喜多郁代は、目を閉じて大きく息を吐いた。
ふたりから聞いた、大まかな歌詞に込めた意味。ちゃんとは聞けないけれど、おおざっぱに。
『……あんまり詳しくはアレだからざっくり言うね。その、お姉ちゃんへのいろんな想いと、昔のわたしにおやすみと……その、みんなに対する感謝の詩。喜多ちゃんにも、本当に……感謝してるから……』
そう、恥ずかしそうに顔を赤らめて言っていた。
そう。悲しいだけじゃない。
変わりたいという共通の願い。みんなに感謝という共同の想い。
昔の私へのサヨナラ。かつて、ギターを弾けると嘘をついて、合わせの練習から逃げて……もしかしたら、バンドからも逃げようとしていたあの頃の自分との決着。
『……それに、明るい人生を生きてきた喜多ちゃんだから出来る表現もあって……。
喜多ちゃんは、ふたりに歩み寄ろうとしてくれてます。
理解しようとしてくれてます。……その想いを乗せて歌えば、きっと……上手くいきます』
大丈夫、やれるわ。きっとやれるわ。
最後にまた深呼吸。喜多は、目を閉じて口を開いて────心から溢れる想いは歌になった。
「いや、本当に凄く良くなってたよね!何か心境の変化でもあったの?」
虹夏に問われて、ちょっとねと喜多は笑う。
あの後、家に帰って……PAさんに無理を言って、歌を撮り直してもらった。
その結果、本当に良くなった。
「じゃあ、審査用のデモテープ投函するけど……何か、念とか入れた方がいいのかな?」
「念? こう、はぁぁああぁ~~~……っていう感じですかね?」
念と言われ、とりあえず思い付く事をやる喜多。
「もっと強く!!はぁっあ!!!」
「天津飯!」
更に念を込めようとする虹夏と、悪ノリするリョウ。
そんな様子を見ていたふたりは、くるりと身を翻した。
「あれ? ふたりちゃん、どうしたの?」
どこかへ行こうとするふたりに、喜多が声をかける。
対するふたりは、口元に笑みを浮かべたまま振り返り。
「わたしちょっと、藁人形の材料買って来ようと思って」
「誰を呪う気!?」
わりと本気そうなふたりを虹夏が引き留めつつ、みんなの想いを乗せて……デモテープは投函された。後は、祈るだけか。
もう三月。早いものである。
フェスに出ると決めてから、あっという間だった。日々が、本当に充実している。
わたしは、あの頃からどれくらい変われたのかな?
楽しく、やれてるよ。
姉の形をした自分からの声は、もう聞こえない。
「結果が出るまでにやれる事が何かありますかね?」
「そうだね~。新曲のアピールも兼ねて、路上ライブとかやってみよー!」
少しだけぴょん、と跳ねつつ虹夏は拳を振り上げる。今日も元気な彼女を、ふたりは目を細めつつ眺めた。
「来週あたりがいいかなっ? 喜多ちゃん、告知よろしく!」
「わかりました!来週下北沢で路上ライブしまーすっと!」
そう言って、喜多ちゃんはスマホを弄る。
……反応は、本当にバンドやってたんですかという驚きや、化粧品の実演販売ですかとか書かれていた。
まぁ、仕方ない気もする。ふたりとしては、あまり喜多のイソスタは見ていなかったし口出しも出来ない。
なんというか……キラキラしてるというかチャラついてるというか……見ていて辛くなるというか、みじめになるというか……。
それはそうと、路上ライブか。ふと、以前やった時の事を思い出す。
夕焼けの中……外で掻き鳴らすギター。すぐ近くで観て聴いてくれる人達と、応援の声。
……うん。楽しかった。
相変わらず、幸せな自分に少しだけ胸が痛むけど、もう大丈夫だ。とぅいんくるとぅいんくるりとるすたー。
「……来週、楽しみですね」
虹夏は、少し目を見開いてふたりを見た。本当に、屈託のない笑顔だったから──。
「うん!ふたりちゃんも、よろしくー!」
虹夏も心の底から、笑うのだった。