お気に入りがすごく増えていて、どうしたのかと思っていたらまさかのランキングにのっていました!
みなさんのおかげです!
ありがとうございます!
あまりの衝撃で脳が焼かれたので初投稿です!
「その……なんだ……悪かったな……アイ」
「ううん……いいよ、ライナー」
アイに抱きしめてしばらく泣いたあと、公園のベンチに座って休んでいる。
お互いに何を言えばいいのかわからなくて、気まずい空気が漂う。
アイはああ言ってくれたが、俺が言ったことはかなりおかしなことだ。
人を殺したとか、自分が食われればよかったなど、正直頭がおかしくなったと思われても仕方ない。
「私ね……お母さんに愛されていなかったんだ」
「……え」
どう誤魔化したものかと悩んでいた俺に、アイが言った。
そのあまりの言葉に思考が止まる。
「私にはお父さんがいなくてお母さんと私の二人だけで生活していたんだけどね、お母さんは私のことをよく叩いていたんだ」
両親がいたとしても子供の虐待は起こってしまう。
ましてやシングルマザーなら仕事も育児も全ての負担があるのだからそれらのストレスを子供にぶつけてしまったのかもしれない。
「でも叩いたあとはいつも言ってくれたんだ。ごめんねって。愛しているって。だから私はずっとお母さんに愛されているって思っていたの」
「思って……いたって」
小さな子供が、頼れる相手がたった一人しかいないのなら、それがたとえ暴力を振るってくる相手だったとしても、愛していると言ってくれたのならそれにすがるしかない。
だが、アイは言った。
お母さんに愛されていなかったと。
それは、つまり。
「お母さんは何回も万引きをしたから刑務所に入れられちゃったの。それで私は施設に来たんだ」
「そうだったのか」
子供たちは色々な事情があって施設にくるが、それをいちいち聞いたりなんてしない。
施設に来る理由なんてたいてい辛い理由ばかりだ。
それを向こうから言ってくれるならまだしも無理矢理聞いたりしてもお互いが傷付くだけだ。
だから、施設に来た理由を聞いたりしないのはルールというか、暗黙の了解という感じになっている。
「施設に入ったけどお母さんは必ず迎えに来てくれるって思っていたんだけど、刑務所から出所してもお母さんは私を迎えに来てくれなかった。だから気付いちゃったんだ」
「私は愛されていなかったんだって」
泣きそうな、だけどほんの少し納得したような表情でアイが言う。
ちがうと言ってあげたかった。
殴っていたとしても、それでもきっとアイのことは愛していたと。
でも、何も知らない俺に何が言える?
アイが施設に来た理由も知らず、アイの母親のことは見たこともない。
何より、俺自身も愛のことについて何も知らない。
そんな奴の言葉の何を信じられるというんだ。
「だから知りたかったんだ。ライナーがどうして辛くなるのか」
「……俺が?」
アイが愛されていないと思っていることはわかったが、俺が辛くなることとどう繋がるんだ?
