昼も過ぎ頃、おはようとはとてもいえない時間帯になっても惰眠をむさぼる男が1人。カーテンの隙間から微かに差し込む陽光を布団を被ることで遮り、再び睡魔に身を委ねようと体勢を整える。
「まぶし……ふぁ……」
「……」
「――んぁ?」
ふと気配を感じ、男が重い瞼をあげると少女――まふゆの姿があった。
まふゆは丁度、男の寝ているベッドと同じくらいの高さに頭が来るように座っており、無表情でこちらをじっ、と見つめるその姿に、男はおばあちゃんの家に置いてあった日本人形の姿を思い出した。
「……まふゆ、何してんの」
「別になにも」
「いや、そうかもだけどそうじゃなくて」
男も流石にこのまま寝続けられるほど図太くない。身体を起こし軽く伸びをする。
「んー、おはようまふゆ」
「おはやくないし寝過ぎ。もうお昼過ぎてる」
部屋にある時計の短針はどう見ても12時より後ろを指していた。
「……どうも朝は苦手なんだよな、つい二度寝しちゃうわ」
「だらしなすぎ」
「一瞬は起きるんだけど自分1人だと起ききれなくてなー」
まふゆは男の言葉を聞くと、少し考えるそぶりを見せ、少し躊躇いがちではあったがはっきりと伝えた。
「――起きられないなら起こしに来てもいいけど」
まふゆはなんてことのないように言う。だが、よく見るとまふゆにしては珍しく目を合わせず、心做しか表情もいつもより柔らかに感じられた。
自分への返答に怯えるように、期待するように、まふゆは男へ視線を戻す。
「え、いや、流石にいいよ。まふゆにそこまでさせられないし」
まふゆの表情は無に戻った。いや、無を通り越して眉間に皺が寄っていく。
「……なんで怒ってるんだ?」
「怒ってない」
「いや、どうみても怒――痛っ、なんで腕つねって、あ痛たたた!!ちょ、力強!!」
「怒ってない」
「分かった!分かったって!」
そのほっそい腕のどこから力が出てるんだ……、などと呟きつつ男は顔を洗いに洗面台に向かった。
「そういえばまふゆ、ご飯は食べたのか」
「お昼ご飯はまだ」
「じゃあ何か作るか、何かあったかなー」
顔と歯を洗い、目が覚めた男は冷蔵庫の中身を漁る。最近買い物行ったのもあり、ある程度貯蔵はあるが直近で買った物は日持ちするため、逆に前から残っている物を使う必要がある。
「ん、丁度よさげなもんがあるな、麻婆豆腐なんてどうだ」
「……なんでも」
「りょうかーい」
なんでも、とは言うがたまに気分じゃないときに拒否されることがあるので、とりあえず聞くことが大事なことを男は知っている。お嬢様の許可が下りたので早速、材料を並べて料理にかかる。
取り出したのは甜麺醤、合い挽き肉、豆腐、味覇、片栗粉、唐辛子、パックネギ、ニンニク、生姜、砂糖、料理酒、醤油、オイスターソース。
みじん切りにしたニンニク、生姜、ちぎった唐辛子や合い挽き肉をサラダ油で炒める。それぞれの香りが油に染みだしつつ、油が透き通ってきたら甜麺醤を入れる。甜麺醤は甘味噌みたいなもので糖分が入っているので煮詰めすぎると焦げてしまう。そのため焦げないよう油と混ぜ合わせながらたまに火から遠ざけたりして良い感じに煮詰めて甘みとコクを引き出していく。
だいたい引き出せたなーくらいで味覇を水に溶かして作った簡易中華スープと醤油、料理酒、砂糖、オイスターソースを入れベースを作る。
ベースを煮ている間に豆腐を少し下ゆでする。良くある麻婆豆腐のように賽の目状に切り、水を入れた別の鍋に入れる。沸騰したらさっと水を切ってベースの中に投入。ここで一度水分がなくなるギリギリまでがっつりと焼き付ける。
聞いた話によると麻婆豆腐は煮込み料理ではなく炒飯などと同じ焼き料理らしい。
とはいえそのままだと焦げてしまうので水分が無くなった音がしてきたら都度水分を足す。良い感じに焼けてきたかなーというところでネギを入れて、水に溶いた片栗粉を数回に分けて回しかける。豆腐を崩さないよう、ダマにならないよう慎重に混ぜ合わせ良い感じにトロミがつけば……
「ほい、麻婆豆腐の完成。お米も冷凍をチンしといたからどーぞ」
「ん」
「んじゃ、手を合わせて」
いただきます
いつもと同じように2人は黙々と食べ進める。途中、花椒を追加でかけた男がまふゆにも差し出すが、まふゆは好みでは無いのか首を振る。ふと、言葉も無く意思疎通する自分と男の姿を想像して、まふゆは何か温かい気持ちが胸に灯るのを感じた。
「ごちそうさま」
「ほい、お粗末様。んー、久々の中華だったけど割と良い感じだな」
「……そういえば野菜」
「あ、忘れてた。まあまあ、次は栄養価高いもん作るから」
「別にサラダでもいいと思うけど」
「いやー、なんか生野菜はあんまり好きじゃ無くて」
「たまには食べた方が良い」
「おっしゃるとおりで」
普段、保ちが悪いということで野菜を買わない男は野菜を食材に使う料理のレパートリーが少ない。一応まふゆが来てから増やそうとは思っているものの、思いつきで作る料理だとどうしても野菜が不足しがちだ。まふゆの咎める眼光から目をそらしながらも、男はふと、今朝のことを思い出しまふゆに問う。
「そういえば、まふゆはいつからここにいたんだ?」
「……朝?」
「いや、ざっくりだな。朝何してからここ来たんだ」
「別に何も」
「え、朝食後に直で来たの?あれ、でも起きたのって昼――」
「――勉強してた」
「え?」
「勉強してからここに寄った」
「あ、はい」
「別にすぐ来たわけじゃない」
「さいですか」
「来たらたまたま起きただけ」
「なんでそんな矢継ぎ早に……あ、なんでもないですー」
……実のところまふゆは朝食を食べて真っ先に男の家に行ったのだが、その場合、数時間も男の寝顔を眺め続けていたことに気がついたまふゆは何故か感じた特大の羞恥心から咄嗟に嘘をついてしまった。まふゆ自身も何故嘘をついたのかは分かっていないが、とりあえず事実を知られるのは嫌だと思ってしまった。
そんな、いつも無表情のまふゆの頬は、真昼の太陽が照らすにしては少し緋色がかって見えた。