遊戯王マスターデュエル。通称『MD』
言わずと知れたデュエルモンスターズをより手軽に、より気軽に、そしてより幅広い世代の人々が楽しめるようにと生み出された今となっては世界の中心とも呼ばれるようになったコンテンツ。
それがリリースされるよりも前、今からすれば昔々の事、デュエルとは様々な意味を持っていた。
始まりとされる地では神聖なる儀式として執り行われ。またある場所では超常なる存在を従える為に、またある地では怪異を滅する為の物であったと言う。
そしてまたとある地、ある少年が生まれ育ったその場所においてデュエルとは…ただの遊びであった。
これは一人のデュエリスト『稲田遊賀』と彼と共に在る精霊『ティアラメンツ・シェイレーン』が旅行に出かけた際の…割と大事になってしまった出来事を描いた物語である。
夏、である。
夏の暑さが体力を奪い、蝉が元気に鳴き叫び鼓膜と機嫌にダイレクトアタックを仕掛けてくる。そんな季節。今日も容赦なく太陽の光が降り注ぎ地面を鉄板の様に熱している中、『稲田遊賀』と『ティアラメンツ・シェイレーン』はエアコンのしっかりと効いた部屋で寛いでいた。
「んー」
「どうしたー?」
シェイレーンが声を零すのを聞いて『氷結界』って名前聞いただけでも涼し気だよななんてなんの意味もない事をデッキを弄りながら牛乳パックを飲みつつ思っていた遊賀が問いかける。
大した事ではないのだけれど、と『それ行けスプリガンズ‼ ~マリンセスハイパーダンシングバトル~』という題名の電子漫画が丁度『天霆號アーゼウス』が敵味方関係なく全部薙ぎ払っていく場面を読みながら彼女は答えた。
「漫画とか小説で夏だから海行こうって言うのをよく見るのだけれど…どういう気持ちなのかなって考えてたのよ」
「あー、確かに結構見るけど…どうなんだろうな? 俺はどちらかと言えば海より山派だから分からん」
「そうなの?」
「あぁ、と言っても地元が山だったから夏と言ったら里帰りして序に山で遊ぶって感じだから山派って言うのもなんか違うか」
「そうなのね。という事は別に海に行きたいとかって思った事無いのね」
「そうだなー」
「って事は明後日からの連休は里帰りって事?」
「いやそこは『筑波』店長が孫と旅行に行くからって店が休みに成ってるだけ。別に予定とかあって休み取ったわけじゃないぞ」
「そっか」
「あぁ」
沈黙、暫くして取り合えずこんな物かとデッキ弄りを辞めて浮かんでいるシェイレーンを見る。
「で、海に行きたいって事か?」
「正直に言えばとても行きたいわね。久しぶりに思いっきり泳ぎたいし」
蝉の鳴き声とエアコンの動く音。心地よい涼やかな部屋の中で遊賀は牛乳パックを飲み干してゴミ箱に捨てる。
「じゃあ、行くか海。ちょっと面白そうなのもあるしな」
「やった」
綺麗なガッツポーズであった。
夏、である。
太陽が容赦なく照り付け、蝉が元気に鳴き叫ぶ。ただ立っているだけでも体力を消耗する猛暑の中で、『稲田遊賀』と『ティアラメンツ・シェイレーン』はそこに居た。
そこは海。白い雲、青い空、それよりも更に青くそして涼やかな海。
を、人が埋め尽くしている光景が広がる、海水浴場に。
シェイレーンは近くで売っていたアイスキャンディーを嚙み砕きながら、素直に思った事を口にした。
「海行きたいとか言うんじゃなかった」
「いや後悔するの早すぎないか?」
「だって思いっきり泳げるような状況じゃないじゃないのよこれ!」
右見て人、左見て精霊、前を見れば海から顔を出すなんかでかいイカ…いやあれ精霊か。シェイレーンはなめていたのだ、夏の海水浴場の混み具合を。
「もっと、こう…二人だけで静かにのんびり好きな様に泳げるような場所は無いの?」
「この時期にそんな場所無いと思うぞ?」
それにしても人だけでなく精霊も多いな。MDが流行ってから確かに精霊との生活は普通になったがここまで集まってるの見るとやっぱり圧巻と言うかなんといいますか。
「どうしたのよ?」
「いや精霊も普通に海を満喫してるなーって思ってただけ」
言いながら、辺りを軽く見渡す。
