遊戯王マスターデュエル。通称『MD』
言わずと知れたデュエルモンスターズをより手軽に、より気軽に、そしてより幅広い世代の人々が楽しめるようにと生み出された今となっては世界の中心とも呼ばれるようになったコンテンツ。
そのコンテンツの発展は精霊と言う良き隣人を生んだ。のだが、人に良い者悪い者が居る様に。精霊にもまた良からぬ者が、存在していた。
これは一人のデュエリスト『稲田遊賀』と彼と共に在る精霊があまり出会いたくなかった精霊に絡まれてしまった際の出来事を描いた物語である。
「どうぞ、ご注文のコーヒーです」
そう言って店長の『筑波』さんはいつも以上に濃く出したコーヒーを『夢幻崩界イヴリース』の前に置く。
「あらありがとう……美味しい、すっごく濃くて良いわね」
「それはどうも、いやはやそれが濃く出来るギリギリだったから薄いって言われたらどうしようかと思っていたのだが、口にあったようで何よりだ」
今いる場所が喫茶店である事を考えればごく自然な会話を二人はしている。のは別にいいのだが。
「で、何の用があって来たんだ?」
「あら? わたしが喫茶店に客としてくるのはおかしな事ではないでしょう?」
「そうだな、来店時に堂々と尾行してきたって言わなけりゃな」
それもそうねと楽し気に笑う。その様子は遊賀が知っている何時もの彼女と変わらない…真横で殺気を垂れ流している『ティアラメンツ・シェイレーン』が剣片手に素振りしているのにである。
「…取り敢えず他の客の迷惑だから素振りやめようかシェイレーン」
「むぅ…だけど」
「大丈夫ですよシェイレーンさん‼ 何か良からぬ事をしようとしたら効果無効破壊をしてしまえば良いと『崇高なる宣告者』様もおっしゃっています‼」
「あら怖い」
そんな『宣告者の神巫』の言葉に、ハムサンドイッチの乗った片手にキッチンから出て来た『崇高なる宣告者』は仕方がないと言いたげに器用に肩を竦めて見せた。如何やら言ったかどうかは兎も角何かあったら対処はしてくれるらしい。
「と言う訳で、変な事はせず素直に何しに来たか教えてくれ」
「んー、そうね。それじゃあコーヒーを飲みに来ただけって事にしようかしら?」
「ならそれ飲んだらさっさっと出ていきなさいよ。もしくはあたしに斬られなさい」
「あらこちらも怖いわね」
なんて言いつつくすくすと笑うイヴリース。その様子から見て怖いとは欠片も思っていない様だ。
「ねぇ遊賀くん」
「はい? なんですか?」
「なんかシェイレーンちゃん、彼女に対してやけに当たり強くないかい? いや尾行されたからって言うのも分かるけどそれにしてもさ」
「あぁーそれはもう色々あったと言いますか」
「色々どころの話じゃないでしょうあれは‼」
そう叫ぶように言った彼女はビシッとコーヒーを飲むイヴリースを指さし。
「あの女、マスターの事殺そうとしたのよ⁉」
思わずと言った様子で、遊賀と指さしているシェイレーン以外の店内に居た全員がイヴリースを見る。どうやら客も聞き耳を立てていたらしい、それはもう勢いよく振り向いてきた。そんな状況でも彼女は変わらずくすくすと笑う。
「殺そうとしたなんて、そんな酷い事はしてないわよ? ただ優しく」
言いながら手で輪を作り…絞める。
「首を絞めただけよ?」
「それを一般的に殺す気だったって言うのよ‼」
「え、それ本当なのかい?」
「えぇ…まぁ、いきなり過ぎて怖いとか苦しいよりなんで?って感じでしたけど」
「だって貴方と一緒に居る精霊の反応が見てみたかったのですもの」
「そんな事の為に…‼」
「あらそんな事では無いわよ? とぉーっても素敵な反応が見られたもの」
くすくすと笑う彼女に再び剣を構えるシェイレーン、の前に滑り込んできた『宣告者の神巫』。どういうつもりだと彼女を睨みつけると。
「つまり『宣告者』様を信仰すれば解決という事ですね」
沈黙。何を言っているんだこの女はと言う視線が彼女に突き刺さる。あのイヴリースでさえ、同じように視線を向けている。
「イヴリースさん、貴女は人が苦しむ姿、怒り狂う姿が見たいという事なのですね?」
「いえ違うわよ?」
「ならば『宣告者』様を信仰すべきです‼ デュエルに置ける先行制圧‼ それはもう素晴らしい苦悶の表情や怒りに震える姿を見ることが出来ると『崇高なる宣告者』様もおっしゃっておられます‼」
「ねぇこの子話が通じないわよ? なんかすごい怪しい事言ってるし」
なんて事だ、あのイヴリースが凄いまともに見える。
「はうぁ⁉」
そう思っていると唐突にもだえる様に頭を抱える『宣告者の神巫』に何事かと視線を向ければ。
「聞こえます、これは…信託! 『崇高なる宣告者』様のお言葉! 鳥…むね肉…購入…なるべく早く‼ 拝承いたしました‼ 至急買ってまいります‼」
とぉー‼ と叫びながら勢いよく外へと駆けていく『宣告者の神巫』。彼女の姿が見えなくなるとキッチンから『崇高なる宣告者』が姿を現し、ペコリと頭を下げた。うちの神巫がすみませんとでも言いたげである。
一人を除いて全員が唖然とする中、その例外であるイヴリースはやはり楽し気に笑っている。
「素敵ねあの子。もう少しちゃんと話が出来れば文句なしだったのだけれど」
「…そういえばさっき苦しませたり怒らせたいわけじゃないみたい事言ってたけど本当なのか?」
