新宿FOLTにて、始まるリハーサル。
みんな、結構緊張していた。初めての場所だし、お客さんの数も多いだろう。プレッシャーはかかる。
それでも……。
あれ? と虹夏は思う。ふたりの調子が、明らかに何時もよりも良かったからだ。
ドラムとして。後ろから常にみんなを見ているからこそ解る事だった。
SIDEROSにもSICK HACKにもまだまだ大きく劣るけれど、やれるだけやろう。しっかりしよう。
リハーサルを終えて、腕を組ながら仏頂面でステージを見ていてくれた大槻ヨヨコに、ふたりは軽く頭を下げる。
対するヨヨコは、仏頂面は変わらず腕を組んだまま、指を二本伸ばす形で返事をする。
……まるで、どこかの。野菜の王子様のようであった。
「みんな、リハ少し走ってたから本番では気を付けてね」
虹夏に言われて、ふたりは頷く。
「SIDEROSとSICK HACKのリハすごかったわね……」
「まぁ、どっちもわたし達より格上のバンドだしね……」
俯いて呟く喜多に、ふたりはそう答えて苦笑する。
「私、あの二人に比べたら歌うまくない……」
自信を失ったのか。いつもよりどんよりした姿に、うーんと呟く。
「……場数さえ踏めば、きっと追い付けるよ。喜多ちゃんなら。バンド歴、この中で一番浅いわけだし。……その分、伸び代があるはずなんだしね」
「ふたりちゃん……」
「今日は、胸を借りるつもりでがんばろ?」
珍しく弱気な喜多を元気付けようとそう言って、そうそうと虹夏も頷いた。
「お客さん、廣井さんのファンだしさ? 私達を温かーく迎えてくれるよ!」
そう言って、ほんわか笑うも……。
「……廣井さんのファンだから余計怖くないですか?」
「やばい人のファンですからね……」
喜多とふたりがそう言って、確かにと苦笑混じりに虹夏は同意する。
そこに、座ったまま俯いているリョウが話にわって入った。
「……今日の客は荒れてるぜ。気をつけろ」
「えっ、なんで!?」
そんなに歓迎されてないのか。それぞれがリョウに注目すると……
「わざわざクリスマスイブにロック聴きにくる奴なんて恋人の居ない暇人に違いない。普通は鈴の音とか聴いてる日」
「偏見すぎる!!」
リョウの言葉に虹夏は突っ込むも……まぁ、確かにとふたりはちょっと思う。
というか、なんでクリスマスイブのライブにサイケデリックロックというチョイスなんだろうか。意外と普通なんだろうか。
「カップルとかも来るでしょ!」
「クリスマスデートでライブいいですね!」
「楽しそうだよね~」
クリスマスイブにサイケデリックロック聴きに来るカップルか……。
楽しそうに会話する喜多と虹夏の話を聞きながら、ますますなんで今日なんだろうかと思う。
「今日は私たちが皆のサンタさんだよ!素敵なライブをプレゼントしよー!」
「……ロックとメタルとサイケを掻き鳴らすサンタさん……」
「なんでこんな日に幸せな人間の為に演奏しなきゃいけない…」
微妙な表情のふたりと、卑屈度マシマシのリョウの姿に、虹夏はまた苦笑。
「ふたりちゃんは、クリスマスとかどんな感じ? パーティーとかするんでしょ?」
とりあえず、話題を振ってみた。あのイエーイウェルカーム!した両親だ。ふたりの事情はいろいろ暗くとも、きっと毎年素敵なクリスマスを過ごしているはず。それは楽しい話題のはずだ。
ふたりは、んー、と呟いて。
「パーティーはともかく、この時期は二代目宛にクリスマスラブソングばっかで、正直嫌なんですよね」
「……そ、そうなの?」
「はい。弾いてたらなんだかどんどんドス黒い気持ちになっていって……。
気付いたら押し入れにあった仏像を目の前に置いてて、お仏壇がある部屋から『私は仏教徒 私は仏教徒 私は仏教徒 仏教徒 仏教……』っていう声が聞こえ始めて──
「この時期にホラーはやめてー!」
ふたりの話をなんとか中断し、はぁ、と虹夏は肩を下ろす。
それから、チラリとヨヨコの方を見た。
彼女は、エナドリ片手にこちらを睨んでいるので、さっきから嫌に気になるのだ。
萎縮しちゃうなぁ、と思う。喜多同様、虹夏も不安になってきた。
「そんな心配しなくても大丈夫っすよ~」
そこに声をかけてきたのは、長谷川あくびであった。
「自分らがどんなライブをしようが、最後は廣井さんのせいで滅茶苦茶になるんで」
「………あー」
想像出来るかもしれないなとふたりは思う。この前はダイブしてたが、あれでも大人しく、機材とか破壊するみたいだし。
「結束バンドの曲、自分は好きっす!同世代のバンドと出会う機会って少ないんで、仲良くしましょう!」
ぐいぐいと行くあくびに、こちらこそと虹夏は少し安堵したように返事をする。
楓子と幽々も会話に入って来て、途端、雰囲気はゆるくなる。
「いやぁ、メンバーの入れ替わり激しいって聞いてたから、もっと殺伐としてるのかと思ってたよ」
