Side アジール
「演説、お疲れ様です、ローレンス学長」
そう言って私は運転席に座ったまま後ろの席に乗り込んできた男性に声をかけると、乗り込んできた男性はこちらの言葉に苦笑いを浮かべた。
「なに、大した事など何もしていない、一人の老人が未来ある若者に対して偉そうに説教まがいの事をしただけに過ぎんよ...こちらは大丈夫、車を出してくれ」
それを裏付けるかのようにカチリとベルトを固定する音が車内に響く。
出発しますと一言声をかけ、ゆっくりとアクセルを踏みこむ。初めはひどくゆっくりとした動きのそれは、少しづつ深く踏み込むと足の動きに合わせて徐々に速度を上げていく。
「アジール君、彼...九十九零君の様子はどうだったかね?」
車を軽快に走らせること暫く、信号が赤になり停車した車の中で敬愛する上司から何度も聞かれた言葉が投げかけられた。その発言に吐き出しそうになった溜息をグッと堪え、努めて平静を装いながら応える。
「葛城姉妹と遭遇し、尚且つ気に入られるといった出来事もあったそうですが、貴方が危惧しているような大きな問題は今の所報告されていません」
そう応えてからバックミラー越しに後ろを確認すると、少年のように屈託のない笑顔を浮かべながら頷いており、「そうか、なら良かった」と微かに呟いているのが耳に届いた。
その姿に、私は今まで我慢していたものが私の中で爆発する音を聞いた。
「学園長、なぜあの少年に対してそれ程までに入れ込むのですか?」
そう私が訪ねると、窓の外を見ていた彼の目が此方を向き、バックミラー越しに重なった。
「私も彼について分かっている事について書かれた一通りの資料を確認しました」
「性別男性で記憶喪失状態で、とある施設でコールドスリープ状態で発見された。眠ったのは200年程前の大戦時前後の時代で、身体情報から年齢は凡そ15,6と推定。
体全体に対して夥しい傷跡が確認されており、その種類は裂傷・銃傷・火傷と様々で場所も体全体の彼方此方に確認できるほどで、当時から今ほどではないですが傷跡を無くす手法は存在していた為に治せるような環境で無かった事が示唆されいる。
性格も善良であり、周囲の人間との関係も良好。勉学やトレーニングも行っている事から自己鍛錬を惜しまない人物であり、精神面でも自身の記憶が無いにも関わらず周囲の状況に対して自ら即座に順応するための行動を即座に行うという、とても齢15とは思えないほどの精神性を有した少年...それが私が確認した資料に記されていた情報を整理し簡単に纏めた上でそれぞれに私なりの解釈加えたものですが、凡そこの通りであると考えてよろしいでしょうか?」
「あぁ、概ねその通りだとも」
私がバックミラー越しに問いかけると、ゆっくりと頷きながらそう返された。
「出過ぎた真似だとは分かっております。ですがこれらを踏まえた上で、僭越ながら私からローレンス様にご忠告させて頂きたいのです」
「あぁ、他ならぬ君からの忠言だ。勿論、心して聞こうとも」
「私程度にそこまで言って頂けるとは...恐縮です」
「程度などと...あくまで私は君の能力と人格を正しく評価しているだけに過ぎんよ」
目の前の信号が赤から青に変わる。アクセルを踏み込みながら私は口を開いた。
「例の少年は、確かに驚くべき少年です。自身の過去も分からず周りの状況の把握すら普通なら出来ないでしょう。ですがあの少年は最初こそ動揺していましたが、まるでスイッチを切り替えるように意識を切り替え周りの環境に順応し始めました」
ハンドルを右に切り下り坂を走れば、目の前に此方に口を開けるようにしてトンネルが少し先に待っている。
「ですがそれだけです」
魔物の口に飛び込むように赤に入れば、空気の圧が車の窓を僅かに揺らした。
「あの少年は体全体の痛々しい傷跡から見れば今では考えられない様な苛烈な人生を歩んできたのでしょうが、本人はそのことを一切覚えていませんしあえて思いだそうともしていない様子です」
トンネルは続く。
「確かにケアは必要でしょう、そして生活をする為の補助も。けれどORAの理事や楯無様が行っているような、全面的なバックアップははっきりと言えば異常です」