「施設に来た子が施設に来る前のことを思い出して泣いちゃったりすることがあるでしょ?」
「ああ、施設に来たばかりの子によくあるが。それがどうした?」
夜寝ている時や、施設の大人と接している時なんかに親のことを思い出してしまって辛くなることや泣いてしまうことは、施設に来たばかりの子によくある。
「私、それを見ていつも思っていたんだ。あの子たちはお父さんとお母さんに愛されていて、あの子たちもお父さんとお母さんのことを愛していたんだなって」
家族と一緒にいられない辛さ。
ましてや両親から愛されていたのなら、両親のことを愛していたのならら、離ればなれになる辛さは計り知れないだろう。
「私はお母さんとの生活を思い出しても辛くならないの。叩かれたりしたことは辛かったけど、でも前の生活が恋しくてとか、お母さんに会えないから辛いとかそんなんじゃなかったから」
母親と離ればなれになった。
だが、会えない間は暴力を振るわれることはない。
どっちがいいのかなんて、俺にはわからない。
「私は辛くならないのにお父さんもお母さんもいないライナーが辛くなっていたからその理由を知りたかったの。辛くなれる理由を知れたら私も辛くなれると思ったんだ」
「そうすれば私なんかでも誰かを愛せると思ったから」
それはアイにとって希望だったんだろう。
愛されていないと知ってしまったこと。
それでも誰かを愛したいという願いのために、俺なんかに縋るしかなかったのか。
「でも、もういいんだ」
「……え」
愛したいと言っていたアイの突然のもういいという言葉。
諦めたように思えるが、アイの表情は何というか少しすっきりしているというか、ネガティブなものじゃない。
「どうすれば辛くなれるのか知りたかったけど、ライナーを傷付けてまで知りたくないって思ったから」
ほほえみながらアイは言った。
俺への気遣いもあるだろうが、きっと本心から言ってくれた言葉だ。
「ありがとうな、アイ」
俺のことを言わなくてもよかったのは正直助かった。
あの世界のことを言ったとしても信じられないだろうし、信じてくれたとしても俺が辛くなるのはあいつらと生きていた経験があるからで、アイの求めている内容じゃない。
そうなったらアイはただあの残酷な世界のことを知っただけで終わってしまう。
愛し方なんてわからずに傷付いただけで終わる。
そんなことがあっていいはずがない。
「それに何も収穫がなかったって訳じゃないよ」
「そうなのか?」
人殺しとか食われればよかったとか訳がわからないことだっただろうし、知ることもやめたアイに得るものがあったとは思えない。
むしろ疑問が増えてしまったと思うんだが、本当に収穫なんてあったのか?
「泣いちゃったライナー、けっこうかわいかったよ!」
「なっ!!」
かわいかったと言われて、自分の顔が一気に真っ赤になったのがわかる。
高校生の俺が、小学生のアイに抱きしめられながら大声を上げて泣くというのは、冷静に考えなくても恥ずかしいことじゃないか!
「あ、アイ……このこと……なんだがな」
「大丈夫!誰にも言ったりしないから!」
「そ、そうか。それならいいんだ本当!」
笑いながらそう言ったアイにホッとする。
あの時と同じように頼れる兄貴分を演じている俺が大声を上げて泣いたというだけでも驚かれそうなのに、小学生のアイに抱きしめられながらなんて知られたら施設での俺の立場が無くなってしまう。
「私しか知らないライナーの秘密って感じで素敵でしょ?」
「頼むぞ!!本当に頼むから誰にも言わないでくれよ!!」
いたずらっ子のように笑うアイに、不安になって叫んでしまう。
大丈夫だよな!?
アイは本当に誰にも言わないよな!?
「あ、そうだ。泣きたくなっちゃったらいつでも呼んでね!抱きしめてあげるから!!」
「ああ、もう!!俺が悪かったから、もう許してくれ!!」
俺をからかい続けるアイに耐えられなくなって公園を出る。
このままアイにからかわれ続けたらさっきとは違う意味で泣いてしまうかもしれない。
「あ、どこ行くのライナー!?」
「帰るぞ、もうすぐ朝食の時間だ!」
公園にたいしていた訳じゃないが、帰る理由にはちょうどいいだろう。
アイも俺を追いかけて来るから、ちょっとだけ歩く速度を落とす。
止まって待たないのはちょっとした意趣返しだ。
「待ってよライナー!」
「はは、悪かったよ」
追いついたアイと並んで歩く。
何度も歩いた道だが、いつもより軽い。
何も言えなかったし、アイを混乱させてしまっただけかもしれないが、俺の中にあったものを少し吐き出せてほんの少し救われたのかもしれない。
「ライナー……私、あきらめないよ」
「……アイ」
その言葉に思わず足を止めてアイを見る。
アイも止まって俺を見ている。
「誰かを愛せるようになること」
その目の星が輝いている。
「絶対にあきらめない」
その輝きを見て安心した。
アイはきっと大丈夫。
必ず誰かを愛せるようになると。
「だから私、アイドルになるね!!」
「アイ……ドル?」
本当に大丈夫か?
