そしてライブは始まった。最初に感じたのは、とにかく掴みどころのない妙な気分になる音楽。
その後すぐに解るのは、このバンド……SICK HACKのレベルの高さ。
見失いそうになる変拍子を完璧に叩くドラム。
感情的な、それでいてロジカルなギター。
そして全てを支えるベースの音の壁……。
…………でも、なにより凄いのは。
「………───ッ」
ゴクリと息を呑む。ギタリストである後藤ふたりとしては、観て聴くべきはイライザだろう。
……でも、目が離せない。
そう、なにより凄いのは。
………機材や、環境。もはや、演奏技術すらも『小賢しい』と一蹴するかの様な、廣井きくり。彼女自身が放つ圧倒的な中毒性(カリスマ)。
誰もがステージに手を伸ばす。途中、水分補給とばかりに酒をらっぱ飲みし……それを観客らに吹き掛ける廣井きくりを見ながら、本当にやってるよとふたりは思う。
……それでも、前列にいる人達はまるで気にしない。
まさしく、酔っているのだろう。
このバンドに嵌まった人達は、醒める事なく酔わされるのだ。
廣井という妖酒に酔い。きくりという麻薬の虜にされる。
最後に、観客達に向かってダイブするその姿にまで、ふたりは釘付けになって。夢中になって観ているのだった。
ちなみに。泥酔しながらやってる彼女は、ばっちしミスったりしてるのだが、その都度なんの違和感なく即興アレンジしたりなんやらしていたりする。
慣れたものであるイライザは、やれやれとそれに合わせて、志麻は苛立ちながらも問題なくドラムを叩いていた。
ついでに、今回は廣井きくりにしてはかなり大人しかった為に、壊れる機材もなかったとさ。
「お疲れー、ふたりちゃあん。ライブどうだったぁ?」
「……凄かったです、本当に」
いろんな意味で。
「本当? 実は、そんなに良くなかったんじゃない?」
「あ、いや、凄かったのも、楽し……かったのも本当です……ただ」
うつむき気味に、ふたりは呟く。
「その……わたし、ちょっと事情があって……幸せだったり、楽しかったりしたら、その……」
「……罪悪感とか芽生えちゃう感じ?」
えっ?と顔を上げるふたりの隣に、少し困った顔で笑いながら廣井は座る。
「あのさ。私ね、実は最初からふたりちゃんの事知ってたの」
ひとりのバンドメンバーとはまだ交流があり、その為に『ギターヒーロー二代目』の事も知っているのだ。
「……そう、ですか」
ふたりも、そんな気はしていた。
店長である星歌と知り合いであった時点で、なんとなく。
……でも。それはつまり。
「………私が、お姉ちゃんの妹だから、お水とか奢ってもらおうと……?」
「えっ。いや、ちがっ、その時はまだ妹ちゃんだと思わなかったんだよぅ!」
しがみつき、要求してる時は気付いていなかったらしい。
………ただ、顔をハッキリ見た時に。後藤ひとりと一瞬、勘違いした。
そして酔ってる事を思い出し吐いた。
「……私って実はさ。高校の時は、教室の隅でじっとしてるネクラちゃんだったんだよ」
「……えっ」
ふたりが信じられないという顔をしているが、特に気にせず廣井は続ける。
「でもある時、自分の将来想像したら……普通の人生すぎてつまんねーっ!って絶望しちゃってさ。
真逆の生き方してやろう!って思ってロック始めたの」
「……」
「ベース買いに行くのも怖かったし、ライブハウスなんて入り口まで行って、結局入れず終いで帰っちゃったりさ~……そんな時に、ひとりちゃんに出逢ったんだよ」
遠い日を思い出しながら、廣井は語る。
「昔、自分もそうしてもらったからって、背中押してくれたんだよ。……だから、私は変われたの」
そこまで言って、目を少しだけ閉じた後……その両目をふたりに真っ直ぐ向ける。
「ふたりちゃんさ。今の自分が好き?」
「……嫌いです。凄く。だから、変えたくて……」
「そっかそっか。自分が嫌いかぁ、その気持ち分かるよ~」
うんうんと廣井は頷く。
「でも、解らないです……どうしたら、自分を許せるのか……解らなくて……」
「………んー」
廣井は少し考えて。ポケットからパック酒を取り出し──途中でやめて、ポケットに直した。
「まぁさ。無理に許す必要ないんじゃない? なんて、あはは」
「え……?」
「他人許すより、自分赦す方が難しいよねぇ~。それも、ちょっと解るよ。
だからさ、無理に赦そうとすると、変に意識しちゃうっていうかさ……」
「ほら、結局自分には嘘つけないじゃん? だから、無理せずに、ゆっくりやるように心掛けたら?
