十二月二十四日。ライブ当日。
ふたりは、私用もあって一人で先に新宿FOLTまで来ていた。
思ったより早く着いたな。ふーっ、と息を吐く。
スマホを確認。みんなが来るまでまだかかる。
中に入ろうか。もしよければ、大槻ヨヨコ。あの人と、少し話がしたいななんて思ったりもしたから早く来たのだが……。
……が、流石にちょっと勇気が出ない。仕方ないので何処かで時間を潰そうか。
いやいや、それなら早く来た意味が……。
そもそも、彼女らがいるとも限らないわけだけど。
「……後藤ふたり?」
うーんと悩んでいたところで、名を呼ばれて振り返る。
そこには件の大槻ヨヨコと、SIDEROSのメンバーがいた。
「……なにしてるの?」
「あ……ちょっと早く着いてしまって」
曖昧に笑いつつそう答えると、ふーんと呟き少し思案。
「……結束バンドの人っすよね?」
あくびに問われ、頷きつつ、そうねと呟く。
「……中に入ったら? 丁度、貴方とは話をしてみたかったし」
「……話、ですか」
なんとなく、分かる気がする。目を閉じて、少しだけ深呼吸をした。
新宿FOLTの控室。簡単に自己紹介をした。
ドラムの長谷川あくびは、マスクを着けていてなんとなく怖い印象があったが気さくで凄く良い人だと思う。
ギターの本城楓子は、とてもおっとりしていて素敵な人だと思う。
ベースの内田幽々は、ちょっとなに考えてるか分からないけど、知り合いのベーシスト達の事を考えると全然普通だと思う。
緊張気味だったふたりに、あくびと楓子が話題を振ってくれて、場の空気はすぐに和やかになった。
「……それで、後藤ふたり」
ふたりの緊張がほぐれてきた辺りで、ヨヨコが口を開く。
「単刀直入に聞くわね? 貴方、ライブを楽しんでる?」
「………ッ」
痛いところである。楽しんでは、いる。最初の頃よりはマシになった。
それでも、やっぱり演奏は歪であり、未だに変えられていない。一番、変えなきゃいけないところなのに。
「正直、あんなにつまらなそうっていうか、辛そうに演奏されたら見る方も白けるわ。ファンの方に申し訳ないと思わない?」
俯いて、スカートの上でぐっと拳を握る。
まったくもって、その通りだ。返す言葉がない。
「ヨヨコ先輩……」
トゲの強い言い方に、嗜めるように楓子はヨヨコを見る。
言い方きついっすよ~、とあくびも言う。とはいえ、気になるところでもある。
「……なんか、理由でもあるの?」
ヨヨコは問い掛けた。最初は、メンバーと不仲なのかと思った。
だがそんな事はなく、むしろ仲良しに見えた。
ならば、目標の不一致。もしくは、本当はバンドをやりたくないのだが、仲の良さ故に言い出せずにいる?
考えられるのはいくらかあるが、確証が持てない。ふーっ、とヨヨコは腕を組み目を閉じる。
……べ、別に心配してるとかじゃないから!よく知らない、昨日、初めて顔を合わせた人間の心配なんかするわけないでしょ!?
これはただ、姐さんと私のライブに水を差されたくないからなんだから!!!
と、心の中で誰かに言い訳をしつつ、沈んだ顔のふたりを片目でチラリと見る。
「ま、まぁ、別に言いたくないなら無理に言わなくていいけど……」
「………いえ」
かなりデリケートな質問だし、まずったかと思った所で、ふたりは呟いた。
「別に、隠してる訳でもないので……つまらない話で良ければ」
この際だからと、打ち明ける事にした。
口に出したい話題では勿論ないが……不思議と、この人ならいいやと思えた。
姉が凄い人だった事。そして、自分のせいで亡くなった事。そして、いわば代償行為でギターを弾いてる事。
口に出せば出す程、思う。自分はギターを弾く資格なんてない事を。
絞り出すように、話を終える。しんと、控室は静まり返っていた。
「………」
つまらなそうな顔で、大槻ヨヨコはふたりの話を聞き終えた。
その表情を見て、あくびは思う。
───ああ、アレは想像の十倍くらい重い話が飛び出して来て、フリーズしてる顔っすね。
というかあくび自身も、こういう感じとは思わなかったのでいろいろ衝撃だ。
楓子はちょっと泣きそうになっている。幽々は無表情で、何処かを眺めていて何を考えているのか解らない。
なんにせよ、痛いくらい重い空気の中で──。
「成程……事情はまぁ、分かったわ」
大槻ヨヨコは、口を開いた。目を閉じて考えをまとめながら、ふー、と息を吐く。
「……まずはごめんなさい、後藤ふたり。興味本位で聞いていい話じゃなかったわ。そこは素直に謝らせて」
頭を下げてそこまで言って、でも!とヨヨコは続けた。
「だけど、悪いけど関係ない。お客さんは、決して安くないお金を出して観に来てくれてる。
