この悪夢の始まりは何時だったか。最初にみたのは、ギターを触り始めた頃。
───あーあ、これからだったのになぁ……ふたりのせいで……。
───ねぇ、ふたり。責任を取るんだよねぇ? お姉ちゃんの為にこれから生きるんでしょ?
「……うん。わたし、がんばる。頑張るから……」
あの頃は、本当に呪いそのものだと思ってた。やっぱり、お姉ちゃんはわたしを恨んでるんだって。
…………でも、すぐにそれは間違いだって気付いた。
お姉ちゃんが、そんな人じゃないって知ってるから。
───ねぇ、ふたり。ふたりは、わたしの幸せを奪ったんだから。幸せになっちゃダメだよ?
「……解ってるよ」
でも、こうやって誰かに責めて欲しかったから。これは悪夢であり、悪夢ではなかった。
罪人は裁かれないといけないから。だから……変な言い方かもしれないけれど、心地好かった。
理由はどうあれ、姉の姿が見れる事。実態はどうあれ、誰かに罰せられる事が。
───ねぇ、ふたり。ちゃんと罰を受けるんだよ?
「もちろん……罰として、ちゃんとダサいピンクジャージ着て学校に行くよ」
───お姉ちゃんのジャージは関係ないよね?それは罰じゃないよね?
でもこの『お姉ちゃん』は、近頃になると変なとこだけ姉っぽくなって来た。
───ねぇ、ふたり。お姉ちゃん、みんなにかっこいいと思われたいなぁ。
「いきなりどうしたの? お姉ちゃんはかっこいいよ?」
───あ、ふへへ。じゃなくて、もっとかっこいいとこ覚えてて欲しいから……。
「動画のコメントなら消さないよ?」
───いや、だから、かっこいいとこだけを……ね?
「……だって。かっこいいだけのお姉ちゃんなんてネタの無い寿司みたいなもんだし……」
───えぇ………。
なんとなく、分かる。最近こいつが、わたしを恨む呪いじゃなくなって来てるのは。その理由は───。
───最近、楽しいねふたり?
そう。わたしが、楽しくなってきたから。
わたしが、前向きになってきたから。わたしが立ち直ってきたから。癒されてきたから。
「……そうだね」
暗い部屋の中、静かに頷いた。
「最近……本当に、楽しいよ……」
───そう。
───私を、殺した事は、もういいの?
「よくないよ?でも……ずっとこうやってるのが、きっと、一番お姉ちゃんを裏切る事になる。侮辱になる。だから……」
───でも、ふたりは自分を許せないよ。
「……そうだね」
ちょっとだけ、苦笑を浮かべた。
「多分、それは消せないと思う。ずっとずーっと、苦しんでくと思う。でも……」
「わたしは、ちょっとだけ、今のわたしが好きになってきたの。
みんなが好きな、わたしが好き」
───そっか。
押し入れ。背を向けた姉は、ギターを弾くのを止めた。
───じゃあ、わたしはもういいよね?
振り返ったその姿は───自分の姿だった。
あの日、窓を叩く雨を睨んだ自分。ギターを手にする前の……八歳の後藤ふたり。
泣き腫らした目で、わたしがわたしに痛々しく微笑んだ。
「……うん。うん、もう大丈夫。ありがとう」
「……うん。辛かったね。でも、きっともういいんだよね? ありがとう」
傷付いた自分を抱き締める。ずっとずっと、独りで苦しんで来た。
ずっとずっと、ふたりは苦しんで来た。でも、もうおしまい。
この夢も、もうおしまい。
「……みんな、優しいね」
「うん……」
「バンド、楽しいね」
「うん……」
「……ギター。楽しいね」
「……うん!」
「……じゃあ、わたしは還るね。私(ふたり)」
「………うん」
「また、自分の事が嫌いになったら……」
「……そんな事ないように、頑張ろう」
「……うん。お願いね」
気付けば、暗い部屋にはもう誰もいない。ギターの代わりに、雨の音だけが響く。
「………お姉ちゃんのふり、意外と上手かったよ、わたし」
特に変なとこは。──奇行はよく見てきたし、なんならパターン分けしてるからね。
………かっこいい所は、真似しなかった。素敵なお姉ちゃんを汚したくなかったから。
窓の外。心に降る雨は、しばらく止みそうにない。
止まないかもしれない。けど、それはそれでいいのかもしれない。
それだけわたしにとって──姉は。後藤ひとりは大切な人で、大好きな人だったから。
ならきっと。この胸はずっと痛いままで良いのだろう。
痛みは消せない。涙も拭えない。自分を赦せないけれど───これから後藤ふたりは前を向いて生きて行くよ。
押し入れに遺ったギターを手にして、ふたりはひとり、掻き鳴らした。
「……とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー」
「リョウさん」
STARRYにて、作詞のノートをふたりはリョウに手渡す。
「……トゥインクル・スター、か……」
「……うん。いいね」
ノートの文字を金の両目で追って……閉じて、山田リョウは微笑んだ。
「……この歌詞にふさわしい曲を作るから───」
「今日バイトサボったら、店長さん相当怒ると思いますよ?」
「………先回りされたか」
「………ふふふ」
楽しげに笑うふたりに、リョウも軽く笑みを返す。
用事を終えて、身を翻すふたりを見送りリョウは再びノートに目を通す。
「……この歌詞に、ふさわしい曲か……」
そして一人。ポツリと呟いた。