暗い部屋。響くギターの音。
ああ、何時もの夢かとふたりは思う。
押し入れの中。そこに姉がいた。
後ろ姿で。背を向けて。ギターを弾いている。
───ねぇ、ふたり。友達が出来たの?
「ううん。作らないよ。お友達なんて……」
───そうだよね。私を殺しておいて、友達なんて、作らないよね。貴女は、幸せになんてなっちゃいけないんだから。
「………」
理解(わか)っている。コイツは姉等ではない。
お姉ちゃんは、こんな呪うような言葉は吐かない。自分が死んでしまっても、妹が無事ならばソレを喜んでくれる人だったと、ふたりは理解している。
コイツは。わたしが作った存在だ。
誰も責めてくれないから。みんな、お前のせいじゃないと言ってくれるから。
わたしが作り出した、罪と罰の象徴。
理解っては……いる。
───解ってるならいいよ。ほら、そろそろ朝だよふたり。起きて。
押し入れの姉が、こちらを向いた。
あの日の。濁った瞳がこちらを見る。
───ふたりは。幸せになんか。ならないでね。
「……ん」
朝。押し入れの中で起床するふたり。昨日、ギターヒーロー『二代目』の動画を投稿した後、眠ってしまっていたらしい。
姉の遺したアカウント。そこには、姉の生きた記録があった。
二代目、と書かれてない動画は全て姉の命の証。これを広め続けるのが自分の使命。
「…………」
ひとつ、適当に再生して目を閉じる。
姉の生きた証。この動画の中では、確かに生きている後藤ひとりの音色。
微笑みを浮かべて目を開けて……直後、珍しく穏やかな顔を浮かべていたその顔は、曇った。
『友達の間で最近流行ってる曲です!カラオケでよく歌う曲!
サビで盛り上がるよね~!
彼 氏 が 好 き な 曲! ! ! 』
「…………」
姉の遺した、顔文字たっぷりキラッキラの虚言。それを、夢の中の姉より濁った瞳で眺めた後、そっと閉じる。
これは、姉の為にも消すべきかどうか、正直悩んだ。
悩んだ末に、遺しておく事にした。
これだって、ギターヒーロー後藤ひとりが生きていた、立派な証だ。消してしまうのは忍びない。
わたしの背後で、ゲロゲロ~! と姉の断末魔が聞こえた気がしたが、無視した。
「はい、ギター」
「うう……ごめんなさいね後藤さん」
渡したのは。姉の二代目ギター。
あの日。触れたギター。姉の、借り物じゃない初めてのギターである。
「一応、言っとくね。それは、わたしの命なんかよりよっぽど大事なものだから、絶対に粗末には扱わないで」
「……解ったわ」
こればかりは、圧をかけておく。
ちなみに、ふたりがよく使うのは三代目ギターだ。
このギターは、姉である後藤ひとりのバンドがかなり売れ出して、そこと動画収入で得た大金を元手に買ったものである。
この際に後藤ひとりは、マイニューギアーだかパプワニューギニアだかと ほざき散らしながら、部屋中を這いずり周り、そして奇声をあげながら家を飛び出して行った。
そして、ニチャア……という笑みを浮かべながらこのギターを抱えて帰って来たのである。
うぇへへとご機嫌に笑いながら写メを取り悦に浸り……その後、初代と二代目ギターを相手に地面に頭を擦り付け神のように拝みながら。
「浮気じゃないんです!浮気じゃないんです!!!」
と叫んでいた。
…………それから少しして、姉は。
だからこのギターは、あまり使われていなかったのだ。
せっかく家に来たのに活躍出来なかったギター……ちょっぴり。可哀想に思えたから、ふたりはこれを愛用している。
ちなみにこれは余談ではあるが、この三代目ギターを買う際に『承認欲求モンスター』VS『御茶ノ水の魔王(サタン)』VS『ダークライ』の仁義なき戦いがあったらしい事をふたりは知らない。
「……でも、いいの?」
「え?」
「命より、大事なギターなんでしょ? 私なんかが使っても……」
「あぁ……えっと」
言われてみれば不思議だった。
一番長く使った、初代ギター。これは父のだから、当然ダメ。
活躍の機会があるのならば、むしろ今ふたりが使う三代目を渡すべきだったのだ。
なのに何故か。迷う事なく。
姉が一番大事にしていたこのギターをこの人に貸し出していた。
「……よく解らないけど、喜多ちゃんなら、いいかなって……」
不思議な気分だった。よく解らないけれど、後悔はない。
姉の魂は。喜多郁代の腕の中にすっぽりとはまり、どこか嬉しそうに見えた。
「………」
喜多郁代もまた、妙に馴染みあるギターな気がして、白い指先でギターを撫でる。
「……変な事を言うけど、何か、そのギター、嬉しそうな……気がするから……」
「後藤さん……」
少ししんみりした後、喜多は満面の笑みを浮かべて。
「ありがとう後藤さん!私、頑張るね!!!」
再びキターン!と輝く彼女の笑顔に、引きつった笑みを返すのだった。