続く。
「今まで100年以上眠っていた少年をいきなりアルファ学園に、それもパイロット科に裏口でも良いから入学させようとすした理事の方々はハッキリ言って正気を疑いましたし、今のORAは此処まで落ちぶれ
ているのかと失望しました」
遠くの方に夕日の赤が僅かに見える。
「楯無様の行動もそうです。彼らから守るために保護する必要があるのは理解しています。ですが少々...いえ、ハッキリ言わせて頂くと正気を疑うような行動も幾つか散見されます」
「君から見ても、やはりそう思うかい?」
一部下として出過ぎた真似とは理解しているが、配達場は飲み込めない。私はそのまま続けた。
「余り申し上げたくはありませんが、はい。他に保護していらっしゃる方々に対しても、楯無様は非常に優しく接しておられましたが中でも彼に対しての半年間の行動は、子や孫に対するものと見紛うほどに顕著でいらっしゃいました」
「成程...確かに他から見ればそう見えるのか...」
車は一定の速度を保ちながら、長いトンネルを抜けんとしていた。
「それだけであれば、記憶喪失の少年に対して同情していると私自身まだ理解できました。ですが、学園の大規模浴場建設については正直に申し上げれば言葉を失いました」
そう、あれはまだ彼が目覚めてから暫くしたころだった。
「零君、最近の調子はどうかね?」
そう言って病室のベットに座る彼に楯無様は声をかけた。すると教科書を眉間に皺を寄せ首をかしげながら唸っていた彼は顔を上げ目を合わせた。
「え?えぇはい。皆さんのお陰もあっていろいろな場所や人と話せているのもあって毎日が新鮮で楽しいですよ」
そう彼が少し微笑みながら言うと、楯無様はとても嬉しそうに頷くいた。
「そうかそうか!では少し質問が変わるが、何か欲しい物ややりたいことはあるかね?」
そう問われた少年は苦笑いになると、諭すように口を開いた。
「前も聞かれましたが、流石にこれ以上は高望みにしすぎですよ。唯でさえこんなに充実した環境を名門校に入学する条件付きとはいえ無償で貸し出して頂いてますし、なにより支えてくれている周りの方にも恵まれていますから」
彼はそう言って笑った。此処だけ見てしまえば年齢差もあり、孫を猫可愛がりしている祖父とその祖父を諫める良くできた孫にしか見えないのだが、本人たちはその事に気付いているのだろうか甚だ疑問である。
「そうか...しかし困ったことやしたいことがあれば何でも相談したまえ。自分で言うのもなんだが、幸い私は立場や金銭については人並み以上にあるからね」
「アハハッ!それに頼ってたら自分が駄目人間一直線になる未来しか見えないので、お言葉は有難いですけど遠慮しておきます」
そう二人して笑っていたが、彼は気づいていないのだろう。楯無様が今言ったことはジョークではないという事に。この方は本当に彼の為なら並大抵以上の事をやってのけてしまうという嫌な信頼感が今の私にはこの短い期間で作られていた。
「あぁでも最近見つけた新しい趣味みたいなものならありますね!」
「ほう!それは一体何かね?」
「別に大したことじゃありませんよwこの間咲さんの処に居る哲さん含めた数人で銭湯に行ったんですよ。そこの風呂が気持ちよくて、それを見た哲さんに今度時間が空いたら別の処にも連れて行って貰えることになったんです。もしローレンスさんも興味があるなら、一緒に行けるか一応哲さんにも聞いてみますけど...?」
「本当かい?それは嬉しいね、私としてはぜひお願いしたいね。しかし銭湯とはまた意外なところだね」
楯無さんがそう言うと彼は苦笑を浮かべた。
「哲さん達からも、”俺らより満喫してやがるなお前”って言われちゃいましたよ。でも実際すごく気持ちよかったですよ?彼らが言うには値段が凄く安い代わりに規模は小さい処らしいですけど...自分としては凄く満喫できましたよ!」
なら今度もっと良い場所に連れてってやる!って言われて近々また行くことになったんですよね~と、それはそれは嬉しそうにニコニコしながら彼は話しており、それを見る楯無様の表情もひどく穏やかで、まるで聖母のような優しさに満ちた慈愛の表情を浮かべていた。
