「それじゃあ、一曲目……やりまーす!」
ドラムと共に、ライブは始まった。
───いいドラムだと、佐藤愛子は思う。アウェーな雰囲気を一変させた。
「…………」
ギターヒーロー二代目を見る。以前、観た時とは全然違う演奏。
動画の時とは違う弾き方。彼女のやり方。
ストローク等にギターヒーローの面影こそ感じるものの、まったくの別物だった。
「…………」
だからこそ、感じる。目を背けていったかった事実。
…………もう。ギターヒーローの音は、どこに行っても聴こえて来ないのだ。
「……よう、ぶりっこメルヘン年齢鯖読みライター」
強い喪失感と寂寞の中……かけられた声。
気が付けば、隣にいるいつぞやの箱の店長。
伊地知星歌。
「……出会い頭にそんなすらすら暴言でる?」
「いや、全部事実だし」
そこまで言って、星歌はタメ息をひとつ……舞台を見上げる。
「……なぁ。前に来た時に随分と好き勝手言ってくれたよな?」
「……別に、嘘を言ったつもりはなかった。ぬるま湯に浸かってたようにも見えたし……。
だから、二代目さんが燻ってるように見えて……だから、つまらなそうに見えて……」
「……成程」
ふぅ、と星歌はタメ息を少し吐いて……昔の事を思い出して、目を細める。
あの日の事。後藤ひとりの訃報。
「お前───」
「え~そろそろお店以外でも会おうよ~……いつも同伴してるのに……」
何かを言おうとしたその時、聞こえて来たふざけた寝言。
少しセンチになっていたからこそ、イラッとした。
「おい───」
「いいライブを──
「真剣に──
「やってんだからちゃんと見ろ!!」
二人分の怒声に、ブッカーの柳はビクリ
「あのさぁ、この箱あんたがてきとーなブッキングするから評判散々よ?
たまにいるのよね!スケジュール埋め優先でバンドの事なんて考えてないブッカー!」
「ここではもうぜってーライブしねぇってバンドも多いからな?」
「すっ、すみません……」
真っ向からのクレームに縮こまるブッカーさん。特に星歌が怖かった。
ふん、と鼻を鳴らして、星歌は愛子を見る。
「お前って、嫌味なだけのやつじゃないんだな」
「……あたしはバンドに対してはいつだって真面目よ。……真面目な、つもりよ」
そうか、と呟き星歌の目は再び舞台の上へ。
「なら、聞くけどさ。……あんた、あの子の事ちゃんと見てたか?」
「あの子は後藤ふたりだ。後藤ひとりじゃない」
「………」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
『二代目さんはプロでも通用しますし、ちゃんとしたバンドにはいった方がいいですよ!このバンドと違って、その方が本来の実力も出せるはずですし!
いい話ないか、いろいろ探しておきますね!』
『はっちゃけた感じがいいですよね!?』
「見て、なかったですよ」
ポツリと漏らした。彼女の後ろにある幻影だけを見ていた。夢の残り火だけを見ていたくて、事実から目を背けて、昔の夢や想いさえ自分で汚して踏みにじってダダこねて────。
『だって。ガチじゃないですよね?』
「──はは、ガチじゃなかったのは、どっちだって話」
………自分の言った事の全てが間違っていたとは思わない。実際、少しぬるま湯に浸かっていたように見えたし、積極的に活動していなかった。
例えまだ結成したてでも、出来る事は沢山あったはずだし……事実、行動に移した結果、結束バンドは今はこの通り、躍進を続けている。
間違っていたのは、言葉でなく心だろう。彼女達を見ず、『ギターヒーロー』だけを見ていたのだから。
「………もう、いっか」
あの日から、いろいろなものを置き去りにしてしまった。なら、もう潮時かもしれない。
音楽すらも嫌いになっていた自分が、ここにいる資格はない。
……音楽ライターなんて、やめてしまおう。そして、今度こそ────。
身を翻し、この場を去ろうとしたその際に──聴こえるキレのあるギターのストローク。
同時に、片手を誰かに引かれた。
「え────」
立ち止まり見ると、それは自分だった。
初めてライブハウスに来た時の自分。──佐藤愛子。十四歳の頃の自分。
彼女は、あの頃の笑顔で舞台を指差した。
ぼんやりと、彼女もまた改めて舞台を観た。
響き渡る元気に跳ねるドラムの音。
想いの乗った力限りの歌声。
一歩退いて、それでいて全てを支えるベースの音色。
辺りを駆け回るかのようなギターの音。
「…………」
ぼんやりと、それを眺めていた。頭の奥が、じんわりと温かくなっていく。
耳から入るメロディーが。歌が、詩が。指先爪先まで全身を駆け巡って行く。
瞳に映る視界は、まるで景色に色がつくようで。
まだまだ荒削り。まだまだ未完成。
でも、だからこそ可能性があった。未来があった。───夢があった。
「………あれ」
ポタリとその目から雫が零れた。なんでこんなに熱くなってるんだろうか。止まらない。
ライブの音に負けじと心臓がうるさい。なのに心地好かった。
ああ、そうだ。この感覚……あの頃みたいな。
ずっとずっと忘れていた感情。
───また手を振ってもいいのだろうか。夢を見てもいいのだろうか。
そんな資格が、今更。今更───。
手が、伸びる。……光の中へ。
───ああ、素敵なメロディー。素敵なライブ。
彼女達の楽しさが。思いが伝わって来た。
ずっとずっと目を背けて来たくせに、本当に今更だと思う。思うけど、でも──だって、しょうがないじゃない。楽しいんだもの。
我慢なんて出来るわけがない。そうだったよ。分かってるつもりだったのに、本当の意味で思い出せた。
ライブというのは。……舞台から響く音は、楽しいって事。
彼女は、他の観客達と同じように舞台に向けて手を伸ばした。
その表情は──もっとも純粋に音楽を楽しんだ、いつかの少女のようだった。