★
公園で泣いてしまった後にアイドルになるという宣言を聞いて数日後、俺とアイは近所のファミレスにいる。
今日はここでアイをスカウトした人物と会うことになっている。
アイは美少女だと思うからスカウトされてもおかしくないが、それでもまだ12歳だ。
アイドルになりたいと言っているアイの気持ちを尊重してやりたいが正直、アイのことを騙そうとしている可能性だって十分ある。
だから、今回俺も同席して確かめようと思っている。
俺に人の悪意を見抜く力があるとは思ってはいないが、アイ一人だけでいるより少しはマシだろう。
「いいかアイ、才能があるとか人気になるとかいろいろ言ってくると思うが鵜呑みにするんじゃないぞ。悪者はそういう都合のいいことを言って利用しようとしてくるんだからな」
「うーん、そんな人じゃないと思うけどなぁ」
「そうかもしれないが、用心するに越したことはないだろ?」
俺たちは待ち合わせの時間よりも少し早く来て打ち合わせをしている。
打ち合わせと言ってもたいしたことは出来ないが、心構えくらいなら出来る。
都合のいいことを言われても信じたりしないようにしないといけない。
会ったこともない人間を疑うようなことはあまりしたくはないが、素直に信じることも出来はしないんだ。
「とにかく、その人を信じるかどうかは実際に会って話をしてからだ」
いくらここで話し合ったところで会ったこともない人間の人となりなんてわかる訳がない。
心構えは十分だろう。
あとは、本人が来るのを待つだけだ。
「あ、来たよライナー!」
その言葉にファミレスの入口を見ると、金髪でサングラスをかけた一人の男性が入って来ていた。
彼は誰かをきょろきょろと誰かを探しているようだったが、俺たちの方を見るとまっすぐに向かって来る。
「すまない、時間通りに来たつもりだったがどうやら待たせてしまったみたいだな」
間違いであってほしいと思ったが、間違いなんかじゃなかった。
「すみません、ちょっと待ってもらってていいですか」
「ああ、別にかまわないが」
「ありがとうございます。アイ、ちょっと来てくれ」
男性に待ってもらって、アイを連れて声が届かない所まで離れる。
「おい、大丈夫なのかあの人!どう見てもそっち系の人にしか見えないぞ!」
金髪でサングラス、無精ひげを生やした姿はヤクザとかのその筋の人にしか見えない。
あまり人を見た目で判断するようなことはしたくはないが、それでもぱっと見ヤクザにしか見えない。
人を見かけで判断したくはないが、見かけはどう見てもヤクザだった。
「前に話した感じだと騙そうとかそんな人じゃなかったよ」
「本当かそれ!?」
こう言っているがアイはまだ12歳だ。
彼が騙そうとしているとしたら演技力は高いだろうし、その演技をアイが見破れるとも思えない。
どうやら、ここは俺がしっかりする必要があるらしい。
「まぁ、いつまでもここでうだうだ言っていても仕方ない。実際に話してみるか」
「そうそう、話したらライナーもきっとわかるよ」
いつまでも待たせるわけにもいかないから席に戻る。
騙そうとしているのであれ、本当にスカウトしたいのであれ、まずは話してからだ。
「お待たせしてすみません」
「いや、最初に待たせたのは俺の方だからな、気にしなくていい」
「ありがとうございます」
待たせたことを気にしないように言ってくれる。
それだけだといい人そうだが、本番はここからだ。
「アイと同じ施設にいるライナー・ブラウンといいます」
「苺プロダクション社長の
「あ、はい」
名前なんて親が付けるものだから仕方ない。
知りたいのはそこじゃない。
「それじゃあ、単刀直入に聞きます。どうしてアイをスカウトしたいんですか?」
どうしてアイなのか、一番知りたいのはそこだ。
たしかにアイは美少女だが、それだけでスカウトしたのだとしたらこの人に預けることなんてとうてい出来ない。
「理由は二つある。まずはうちの中学生モデルの子たちでユニットを組もうとしているところでな、それくらいの年齢の子を探していたのがひとつ」
なるほど、中学生の子を探していたのならアイが選ばれるのもわかる。
ここはおかしなことじゃない。
「ふたつ目というかこれが一番の理由なんだが、その子にはアイドルとしての才能があると思ったからだ」
「アイドルの……才能?」
アイドルの才能ってなんだ?
