アーゼウスによって生まれた大穴の淵。そこに佇み無言で底に眠る『神神器デミウルギア』を見下ろす精霊が一人。彼はしばらく眺めたあと、その場から立ち去る。
「あら、思っていたより悲観にくれてないわね。もしかしてこれも計画の内といった所なのかしら?」
足が、止まる。掛けられた声のした方向へと精霊は、『教導の大神祇官』はゆるりと視線を向けた。
「…『夢幻崩界イヴリース』か。見たところ、先ほどドラグマを襲撃したのとは別個体のようだな」
そう言うと、傍らに『トロイメア・ユニコーン』を侍らせ何故か白衣を纏った女性を引きずりながら近づいてくるイヴリースは、くつくつと嗤う。心の底から馬鹿にしたように、邪悪な笑みを浮かべて。
「えぇ、わたしは別人よ。いえ別精霊と言うべきなのかしら? まぁ気にすることじゃないわね。貴方がドラグマを襲わせた方はこっちよ、こっち」
いいながら、イヴリースは引きずっていた女性をマクシムスの目の前に乱雑に放り出し、か細い悲鳴を上げて女性は地面に倒れた。
「これが、イドリース? 随分と見た目が変わったものだな」
「あぁそれね。わたしがちょっとした実験として弄ったのよ。前々から自分の見た目を変えられないかと思っていたのよね。ほらこの体は可愛らしいけど大人の魅力って言うのとは違うでしょう?」
「知るか」
「あら、つれないわね」
なんて肩を竦めるイヴリースは、それにしてもと言葉を口にする。
「襲わせた、って言ったのに否定しないのねびーちゃん」
「ふん、既に理解している相手にあれこれ煙に巻いたところで時間の浪費にしからんだろう。特にこの女と、いや今まで見てきたどのリースよりも悪意を知っているお前のような存在にはな。というかびーちゃん?…あぁ、これか」
納得した様子で頷くマクシムスは、胸元に付けられたBと書かれたバッチを毟ると、そのまま握りつぶした。
「それで、いったいなんのようがあってきた? まさか別の自分がいいように利用されたからその仇討ちに来たと言うわけでもあるまい?」
「え、単に計画が上手く行かなくて落ち込んでるだろう貴方を煽りに来ただけよ? わたしはね。まぁ思ってたほど落ち込んでなくてがっかりしたけど」
「そうか、お前が一際性格が悪いと言うことは分かった。ならば私は行かせてもらう。やるべき事があるのでな」
「はぁ? やるべき事? そんなの…」
と言葉をこぼすとそのまま黙り込んでなにかを考えるイヴリースは、笑い始めた。
「あははは! え、もしかしてそう言うことなの!? あなた、まだ諦めてないのね? あんなどう足掻いても失敗する事が確定している事を!? だから落ち込んでないわけね? まだ次があると思ってるから!」
「なに?」
空気が軋む。彼はイヴリースへと睨むように視線を向ける。
「…どう言うことだ」
「それが分からない時点でって感じではあるけどね。貴方の計画は…そうね。大雑把に言えばデミウルギアを爆弾兼目印として炸裂させて世界に穴を開けて外に居るやつらを呼び込むとかそこら辺でしょう? 根本的な目的を知らないからなんでそんな事しようとしてるのかは知らないけど、大体あってるでしょう?」
「…だったら、なんだと言うのだ」
「途中までは目論見通り進むでしょうね。デミウルギアが炸裂していたとすれば、精霊界を吹き飛ばしながら壁に穴を開け、その衝撃と光は想像通り外の連中に届くでしょうけど…一番の目的であるそれらがここに訪れることはまず無かったでしょうね」
「何故だ……っ!」
「何故って、知りたいの?」
「そうだ、私はそれを知らねばならん!」
そう、断言し一歩前に踏み出して。
「いやいや、別に知る必要はないだろう?」
ぞぶりと、彼の胸から腕が生えた。
「あ、が、ぁ!?」
「うーん、漫画なんかでよく見るからやってみたけど。思いの外面倒だねこれ、結構やりにくいし…なにより汚くて大変、不快だ」
腕が引き抜かれ崩れ落ちるマクシムス。痛みと溢れ落ちる血液の喪失感を感じながら振り返り一人の精霊を見る。
「アル、ベルゥ!?」
「おぉ、怖い怖い。そしてお手本のような反応をありがとう」
「ぎざまぁ! なぜぇ!?」
「なぜ、なぜと来た! これまたお手本、あるいはテンプレートの様な台詞だ。面白味にかける」
そう、四体の『深淵の獣』を従えた『デスピアの導化アルベル』は大袈裟に驚いて見せたあと、心底呆れた。
