少し、離れて。さて、なんの話だろうかと愛子は思う。
謝ったのは謝ったが、それはしょせん自己満足。
………なにかしら、恨み言のひとつやふたつ言われたとしても、それは仕方ない事だろう。
「………ごめんなさい」
そう身構えていた愛子の耳に届いたのは、思ってもいない言葉だった。
「……うん?……うん。うん…………?」
「……………??????」
謝られた?なんで?ごめんなさい?
困惑する愛子。だって、それは自分の言葉だ。
そんな彼女と裏腹に、ふたりはぎゅっと、自分の両肩を不安気に抱いた。
「……お姉ちゃんの、ファン、なんですよね?」
「えーと……まぁ、はい」
もちろん、自分はギターヒーローのファンだ。今でも未だにそうだと、胸をはれる。
自分程のファンは、そういないだろうと。なんせ、今の今までずっとずーっとしつこく引きずり拗らせていたのだから。
今となっては、それすら誇らしくさえ思う。
それがどうしたのだろうかと首を傾げる愛子に、ふたりは告げる。
「その……お姉ちゃんが、その…………ああなっちゃったのは、わたしの、せいだから……」
「………はぁ」
ええと、と愛子は思う。
知ってる。事件がどう起きたかは。
知ってる。ヒーローは、妹を庇ってそして……。
「……貴方は、お姉ちゃんのファンって、言ってくれたから。それで……だから……」
結束バンドが侮辱された事は嫌だった。ムカついた。恨んだ。
でも、それはもう、さっきの言葉で涙で洗い流された。我ながらチョロいと思うけれど。
残ったモノは、罪悪感。
………なんとなく、思う。この人はきっと、姉の事をずっと引きずって来たのだと。
そして。それは。……わたしのせいで。
「…………いや、それは」
愛子は思う。いや、それはドライバーが悪いだろうと。
正直、当然の事ながら愛子はあの日のドライバーの事は心底怨んでいる。
しかし、それは、この子ではない。
………そういえば、ずっと、この子は謝っていたな。
何故なのか分からず、あまり深く考えなかった。
だって、誰が悪いのかは一目瞭然だ。信号という名のルールを破った奴が悪い。
愛子もあの場所に行ったが、見晴らしもそんなに悪い訳でもなかったし、だいたい、そうならないように信号というルールがあったのだから。
………ああ。でも、まぁ、そうか。
姉に庇われたのだ。なら、自分を恨むのも、分かる気がする。
自分が同じような立場だったら、自分を呪って誰かに責めて欲しいと思うかもしれない。
────断罪の言葉を、求めるかもしれない。
ふむ、と思う。ならばこの子は、『あなたのせいじゃないですよ』なんて言葉を聞きたい訳ではないのだろう。
「………えっと、うん」
えっ、と愛子は思う。そうだとして、自分はこの子になんと言えばよいのか。
当然ながら、この子に恨みなんてないし、なんなら大好きだし尊敬している。
辛すぎる現実と向き合って、あのステージに立ったこの子を。
………そんなこの子に、なんと言えと?ギターヒーローさんが守ったこの子に、どう言えと?
………そうだよ!お前のせいだ!絶対許さないからなヒャッハー!とでも言えと???
………絶対に嫌ですよ???死んでも嫌ですが???
「………ええと」
裁きの言葉を受け入れ、待つような目を向けられて、愛子は一歩後退る。
対して、ふたりは待つ。
………以前、確かに、叱ってもらえた。
大槻ヨヨコは、ちゃんと自分のせいだと、少なくとも非はあると、言ってくれた。
でも……『ギターヒーロー』のファンであり、『後藤ひとり』とそのバンドのファンであるこの人に。
……大切に想ってくれてる人に、なにか、言って、欲しかったのだ。
なんとなく。この人にとってはとても大切で……だから、資格があると、思ったから…………。
愛子は考えた。考えて考えて………結局、自分の欲望を吐き出そうと、考えた。
「そう、ですね……じゃあ、許す赦さないは一先ず置いといて、そんな貴女に、お願いがひとつ」
「………お願い、ですか?」
少し困惑したその顔を見て、愛子は口を開く。
言葉になる前に、あの日の無念を思い出して、少し、苦しくなった。
夢を希望を断たれた、あの日を…………だから。
「これから先、どんな事があるかは分からないけど────あんな結末だけは、やめて」
未だに心の中で疵として遺る、あの日の雨音。
思わず、涙混じりの声になってしまったが、関係ない。これはきっと、全てのファンの総意だと思うから。
「ちゃんと生き抜いて、みんなに、私に、見せて。貴方達の夢を───だから、あの日みたいな形で、終わらせないで」
「あ──────」
「…………うん。約束、します」
赤くしたその目を見て───改めてふたりは、命の重さを。自分を蔑ろにしてはいけないのだと、想い知ったのだった。
それを聞いて彼女が笑って……だから、少女もなんとかこうにか、笑って、見せた。
「花火買って来ましたよー!」
コンビニから戻って喜多来たを見て、ふたりはそちらに合流する。
足取りは───軽い。
花火なんて、どれくらいぶりだっけ?
そんな事を考えながら、輪の中へと入って行く。
これから先、きっと、いろんな事があるのだろう。
辛い事だって、きっと。でも………。
もう大丈夫。だから──
今日の光よ。天まで届け。