歌って踊れたりすることだと思うが、そんなの実際に見せてもらわないとわからないだろうに。
「その子には嘘をつく才能がある」
疑問に思っていたが、その言葉でさらにわからなくなる。
そんなのがアイドル活動の役に立つのか?
「嘘をつく才能ですか?それが役に立つんですか?」
「もちろんだ、むしろ一番必要とさえ言えるものだ」
まさか一番必要だとは。
しかし、何の役に立つんだ?
「アイドルってのは夢を与える仕事だ。夢ってのは言いかえれば綺麗な嘘。大好きや愛している。彼氏なんていません。アイドルもファンもそれを嘘だとわかった上で一緒に夢を見るのがアイドルってやつだ。まぁ、一部例外はいるだろうがな」
嘘をつく才能が役に立つことはわかった。
誰かを愛したいということを誰にも悟らせなかったアイには嘘をつく才能があるのかもしれない。
でも、他にも何か欲しい。
そんな嘘にまみれた世界にアイを送り出せる理由が。
「それにその子、愛に飢えているだろう?」
「っ!」
心臓がドキリと跳ねた。
ずっと知らなかったアイの苦しみにこの人は気付いている。
「一目見て思ったよ。この子は愛されたいと思っているし、愛したいと思っているってな」
その通りだ。
アイは母親に愛されていなかった。
それでも誰かを愛したいと願ったから。
だから、俺なんかにすがったんだ。
「私も最初は断ったんだよ。愛したことも愛されたこともない私がファンのみんなを愛せるとは思えないからって」
ああ、アイ。
お前は嘘でも誰かを愛することよりも、ファンの人たちのことを思ったんだな。
嘘なんてつきたくなかったんだな。
「さっきも言ったが、嘘でいいんだよ。むしろ綺麗な嘘をみんな求めているんだから」
綺麗な嘘。
そんなものがあったのか。
綺麗な嘘があるなんて、そんなの思いもしなかった。
「それにみんなに愛しているって言っているうちに、嘘が本当になるかもしれん」
「っ!」
心臓を鷲掴みにされたように感じた。
そうだ、最初は演技のはずだった。
仲間のフリをするためだったのに。
俺を庇って死んだ彼を真似して頼れる兄貴分を演じていただけのはずだったのに。
俺はいつしか本当にあいつらのことを。
「大丈夫?ライナー」
思い出してしまっていた俺の手にそっとアイの手が重ねられる。
そのぬくもりが俺をこっちへ戻してくれた。
「ああ、大丈夫だアイ」
しっかりしろ!