誰だってね。自分の嫌いなところはあるもんだし」
「そう、なんですか……」
「……廣井さんも?」
「んー?私ー?もちろんあるよー。嫌いなとこ、いーっぱい」
苦笑混じりに廣井は言って、まぁ、と少し足をパタパタとさせた。
そう、沢山ある。例えば……あの子にライブしている自分を見せられなかった悔しさを、妹ちゃんに見せて自分を慰めようとしてるところとか。
………なんで、君だけがいないんだろうねぇ。
「まぁ、でもさ。嫌いなとこいっぱいある自分だけど……結構、好きなんだよ。今の自分。
だからまぁ、とにかく焦らないこと!変に焦ると……」
私みたいになっちゃうぞー。……なんてね!あはは!
「変わろうと思ってるなら、だいじょーぶ! その時点で一歩進んでるんだから!
ゆっくりでも、確実にね」
「……そっか」
ふたりは呟く。変に、焦らなくても良い、か。
……これからも、大変だと思うけど。
「あの、廣井さん。………ありがとうございました」
ふたりの目を見て、うんうんと頷き廣井はパック酒を取り出した。
それから少し、話をした。話をして、思う。
……この人は、ちょっとお姉ちゃんに似てる気がする。
自分を変えようとして、奮闘して…………。
酒を呑む姿を横目に、なんとなく思うのだった。
……案外。この人は周りや自分自身が思う程、『お酒が好き』という訳でもないのかもしれない。
「いよーし!ふたりちゃん、ふぁいとぉ!!!」
そしてアルコールが再び脳まで廻った彼女は、勢い良く立ち上がり。
そして何故か壁にパンチした。本当になんで??
「壁の修繕費、プラス十万加算しといたからね?」
「ひぃ~っ!ふたりちゃんとの連帯責任って事でぇ!」
「なんでですか……」
それとこれとは、話が別である。
「いやぁ、ライブ良かったね!」
そして新宿FOLTから出て、本日最後のイベント。みんなで晩御飯。
みんなで……夕飯……。
「………」
虹夏の隣。ふたりの目前。
腹を盛大に鳴らすベーシストの姿がそこにあった。
「あの、リョウ先輩にご飯分けてあげちゃダメですか……?」
おずおずと喜多が聞いたが、虹夏からの答えはNOだった。
ずっと金借りて返してなかったんだから反省すべきとの事である。
「郁代~……」
悲哀たっぷりに訴える山田。
「うぅ……!」
思わず料理を差し出しそうになる喜多ちゃん。と、ふたり。目の前にで腹をぐーぐー鳴らされると、流石に食べ辛い。
「はいはい、ダメなバンドマンに引っ掛からない!」
はぁ、とタメ息混じりに虹夏は続ける。
「彼氏にしてはいけない3つのBって知ってる?
ベーシスト(山田リョウ)ベーシスト(廣井きくり)ベーシスト(はまじあき)の事なんだからね!」
と、完全にご立腹だ。
対する山田は、いつもよりだいぶ萎れている。
「もう絶対人にお金借りません……」
「じゃあ、これだけあげる」
そう言って、ポテトをひとつ差し出す虹夏。大きな皿にポツンとある為に、より一層悲壮感が漂う。
それを山田は神妙に受け取って。
「虹夏優しい……好き……」
と、涙目ながら(見た感じは)ガチ目の感謝をしてのける。すると虹夏は……
「ちょっと、ガチで感謝されると胸が痛むじゃん!
も~~たくさん食え!」
と、完全にダメなバンドマンに引っ掛かった彼女の姿を見せるのだった。
それから他愛ない話をして、お店を出た。もう、今日は御別れの時間。
穏やかな心と。幸せな時間を過ごした事への罪悪感。
でも、とふたりは目を閉じる。
そっか。『無理に』赦そうとしなくていいんだ。焦らず、ちょっとでも。
それが今の。薄っぺらい人間だとしても、わたし──後藤ふたりなんだから。
だから、わたしはわたしの、今日の一歩を。
「喜多ちゃん、虹夏さん、リョウさん」
別れ際に、改めて三人の名前を呼んだ。
「その……今日はありがとうございました。本当に……楽しかったです」
そう言って、笑う。ちゃんと笑顔になってるか解らないけど、別にいい。これが、今の『後藤ふたり』の、心からの。そして精一杯の笑顔なんだから。
「ふたりちゃん……!」
「……うん。私も楽しかったよー。ねぇ、リョウー?」
「……ん」
そんな三人に、心からの感謝を込めて頭を下げた。
頑張ろうと、思った。
──帰りの電車の中。少しうとうとしながらも、スマホのメモで、歌詞を考える。
今の気持ちと、決意を込めて。
タイトルは──────小さな海。