お店側は、審査した上で、これなら大丈夫と信頼した上で舞台にあげてくれてるの。
だから、舞台に立ったのならそれは仕事で、プロなのよ。最高の演奏をしなくちゃいけない」
「………うん」
俯いたままに、涙混じりにふたりは返事をする。
叱られてる。……なんだか、ずいぶんと久しぶりな気がした。
「……貴方の気持ちが分かりはするとか、そんな事は言えないけど……でも、甘えは捨てなさい。バンドを続けるのなら。……続けたいとは、思ってるんでしょ?」
こくりと、ふたりは小さく頷く。それを見て、ヨヨコは少し安心したように息を吐く。
「……それと……あー、そうね。ふたり」
「確かに、貴方のお姉さんが亡くなったのは、貴方に責任があるのだと思うわ」
「ヨヨコ先輩……!」
ふたりの肩がびくりと跳ねたのを見て、それはいくらなんでもと、あくびはヨヨコを見る。
「最後まで言わせて!」
それに対してピシャリと言葉を吐いて、ふー、とまたタメ息。
「……でも、これは貴方のお姉さんの気持ちは分かるわ。私にも妹がいるし、似たような状況になったら同じ事をしたと思うもの」
眉間に皺を寄せながら、ヨヨコは口元に手をやって、それから目を閉じ頭をガシガシと掻く。
「あー……上手く言えないし、今から言うのは多分、貴方が今まで何度も言われた事とほぼ同じ事を言うと思う。
でも!それはつまり、みんなそう思ってるって事。そうして欲しいって事」
「お姉さんは、もっと真っ直ぐ笑っていて欲しいと思ってるはず。
ギター弾くなら、貴方の音で楽しくやって欲しいと思ってるに決まってるわ。だって、自分の命よりも大事だったんだもの」
「貴方は幸せにならなきゃいけないの。お姉さんの……ひとりとふたり。……名前通り、二人分の命を背負ってるんだから。
お姉さんの命を、無駄にしちゃダメじゃない」
「だから、しっかりしなさい。後藤ふたり」
そこまで言って、ふー、とヨヨコは息を吐いて目を閉じる。我ながら、かなりらしくない事をしたし言った。
……言葉って難しい。歌詞(ことば)なら、いくらか濁せるのに。
………我ながらキツイ事を言ったと思う。
チラリとふたりを見ると──ポタポタと涙を流してるのが見えて、表情が引き吊る。
「……あ、あのね!」
「違うの!」
ヨヨコの言葉を遮り、ふたりは涙を拭う。
「これは、だいじょうぶなやつだから……だいじょうぶなの。ありがとう、ヨヨコさん……」
思えば、誰かにしっかり叱って欲しかったのだ。
なんなら姉が死んだのはお前のせいだと誰かに言って欲しかったし、その上で道を示して欲しかったから。
これは、会ったばかりの彼女だから言えた事だった。
例えば、ヨヨコがもしふたりの一番酷かった時期を実際に見ていたら、もっと慎重になっただろうし、こんな風には言えなかったかもしれない。ついでに、ふたりは車が信号無視した事は言っていない。
実際、星歌は言うべきと思いつつも、口に出せないでいた。
少しずつ、マシになっていく姿を見ていた為に、これなら傷口を暴くような真似をしなくても良いかと思っていた。
結束バンドの優しさは、ちゃんとふたりの心に届いて救っていたのである。
そして、姉であり。素直でなく自他共に厳しくて。だけど、心根優しいお節介焼きな少女が、欠けていたピースを埋めてくれた。
ほとんど初対面なのに、親身になって、ちゃんと叱ってくれた少女に。ふたりはお礼を言う。
対するヨヨコは、めちゃめちゃ狼狽えながらあくびや楓子らに救援のジェスチャーを送りまくるのであった。
「落ち着いた?」
楓子にお茶を出してもらい、照れたようにふたりは頷く。
「…………」
ちなみに、ヨヨコはまだギクシャクしているが、あくび達にしてみればいつもの事である。
「……その、ありがとうございました」
「……べ、別に。今日のライブを……姐さんと、私達のライブをつまらなそうにやって盛り下げてほしくなかっただけだし、お礼なんて、いいわよ」
こっちも無遠慮だったしとバツが悪く呟く姿に、クスリと笑った。
「……せっかくだし、結束バンドのメンバーについて教えなさいよ。共演するんだし、少しくらいは知っておきたいわ」
「あ、はい。えっと、虹夏さんは──」
大好きなバンドメンバーの事を話すふたり。
それを聞くヨヨコの表情は……妹の話を聞く姉のようだった。
「あ、ふたりちゃん本当に先に来てた」
そこに、結束バンドのメンバーがやって来て、ふたりは笑顔で席を立ち、彼女らの方へ。
「結束バンドの方っすね。初めまして~」
彼女達も立ち上がり、簡単に自己紹介を始めた。
もうすぐ、リハーサルが始まる。
……心のモヤが、だいぶ消えた。今日は、何時もより上手くやれる。
そんな確信と共に、ふたりは静かにギターを握り締めた。