『霊使い』の四人がビーチバレーを楽しんでいたり、相変わらずでかいイカ事『デス・クラーケン』が海を占領してたり、イカの触腕に邪魔だと言いたげな視線を向けながら浮き輪で寛いでる『ティアラメンツ・メイルゥ』が居たり、『白の聖女エクレシア』と『アルバスの烙印』が砂で城作りながらなんかいちゃついてたり、獲物を求めて飛んでた鳶が『ブラックフェザー・ドラゴン』に食われてたり、『サイバードラゴン』が装甲を鉄板代わりに使われて困ってたりと情報が処理しきれない程多い。
あ、遠くで『城塞クジラ』が跳ねてる。すげぇ。
「ま、ここで思う存分に泳ぐって言うのは諦めた方がよさそうだなー」
「そうなるわよねー」
はぁと溜息一つ。そして申し訳なさそうにシェイレーンは遊賀を見た。
「その、ごめんなさい」
「あ? なにが?」
「だってあたしの我儘で来たのに」
「いや気にする必要はないぞ。夏の海なんてどこもこんなもんだってこの時期に海に来ない俺だって知ってたことだし。ぶっちゃけ最初からここで泳げるとは欠片も思ってなかった!」
「じゃあなんでここに来たのよ」
「時間潰しって言うのが正しいかな? 思ったより早く着いちゃったから本当にそこまで混んでるのか見に来たけど。まぁ案の定だったなー」
「時間潰し?……あ、そう言えば面白そうなのがとか言ってたわね」
「そうそれ、どうも海が楽しみ過ぎて忘れてたっぽいなお前」
「んぐ…っ! それは、その通りだけど。その面白そうなものってなんなのよ?」
「これ」
言いながらここに来る途中見つけた目的の物を宣伝する為にか、配られていたチラシを彼女に見せる。それを見てシェイレーンは首を傾げ乍ら書かれている文字を読み上げる。
「えっと、アトランティス探索ツアー? なにこれ?」
「そのまんまの意味だよ。みんなで冒険に出て『伝説の都 アトランティス』を見つけよう‼って謳い文句の精霊発のツアーだな」
内容自体は実際に存在する『伝説の都 アトランティス』と言う名前の都市まで行って観光して帰ってくると言うだけの割と普通なものなのだが。『伝説の都 アトランティス』と言うカードを知っていれば察せる通り、その都市があるのは文字通り海の底で、大体船で2時間程度揺られて行けば着く位置にあるらしい。
と言っても本当に船に揺られていくだけでなく途中色々な楽しめるポイントもあるらしく中々に人気の高いツアーの様だ。予約取るの結構苦労したし。
「二人で静かにのんびりって言うのは無理そうだが。思う存分泳ぐって言うのは出来そうだぞ?」
ほらここと指さした部分には水・魚・海竜族の精霊の皆様ご歓迎‼ と書かれている。如何やらこの時期海で思うように泳げずにいる精霊たちが泳げるようにと言う配慮もされているツアーらしく、先の三種の精霊と一緒に居る人物は割と予約が取れやすくなっているらしい…それでも苦労したのだから相当人気なのだろうマジで。
と言う訳でと軽く時間を確認し丁度良い具合に時間が潰せたのを確認し、目的地方向に向かって指さして見せる。
「ちょっと伝説の都探しに出かけるとするか」
めちゃ雑人物紹介こーなー
『稲田遊賀』
シェイレーンが海行きたいって言ってるし、なんか面白そうなツアーもあるし海いくかーと軽く決めて即行動した男。はなから海水浴場が利用出来ないと割り切っていたが、思った通りで笑ってしまった。ツアーの目的地『伝説の都 アトランティス』が実際に見れるのかと楽しみで結構ワクワクしてる。
『ティアラメンツ・シェイレーン』
海行きたいと言ったら連れてってくれることになって凄い喜んだ子。そして着いてみたら泳げそうにないほど混んでて凄い落ち込んだ子。そして自分がちゃんと泳げる様にツアー予約しててくれた事が自分を大切にしてくれているのだと凄い幸せを感じた子。でも『伝説の都 アトランティス』って何? と首を傾げた。
『海水浴場で夏を満喫してたデュエリストと精霊たち』
彼ら彼女らも人の多さに圧倒されたがそれはそれとしてとても楽しんでる。遊賀とシェイレーンの二人が立ち去ってから少しし全身が熱せられてしまった『サイバードラゴン』を囲ってバーベキューが行われた。何故か『白の聖女 エクレシア』と『アルバスの烙印』がいちゃついてる場所と、ある『星遺物』に纏わる三人の少年少女と一機の少女型人形が楽し気に遊んでいる場所だけ人が居ないと言う特殊な空間が出来上がっていた。デュエリストとその精霊たちは空気が読めるのである。
彼らが幸せそうに、一緒に遊んでいる。それだけで心もお腹も一杯なのである。