歌詞の内容。先にあるふたつはまだいい。
これは、姉ならこんなの書くかも。姉ならこんな感じ?
そんなテーマで書いたものだから。
小さな海とトゥインクル・スターは、口から出して言葉にするのは正直なところかなり恥ずかしい。
凄くヤル気満々な喜多には悪いが、両親がダメだと言ってくれる事に期待する。
急な話だ。必ず許可が降りるとも限らない。
……しかし、現実は非常に非情である。ラインを送り、一分足らずでオーケーサイン。
ここで嘘でもついて持ち越せれば良かったのだが、それが出来ないのが後藤ふたりである。
他人を無下にしてきた為に、もうそういう対応はしたくないのだ。
せめて、変な歓迎はしないでくれと祈りラインをする。
この前みたいな歓迎はやめてほしい。
「喜多ちゃんいらっしゃーい!!」
横断幕はなんとか無かったが、クラッカーは免れなかった。
まぁ、以前に比べたら大丈夫である。……母が自分の制服を着てる事を除けば。
「………だから!なんでお母さんはわたしの制服を着てるの!」
「だって~、誰も着ないから可哀想じゃない?
後藤美智代、十六歳で~す!」
「脱いで! 早く脱いでよ!」
「やぁ~ん。ふたりちゃんのエッチ~」
「……ま、まぁまぁ、いいじゃないふたりちゃん? ね?」
目の前で繰り広げられる誰得な光景に、引き気味に喜多は間に入る。
「急にすみません……」
「いいのよ~。自分の家みたいにゆっくりして行ってね~」
家に到着してすぐにこの疲れである。とりあえず先に入って、姉のバンドメンバーが忍び込んでいないかを確認。
あいつらが喜多ちゃんに変な事を吹き込まないか心配だったので、とりあえず良しとする。
喜多ちゃんが、キタッキタの笑顔で汚いハンドサインをする未来だけは絶対に、断固として拒絶し続けなければならないのだ。
急な話でなければ現れたかもしれないが、今日はいない。ホッとしながらふたりは忠犬、ジミヘンの頭を撫でる。
「それで、えーと……理解を深めるっていうのは……」
「大槻さんに歌の内面的な事を知るべきって言われたじゃない? それってつまり歌詞の事だと思うんだけど、私ってそういうの深く考えた事なかったなぁって……」
ああ、成程とふたりは思う。確かに、そんなものだと思う。
自分だって、小さい頃はあんまり意識しなかったし、だいたいそういうものだと思う。
だから分かりやすい歌詞が流行りやすいのだと思う。意識しなくても、詩(ことば)が頭に残るから。
歌詞に優劣がないにせよ、そういうものなんだろう。
「早速だけど、ふたりちゃんの作る詩ってどういう意味なのかしら?どの曲も比喩が多くて抽象的よね」
「……まぁ、お姉ちゃんの影響が強いし……聴く人が聴いた範囲で解釈してくれたらいいかなって……」
「そうなのね。でもわたし、ふたりちゃんが込めた意味が知りたいわ!」
そこまで言って、喜多は少し目を伏せる。
「───解っては、いるのよ? ふたりちゃんはいろいろあった子だし、きっと、辛かった想いとか……言葉にするのが難しい事なんだって。
でもね? それでも私、正しく理解したいの」
「作る詩がふたりちゃんの傷口なら……私も、知りたいの……」
「喜多ちゃん………」
少し、ふたりは瞳を閉じた。
「……うん、分かったっていいたいけど……ちょっと、気持ちに整理を着けたい、かな……」
「ふたりちゃん……ううん、いいの。ごめんなさい」
「いや、いいよ。喜多ちゃんだから……おいで、ジミヘン」
そう言って、ふたりは微笑む。
そして、こちらを見ていた幼い日からの相棒に声をかけると、犬のジミヘンは尻尾をパタパタ駆け寄った。
「あ、そうだ!今から私を気にせずいつも通り過ごしてみて!」
