「よーし、ここでやるよ!」
路上ライブ当日。虹夏の元気な声が響く。
ドラムはどうするのかと思ったが、ハイハットとスネアとバスドラがあれば充分であり、バスドラはキャリーバッグを持って来ていた。
キャリーバッグにキックペダルを取り付けたら簡易バスドラムにもなるらしい。荷物も運べて一石二鳥である。
ちょっと素朴な気もするが、それっぽい音が確かに鳴っていた。
「物販も少しもってきたよ~」
その中には結束バンドの姿もあった。普通に売る事にしたらしい。
「原価率いいから……」
少し遠い目をして呟く虹夏に、そうですねとふたりは頷く。仕方ない。仕方ないのだ。
お金がないと夢もないのだから。
「私は投げ銭箱作ってきた!」
そんなシビアな事を考えていれば、山田さんのこういう準備の良さはむしろ強みなのかもしれないとふたりは思う。あと、変なマスコットも描いて来ていた。
死にかけていて微妙に可愛くないマスコット、けつばんちゃん。ミュウの成り損ないというわけではなさそうだ。
投げ銭が一万貯まる事に元気になっていくらしい。『シャトーブリアンうめ~~~っ』とか言ってるのが妙に腹立つ。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
虹夏がけつばんちゃんをもっと可愛く描こうとし出した頃に、奇っ怪な声が聞こえた。
見るとそこには、人生の相棒である。酒瓶おにころ片手にベロンベロンな廣井きくりの姿。
「うぇぇぇ~~ひんnyあずぇんぎぃ~?みんなやってんSDKSDK!
応援にきqあwせdrftgyふじこlp!!!」
「今日のライブ終わった!」
最早、日本語すら喋れなくなったアル中ベーシストを前に両手で頭を掻く虹夏。
どうやら店長星歌からライブすると聞いてやってきたらしい。
応援とか言っておきながら、打ち上げを目的としていたようである。野良猫のような人だとふたりは思う。
それから、看板も作成。リョウが書いたクソ映画のキャッチコピーのようなものを、虹夏としては却下したかったものの、イエスマンである喜多だけでなく……まさかのふたりまで気に入った為に、もうそれで行く事になった。
路上ライブ開始前。ふぅ、と再び喜多は息を吐く。不安がある。
路上は初めてだし、最近はレコーディング多めでライブ自体をそもそもしていなかった。
それに……本当に上手くなっているのか。それも少し不安だった。
「……喜多ちゃんなら大丈夫だよ」
始める前に、ふたりからそう声をかけられた。
微笑むその顔に、小さく微笑みを返して少し目を閉じる。
───夢か現か。あの子の声も聞こえた気がしたから、覚悟を決める。
ドラムの音が聞こえて、喜多は目と口を開いた。
想いを乗せた言葉は歌詞となり、決意を秘めた声は歌となる。
観客が、増えて行く。
「あー、この曲好きだわ」
「ね~、声いいね~」
「ねぇ、結束バンドやってるよ」
「前より、ちょっといいじゃん……」
それらの声を聞いて、台風のライブを思い出して廣井は少し笑みを浮かべる。
それから、ふたりを見た。猫背の虎を真似た音の奴隷は、そこにいない。
弾むように楽し気に、ギターを掻き鳴らす姿に、廣井は微笑んだ。
「───欠点、克服出来たね。ふたりちゃん」
ギターを握って、迷走し遠回りした時間。でも、それは決して無駄な時間じゃなかったはずだよ。
歌詞と、演奏の深みがその証明さ。
───ねぇ、ひとりちゃん。ふたりちゃん、もう大丈夫っぽいよ。だから君も、そろそろ眠れそう?
───居て、くれるんでしょ?
「………なんてね」
ポツリと呟く声は、誰かに届くわけでもなく────。
「今日はこれで終了です!ありがとーございました!
これから毎週ここでライブするんでよろしくね~!」
路上の演奏が終わり、拍手が響く。それぞれの胸には、無事に終えた事への安心。達成感。単純に、楽しかった。
「聞いた事ないバンドだったけど良かったな~」
「これから上がってくるっしょ」
好意的な声が聞こえて、それぞれ微笑む中。
「あの……」
声をかけられ、ふたりは振り返る。
そこには、茶髪のロングヘアーと金髪のミディアムヘアーの女性二人組。
「後藤……ひとりちゃんの妹さんですよね?」
突然言われて、少し、ギクリとした。
「えっと……まぁ、はい。そうですけど……」
ぎこちなく返すふたりに、女性二人組は、やっぱりと顔を輝かせた。
「私達、ひとりちゃんのファンだったんですよ!」
「妹さんですよね? お姉さんとは違うけど、ギター上手いですね!」
「あ、ありがとうございます……」
少し照れたように。でもぎこちなくふたりは頭を下げる。
「いやぁ、ひとりちゃんのバンドは好きだったけど、パフォーマンスがちょっとアレだったなぁ」
「妹さんのバンド、素敵ですね!これからも頑張ってね!」
そう言って、二人組は投げ銭箱にお金をいれてくれた。
山田が早速確認をしに来るのを横目に、ふたりはお礼と、会釈。
「いやぁ、なんだか懐かしいなぁ~……」
「…………ひとりちゃん」
少し寂しげで。だけど、しっかりと前を見た目で笑って、二人の女性はふたりを見る。
「それじゃあね!」
「また、ライブ観に来ますね!」
そう言って手を振り去る二人組に、ふたりも一人手を振った。
「……どったのぉ?」
廣井に声をかけられて、ふたりは少し考えて、微笑む。
「ちょっと、不思議な気分で。……ちゃんと、お姉ちゃんの事を憶えてくれてる人、結構いるんだなって」
「そりゃそーだよぉ。結構ファン多かったし、音楽ってのは遺り続けるんだから」
「たかだか死んだくらいで、あの子や私達の遺す爪痕(ロック)は消えないのさ」
そうケラケラ笑って、廣井はまた酒を呑み、ふたりは少し笑う。
………そして吐きそうになったのを見て、四人はそそくさとその場を逃げていった。
離れた場所で、呆けたように眺めている女性がいた。
佐藤愛子こと、ぽいずん(はーと)やみである。
結束バンドが去るのを見て、ハッと我に返り彼女は身を翻し、足早にその場を去る。
…………確かめなければならない事が、彼女にあった。