──side 響──
自己紹介も済ませた私たちはツクモ君(最初は九十九さんと呼ぼうとしたのだが本人曰く「同い年なのに畏まらなくてもいい」と言われたのでこの呼び方に。流石の私でもこの歳で同年の男の人、それも私を助けてくれた優しい人をいきなり下に名前で呼ぶ勇気は出なかった)の後に足早に続いて移動していた。
ツクモ君曰く「多少急がないといけないけど、哲さん2人で送って貰えるか確認したけど、快諾してくれたから大丈夫、十分間に合う時間だから安心して」との事らしい。
そうやって話していると少し遠くから、「お~い坊主! こっちだ~!!」という声が聞こえてきた。
声のした方を向くと、お店に居た時にサキさんと親しそうに話していた男性が此方に向かって手を振っていた。(ツクモ君曰くこの付近で働いている今年で27歳の気の良いお兄さんらしいのだがどう頑張っても20代には見えなかった)
そんな事を考えながら足早に声を掛けてきた男性(哲さんと言うらしい)の元まで近づくと、慣れた手つきで彼はツクモ君の頭に手を置いてガシガシといった感じで撫でながら此方を向きいた。
「しかし、あんだけ手分けして探しても見つからなかったってのにこんだけ早く見つけるのは流石に予想外だったぜ」
そう言って視線を私からツクモ君に移しながら続けて
「ただまぁ坊主に頼って正解だったぜ、コイツ、もう第六感って言った方が良いのか? なんつーか異常に勘が鋭いもんだからそれ頼みでダメ元でやってみせたらコレだもんなぁ。マジで坊主の"ソレ"はギフトじゃなかったんだよなぁ?」
と言ってから一層、彼の髪の毛どころか頭を前後左右に雑駁に動かすようにしながら機嫌よく言った。
そんな風に暫くされるがままだったツクモ君が頭を撫でていた手を少し強めに叩き落とした後、少々フラつきながらちょっと怒ったように哲さんに向かって話し始めた。
「褒められてんのか微妙な所だけど、感謝されてんのは分かるよ? でも何時まで人の頭で遊んでんだよ。お陰でちょいと酔って気持ち悪くなっちまったよコッチは」
そうさっきまでの口調をガラッと変えて抗議の声をあげる彼に少し驚き固まっていると、徐に彼はこちらに振り向き、哲さんのものと思しきサイドカーが付けられた大きなバイクを指差し
「今からアレに乗って行くんだけど、見ての通り車じゃなくてバイクだから、申し訳無いんだけど乗るならバイク運転する哲さんの後ろか、サイドカーに乗った俺の膝上になっちゃうんだけど、それでも大丈夫ならどっちに乗るか教えてね?」
元はと言えば1人で勝手に迷子になった見ず知らずの私の為にここまでしてくれているのに、そう申し訳無さそうにしながら此方に問うてきた彼に、彼に対して感謝とか罪悪感とかが天元突破しかけた私は、考えるよりも先に口を動かしていた。
動かしてしまったのだ。
「お気になさらなくても大丈夫です! そちらが嫌でなければ膝上でお願いします!」と。
車通りが殆ど無い道をひとつの影が法令速度を守りながら、けれども軽快に駆けていく。
運転している人影はしっかりとフルフェイスのヘルメットを被っているが体格から男性であるのが分かる。問題はその横にある、バイクに付けてあるサイドカーの上の光景である。
サイドカー上にはヘルメットをしていない男性が乗っており、それだけ見ればちょっとヤンチャでヘルメットを着けていないか? で終わるのだが問題はそこではなく、彼の上、膝上に座り身体をカチコチに強ばらせ顔を真っ赤にしている少女の姿である。
他人から見たら、兄弟かカップルのように見えるそれはしかし、当事者の心境は穏やかなものではなかった。
顔を真っ赤にしている少女は外見から見て分かる通り胸中は出発した時から、「私重くないかな!? 大丈夫だよね!? 汗の匂いとかさっき走り回ってたし多分するよね!? どうしよどうしよう!?!?」等とずっと同じ事を考えており、羞恥と緊張で強ばり真っ赤になった顔は内心が非常に分かりやすく出ており、心無しか目がぐるぐると線を書いているようにも見える。