「えぇ本当よ?」
本気でそれが見たかったなら貴方の首をねじ切っていたしとさらりと恐ろしい事を言うイヴリース。
「じゃあなんであんなことをしたのよ」
「だから言ってるでしょう? 反応が見たかったのよ」
言葉にする彼女の笑みに、なにかどろりとしたものが混じる。それを一言でいうなら、狂気である。
「だって、気になるでしょう? 彼と共に在るもの。貴女と貴女で無いもの、どちらもとても興味深いわ。そう興味深いのよ貴女は、『ティアラメンツ・シェイレーン』。カードの精霊なのに、己と、己が属する世界とも関係のないカードを使う貴女。まるで元々あった腕を切り落として態々粗末な義手に付け替えた様な行いをしている貴女。どうしてそうなったのかしら、生まれた時からそうだったの? それとも何かの拍子にこわれちゃったのかしらね? それとも…あぁやっぱり変えられたのかしら貴女は、貴女のマスターに」
ならばやはり。
「貴女のマスターを壊せばなにかわかるのかしら?」
空気が軋み、シェイレーンから表情が消える。
そして。
「まぁそんな事はしないけれどね」
と、何事もなかったかの様に、コーヒーを飲むイヴリース。
「……はぁ?」
これでもかと苛立ちを込めて声を零すシェイレーンに今まで以上に、彼女は楽し気に笑う。
「あら怖い、だからさっきから言っているでしょう? どのような反応をするのかが見たいだけだって」
何かを堪える様に天井を見上げて…再びシェイレーンと向き合った彼女の表情には抑えきれず零れた悪辣な笑みが浮かんでいた。
「彼を壊しちゃったら可愛らしく怒ったり慌てたりする姿が見られなくなっちゃうじゃない」
それじゃあ勿体ないでしょう?と言う彼女に、シェイレーンは…キレた。
「んなぁあぁぁ――――っ‼」
「きゃ怖い、店員が客に暴力をふるおうとしてるわー」
「うーん、個人的には店員を態と怒らせるような事言ったお客さんが悪いって言いたいかなー」
「取り敢えず危ないから剣振り回すの辞めてくれ」
「只今帰りました‼ 無事鶏むね肉を手に入れることが出来ましたよ『崇高なる宣告者』様‼ ってなにかもめ事が、これは効果無効破壊の打ちどころですね‼」
「無効は兎も角破壊は勘弁してくれ」
結局キッチンから顔を出した『崇高なる宣告者』が騒ぎを収めてくれた。流石『宣告者』である。
少女は歩く、喜びを隠しきれぬと踊るように進む。あぁ今日は素敵な日になったと笑みを抑える事が出来ず、満天の星空を仰ぎ見ながら一日を振り返る。
一日の始まりに運よくあの二人と出会えた所から始まった事。雰囲気とコーヒーの味がとても良い店を見つける事は出来たし、話が通じないと言うだけで楽し気な少女に出会えたし、ずっと興味深いと思っていた精霊『ティアラメンツ・シェイレーン』の可愛らしい怒り姿も見えた。
そして何より、彼の進む道を照らす最果てに揺蕩うあの化け物の一喜一憂する様を垣間見えた。
あれらは一体何なのか、あぁ本当に知りたい事が多すぎて困ってしまうと彼女は『夢幻崩界イヴリース』は楽し気に、嬉し気に、踊る様に道を進む。
その姿を、輝く星が照らしていた。
めちゃ雑人物紹介こーなー
『ティアラメンツ・シェイレーン』
からかわれていた上に最後まで少女の思い通りに動いていた事を知り、滅茶苦茶キレた子。そして普通にその後怒られた。相手が悪かろうと、店内で剣を振り回してはいけませんと、『崇高なる宣告者』に当たり前の説教を受けた。彼女は綺麗な土下座を見せた。
『稲田遊賀』
実は過去に殺されそうになっていたことが発覚した人。にも拘らず別に彼女の事を恐れておらずまた怒りも抱かずまぁそういうもんだよなで流してる。どこか壊れているように見えて実はそんな事は無いらしい? 事が終わった後店長に土下座した。
『筑波店長』
店で暴れられたのに笑って許した菩薩の如き人。まぁ昔は良くリアルファイトに発展してたしねぇ、いやぁ懐かしい懐かしいと彼は言っていた。
『宣告者の神巫』
最初から最後まで暴走してたやべぇやつ。実はイヴリースよりやばい疑惑があるが、疑惑ではなく事実である。
『崇高なる宣告者』
胃が痛い。効果無効破壊無双を不本意ながらする羽目になった。
『店に居たデュエリスト達』
リアルファイトもお手の物。こう見えて、鍛えているので。
『夢幻崩界イヴリース』
説教に巻き込まれる前にしれっと支払い済ませて店を出てたやつ。
彼女の原典ともいえるカードの物語を知るものは一様に首を傾げ、彼女は本当にイヴリースなのかと口にする。だが違うのは当然である。
彼女の肉体は星杯に選ばれた少女のものでは無く、その魂は狂気に沈む科学者の物でもない。彼女は最初からイヴリースという存在として生まれ落ちた精霊なのだから。
とはいえ、その狂気にも等しい探求心は確かに宿っている。のだが、些かこの世界は知りたい事が多すぎる。
『端末』『烙印』『世壊』 他にも様々で、あぁ『ヌメロン』と言う存在も忘れてはならないか。余りに知りたい事が多すぎて選ぶ事も出来ないが…今はあれに夢中だ。
彼と、彼の進む道を照らす最果ての星々。
それはちょっとした疑問。
あの化け物たちは……自分たちと同じ精霊なのか?
『イヴリースに化け物呼ばわりされたやつら』
お気に入りの子が変なのにまとわりつかれて一喜一憂しながらわたわたと慌てていた。