ぐちゃぐちゃの心のままに、ふたりは準備をする。
本来ならば、虹夏、喜多、リョウの誰かが、ふたりの不調に気付けただろう。
しかし……今回は、誰もその余裕がなかった。
全力で滑るMC。ここも、仕方ない。なんにせよ、ふたりにはろくに聞こえていない。
───あれ? わたし……考えてみたら、なんでギターなんて弾いてるんだっけ?
ふと思った。
一曲目が始まる。一心不乱。やるにはやった。
酷いものだった。音の奴隷にすらなれない、無様な音色。
ふたりは、もう分からなくなっていた。
ギターを弾くのは、姉のため。姉のため? それが、なんで?
ギターヒーローの真似をどれだけしたって、本物になんてなれない。解ってる。
本物の宣伝に、なるの?
終わった物語を続けるなんて不可能だ。
じゃあ、なんで?
……ただ、生きる理由が欲しかっただけじゃないの?
わたしは、姉の為に生きてます。だから許して下さい。
わたしは、楽しみません。だから赦して下さい。
みんなとっくに許してくれてる。じゃあ、誰に?何に赦しを乞うの?
………結局、何がしたいのか。どうしたいのか解らない。
きっと、わたしは。八歳の頃から、なにも成長していなかったんだ。
あの頃から、なにも………。
一曲目が終わった。あと、二曲。
「やっぱ全然パッとしないわぁ~」
「早く来るんじゃなかったね~」
…………。
本当に、最低だ。本当に、無力だ。
なにがどうしたいのか。
………解ってるよ。最初から。お姉ちゃんが助けてくれたから、わたしは生きてる。
なのに、こんな顔でステージに上がるなんて……お姉ちゃんが見たら、悲しむって事くらい。
でも、どうしたらいいか、わからなくて。この気持ちを、どうしたらいいか。
「喜多ちゃん!次の曲紹介しなきゃ!」
こんな状況でも。表面だけでも明るくあろうとする、虹夏の声が耳に届いた。
……本当に最低だ。みんなにも、迷惑をかけて。
間違いなくわたしが。一番中途半端な理由でバンドをしている。
───こんな時、お姉ちゃんならどうするんだろうか。
わからない。自分には、なす術がない。
……この状況が、自分への罰ならばそれはそれでいい。
でも、結束バンドは何も悪くない。誰か、誰か助けてほしい。助けて、助けて……。
……辛いよ。だれか、助けて……。
「………お姉ちゃん」
ふと呟いて。涙が零れないように瞼を閉じた。
───じゃあ、今回だけ。ちょっとだけ、ギター借りるね、ふたり?
「えっと、次も私達のオリジナル曲で───」
喜多が言い終わるその前に……彼女の真横で、猫背の虎が雄叫びを上げた。
誰もの目が……心が、ステージに向く。雷鳴を撃ち鳴らすかのようなギターの音に。
壁際で眺めていた星歌と、同じ場所で優しく微笑みながら観ていた廣井が、目を見開いた。
星歌は驚愕の表情を。廣井は、酔いが覚めた顔を。
別に、突然上手いギターソロが始まっても、この二人はそこまで驚きはしなかっただろう。
いや、レベルによっては驚きこそするかもしれないが、ここまで心が乱れる事はなかったはずである。
星歌はドヤ顔をし、それを廣井が写メをとる。なんて事をするくらいの余裕はあったはずだ。
……違うのだ。ステージに、有り得ない人物がいる。
「後藤………」
「………ひとりちゃん?」
死んだ筈の人間が、ステージにいた。
明らかに。文字通り憑かれたかのような演奏に、三人はあっけにとられていた。
──虹夏ちゃん!
──リョウさん!
──喜多ちゃん!
聞こえない筈の声が聞こえて、弾かれるように演奏を始める三人。
こうして、『結束バンド』の演奏が始まった。
ふたりは、夢を見ていた。何時の頃だったか──初めて楽器を手にとった頃の夢。
初めてのタンバリン。嬉しくて楽しくて、何度も練習してたっけ。
抱えたまま寝ちゃったり……。
先生に誉められて、嬉しくなってもっと練習して……。
楽器って、楽しくて……。
ああ、わたしって。ちゃんと音を楽しめてたんだ。
それさえも、自分で汚してた。
『ねぇねぇふたりちゃん』
『さっきの、ふたりちゃん少しだけ速かったから……今度は、もうちょっとゆっくりがいいかも…』
『………』
『ふたり……はやくないよ……。いっぱい練習したもん……』
『うぅん、ちょっと速かったよ』
『はやくないもん……たくさん練習したもん』
そう言って、泣き出した。ああ、この頃からなにも変わってないんだ。
それから悲しくなって、練習やめて、ずっと泣いて……。
ギターの、キラキラ星が聴こえた。お姉ちゃんが、わたしと一緒に演奏する為に、練習してくれたんだ。
懐かしいな……。
『とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー』
『とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー』
『大丈夫。音楽は、頑張ってる人を絶対に裏切らないよ。明日、応援いくから』
そう言ってくれて。あの子と仲直りして。
………大好きだったお姉ちゃん。
そうだ、あの日からだ。
元々大好きだったけど。
『うん!ふたりのほしが一番輝いてたよ』
この日から──お姉ちゃんは、わたしにとってのヒーローになったんだ。
辛い時に、道を探してくれる……普段はアレだけど、絶対に助けてくれるヒーロー………。
──目を開けて。これは、ふたりのライブだから。
ハッと、目を見開く。
後は頑張ってと。優しい声が聞こえた気がした。
「お姉ちゃ──!」
振り返ると、笑顔の虹夏。
微笑むリョウと、楽しそうな喜多ちゃん。
「あ………」
観客達も、笑顔になっていた。
ぐっと、ギターを握る。その心は、タンバリンで演奏した、あの頃のようだった。
「それでは三曲目、行きまーす!」
ギターを弾く。……今は、考えるのをやめよう。
幸せなこの気持ちで。優しいこの気持ちで。
結束バンドの演奏が始まり、終わる。
「ちょっと、いいじゃん……」
「ね……」
舞台から降りる時。そんな声が、耳に届いた。
椅子に座って、机に身体を預けて。ふたりは少し、目を閉じた。
今のは、なんだったんだろう?
わからないけど……今は、優しい気持ちで。少しだけ、眠る。