ライブTシャツは、結局 虹夏が作った。
シンプルではあるが、かっこよく感じる素敵なデザインだ。ふたり的には、かっこよさの中にちょっぴり可愛さも感じて凄く気に入った。
……そして、ライブの日が来る。
「……?」
STARRYに入ると、飾ってある大量のてるてる坊主にPAさんは小首を傾げた。
「……虹夏達が作って行ったんだよ」
机に突っ伏しながら、伊地知星歌が呟く。
山田が提案し、その時点では来ないと思われた台風。
喜多が、せっかくだから作りましょう!と言ったのだ。こういうのも、良い思い出作りになると思ったから。
「……ま、てるてる坊主くらいでどうにかなるわけじゃあないからさ。
バンド続けてくには、こういう理不尽いくらでもあるんだから……」
じっ、とPAさんは星歌を見る。分かりやす過ぎるくらいの落ち込みようだ。
まぁ、そうだろう。台風による客の減少も頭が痛いだろうが、それよりも。
多分、この人が。本人達以上に、結束バンドのライブを楽しみにしていたのだと思うから。
「……ハンカチ、使います?」
「……ッ、あっち行ってよっ……!」
苦笑を浮かべながら、PAさんはガラガラのSTARRYを眺めた。
……あんなに頑張ってたのに。可哀想ですねぇ。
この状況を見て、心折れなければよいのだが。
「私の友達も、来られないみたいです…」
一番、集客として期待されていた喜多ちゃんフレンズ。
それが一人も来られないというのはかなり痛い。
ふたりは、家を早く出たが為になんとか辿り着けたが、交通状況が悪く、両親はこれそうもなくなってしまった。
「そっかぁ。そうだよね~」
困った顔を見せるのもほんの僅か。その顔に、パッと明かりが灯る。
「まぁ、仕方ない。切り替えていこー!」
こんな時も元気な虹夏の様子に、ふたりと喜多は少し心が軽くなる。
「低気圧……眠い」
そう言って、虹夏に寄り掛かるリョウと、緊張感ないなー、と苦笑する虹夏。
実際のところ、リョウとしてはほとんど虹夏は空元気だと解っている。
だから、あえて何時も通りにする事で少しでも虹夏の気持ちを軽くしようとしての行動であった。
STARRYの扉が開く。
「うっひゃあ、凄い雨ー。……ふたりちゃぁん。きたよー」
そこには、いつぞやな酔っ払いの姿が。
「……ああ。お前ふたりちゃん目当てで来たのか」
「そうだよぉ、いえーい!」
星歌としては、後藤ひとりと仲が良かったという事を覚えている。
そんなに長く一緒にいたわけではないらしいが、波長が合ったのか、出会ってすぐに打ち解けた。らしい。
なんにせよ、仲の良かった後藤ひとりの妹がライブすると聞いたら、そりゃ来るだろうなと星歌は納得する。
「……知り合いなんですか?」
「私の大学の時の後輩」
「……そう、なんですか」
「ね~ね~、今日のライブさぁ~終わったら打ち上げするよねぇ、居酒屋もう決めた?