反対に下にいる少女の羞恥パニックの原因の男は、一見すると少女と違い非常に落ち着いている様に見えるが、内心では「え待ってめっちゃ軽くない? ちゃんとご飯食べてる? 後めっちゃ柔らか! それにちょっといい匂いが.やっべ静まれオレ、この状況でStandUp!!! したら社会的に詰むぞ俺。分かったら俺のオレよ落ち着け! 心頭滅却煩悩退散.」と己の中の欲望と戦っており混乱具合で言えばどっちもどっちであった。
そんな風に10分程それぞれが自身との戦いを繰り広げ、このまま無言で進むかと思われた状況はしかし、羞恥の限界を迎えた少女の勇気ある行動によって終わりを迎えた。
「あの!」
少女は後ろの青年に対し、後ろにいる彼に対して声を掛けるには少々大きな声で呼びかけた。
「.ん? アッ、何?!」
何故か反応が遅れた彼が、少し驚いたように返答した。
それもそのハズ、声を掛けられる直前まで「煩悩退散本能解放! いや解放したらアカンッ!?」等と余裕が有るのか無いのか絶妙に判断に困る阿呆な事を考えていた為である。
そんな彼の反応に気づいているのか、少女改めて響は続けた。
「乗る前にしていた年上の哲さんとの話し方と、同年の私に対する話し方だと私との時に畏まって話すのは何でですか!?」
そう力強く言い切った。
朱羽響15才、男勝りの行動力をしているがやはり思春期の少女、異性の男性が気になる年頃の女の子だ。そんな彼女がここまでグイグイ距離を詰めるように動き始めたのは羞恥心が許容量をオーバーして、オーバーヒートした頭が理性という名のブレーキをぶっ壊し生来の行動力を2割増にしてアクセル全開の状態になったからに過ぎない。
乙女式 暴走列車朱羽型 響号、只今
響の表情からパニック状態なのが分かるが、位置的に正面から見る事が出来ない零は少し驚いた表情をした後、苦笑しながら答えた。
「お、僕が哲さんと砕けた話し方をするのは半年位の付き合いがあってその影響で互いに遠慮しなくなってね? それに朱羽さんとは初対面でしかも女の子でしょう? そんな人にいきなり男がそんな馴れ馴れしく接してきたら怖いかなって」
そう言われた少女はバッ! っと音がしそうな勢いで振り向くと、顔を真っ赤にさせながらも、零としっかりと目を合わせて話始めた。
「でもツクモ君は私が名前を呼んだ時に、"同い年にそんな畏まらなくて良い"って言ってくれました。ならツクモ君も気にしなくて大丈夫です!」
「いやまぁ言ったけど.」
「それにさっき態々言い直して僕って自分の事を読んでましたけど、慣れてなくてその前は普通に俺って言っちゃってます!」
「エッマジ?」
「マジですし今も口調が崩れてます! だから無理して私に対して畏まらなくて大丈夫です!」
「いやでもさっき会ったばっかの男だし.」
「なら今からお友達になりましょう! それなら良いですよね!?」
「エッ、まぁうん、友達なら特に可笑しくない、のかな.?」
「はい! 今日からよろしくお願いします!」
「えぇと、よろしく朱羽さん「ソレッ!」ウェッ?!」
「その"朱羽"さん呼びも他人行儀感があるので禁止で!」
「えぇ.? じゃあ、響さん.?」
「さんも要りませんから!」
「そっちは君呼びなのに!?」
「それは、ちょっと呼び捨てにするのはまだ恥ずかしいので.」
「小声だけどスゲェ横暴な事言い出したなこの子!?」
もう言い合いのように会話しながら、零は横で隠す事もなく爆笑している哲さんを睨みながら、はぁ.と溜息を零した後、響の目ををしっかりと見ながら応えた。
「わぁった、分かったよ! 響!! コレで良いんだよな? もう面倒くさいから敬語もナシな」
そう半ば投げやりに言い切っると顎で響を指しながら「ンっ」っと言って返答を促した。
「えっと、改めまして朱羽響です、今日からよろしくオネガイシマス.」
途中から正気に戻ったのか言葉が段々尻窄みになりながら応えた。
その様子を見て零は思わずといった感じで「恥ずかしがるなら何でやった.」と零した。
暫く無言で俯いていた響は、徐に自分の頬を両手で力強くパァンと叩くと、今度はしっかりと零と目線を合わせ(思いの外痛かったのか目尻に涙が浮かんでいたが)口を開いた。
「九十九 零君! パイロット乗りを目指す同士だからとかじゃなく、入学式という、大事な日に遅れそうな私を助けてくれた貴方と、貴方だからこそ言います!
