「ただいまーっと、まあ誰もいないんですけど……あれ?」
夕方も終わり日が沈んだころ、口癖で自宅へ帰宅の挨拶。しかしその存在しないはずの影がリビングにあることに気がつく。
「…………」
「また来てたのか"まふゆ"」
そこにいたのは近所でも有名な女子校制服に身を包んだ少女。少々大きな家ではあるが、一人暮らしをしている男の家となればあまり似つかわしくない存在である。ともすれば若干犯罪臭がしなくもないが、ふてぶてしく居座る少女と呆れがまじった男の表情からそういった関係では無いことがわかるだろう。
「親とかには言ってから来たんだろうな」
「……勉強して帰り遅くなるって言った」
「俺のところに来ることは言ってないのね……」
まふゆは戸棚にしまってあったであろうお菓子を食べながらそう言った。そのお菓子は男が帰ってから食べようと思っていた良いところのお菓子なのだが、伝えてないはずのまふゆに嗅ぎつけられたようだ。
「……なあ、いつもの"猫かぶり"までとはいわないが、もう少し俺に対して遠慮というものはないのか」
「…………」
「露骨に嫌そうな顔しながら食べ進めないでくれ」
普段は優等生の鏡として例えられるほど良い子のまふゆ。しかしここにいるのは優等生であった時の笑顔どころか、一ミリも動かない表情で他人の家のお菓子を貪る悪魔。そのギャップに若干の面白さを感じつつも、これ以上食べられては自分の分がなくなる、と、どこからか取り出した菓子皿に広げてある菓子を皿ごと取り上げる
「……まだ食べてるんだけど」
「元々これは俺のなんだわ、というかもう結構食べてるだろ、太るぞ」
「…………」
「おいやめろ、お前、顔立ち良いんだから凄むとめちゃくちゃ怖いんだよ」
「……別に、そんな顔してない」
「いや、どう見てもして……あーはいはいしてないしてない」
男は再び機嫌が悪くなりそうなのを察知して、取り上げた皿からお菓子を頬張りつつ台所の方へ向かう。
「で、今日はどうするんだ飯」
「……遅くなるから済ませてくるって言った」
「もう慣れたから良いけど、連絡なしに飯要求するのまあまあテロだからな、母親の時に俺にも連絡をくれよ」
男は文句を言いつつも冷蔵庫から"一人暮らしにしては量が多い"食材を取り出し調理を進めていく。その間、少女は机に勉強道具を広げ学習をしていた。
「とりあえずお菓子食べてたならすきっぱらじゃないだろうし、多少時間かかる料理でも良いか」
「……角煮系は前食べたから別のが良い」
「ああそうですか、じゃあハンバーグにでもしようかなー!」
「トマト系がいい」
へいへい注文の多いお客様だ、と呟きながら取り出したスペアリブをしまい、合い挽き肉とトマト缶を取り出す。これまでも何かと、アレが嫌、コレがいいなど注文があったため、だいたいの味付けがカバーできるような調味料や材料が常備されている。まふゆが不定期に来るからか、家にある食材は日持ちの良い材料が多めになっている。肉関連は冷凍すれば日持ちし、調味料も乾燥ものだったり缶詰だったりすると保存が利く。そのため緑が不足しがちだが、一人暮らしの男にはよくある話だし、普段、家で良いものを食べているまふゆにとっては一日程度は誤差のようなものだろう。
突発のため肉はレンジで荒く解凍した後、流水にパックごと晒す。その間にタマネギ、ニンジンを刻み、解凍した肉と合わせ、塩、こしょう、ナツメグ、ウスターソースで味付けして整形する。パン粉でつながないし、塩で肉汁が出やすいので崩れやすいから注意。出た肉汁はソースになるので無駄にならない。ハンバーグを外した後、残った肉汁にはちみつ、トマト缶、ケチャップ、ウスターソースを少量ずついれ煮詰めてハンバーグソースを作る。常備してる冷凍しておいた白米をレンジでチンすれば完成。
「ほら、そろそろできるから片付けな」
「わかった」
男はまふゆのやたらと早い片付けがご飯を心待ちにしている犬のように見えて吹き出しそうになるのをなんとかこらえて、机にハンバーグとお椀に盛ったお米を並べる。まふゆには専用だと分かる雪の結晶柄のお椀と青いお皿と箸が置かれる。
「……また野菜がない」
「しょうがないだろ、日持ちしにくいし、毎度自炊してる訳じゃないんだ」
「……来るとき買ってこようか?」
「え」
「……なに?」
「いや、お前のことだから作るときに買ってこいって言うのかと……いやごめんごめんそんな顔するなって悪かったって」
「……で、いるの?」
「まあ、負担にならない範囲で、食卓に欲しいならでいいよ」
「わかった」
「んじゃほら、手を合わせて」
いただきます。
食事中にしゃべる方じゃない男とそもそも自主的にしゃべることが少ないまふゆなのでお互い黙々と箸を進める。
「ふう、ごちそうさま」
「……早い、ちゃんと噛んでる?」
「失礼な、男ならこんなもんだろ。まふゆがお行儀良く食べ過ぎなんだよ」
「そっちが雑なだけ」
家だからいいじゃん……、とまふゆに言い負かされ悲しげに食器を洗いに行く男。まふゆはそれを見送った後、男の食事姿を思い浮かべながらおもむろに茶碗を口元に寄せかき込んでみる。
「……」
「ほう、なかなか様になってるじゃん」
「!?」
「いや、お茶いるかなって持ってきただけなんだけど、なかなかレアなもんが見られたな」
「……別に、なんでもない」
「あのまふゆが米かき込んでるんだからなぁ、知り合いが見たら卒倒するぞ」
「…………」
「ねぇ、その無言の圧やめよ?普通にちびるくらい怖い」
まふゆが食事を終えて食器を片付ける。
「そろそろ良い時間なんじゃないか、最近外暗いし途中まで送るぞ」
「……いい、一緒にいるところ見られる方が嫌」
「嫌て……」
まふゆに今日一番の表情でバッサリ切り捨てられ女々しく泣く男。そんな男を見てまふゆは微かに頬を緩めたように見えた。
「……また来る」
「……おう、できれば連絡してから来てくれ」