美味しい場所知ってますよぉ」
「お前しばらく会わないうちにまた一段と面倒くさい奴になったな……って、酒臭っ!しかもびちょびちょじゃねーか!」
「飲み会覚えたての大学生に通じるウザさがありますねぇ~」
大人達の会話の中、再び開く扉。
「雨つよー……ぬれた~。あ、ふたりちゃん!」
そこに、更に二人。いつかの。路上ライブの時の。
「来て、くれたんですね」
「もちろん!」
「だって私達、ふたりちゃんのファンだし!」
笑顔の二人に対し、少しぎこちない、複雑そうな笑みを返すふたり。
違う、違う。私のファンより、お姉ちゃんのファンになって欲しい。
でも、路上ライブはわたしだったから当たり前で。でも、結束バンドのファンなら。
「ライブ、期待してますよ!」
ふたりの複雑そうな表情を、単純に、ライブ前で緊張していると思ったファン二名は、そう言って笑う。
ふたりは、少しぎこちない会釈を返した。
「雨、まだまだ強くなるみたいです……」
「今よりも?」
不安そうにする虹夏と喜多。
「ここは、ライブの様子を配信して、初めから無観客ライブだったという事に……」
「しないしない!そんなの今から見ないし、お客さんもう来てるんだから!」
呆れる虹夏と、わりと本気でキツそうなリョウ。
「………」
ふたりは、胸に手を当てて集中する。今度は。今回は。
また、何時も通り。何時も通りにやれば大丈夫。わたしは音の奴隷。
自分に言い聞かす。でも、心音が変な感じだ。
扉の先には、既に客の姿がまばらにある。
喜多と虹夏が様子を見に行き、リョウとふたりもそれに続く。
「もう本番直前ですけど、やっぱりお客さん少ないですね……」
しょんぼり気味に喜多が言って。
「でも、他のバンドのファンの人もいるし、みんな聴いてくれるよ!」
と、前向きな虹夏。
「なんだかんだで、始まったらどんどん増えて行くはず……!」
と、希望的観測をするリョウ。
それぞれがまるで、自分に言い聞かせるかのようだった。
「ねぇ」
そこに、観客らの声が聞こえた。
「一番目の結束バンドって知ってる?」
「知らなーい。興味なーい」
「観とくのタルいね~」
そっと、扉を閉める。
記しておくが、彼女達に悪意があったわけではない。
誰かを不快にしたかったわけではない。彼女達は、台風の中……強くなる前に来た。それだけだ。
お目当てのバンドは別にあって、知らないバンドを雨の中 観に来たわけではないのだから。
愚痴っぽくなるのも仕方ない。それでも……やはり、タイミングは悪かった。
「あ……あっはは!ま、まだ結成したばっかで、知られてないからね!
落ち込まないで!」
「そ、そうですよね!」
「気にしない、気にしない」
最早、リョウすら何時ものようにふざける余裕がない。
虹夏と喜多も、空元気だと一発で解るくらいだ。
………だが。この物語を見ている人らはご存知の通り。本来ならば、このライブは成功する。
本来ならば。
「あ……う……」
瞬時に、ふたりは理解する。あの夕焼けの路上ライブとは、状況が。空気が違い過ぎた。
あの時の人達は、興味を持って立ち止まってくれた人達だ。
今回は、違う。目当てのライブのついで。
オマケですらない。興味がない。なんなら、早く終わらないかなー、と思っている者が多数だと理解する。
怖い。足から力が抜ける。
行きたくない。行きたくない。
来てくれた廣井きくりと、ファンと言ってくれた二人組。
……皮肉にも、それがふたりを蝕んだ。
この気持ちのまま行けば、失敗する。間違いなく、自分はダメだ。
失望されるのが、怖い。
「よ、よぉし!ライブ、頑張るぞ~!」
上擦った声。みんな、ダメージがある。
……本来なら、喜多や虹夏の友人。他にも客が増えて、温かな雰囲気で演奏をやれるはずだった。
どうして、今日なのだろう。どうして、こんな日に台風が来たのだろう。それるはずだったのに。
……わたしが、楽しみにしてたから?
有り得ない、被害妄想が頭に浮かぶ。元々、強い罪悪感を抱えて生きる少女には、頭に浮かんだ荒唐無稽な妄想が、真実かと思えた。
……やっぱり、わたしみたいな奴が舞台に上がっちゃダメだったんだ。
だって、あそこはおねぇちゃんのばしょだったから。
わたしは、いっちゃいけないばしょだったから。
扉が開く。輝かしい筈のステージが、まるで処刑台に見えた。
悪夢(ユメ)の中で見る、濁った瞳の姉が、手招きしている気がした。
ふらふらと、それでも逃げられずにふたりはステージに立った。
本来ならば、成功するライブ。
ただし、この場にいるのは彼女ではない。
この物語の主人公は、姉(ヒーロー)ではない。
後藤ふたりが花開く瞬間は、まだこの時ではない。
────だから。このライブは。