私と、友達になって下さい!!」
そう勇気を振り絞って伝えた彼女の、その強い意志を秘めた瞳に気圧された零は少し驚いた顔をした後、フッと破顔すると、
「こちらこそよろしくな! 響」と答えた。
その返答を受けてパァっと顔を綻ばせると小さな声で「やった!」と言うと前を向き、無意識だろうが全身で「私、嬉しいです!」と表現しながら鼻歌でも歌いそうな様子で、居住まいを直すようによいしょと言いながら座っている位置を変えた。
より深く自身の下にいる零腰掛けるように、だが。
ハッキリ言おう。零は同年より大人びている様に見えるがその実、15,6の頭の半分が性欲に支配されていると言っても良いバリバリ思春期の男子なのだ。そして、そんな青年の上に可愛らしい外見をした少女が乗り密着した状態になるというシチュエーションを与えるとどうなるか?
答えは簡単、パァになる。
だが零は恐るべき精神力でそれを耐え、ようやく慣れたと思い油断した時、件の少女が自身と仲良くしたいと言い出し、それを承認したらこれ以上ないほど嬉しそうにしたのだ。
その瞬間、零は確かに自身が灰になる姿を幻視した。
だが、この思春期どころか世の男全てを勘違いさせそうな攻撃すら、彼は鋼どころか超合金のような精神力で耐えきって見せた。
しかし、新しい友達(それも数少ない異性の)が初日で出来て幸せ一杯と言った少女は、互いの位置すら抜け落ちているのか、あろう事か彼の膝上辺りに座っていたその健康的なHIPを零のももに座るように深く腰掛けたのだ。
この拷問とも言える行動によって限界は訪れた。
バベルの塔()が少女の行動によって天へと向かって建設されたのだ。
株式会社 九十九建設 工事、完了です。
自身の下に何やら先程まで無かった硬い感触に響は、ん? と戸惑った後、
そうして1つの仮説に辿り着いた響は顔を先程迄よりずっと真っ赤にしながら、ギギギと音がしそうな様子で後ろをゆっくりと振り向いた。
そうして振り向いた先に見た、顔を少し赤くしながら口元に手を当て、バツが悪そうにそっぽを向いた零の様子を見て自身の仮説が真実であると悟った彼女は遂に。
「きゅう」
限界を超えた羞恥心のあまり、意識を失った。
「うぅん、ハッ! 此処は.?」
そう言って飛び起きた響に、おずおずと言った感じで少し離れたところから零が零が問いかけた。
「うん、おはよう朱羽さん、此処は学園の入口だよ。それと、さっきは本当にごめん」
そう言った零に心底不思議そうな顔しながら響が応えた。
「ごめん.? 私、何かツクモ君に謝れるような事ありましたっけ? それに! 私の事は響って呼ぶ事に決まったじゃないですか! どうしてまた朱羽さん呼びに戻ってるんですか!!」
そう少し怒ったように言い切った。
それを聞いた零は驚いたように
「何って、覚えてないの? ホントに? 何も?」
と念を押すように何度も聞いた。
それに対して「えぇと、お友達になるって答えを言ってくれた後、疲れたのか寝ちゃったみたいで.何かあったんですか?」とキョトンとした感じで、眠っている間に此方がよからぬ事をしていないと全く疑っていない様子で聞き返してきた。
それを聞いて「うぅん、何も無かったよ。ナニもね.」と眩しいものを見たように目を逸らしながら応え、その様子に一層不思議がる響だったが、ハッとした様子で零の方へ近づき顔を近づけ焦ったように捲し立て始めた。
「それより入学式だよ入学式!!! 早く行かないと受付終わっちゃうよツクモ君!!!」
「そうだね響、でも一旦落ち着こう? 年頃の男女の距離としては些か近すぎる事に気付こうな?」
「こうしちゃいられない! 早く行かないと!!! 哲さんもここまで送って頂きありがとうございました」
「さっきの話聞いてた? ねぇ、話を聞いて? ねぇ?」
そのコント地味たやり取りを、少し離れた位置から腹を抱えて笑っていた哲郎は片手を左右に振りながら「気にすんな嬢ちゃんwめちゃくちゃ面白いモノを現在進行形で見せて貰ってるからwww」と息も絶え絶えに応えた。
その様子に少し首を傾げたが、気にしている時間はないと逸る気持ちのまま未だ何やら言っている零の手を問答無用とばかりに掴むと、もう一度振り向き頭を下げ、そのまま零を引き摺るように掴みながら学園の方へ走っていった。
その様が遠くに行き見えなくなるまで笑いながら見届一息ついた頃、哲郎は普段の厳つい顔を嘘のように和らげ、二人の後ろ姿に向かって1人呟いた。
「今しかない青春のこの時を精一杯楽しめよ、時代を担う守護者見習いの少年少女共」と.
「さーて、近所の皆に零に春が来たって吹聴して回ってやろ〜っと」
そう言いながら歩く男の足取りはとても軽やかで嬉しげだった。
予想より時間掛かっちゃいました...