そしたら、ふたりちゃんの事がもっと解るかも。そう思っての提案。
「……一日中ギター弾いてるだけだから、流石に飽きると思うよ」
犬のジミヘンを抱っこしながらふたりは言う。
ギターは大好きだが、一日中他人がギターを弾いてるのを見るのは自分でもキツいと思う。
「……まぁ、でも、最初に造った二つの歌詞。あれは、お姉ちゃんを意識して書いたんだ。お姉ちゃんは、こういう事考えるかなとか、こんな風に生きるかな、とか」
「そうなのね……じゃあ、お姉さん。ひとりちゃ……ひとりさんの事を教えて貰えるかしら?」
「お姉ちゃんは……」
ふむ、と少し考える。大好きなお姉ちゃんの事。
パソコンを開く。
「……とりあえず、ギターヒーローの動画を見ながら話そっか」
いわば、後藤ふたりの原点。知った日から何度か動画は観た。
本当に、上手い。楽しい想いが伝わってくる。
音に説得力がある。魅力がある。この世界に引き込まれていく。
…………同時に、胸が締め付けられた。よく、分からない。
この人が、もういないからか。この子に、もう二度と逢えないからか。
ひとりちゃん…………。
動画を観ながら目を細めているふたりを見る。──この子の心情を思うと、ますます泣きそうになってしまった。
画面に映るお姉ちゃん。変わらないお姉ちゃん。永遠のお姉ちゃん。
確かに、ここに居た。生きていた。笑ったり悲しんだりしてた。
『おねぇちゃんあそぼ~』
『あっ、うん。何して遊ぶ?お絵かきする?ギター弾いてあげようか?』
『ギターはもうあきたからいい!……ごっこ遊びしよ~!あたしこうこーせー!おねえちゃんはカレシ役!』
『おぐっ!?』
『うお~!風邪ひけ風邪ひけ風邪ひけ風邪ひけ風邪ひけ~!!!!』
『うぇ~~い!いっき!いっき!みんなバイブス上げてこぉ~!おねーさん、テキーラ追加ぁ~!』
『お姉ちゃん、話さないだけで学校に沢山お友達いるんだよ?』
『嘘じゃないよ。冗談でもそんな事いっちゃダメだよ。人の痛みがわかる子になりなさい……』
『ここはブラックホールだから……』
『my new gear……my new gear……うぇふぇへへへ……』
『あっ、ごっ、ごめんなさい!き、君のことも忘れてないよ……ゆっ、許して……!』
『浮気じゃないんです!浮気じゃないんです!』
『……よしっ!(イケボ)』
『うへへ……昨日の動画、コメントがもうこんなにいっぱい……』
『引きこもり一歩手前です~』
『あっ、ふたり。どうしたの?虫さん出たの?』
『怖がってるから、外に出ようね。ごめんね?』
『ふへへ……新しいジャージ……これで私もお洒落女子だぁ……』
クスリと、ちょっと笑う。変な事してばっかだったなぁ、お姉ちゃん。それでもわたしは───
『とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー』
────世界一のお姉ちゃんだって、断言出来る。
この家に。この部屋に。この場所に。
後藤ひとりは居たのだ。確かに、ここで息をして、ギターを弾いて、日々を生きていた。
「……ふたりちゃん」
「……ん?」
「その……これ、なんだけどね……?」
『友達の間で最近流行ってる曲です!カラオケでよく歌う曲!
サビで盛り上がるよね~!
彼 氏 が 好 き な 曲! ! ! 』
「………ああ、これお姉ちゃんの虚言だよ」
「虚言………」
「バスケ部の彼氏とかロイン友達千人以上とか、バイトで大人気でよく告白されるとか面白いよね。わたしは好き」
「…………」
何故かしら。喜多は思う。なんというか……胸が締め付けられる気持ちだった。
ひとりちゃん…………。