その時、内ポケットに入れていた私の端末が震えた。時間である。
「楯無様、そろそろ行きませんと...」
そう言うと彼は少々名残惜しそうな顔を浮かべると、ゆっくり立ち上がった。
「私としてはもっと話していたかったのだが、そうもいかないようだ」
「お仕事ですか...分かりました。ではこの後哲さんにもう一人連れて行っても良いか確認の電話をかけて幾つか日程を確認しておくので後ほど其方にまとめて送りますね」
「おぉ、そうして貰えると此方としても助かる」
「はい、ではまた」
「あぁ、失礼するよ」
そう言ってから私に一声かけ、二人で足早に病室を後にした。
「それでアジール君、内容は?」
そう私に問いかける楯無様は、先程の好々爺然としての態度や雰囲気は霧散し、凛としたお姿は私の良く知る英雄ローレンスとしての姿だった。
「ハッ!独自に調べさせていた例の件について、相手に不審な動きが見られたらしくその報告が一件ございます」
「他には?」
「はい、ORA理事のダマン氏があの少年について話があるらしく...」
「ハァ...また彼か。いい加減大人しくしてできないのだろうかね」
「今までの言動から難しいかと...」
「だろうね。仕方がない、私が後ほど対応すると言って暫く抑えておいてくれ」
「宜しいのですか?正直に申しますと建設的なお話はできない物と愚考しますが....」
「そうでも言わないとアレは大人しくせんだろう?私とて最初から意義のある時間を彼と過ごせるなどという夢物語は考えていないさ」
そう言って素早く後部座席に乗り込むみ、車内で機密性の高い案件について確認と指示を出しながら病院から離れて行った。
その後は彼が電話で直接指示を出してからダマンからのネチネチとして無意味な嫌味を聞き流し一先ずの終わりを見せた頃、楯無様の私用端末が震えた。
「あー、アジール君。少々日程を調整したいのだが良いかね?」
「彼と話していた件ですね?其方でしたら4、7,12日後であれば時間が取れますが如何いたしますか?」
「では7日後でお願いできるかね?」
「承知いたしました、後ほど調整しておきます」
「すまないね、私のわがままで苦労を掛けて」
「いえ、貴方を補佐するのが私の役目であり意義ですので」
「それでもだよ」
「....そうですか」
そう言ってその後は無言で車を走らせた。
その7日後、楯無様は緊張でガッチガチになった哲郎氏とウッキウキの零少年の三人で出発なされ、それはそれは楽しそうなご様子でお帰りになられた。
が、問題はその後の行動であった。
楯無様は謙虚で誠実な方だが、そのお名前は英雄としての功績と共に広く認知されていらっしゃいます。当然ですがそれを良く思わない人間も多くいます。楯無様もその事は理解しており、アルファ学院学院長並びにORA最高理事の一人でありながら目立つ行動は避けてきました。
そんな楯無様が何の前触れも無く学校の改革に資材を投げ打ってまで乗り出したのです。平時であればまだ良かったのですが、その行動に乗り出したのがレイ少年がパイロット科を目指す様になってからの行動でした。そんな不審な行動に私を含めた数人が疑惑を覚えていた中で突如言い出した大浴場の設置です。他の方ならまた急な行動だと思うだけでしょうが、私は確信しました。この大掛かりな改革は、全て一人の少年の為に行われているのだと。
正直に申しますと血の気が引きました、とても正気とは思えなかったからです。普通に考えて身元すら分からないような子供相手に今までしてきた対応ですら様々な条件を加味しても些か以上の補助だったというのに、その子が学園にはいるから莫大な資金を使ってまで行動する等とても正気とは言えません。
そういった思いは抑えてきましたが、終ぞ限界を迎えて今に至るのです。
私は意識を過去から現代へと戻し再度問いかけた。
「教えていただきたいのです。何故あの少年にそこまで拘るのか、如何してそれ程までに親身になるのか私には分からないのです」
沈みゆく夕日が、最後の抵抗のようにその光を吐き出しながら水平線に沈んでいく。その様子を楯無様は静かに見ていた。それから暫くすると口を開いた。
