「……───ッッ!!」
伊地知虹夏は、思わず布団から飛び起きる。
じっとりとした汗が気持ち悪い。
「………はぁ」
嫌な夢を見たなぁ。虹夏は思う。
夢の中の自分は、怪物になっていた。
なんか、鹿らしき生き物に顔だけ自分という、珍妙な怪物だ。
何故か常に、ドヤッ!とした笑顔を浮かべながら。
「ぬ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛」
「ぬ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛」
「ボッチチャーン!」
等と奇っ怪過ぎる鳴き声を発しながら青空綺麗な草原を群をなして移動し、喜多ちゃんを発見するやいなや
「アッ!ニゲタ ギター!!!」
と叫びながら、群れで襲い掛かる夢だ。
いやいや、喜多ちゃん逃げてないって。
昨日、ライブハウスまでちゃんと来てくれた。
実はギター弾けなかったけれど、教えてもらったお陰でなんとか形にはなったとの事である。
ライブまで残り一週間とちょっとでソレはキツいものの、ちゃんと言ってくれたのは嬉しかったし、ちゃんと確認しなかった自分達にも責任はある。
それに、たったの二週間足らずで凄く上達していた。
「ふたりちゃんかぁ……どんな子だろ?」
今日連れてくると言っていた。初心者をギリギリ形にはなるくらいには鍛え上げた子。
喜多ちゃん曰く、かなりギター上手いらしいので会うのが楽しみである。
「……ん」
日の光りに目を開けた後藤ふたりは、慌てて起き上がる。
と、同時に今日は学校じゃない事を思い出して、ふぅ、と一息。
───今日は、少し長い一日になりそうだ。
「あれ?」
一階に降りると、そこには母と話す女性の姿があった。
彼女はふたりを見て、にっこり笑って。
「おはよう、ふたりちゃん!」
「……おはようございます、お姉さん」
彼女は姉の。後藤ひとりのバンドメンバーだった人である。
ギターボーカルを勤めていた女性であり、バンドメンバーの中ではこうやって、よく来てくれるのだ。
「動画観てるよ~。すっかり、お姉ちゃんに近付いて来たね二代目ちゃん?」
「そうだと、いいんですけどね」
屈託のない笑顔で笑う彼女に対し、ふたりはちょっとぎこちなく笑う。
自分のせいで姉が死んだと思っているふたりとしては、姉のバンドメンバーに対してどうしても申し訳なさでいたたまれない気持ちになってしまう。
「ねぇ、ふたりちゃん」
「はい?」
「……ちゃんと、音を楽しめてる?」
「……多分」
そう、と一言。会話は終わった。
彼女は、仏壇の方に向かいふたりは出掛ける準備をする。
「私、まだ信じられません……」
母に向けて、そんな事を言うのが聞こえる。
「あのひとりちゃんが───車にひかれただけでこうなっちゃうなんて」
「…………」
いやうん。言わんとしてる事は解る。
姉はだいぶか弱い生き物だったが。なんかこう……簡単には死なないイメージがあった。
それこそ、地球に巨大な隕石か何かが激突して。
人類が滅びた後も、しれっと生き延びていそうな……。
普段から溶けたり爆発四散したりするような人間……人間? だったし。
苦笑混じりに、ふたりは身嗜みを整えて朝食をとり。
「行ってきます」
と一言。見送りに来た愛犬のジミヘンに手を振って、彼女は家を出た。
今日の目的は、ライブハウス『STARRY』という所だ。
少し前に、そろそろ白状すべきだと喜多に対してふたりは言った。
渋った様子は見せたものの、あっさり彼女は頷いた。
「もし至らないっぽかったら、サポートギターとしてわたしも行ってもいいよ?」
と、言ってみると、彼女は目をキターン!とさせた。
そしてその翌日。
「ねぇ、後藤さん!明日一緒にSTARRYに行きましょう!」
と、凄くハイテンションで言って来たのだ。
やっぱり、今の腕だと厳しかったのか聞いてみると、単に興味が沸いたらしい。
初心者に教えた、後藤ふたりという人間に。
もしかしたら、いいコネ的なのが出来るかもしれないと、ふたりは了承した。
しかし……どんな人達だろうか。
姉のいたバンドのメンバー達は、結構変な人が多かった。
朝に会ったあの人も、わりと空気読めなかったり、ライブ中はアドリブで勝手にヒャッハーするタイプの人であったそうな。
「後藤さーん!」
待ち合わせの場所まで来ると、喜多さんが目をキタキタさせながらやって来た。
「今日はよろしくね!」
「うん」
頷いて、共に歩き下北沢の街中を歩き出した。