る。
お冷やだけだと何かアレに思えたので、適当に飲み物を頼んだ。
「ごちそうさまでした……」
神妙に手を合わせるリョウを見て、ふたりはノートを取り出す。
「これなんですけど」
「うむ。拝読いたす」
ノートを受け取り、何時も通りの無表情でノートを眺めるリョウと、少し落ち着きなく窓の外に視線を投げるふたり。
「………成程」
沈黙を破る静かな声。何時もと同じで、何時もと違う。
「こういう歌詞が、ふたりは好き?」
「……」
こちらを見透かすような金の両目が。視線がふたりを射抜く。
もとより、こういう歌詞は嫌いだと公言してしまっているし……今の彼女には、嘘は通じない気がした。
「……売れなきゃ、いけないから」
ネットで調べた売れ線の歌詞。当たり障りの無い……とても綺麗な、つまらない詩(ことば)の羅列。
「……そう」
ノートにリョウは視線を戻す。
「……『売れたい』じゃなくて、『売れなきゃいけない』んだ」
「……」
ふたりは小さく頷いた。そう、売れなきゃ始まらないのだ。
姉の伝説を終らせない為に。
だから、苦手な事でも。嫌な事でも。真剣にやるんだ。必死にやらなきゃ。
「ごめん」
「……え?」
「ふたりがバンドやる理由……郁代から、実は聞いてる」
「……ああ、成程……」
郁代って誰だっけと一瞬思ってしまった。そう言えば、名乗らなかったのもあって、彼女の下の名前を知らなかった。
「別に、いいですよ。隠してないし、わたしの口から突然言うのもアレだから、なんなら話してもいいって言ってありますし。
わたしのスタンスは、ハッキリさせておきたかったので」
「そう」
軽く頬杖をつきながらふたりを見て、軽く瞬き。それから手の甲を額にやる。
中性的なその見た目からのその仕草は妙に色っぽく、同性のふたりも少しドキッとしてしまった。
「……少し、自分語りしていい?」
「え?」
「私、昔は別のバンドにいたんだ……。
青臭いけど、真っ直ぐな歌詞が好きだったんだ」
「……」
「でも売れる為に必死になって……どんどん歌詞を売れ線にして……それが嫌になったからやめたんだ」
「……ッ」
この話は、真剣に聞かなきゃいけない。ふたりは思う。
この人は今、塞がりかけた傷口をさらけ出している。
そうまでして、後輩のわたしに何かを伝えようとしている。
そのくらいの事は、自分にも解った。
「やめる時、ちょっと揉めたりして……バンドそのものが嫌になってたところを虹夏が誘ってくれて……もう一度頑張りたくなって、今……結束バンドに私はいるんだ」
『ねぇ。暇ならベースやって』
『…………なんで?』
『だって私───
───リョウのベース好きだしー。
───照れ臭いから死んでも言わないと思うけど。
死ぬ程、救われたよ。虹夏。
「……インディーズからメジャーになって、売れ線になるバンドは確かにいる。
でも、その逆はほとんどない。最初からその路線で行くなら。最初から個性を捨ててたら、ふたりがやりたい事はきっと出来なくなる」
「個性捨てたら死んでるのと同じだよ」
「私は、このバンドに死んで欲しくない」
「………────ッ」
わたしは、なにを考えていたのだろうか。
この人のなにかを、解ったつもりでいたのだろうか。
ねぇ、後藤ふたり。もしかしてだけど、真剣にやってるのがお前だけだと思ってた?
お前だけが、必死なつもりだった?
「ふたりのお姉さんの……ひとりのバンドは、そんな、つまらないバンドだった?」
「………」
そんな事はない。
焼酎の空き瓶でドラムを叩き、ドラム破損させ割れた瓶で血塗れになったドラマー。
ベースを愛し……というか、楽器を愛し過ぎて人間にほとんど興味を持たず、自分のベースと結婚しようとする変態ベーシスト。
ライブで全方位中指を決めて、更にマイクを観客に投げつけあわや傷害事件になりかけたギターボーカル。
後藤ひとり。
それは個性溢れるメンバーであり、彼女達の奏でる音色も歌詞も尖っていて……魅力的だった。だから、いろんな人を惹き付けて夢を魅せたのだ。
スカートの上で、ふたりは握りこぶしを作って、それから真っ直ぐにリョウを見る。
……きっと、この人は。それでも自分が売れ線で行きたいと言うならば。
それが元で、わたしが結束バンドにいられなくなっても。嫌いになっても。
それはそれとして、その在り方を肯定してくれる気がした。
「……ありがとうございました、リョウさ──リョウ先輩」
深々と、頭を下げる。
「わたしらしい歌詞は……まだ、分からないです。わたしの詩(ことば)は、ないから……」
「だから、憧れの、あの人を意識した歌詞を。書きます。書きたいです」
「………いいと思う。 多分、それが『今の』ふたりらしい」
そう言って……山田リョウは微笑むのだった。
………素敵な人だと、ふたりは思った。
「あれ? 先輩、お会計忘れてますよ?」
真っ先に出口に向かうリョウに対し、苦笑混じりにふたりは声をかける。
しっかりしてるけれど、天然な人だ。
こういう人だから、虹夏さんも仲良くしてて喜多ちゃんも憧れるのだろうと、ふたりは思った。
「……ごめん。今お金ないからおごって」
「───は?」
────は?
「いや……え? リョウ先輩がここに誘ったわけで……」
「最近、草しか食べてなくていろいろ限界だったから……」
……いや、冗談だ。冗談に決まっているだろう後藤ふたり。
まったく、困った人だ。早く冗談だって言って、不安になるから。
「え、いや、わたしが来る前にカレー食べ……」
「ここオープンしたばっかりだったから、どうしても来たくて……」
「お願い、おごって」
「………」
………嘘でしょ?
…………わたしがもし来なかったりしたら、どうしてたんだろうか………。
「本当にごめん、来月返します」
「あ、いつでも大丈夫ですよ山田さん」
「……?」
何故だろうかとリョウは思う。なんか距離感が遠くなったような。
はぁ、とタメ息を吐いて。
「……明るい歌詞とか書けないと思うけど──頑張ります」
ん、と短くリョウは返事をして。
「バラバラな人間の個性が集まって、それがひとつの音楽になる」
色とりどりの光を放つ、星空のように。
「暗い歌詞も、リア充っ子の郁代に歌わせたら面白いと思うしね」
「だから、ふたりの歌詞を楽しみにしてるよ。
それじゃあ、ばいばい」
去っていく後ろ姿が消えるまで、ふたりは手を振った。
山田リョウ──なんというか。
…………面倒な人だと、ふたりは思うのだった。
とても面倒な人だと、ふたりは思うのだった。
そして少女は帰路につく。その顔が、自然と微笑んでいた事には自分で気付かなかった。