ぼうっと座りながら、ふたりは一人、ガタンガタンと鳴る列車の音に耳を傾けていた。
頭を占めるのはさっきの出来事。頭を絞めるのはさっきの言葉。
……わたしが。ギターヒーロー二代目が、結束バンドに泥を塗ってしまった。
また、自分の存在が……。
そう、思う。………かつてのふたりならば。それだけだった。
勝手に自分を追い込んで。自分が悪いと決め付けて。それで傷付くだけで終わっていた。
胸の奥。今のふたりには、沸き上がる想いがある。
スカートに乗せた拳を握る。
────────に。
『ねぇ、ふたりちゃん。私ね……自分を変えたかったの』
『私って、自分で言うのもあれだけどそこそこ勉強も運動もできるのよ。友達だって多いし。
……でも何かが特別秀でてるわけでもないし、ほんとふつーっていうかね』
『楽しいんだけど、味気ない人生だなってぼんやり思ってて……。
リョウ先輩の路上ライブ観た時にね? 普通じゃない道を歩いてるのが羨ましいなって思って』
───────くせに。
『私、昔は別のバンドにいたんだ……。
青臭いけど、真っ直ぐな歌詞が好きだったんだ』
『でも売れる為に必死になって……どんどん歌詞を売れ線にして……それが嫌になったからやめたんだ』
『やめる時、ちょっと揉めたりして……バンドそのものが嫌になってたところを虹夏が誘ってくれて……もう一度頑張りたくなって、今……結束バンドに私はいるんだ』
『私は、このバンドに死んで欲しくない』
─────知らないくせに。
『……私ね?小さい頃にお母さんが事故で亡くなってさ』
『そんな私を見てたから、お姉ちゃんはバンド辞めてライブハウスを始めたんだ。
STARRYはね。お姉ちゃんが私の為に作ってくれた場所なんだよ』
『だから、私の本当の夢はね。お姉ちゃんの分まで、人気のバンドになる事!
そしてお姉ちゃんのライブハウスを、もっともっと有名にすること!
……お母さんに届くくらいの輝きを放つ場所にしたいの!』
─────みんなの事、なにも知らないくせに!!!
ぎゅっと唇を噛んだ。ガチじゃないのは。一番、中途半端な気持ちでやってるのは自分だ。
みんな、色んな想いをこの結束バンドに託してるのに………!
………悔しい。悔しい、悔しい、悔しい!!!
奥歯を噛む。あの時、何も言えなかった自分が憎い。
こんなに悔しいのは、生まれて初めてかもしれないと思った。
……目的の為なら、頷くべきだと思う。
あの人の言う通りにするのが近道だと思う。
でも、わたしは─────。
───それで、当然頷くんだよね?
何時もの夢。悪夢の暗い部屋に、ふたりはいた。
押し入れにいる、後ろ姿の姉。……の形をした者。
「………」
壁に何かいろいろ書いてるが、見ない事にしてふたりは呟く。
「……嫌だ」
───どうして? ふたりの目的は、なんだった?
「……有名になる事。それで、お姉ちゃんの事をもっと、もっと沢山の人に知ってもらう事」
───だったら、あの人の言う通りにするべきだよねぇ。ほら、あの。えっと。
───毒(笑)ダークネスだったっけ?
「確かそんな感じで名乗ってたっけ……?」
そこはうろ覚えだ。まぁ、あんな人の名前なんてどうだっていい。
………ごめんねお姉ちゃん。でも、わたしは。遠回りする。
「……だって。だって!悔しい!結束バンドが!みんながバカにされたんだもん!!」
みんなと会って、いろいろ変わった。沢山もらった。優しくて………自慢の、友達なんだ。
「だから、わたし……!」
───ふぅん?まぁ、いいや。
ギターの音を聴きながら、ふたりは肩で息をする。
あんな、お姉ちゃんの虚言なんか信じてるような奴に、みんながバカにされて。そのまま、はいお仕舞いだなんて絶対に嫌だ。
───ところでふたり。
「………なに?」
───ふたりは、目が見えてるよね?
