佐藤愛子は夢を視ていた。よく覚えている、最期のライブ。
網膜に焼き付いて、脳にこびりつき、心に突き刺さって抜けない光景。
全員レベルが高いが……やはりその中でも猫背の彼女に目が行く。
ギターヒーロー。後藤ひとり。
彼女の正体に気付いている人が、自分以外でこの会場にどれだけ居るのだろうか。
かっこいい。素敵。眩しい。
…………でも歯ギターは怖いからやめて欲しい。ベース、頭をそんなに揺らすな。ギターボーカル、突然謎のアドリブシャウトいれるのやめて。ドラムはスティックの代わりに顔面叩き付けるのなんで?この前それで鼻血出してたのになんでまたやるの?
この奇行さえなければ、このバンドはもっと光を浴びれるというのに。
……ただ、ステージを観る。散らばる音を耳が捕える。
幸せな時間。夢の時間。
『さぁ、盛り上がってますかー!? このウジ虫クソ野郎共ー!!!』
入るギターボーカルのMC。なんでいちいち暴言を吐くんだ。ギターヒーローさん、足と頭でブリッジしながらギター弾くのやめて。凄いけどどうやってるのそれ。十秒持たず転がってるし。
『さぁ、最後の曲です!フラッシュバッカー! ……よっく聴いとけよ! この……バカ野郎───!!!!』
だからなんで汚いバンドサインしながら暴言吐き出すんだ。
若干引きつつも、ああ。これで最後かと思う。
このバンドの。ギターヒーローさんの最期の曲。
これを最後に、夢が終わる。覚める────。
ぽいずん(はーと)やみこと佐藤愛子は音楽ライターだ。
───本来の彼女がどういう経緯でこの職に就いたかは明かされていないが、この世界においての切っ掛けはギターヒーローだった。
元々、音楽が大好きであり耳も肥えていた。
そんな彼女でも、心を奪ったのがギターヒーロー。当時、彼女は中学生でヒーローは高校生。
同じ十代で。ここまで惹き付けるギタリストに衝撃を受けたのを覚えている。
それから、有名でない人でも。メジャーデビューしてない人でも埋もれている凄い人達がいるかもしれないと、やがて彼女はライブハウスに行く事になる。
……そして。なんと、一発で。彼女はギターヒーローに辿り着いたのだった。
心奪う演奏。なんでこんな凄い人達がインディーズで燻っているのかは──まぁ、パフォーマンスを見てほんのり察した。本当はほんのりじゃなくてガッツリだけど。
でも、そんなの吹き飛ばすくらいの物は魅せてくれた。
───将来。こんな人達をサポート出来る記事を書きたいと、彼女は思ったのだった。
思うようにはいかない。思った記事を書けない。本当は、ロッキンやギタマガ等の有名バンド雑誌の編集者になりたかったのだが、現実は上手くいかない。
それどころか、アクセス稼ぎの下らない三文記事ばかり書く日々と、変なキャラ付けしなければならない自分に鬱々としていた。
そんな日々に、舞い降りた光。
ギターヒーロー二代目の事は勿論知っていた。
彼女が現れた時は心底嬉しかったし、まだたどたどしく演奏をしていた頃でも、ギターヒーローのファン達は新しい夢に、本当に掲示板は賑わっていた。
『真実かよオーチューブクン……!?』
『"幻想"じゃねぇよな……!?』
『還って来る……オレたちの"黄金時代"が還って来る!!』
『すぐ帰国する……ッ!』
と、熱狂の渦中の中に自分もいた。仕事辞めた奴もいたとかいないとか。有難ッス。
やろうと思えば、家を訪問する事も出来た。正直やりたかった。
でも、ギターヒーローの最期は知っていたし、葬式にも行った。
だから、知っている。酷い顔で、壁を背にうずくまりながら誰かに何かに謝り続けていた幼い子供。彼女だ。
彼女がギターヒーロー二代目だと確信はある。
……だからこそ、繊細な話題になるし、彼女が表に出てくるまで待とうと彼女は考えたのだった。
そんなこんなで、今。佐藤愛子は結束バンドのライブを観ている。
「…………」
──二代目さん、辛そうだな。
そう思った。本当は、これでもマシになった方である。
最初の頃はもっと酷く、徐々に良くなっていっているのだが……今日初めて観に来た彼女がそれを知る由はない。
演奏も、酷く歪に見えた。
演奏といい表情といい、酷い。
「…………ッ」
現実と夢の狭間を生きる彼女は、現状の自分に焦りを覚えていた。
本来ならば彼女は公平に評価出来る人間だ。
しかし、今日の彼女の目と心は曇ってしまっていた。
だから、思ってしまった。
二代目さんがつまらなそうなのは。自分の実力を出せないのは今いるバンドが悪いのだと。
「あの──ギターヒーロー二代目さん、ですよね?」
ライブが終わり。ファンと思われる人達と談笑しているところに、彼女は切り込んだ。
後藤ひとりと同じ、空色の瞳が彼女を映す。
それは、ちょっとした波乱の始まりであり転換点となるのだった。