今は俺のことよりもアイのことだ。
斉藤さんの目をまっすぐに見る。
「あなたがアイのことをスカウトしたい理由はわかりました。それがアイのためになるかもしれないということも。だから斉藤さん、どうか教えてください。アイドルになればアイは」
嘘でも愛していると言っていればいつしかそれが本当になるかもしれないのなら、それはきっとアイのためになる。
だからこそ、どうしても知りたい。
「誰かを愛せますか?」
「幸せになれますか?」
それがどうしても知りたかった。
誰にも愛されなかったアイが。
誰かを愛したいアイが。
誰かを愛せるようになって欲しい。
幸せになって欲しい。
アイは誰かを愛せるのか。
アイは幸せになれるのか。
それが知りたくて斉藤さんを見る。
「その子が誰かを愛せるようになるかも、幸せになれるかどうかも俺には保証は出来ない。だが、その子は愛し方がわからないし、愛する対象もない状態だ。なら、アイドルとしてファンに愛を振りまくのはきっとその子のためになると俺は思っている」
斉藤さんは目を逸らすことなく俺を見てくれた。
必ず愛せるようになると、必ず幸せになれると、そんな無責任なことは言わないでくれた。
きっとアイのためになると。
そう言ってくれた。
ああ、この人なら信頼出来る。
「斉藤さん、どうかアイのことをよろしくお願いします!」
机に両手をついて頭を下げる。
この人にならアイを任せられる。
心からそう思った。
「アイのことは任せてくれ。俺がちゃんと面倒を見る。だから安心してくれ!」
「はい!」
この人はアイのことを利用しているのかもしれない。
だが、それでもアイのことを思ってくれているのならいいじゃないか。
お互いに力を合わせていけるのなら、それでいいんだ。
「ありがとうライナー!」
「おいおい、お礼を言うべきは俺じゃなくて斉藤さんにだろ。これからお世話になるんだから」
「それもそうだね、これからよろしくお願いします!」
「こっちこそよろしくな!」
これで信頼出来る人にアイを託すことが出来た。
アイドルの世界のことについて詳しくはないが、この人ならアイを悪いようにはしないだろう。
まったく、こんなにいい人を見た目だけでやばそうな人だと思ってしまった自分が恥ずかしいな。
「アイ、これからアイドルとしてがんばれよ!」
「うん!一緒に頑張ろうねライナー!」
「……うん?」
なんかおかしくないか?
アイドルになるのはアイなのにどうして俺も一緒に頑張るんだ?
「アイ、おかしくないか?どうして俺も頑張るんだ?」
「どうしてって……ライナーも手伝ってくれるんじゃないの?」
「いや……手伝えないだろう。アイドル活動」
アイは不思議そうにしているが、無理だろう。
そもそもアイドルの手伝いなんて何をするんだ?
「女の子のアイドルなのに男の俺じゃ手伝えないだろ。歌も踊りもしたことないから教えたりも出来ないし」
「でも……やっていけるか不安だし」
「辛くなったらいつでも相談にのってやる。それにファンとして応援してやるから我慢してくれ」
「……うぅ」
不安そうにしているアイの頭をなでてやる。
手伝ってやりたいのはやまやまだが、どうしようもないことだ。
俺に出来ることはせいぜい相談にのってやることや、ファンとしてアイのことを応援することくらいだろう。
「いや……そうでもないぞ」
アイを説得していた俺だが、斉藤さんの言葉にアイと二人で見る。
そうでもないとはどういうことなんだ?
「もし君がよかったらマネージャーとしてうちに来ないか?」
「……え」
斉藤さんの提案にアイの頭に手をのせたまま止まる。
「……いいんですか?」
たしかにそれならアイの手伝いを出来るだろうが、そんなに簡単に決めてもいいのか?
「うちは小さな事務所で人手が少ない。新しいユニットが成功して事務所が大きくなったら増やしていくが、それまではどうしても少ない人数でやっていくしかない」
芸能界なんて競争率の激しい世界で仕事が入るかもわからない状態で大勢のスタッフを雇うことなんて普通はしないだろう。
だから人手が少ない理由はわかるが、ならどうして俺なんかを雇おうとするんだ?