「……急になんの話?」
───いや、壁とか見てなにも思わないのかなって……。
ふむ、とふたりは壁やらを見る。
『後藤ふたりの横暴を許すな!』『ギターヒーロー虚言集反対!』『動画の虚言を遺すな!』『かっこいいところだけを切り抜け!』
等と書かれているのが目に見える。しかしふたりは……。
「暗いからよくわかんない」
───そんな馬鹿な。
「……部屋明るくしていい?」
───いや、明るくするとほら……雰囲気が、出なくなるから……。
「雰囲気とか気にしてたんだ……」
別に明るくても雰囲気出る気がするけれど。
そもそもこんな貼り紙がある時点で……。
───まぁ、いいや。良くないけど。
───また、近いうちに会おうね、ふたり。
「…………うん」
予感がする。次に見るこの悪夢が、きっと最後……いや。
きっとでなく。最後にしなくちゃいけない。
目が、覚めた。顔を洗う。鏡に映る酷い顔を洗い流すように。
……いろんな人の優しさに支えられて生きてきた。
それは返さなくちゃいけない。
変わらなきゃいけない。強くならなきゃいけない。
そして。それは───今だ。今なんだ。
何度だって今度だって折れてきた心を抱き締めて……ふたりは歩き出した。
「未確認ライオット……十代のアーティスト限定のロックフェス。ここからメジャーデビューする人もいるんだって」
ここはSTARRY。持って来たフライヤーをテーブルに拡げて、虹夏は言う。
「昨日は結束バンドを否定されて悔しかったけど……仕方ないのかもって思うとこもあった……。
だから、これに出て。みんなの力をちゃんと証明しよう!」
そこまで言って、どうかな? と虹夏はメンバーを見る。えっと、と声を最初に出したのは喜多だった。
「その、私も実は昨日調べて見付けてまして……」
遠慮がちにスマホを見せる喜多に、虹夏はパッと顔を明るくさせる。
喜多としても、昨日はこたえていた。それでも……このバンドを、諦めたくなかった。
「リョウは?」
一番付き合いの長い相方は、頬杖をついたままぼんやりしている。
名前を呼ばれて虹夏を見て、また視線を反らしながら彼女は短く返事をした。
「皆が出たいならいいよ」
素っ気ない返事に、微妙な顔になる虹夏。後は、ふたりだけ。
「ふたりちゃん、大丈夫かしら……」
呟く喜多に、さぁねとリョウ。
「昨日の件、ふたりにとって悪い話じゃない。ふたりの目的はみんな知ってるでしょ?」
その言葉に、虹夏と喜多は押し黙る。
あの人の言う通りに動けば。確かにそれが近道だ。あの子の目的を考えたら……。
フライヤーを少しくしゃりとさせる。ふたりちゃん……。
STARRYの扉が開いた。急いで来たのか、息を切らすふたりの姿。
「あ、ふたりちゃん。あの、今ね?」
ふたりは駆け足気味に三人の方へと行き、握り締めていたフライヤーをテーブルに拡げる。
「あ、あの!これ、昨日見付けたの……未確認ライオットって、言って!
わたし、悔しくて!わたしなんか、みんなの足を引っ張ってばっかだけど……でもここに居たいから!だから───」
心がぐちゃぐちゃでちぐはぐで上手く言葉にならない。
もどかしさに苛立ちを覚える中、テーブルにあったもう一枚のフライヤーを見付けて………。
「あ……」
……………思わず呟く。
「ふたりちゃん……!」
思わず虹夏の顔が、パァっと明るくなった。
同じ気持ちだったのが、嬉しかった。
「……ふたりちゃん!」
「わっ……!」
不安だったらしい喜多がふたりに抱き付く。一緒に頑張ろうね!
虹夏も、そこに加わった。同じ気持ちで嬉しいよ!
そんな様子を頬杖をついたままリョウは眺め──目を閉じて息を吸い……心底安心したように息を吐き出した。
そして、誰にも見られないように微笑みをこぼして……何時もの仏頂面に戻し、一枚の紙切れを取り出す。
「実は私も持って来たから仲間に入れて」
そんなリョウに、素直じゃないなー!と虹夏は笑った。
こういう人ですからと、ふたりも笑った。
───大丈夫。もう、あんな無様なわたしには戻らない。
ずっと折れてきた傷だらけの心を抱き締めて。少女は今日。ちょっとだけ、強くなれたのだった。