「アジール君、君に”憧れ”はあるかい?」
「は...?”憧れ”...ですか?」
「そう、”憧れ”さ。それも不安定で淡いモノではなく、その身を焦がすような激情に近いモノさ」
「はい、ございます」
だってその憧れは今私の後ろで静かに沈みゆく太陽を見ているのだから。
「そうか、なら話は早いね。英雄などと持て囃されている私にもいるのだよ。それも二人」
「驚きました、貴方ほどの方でも憧れるモノがあるのですね。それがお二人も」
「私は神様ではなく人間だからね、当然あるとも」
「して、それが私の質問とどういった関係が...?」
この問答の真意が読み取れず質問すると彼は笑って答えた。
「余り詳しく言えないのだがね?まぁ簡単に言ってしまえば感謝と応援...最近の言い方をするなら確か”推し”だったかね?それに関する事さ」
「それがあの少年だと...?しかし言っては何ですが其処までするほどの出来事が彼との間であったとは記憶しておりませんが?」
そう言って首を傾げていると楯無様は喉を鳴らしながら愉快そうに言った。
「安心したまえアジール君、君のその考えは間違っていなとも。そう、私と彼の間で直接的な何かがあった事など一度もないし、このことは彼も何も知らないよ」
「であれば益々訳が分かりません...」
そう言ってみれば、彼は一度此方を見ると又窓の外に視線を戻した。
「だろうね。私自身この行動が誰かに理解されるとも思っていないし理解してもらおうとも思わない。ハッキリ言って私のエゴそのものだからね」
そう言って此方から完全に意識から反らしたその様は、言外にこれ以上踏み込む事を許可しないと言っていた。恐らく今語った事が他社に話せる最大限なのだと理解した私は理解し話題を切り替えた。
「では引き続き彼については定期報告を行うという事で宜しかったでしょうか?」
「あぁ、お願いするよ」
そう言って静かに窓の外を見る老人の目には、街頭で輝く街並みとその上に広がる何処までも広がる静かな星空が移っていた。
メインヒロインより先に脳を焼かれてた哀れなおじさんをシュッ―!超!エキサイティング!!
本編前の流れを詳しく書くと、主人公起きる→状況説明→超ハードスケジュールリハビリ開始→ローレンス初顔合わせ→哲郎・咲と遭遇→アルファ学園に入学の指示を聞く→迷ったが自分の意志でパイロット科入学決定・勉強を鬼ハードに変更→ローレンスと哲初顔合わせ→町を回りながら実地で常識の勉強→病院から本来なら退院可能なレベルまで回復した事を伝えられる→病院の設備と講師の元身体トレーニングに変更→息抜きに島の外に連れられる事数回→最後の追い込み勉強→通常の試験よりも早い特別試験受験→合格発表→祝賀会で泣く→その後も数段大人しいスケージュールにしながら日課として勉強・トレーニング続行→入学...といった流れになります。大体半年よりちょい長めをイメージして貰えると良いかなと。因みに子供に泣かれたのが猛勉強時期の出来事で、寝不足もあって顔雰囲気共に険しくなってるときにギャン泣きされ以後気を付けるようになった経緯があります。
あと今回出てきたアジール君はこんがりじっくりローレンス氏に脳を徹底的に焼かれています。カワウソ...でもそのローレンスも何故か主人公に脳を焼かれています。なんでやろなぁ?(すっとぼけ)
以下軽いネタバレ注意
ローレンスの脳を焼いた二人のうち一人は主人公ですが、もう一人はすでに登場していて主人公両名に話の初めに出会ってます。
そう、みんなオカン咲の事です。若い頃のローレンスは持ち前の才能と容姿、そして英雄の直系の子孫という事もあり傲慢な天狗だったのですが、当時のアルファ学園最強と呼ばれた2つ上の先輩に挑み完膚なきまでにボッコボコにされる事数回、先輩からの教えもあり今の礼儀正しい性格に近いモノになりました。この後彼の人生観を根底から打ち壊す事件が起こり今の性格になるのですがそれはまた別の機会に本編でしっかりと明かすつもりです。
あと何十万文字書けばそこにたどり着けるんだ...ゼロは何も答えてくれない....