「数えきれないほどの競争相手がいる芸能界じゃ、才能のある人間がどれだけ努力したとしても売れるとは限らない」
アイドルになりたい人は大勢いる。
そのみんなに才能があって、みんなが努力しているのだからそう簡単に成功なんて出来るわけがない。
「成功するまで収入はほとんどないからバイトなんかで金を稼ぐ必要がある。だが、成功するために歌やダンスのレッスンは怠れないからバイトの合間や休日も休むことなんて出来ない。そうやって毎日レッスンやバイトに明け暮れて、いざ観客の前で努力の成果を披露したとしても大抵の場合は何の反響もない。がんばっているのにそれが報われるビジョンが見えなくなっていく。そうやって大勢が理想と現実に耐えられなくなってやめてしまう。それが芸能界だ」
わかっていたつもりだったが、あらためて言葉にされるとやっぱり厳しい世界だ。
アイに才能があると言われたのにもう不安になってしまう。
「辛いとき、諦めそうになったとき、信頼できる相手がそばにいてくれるのは何よりも心の支えになる」
そうだ、俺があの時まで死なずにやって来れたのはあいつらがいたからだ。
あいつらが俺を支えてくれたから、あいつらを守るためだったから。
だから俺は生きて来れたのに。
「俺たちも全力でサポートはするが、信頼関係はそうすぐに築けるものじゃない。辛いのに相手に気を使って悩みを打ち明けられないなんてのは絶対に避けたいことなんだよ」
母親に愛されていなかったことを誰にも悟らせずに生活していたアイならあり得る話だ。
実際、アイが誰かを愛したいなんて思っているなんて俺を含めて誰も気付いていなかった。
今回はアイの方から言ってくれたからわかったものの、アイが誰にも言わなかったらどうなっていたか。
「だからその子が信頼している君がうちに来てくれると正直助かる」
「ですが……俺はマネージャーの仕事なんて何をすればいいか」
俺としてもアイの夢を手伝ってやりたい気持ちはあるが、マネージャーとして、ましてや芸能界のことなんてさっぱりだ。
俺が行ったところで迷惑をかけてしまうのではないか。
その不安のせいで踏み出すことが出来ない。
「仕事のことなんて後から覚えていけばいい。それに悲しいことにうちはまだ弱小事務所だからまだそんなに仕事がない。だから仕事を覚える時間は腐るほどある!」
フォローしてくれているのだが、もっといい言い方があるだろうに。
いや、俺のためにあえてそう言ってくれているんだから素直に感謝しよう。
「さっきも言ったが、信頼関係はすぐに築けるものじゃない。それはいくら仕事が出来る人間だったとしてもだ。だから、うちが成功するために、その子が辛いとき支えてあげられるように。どうかうちに来て欲しい」
斉藤さんの言葉を聞いて、深く呼吸をする。
理由はわかった。
芸能界が厳しいことや、信頼関係の大切さも。
そして、斉藤さんの思いも。
「……ライナー」
不安そうに俺を見ているアイが安心出来るように笑ってやる。
いくら才能があると言われてもアイのことは心配だった。
手伝ってやりたい気持ちもあったが、歌もダンスの経験もない男の俺では力になれないと思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
なんの取り柄もない俺でも支えることが出来るのだと、そう言ってくれた。
「アイ、一緒にがんばろうな!」
「ありがとうライナー!」
抱きついてきたアイを受け止める。
ここまで言われて引き下がるなんてのはありえない。
俺がマネージャーとしてやっていけるかどうか不安じゃないと言ったら嘘になるが、アイの力になれるのならやるしかないだろう。
「おいおい、アイドルが男に抱き着いたりしたらダメだろう」
「えへへ、まだアイドルじゃないからいいもん!」
「まったく」
嬉しそうに笑うアイも見てこれでよかったと思った。
「斉藤さん俺とアイ。いろいろと迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「ああ、こっちこそよろしくな!」
この日、アイはアイドルに、俺はマネージャーになった。
これからアイがアイドルとして成功出来るかどうか、アイが誰かを愛せるようになるかなんてわからない。
だけど、アイが成功できるように、アイが誰かを愛せるように、俺は自分のした選択に対し最後まで責任を果たす。
今度こそ。
前半だけだと文字数が少ないと思ったから書き足したら9000超えたよ。
社長と大人ライナーの姿がすごく似ているけど大丈夫かな?