ふたりの両親──後藤直樹と後藤美智代に案内された部屋。
そこには仏壇と、遺影があった。
珍しく写真映りの良かった一枚。とても妹と良く似た顔。
ギターヒーロー。後藤ひとりの姿が、そこに確かにあった。
「優しそうな人達だね。お姉さんは安心したよ。
それにしても星歌さんの妹さんかぁ……本人に似ず可愛い子……凄く変な気分だわ……」
「…………」
両親が、何を話しているのかはなんとなく察している。心配性だから、わたしの事をいろいろ聞きたいのだろうと思う。
「…………ねぇ、ふたりちゃん」
「……なんですか?」
「………音を楽しめてるかい?」
会うと、いつも言われる事。
「………わからない、です」
呟いた言葉に、彼女は少し目を丸くして……笑った。
何時もこの話を振ると、多分。と答えた少女が、何時もと違う返事をした。
「……そっか」
良かった。この子はちゃんと、変わりつつある。
………後は、あの子らと……星歌さんに任せるとしよう。
「そんな……そんなの、ドライバーさんが…………!」
話を聞き終えて……思わず、喜多郁代はそう声を荒げていた。
………酷い話だと、虹夏は思う。
幸せいっぱいのはずだった一日が。交通ルールを無視した人によって、全てが奪われた。
それでもその子は、誰も恨まず自分を呪っている。
未だに、変わる事なく。
「………」
近しい人を喪う痛み。これは、虹夏にも解る。本当に、よく解る。
母の事を思い出して、古傷が痛んだ。
「………」
更に、それが自分のせいだと思ってるなんて……。
「そうねぇ……でも、もうそれは終わった話だから」
困ったような笑顔で、母である美智代は言う。
そう。誰が悪いとか。そういう話は、もう終わっている。
後は、ふたりの問題だ。
「……うん。もう、お父さんとお母さんでやれる事はやったつもりだしね」
父である後藤直樹は、そう呟く。
実際、最初の頃は本当に酷かった。指の皮が剥けて血が流れてもギターを弾くのをやめず、食事もろくにせず、気絶するまで弾いてはの繰り返し。
やめさせるべきか。どうすればいいか。
いろんな人達を頼り、いっぱい悩んだ。
結果、学校に行ける程には回復した。それは、この二人と一匹が本当に少女を支えてくれたからだ。
……娘を喪い。辛いのは同じなのに。親として、やれるだけの事はやった。
それでも、親は親。内の者。後は、外の人が必要だと考えていた。
内で支える人と、外で引っ張ってくれる人。そしたら、きっと。
「こんな事を頼んじゃって申し訳ないんだけど……その、あの子の事……お願いね?」
その言葉に、二人ともしっかりと頷いて見せた。
バンドのリーダーとして。友達として。
喜多郁代は、何かを決意した面持ちで部屋を出る。虹夏もまた出ようとして、振り返った。
写真の中で。微笑むひとり。
「………──あれ」
目から、一筋の雫がこぼれた。
なんだろう。
………会いたく、なかった。
……………こんな形でだけは、絶対に逢いたくなかった。この子と──。
それから、ふたりが戻って来た。お互いになにも言わず、聞かず。再びライブTシャツの作成にとりかかるも難航。
結局その日に決まる事はなく、お開きとなった。
「じゃあ、行ってくるねジミヘン」
わん!と人懐っこく鳴くジミヘンを背に、ふたりは虹夏と喜多を駅まで送りに行く。
その背を見送り、ジミヘンは帰ってくる筈の誰かを待つように玄関に座った。
特別な会話もなく、駅まで歩く。
途中、山田リョウからロインが来たくらいか。
ライブTシャツのデザインとは名ばかりの雑コラと共に、晩御飯何がいい?との事である。
流石山田さんだとふたりは思う。山菜とかでいいんじゃないかな。
「それじゃ、またねふたりちゃん!」
笑顔で手を振る虹夏と。
「また、STARRYでね。後藤さ───
─────ふたりちゃん」
小さな決意を込めて、喜多はそう言った。
喜多郁代は、基本的に心優しい少女である。
彼女の趣味は、イソスタに写真をあげる事。
勿論、承認欲求やらなんやらがないわけではないだろう。
ただ、一番大きいのはやはり、『友達が楽しそうだと自分も楽しいから』で、『幸せのお裾分け』なのが大きい。
そう、友達が楽しそうなら自分も楽しい。
つまり、友達が苦しんでいるなら自分も苦しいのだ。
だから、後藤さんには。ふたりちゃんには、いっぱい楽しい思い出を作って貰おう。
喜多はそう決意した。
誰かを憎めず自分を怨んだ少女。
自分は幸せになってはいけないと、小学生の頃を。中学生の時を。
輝かしい筈の一時を、灰で塗り潰した少女。
ギターを弾く時ですら、あの子は苦しんでいた。
………ならもう、良いだろう。
もう充分だろうというくらい、自分を責めた筈だ。
自分の練習があるのに、時間を割いてギターを教えてくれた少女。
大切な形見を貸してくれてた優しい子。
この世界で、あの子がいなかったら……自分はバンドを組めていただろうか。
あんな子が、なにも楽しい事をせずに青春を終らせるなんて、あってはならない。
だから、バンド活動だけじゃない。遊びに行こう。連れて行こう。
多分、ふたりはそれを拒むのだと思う。クラスの人達にそうだったように。
……でも、それがどうした。嫌がったって、無理矢理連れてくのだ。
楽しい場所へ。本当に笑ってられる場所へ。手をつないで。
彼女があの子らしくいられるところへ。
それで嫌われようが、知った事ではない。
いつか、こんな事もあったって、笑えるような青春を、あの子にも──必ず。
電車に揺られ、少しうつらうつらとしながら、瞼が重くなる。
朧気になる意識の中で、意識を手放すその前に、喜多は思った。
だから───安心してね、ひとりちゃん。
特別編
カラカラ
山田リョウがロックを聴くようになったのは、本来より少し早く九歳の頃だった。
溺愛してくる両親への反抗心として聴き始めたのである。
まだ聴き始めてそれほど立たない内に、近くでインディーズのロックバンドがライブをするらしい事を、彼女は偶然 知った。
インディーズではあるものの、かなりファンが多く、動画を見て一発で心惹かれた彼女は、親に頼んで連れて行って貰ったのである。
「───ッ」
心を奪われた。凄い迫力だった。
その中でも一番目を惹かれたのは、桃色髪の人。
猫背になり、ユラユラと揺れる身体。掻き鳴らす雷鳴のギター。
本当に惹かれて───同時に、思った。
この人に会いたい。お話がしたいと。
何故だったのか。今でも解らないが、ライブが終るやいなやリョウは駆け出していた。
何処に行けば会えるのか解らず、突発的な子供らしい行動だったのかもしれない。
とにかく、走って、走って、走って、走った。
ただただ、彼女に逢いたくて。逢わなきゃ、いけなくて。
そして、遠くにその姿を見た。
長い長い、桃色の髪。
「待って……!」
声をあげて、手を伸ばす。お願い、待って!
「ぼっ─────!」
結局……長い桃色の髪は、そのまま車に乗って去って行ってしまった。
肩で、息をする。何故だか切ない。
でも……でも、きっとまた逢える。いつか、きっと。
生きているのだから────。
それから事故の事を知ったのは。
終りから数ヵ月たってからの事だった。