和気あいあいとした空気の中、虹夏は言う。
それに対し、あー。とあくびが微妙な相槌を打った。
そして、ヨヨコの方に視線を軽く投げる。
彼女は相変わらず仏頂面で壁際にいたものの……。
「結束バンド」
ついに、彼女は口を開く。
相変わらずの鋭い目付きと、以前STARRYにやって来た時の態度を思い出し、虹夏と喜多は少し身構えた。
ふたりは、ヨヨコを怖い人だと思っていない。……ものの、言う時は言う人なのだと理解しているので、忠告か何かかなと少し身構える。
「ゲストだからって、SIDEROSと同じ土俵に立ったと思わない方がいい」
「言っておくけど、私のトゥイッターフォロワーの数は一万人だから」
そして飛び出して来たのは、謎のマウントだった。
いったい、突然どうしたのだろう。困惑気味にふたりは椅子に腰掛けたままヨヨコを見上げる。
「そのくらい人を惹き付けてるって事。幕張イベントホールと同じ」
そう言ってドヤるヨヨコ。早速彼女から、ちょっとアレな匂いをふたりは感じた。言ってる事は分かるけれど。
リョウに関しては、へー。と特に興味なさそうである。
「私も……イソスタなら最近人気投稿に入ったみたいで、一万五千人いるんですけど……」
「なっ!?」
ヨヨコの口が大きく開く。
「えっ、凄いね喜多ちゃん」
「喜多ちゃん武道館じゃん!!」
「流石我らの郁代」
絶賛を受ける喜多を見ながらぷるぷるとヨヨコは震える。
「~~っ! バンドマンなら演奏技術で勝負しなきゃだめでしょーが!」
自分から言い始めたものの、手のひらを返すヨヨコ先輩。
「そ、そうですよね。わたしもそう思いますよ?」
とりあえず、ふたりはヨヨコに助け船を出した。
今日は御世話になっているのだ。それに、言う事ももっともだと思うし。
とりあえず、ヨヨコのコミュニケーション能力が酷い為に人間関係が上手くいってないらしい事は分かった。ヨヨヨ。
「うちの先輩がアレでほんとすみません」
「でも、いい感じにリラックスできたんじゃないですかぁ?」
あくびと幽々に言われ、そうかもと虹夏は頷く。
「すごいね。私達と年変わらないのに、こんなに落ち着いてて」
「いや~。自分達も毎回緊張してるんすけど……でも自分らよりあがってる人見ると冷静になってくるんですよね」
その言葉に、痛いとこをつかれたように虹夏は苦笑を浮かべる。
「あはは、私達のこと?」
「いや……」
そう言って、あくびはヨヨコに視線を投げた。
「先輩、毎回緊張で三日くらい寝てこないんすよ」
そのヨヨコは、青い顔でキマッた目をしていた。ハァー、ハァー、と死にそうな呼吸をしている。
さっき人数マウントで負けたショックと、騒いだ為に頭痛くなったらしい。
「人気バンドの大槻さんでも、そんなに緊張するんだね」
ちょっぴり親近感がわきながら、虹夏はソファーに横になったヨヨコを見る。
顔色は悪いものの、彼女は、ふんっ、と強気に鼻を鳴らした。
「当たり前でしょ。プロだって、ライブが怖くなくなる事なんてないはず。
上を目指してバンド活動続けるなら、一生緊張し続ける。
その不安を少しでも無くす為に、練習するんでしょ?」
そこまで言って、額に片手を当てながら、ふーっ、とヨヨコは息を吐き出す。
ちなみにその直後、そのせいで毎回ライブだと半目になってる事を楓子に告げられ(しかもうけますよねと言われて)ヨヨコはショックを受ける事となった。
そんな和やかな時間が終わり、本番が始まる。
「……後藤ふたり。それと結束バンド。いい?辛気臭い空気で私達の士気を下げられたくないから言うけど……」
「さっきのリハ、今まで見た貴方達の演奏よりもよくなってたわ。いつも通りやれば絶対上手く行く」
「音楽は、努力は裏切らない」
「────っ」
少しだけ目を見開いて……ふたりは、微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「…………ふんっ」
そっぽを向き、横になったのを見てからメンバーはステージへと向かう。
「………とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー」
すぅ、と息を吐いて。小さな声でふたりは歌う。
「トゥインクルトゥインクルリトルスター」
ふと、すぐ近くで同じ歌が聴こえた。
「喜多ちゃん……」
「……ごめんなさい、ふたりちゃんよく唄うから、私も歌いたくなって」
そう言って、喜多は少しいたずらっぽく笑った。
「……ちょっとだけ、一緒に歌ってもいいかしら?」
「……まぁ、本当にちょっとしか歌えないですけどね」
少し恥ずかしそうに笑って、ふたりは歩く。
そして今日も──今日から。ふたりはギターを掻き鳴らすのだった。