佐藤愛子がギターヒーローを知ったのは十三歳くらいの頃だった。
以前記した通り、画面越しに観るその演奏は、衝撃的だった。
実際にギターヒーローを見付けたのは十四くらいの時。
友達の家に行くだのなんだの嘘ついて、一人ライブハウスに入って一発目だった。
……運命かと、思った。
色付いた世界。満たされた日々。
立派なライターになって、そしたら、その時は胸を張って直接会いに行こう。そう思った。そんな夢が出来た。
舞台から見上げるのではなく、面と向かって会えるように。
そんな、小さくて大きな夢。人生は、まさにあの舞台の様に輝いていた。
雨の叩く音。線香の匂い。涙の声。
永久の別れは、十五の頃だった。
───なんで。そんな、突然。
夢を追う思春期の子供には、まだ幼い心にはあまりにも、あまりにも。
悪い夢だと信じたかった。ギターヒーローがもういない事も、なのにこの世界は変わる事なく廻っている理不尽も。
「……嫌だよ」
もう目を開く事のない、その顔を見る。
嫌だよ。私、もっともっとギターヒーローさんの演奏を聴きたい。聴かせてよ。そして、いつか……いつか……。
ああ、そうだと思った。会いに逝けばいいのだ。
そしたら、また聴けるよね?貴女の演奏が。ギターヒーローの音が。
───ごめんなさい。
身を翻した足が、止まる。膝を抱えてぶつぶつと呟く、小さな女の子の姿。
何を謝っているのだろう。何に謝っているのだろう。分からない。分からないけど───。
──そっか。ギターヒーローさん、妹さん居たんだ。
……ねぇ、あなただって、嫌でしょ? 血を分けたあなたなら、夢の続きが描ける?
……私、待ってるから。それまでは、なんとか────。
最悪な目覚めだと、愛子は思った。昔の、夢……。
我ながら、ずいぶんと勝手な想いを彼女に向けたと思う。言葉にしなかっただけまだマシだろうか。
「………」
改めて観る、ギターヒーロー『二代目』の動画。
結束バンドの演奏を観た時は、勝手に決め付けた。つまらなそうなのは彼女らのせいだと。
ただ、冷静に考えればそれは間違いだと気付けた。
そもそもの話、彼女は、二代目は最初から演奏を楽しんでいなかった。
何故こんな簡単な事に気付けなかったのか……少し考えて、答えはすぐに出た。
いつの間にか、自分は音楽すらも嫌いになっていた。
───かつてのキラキラした夢は。いつしか鈍色の呪いに変わっていて……それにさえ気付かなかった。
ズキズキ痛む頭を、軽く押される。
────あくまでファンってだけなのに、大袈裟じゃない?
誰かが昔、言ってた言葉。面と向かってか、陰口か、もしくは自分に対して言った言葉ではなかったかもしれない。
ただ、思う。身内や友人でなければ、こんなに悲しんじゃいけないのかと。
今でも、引き摺っている。だから、あんな───。
思考を打ち切って、窓を開ける。もう一度、確めに行こう。
もう一度、彼女達のライブを───。
「…………」
リョウは、タメ息混じりに、やっぱりと呟く。
今回行くライブハウスは、ずいぶんと評判が悪い。
てきとーにそこそこ良さげなバンドを雑に誘った、闇鍋ブッキング。
…………これだけジャンルがバラバラだと、あまりこの箱でライブする意味はないかもしれない。
少し腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けて天井に視線をやる。
……最近、虹夏のテンションがやたら高い。
そして微妙に店長を避けている。つまり、なにかあったのだろう。
多分、店長は今回の箱を知っていて。しかし喜ぶ虹夏を前にハッキリと言えず、言葉足らずで中途半端にやめとけと言って、虹夏が拗ねたパターンだなとリョウは思っている。
まぁ、よくあるパターンだ。さて……。
少し考えて───あえて何も言わない事にした。
虹夏は突っ走る悪癖があるし、今回の件はいい経験になりそうだと思ったのがひとつ。
それに……この話をすると、ライブを中止しようとしたりするかもしれない。
それを、避けたくなった。───自惚れかもしれないが。
今の自分たちなら、他のジャンル好きもファンに出来るかもしれない。
そんな事を考えて。
我ながら楽観的かもしれないが……この自信が過信かも確めたくなった。
まぁ、それに………今の虹夏に、水を差したくない。
店長を笑えないなと思いつつ、リョウは当日に動揺してしまうだろう虹夏のフォローを考えるのだった。