「なんでだよ!!」
響く、女性の怒鳴り声。
「私達はこれから……これからじゃない!なのに、なんで!なんで!!!」
堪えきれなくなった心からの叫び。すすり泣く声。悲鳴にも似た怒声。
そんな中で。地獄の中に、その少女はいた。
綺麗な空色の瞳は濁り切り。頭を抱えてうずくまる事しか出来ず。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
他の言葉を忘れてしまったかのように、呟き続けた。
もう枯れた瞳から、それでも絞り出すかの様に涙の粒がひとつ零れては床にシミを作る。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
意識を失うまで、少女は呟き続けた。それしか、出来なかったから──。
「はぁ……もうすっかり夏だねぇ~」
駅のホームで、伊地知虹夏は呟き、隣で喜多郁代がそうですね~と同意する。
ここは、後藤ふたりの地元である。
今日は、ライブで使う為のTシャツのデザインを考えに来たのだ。
別に、ふたりの家でやる必要はこれっぽっちもないのだが……これに関しては、喜多ちゃんがどうしても後藤さんの家に行ってみたい! と言い出したためである。
虹夏としても、そこら辺は興味があった。
バンドリーダーとして、彼女の事情はいろいろ知っておきたかったのだ。
……いろいろと、察してはいる。
突如として更新が途切れたギターヒーロー。
三年くらい前に、先代がもうギターを弾けないのでと、現れた二代目。
最初に会った頃から、そこは察している。問題は……後藤ふたりは、自分のせいで先代は弾けなくなったと言っていたらしい。
そこが引っ掛かるし、本人に聞きたいが聞けない話だ。
そういう意味でも、ふたりの家に行ってみたいと思っていたのである。
……リョウも来たら良かったのに。虹夏は思う。
本人曰く、おばあちゃんが今夜が峠だそうである。
今年十回目の峠攻めだ。随分ファンキーなおばあちゃんである。
どうしても来て欲しかったので(どうせ嘘だし)食い下がってみたところ。
『ごめん。まだ、勇気が出ない』
との事であった。よく解らなかったが、真面目な雰囲気だった為にそれ以上は食い下がれなかった。
「後藤さんが迎えに来るって言ってたけど……ッ!」
歩いて来るふたりを見て、喜多が目を見開く。
虹夏も思わず見開いた。
「えっと、お待たせ。じゃあ、わたしの家に──」
「かっ、かわいい~!!!」
二人が叫び、ビクッと驚くふたり。
何時も通りのダサいピンクジャージ……ではなく、私服でふたりは現れたのだ。
姉のおさがりの服である。母が買った可愛い衣服。
もっとも、姉は趣味じゃないからとこの服を着て外に出る事はなかったが。
精々、バンドメンバーにせがまれて一度か二度着用したくらいである。
その為にほぼ新品同然である。ふたりはひとりより背丈が低いために、少しぶかぶかだが。
「……えっ、なに? なに?」
いきなり大声を出されて少し引き気味のふたりに、ごめんごめんと虹夏。
「でも驚いたよ~。今日はジャージじゃないんだね」
「……ああ、成程。いや、何時もアレ着用してる訳じゃないんですよ」
どうやら、ギターを弾く予定がない時は、こうやって私服を着用しているらしい。
「えー、バイトの時も着ればいいのにー」
「なんでジャージなの?」
「………まぁ、わたしにとっての戦装束といいますか」
少し言い辛そうであった為に、とりあえずその話題はやめる事とした。
「それにしても、ほんっと可愛いよ~」
「うんうん!後藤さん、甘い系の服似合うね!」
めっちゃ褒められ、ふたりは少し顔を反らしつつ、ありがとうと呟く。
珍しく照れた様子に笑いながら移動が始まった。
しかし、ふたりちゃんの家はどんな感じだろうか。虹夏は思う。
あまり来て欲しくなさそうだったが、喜多ちゃんが押し押ししたらアッサリ良いよと答えた辺り、家庭環境は悪くなさそうである。
ふたりの病んだ性格から懸念していたものの、大丈夫そうだ。
「………」
一方で……後藤ふたりの心には、とある懸念があった。
大丈夫。きっと大丈夫だと心に言い聞かせる。
「あ、着いた。ここがわたしの────」
そこで、ふたりの言葉は途切れた。
『歓迎! 結束バンド御一行様!~癒しのひと時を皆様に…~』
一般の民家には相応しくない、横断幕。
ふたりに続いて、喜多と虹夏も固まった。
先程まで二人ともいろいろ話していたのだが、それが止まる。今の彼女達に聞こえるのは、蝉の鳴き声くらいか。
「えっ……ふたりちゃんの家って、ここなんだよね? ……結束バンドって、書いてあるもんね?」
「後藤さんの家って、旅館なんですかね?」
「いや、どう見ても普通の家だし……後藤って書いてるね」
ふたりの背後で困惑した声が聞こえる中、ふたりは思う。
やりやがった。マジかよあいつら、やりやがった。
釘は刺しておいた。バンドメンバーが来るけど、遊びに来る訳じゃないから変な事しないでねと。
そして、迎えに行くほんの僅かな時間であの横断幕ががが。
後ろで聞こえる困惑した様子の会話。しかし、後藤ふたりはそれどころじゃない。
なんだこの羞恥プレイ。
……変だな。こんなに息の音がするのに、世界の音がしない───。
「ねぇ、後藤さん」
声をかけられ、ふたりは正気に戻り素早く振り返る。
「わっ!」
「きゃっ!」
そして二人の肩を掴んで、ニッコリとふたりは笑った。
「ごめんなさい! 家の場所間違えちゃいました!」
「えっ、でも、後藤って……」
「それに、結束バンドって書いてるし……」
「たかだか友達呼ぶのに、あんな大掛かりな事しますか? おかしいと思いませんか? あなた」
「えっ……でも」
「つまりあそこはわたしの家ではない。いいね?」
「アッハイ」
「わかりましたあそこはゴトウ=サンの家ではありません」
ふーっ、とふたりは息を吐く。とにかく、ここから離れよう。
ロインで、あの横断幕外すように言おう。よし!
───後藤ふたりは逃げ出した!
「イエーーーーイ!!!!」
「ウェルカァーーーーム!!!」
───しかし逃げられなかった!
鳴り響くクラッカーの音と共に扉が開く。ふたりちゃんの両親のエントリーである。
ピカピカと縁が光る、星形のサングラスと、『一日巡査部長』と書かれた謎のタスキを着けた父親。
そして、後藤ふたりの制服を身に付けた母親がそこにいたのである。
「えっ………」
呆気に取られる虹夏と喜多。
「ご、後藤……さん?」
フリーズした後ろ姿からは、反応がない。
「ふ、ふたりちゃ──」
あまりにも動かない為に、その横顔を覗き込んだ虹夏は……思わず口元をおさえた。
「し、死んでる……」
後藤ふたりは、立ったまま白目を向き……口から謎の液体を垂らしている。
あまりの羞恥に耐えきれず、心肺の機能を停止───死んだのだった。