「そんな反応をする時点で情報のアップデートがされていないと分かるな。成程これは彼女が、イヴリースが言うように君の計画は失敗して当然だな…いやここは破綻していると言うべきか」
「き、さまも…そういうの、か!?」
「あぁ、もう何故。なんて言葉ははかないでくれよ? 面倒でしかないからね。と言うわけでイヴリース。さっさと処理してくれ」
「えー、もうちょっと遊びたいのだけれど…あぁもうそんな風に見ないでよ、分かったわよもう」
仕方ないわねと、唇を尖らせながら軽く指を鳴らし。
瞬間、辺りの空気が重くなり腐敗臭が漂う。
「ひ、いぁ」
「貴様、それは!」
「あぁ、さすがにこれは知ってるのね」
この『アンデッドワールドもどき』の事は。
二人の目の前に出来た小さな亀裂。そこから幾つもの腐り果てた屍たちの手が二人を掴む。
「いや、いやぁあああああああああ!?」
「なんだ、なんなんだこれは!?」
「あら、知っているってだけで実際に見るのは初めてだったのかしらぁ? これはねぇ、貴方が呼び寄せようとした外の連中と同じ部類の」
「そんなことを聞いているのではない!」
引き摺られていくイドリースであった女性のあげる悲鳴とは違う、純粋な驚愕に満ちた絶叫をマクシムスは響かせて。
「何故これが、この屍共が、『アンデットワールド』がこんなにも矮小化しているのだ!?」
逆だった、知っていて過去それを見たことがあったからこそ、彼は驚愕していた。が、やはりイヴリースからすれば情報が古かった。
「何でって、滅ぼされたからよ。ここにあるのはその一欠片、いえそれ未満かしらね。欠片のそのさらに影と言った所ね。今となってただ生者に向かって手を伸ばして、捕まえられたら弄んで殺すだけ。その程度の存在よ」
それでも十分面倒だけど、なんて言葉にするイヴリースにマクシムスは唖然としたように視線を向けて。
「は、ひ、ひゃ、ひゃはは、ははははっははははははははははーははは!」
狂ったように、笑い始めた。屍共の腕に引き摺られながら、胸から血を溢しながら、それでも堪えきれぬと笑う、己を嗤う。
「そうか、そうか! そう言うことか! ならば先ほどの言葉も同意する他ない! 情報が古く、また足りなかった! 知らなかった! ならば失敗して当然だ! 破綻していると言われてもその通りだと頷く他ない!」
ゴポリッと血を溢しながら、叫ぶ。
「私の目的は! 悲願は! 既に成し遂げられていたのだ! 計画など失敗して当然だ!」
小さな亀裂に引き摺り込まれながら女性の恐怖に満ちた叫び声と、彼の喜びに満ちた笑い声が混ざり合う中。イヴリースはそう言うことかと理解した。
彼は、これをなんとかしようとしてたのかと。
そう、理解できたからこそ。若干の憐れみを視線に込めながらこう呟いた。
「よかったわね。無駄に世界を滅ぼさなくて」
その言葉に、笑い声はピタリと止まり。
「あぁ、全くだ」
そう、言葉を残した彼を引きずり込んだ亀裂は、静かに閉じて姿を消した。
微かに残った腐敗臭を風が押し流し、そうしてやっと息が出来ると言わんばかりにため息を吐く。
「はぁ、終わってみればなんて事はない、何処にでもある様な結末だったね。これはこれで色々と楽できたから良いけど…もう少しちゃんと調べ事してくれてればこんなことしなくてすんだのに、って口を言うのは間違ってるのかね?」
「たぶん間違ってるわね。仮にちゃんと調べ事してても方法が変わるだけで目的事態は変わらなかったと思うわよ?」
「…へぇ? 既に目的は達せられてると知ってもかい?」
「達成してると思わないからよ。実際に見ない限りはね。貴方だってそうだったでしょう?」
「僕が?」
「えぇ」
そう、彼女は頷きながら空を見上げてアルベルもまた釣られるように空を見上げる。
「だって、貴方も直接目にするまで信じなかったでしょう? 最果ての怪物が、一人の少年を守るために世界と寄り添ってるなんて」
「まいったな、それを言われると反論できない」
諦めたように肩を竦めるアルベルの頭上。何処までの広がる青空に、最果ての星たちが波打つように揺らめいていた。
めちゃ雑人物紹介こーなー
『夢幻崩界イヴリース』
事態を知ってちょっとした実験と黒幕を煽るためにやって来た。現在、とある精霊をからかう為だけに大人の姿になってみようと画策。試しにとカードの物語に出てくる自分の原点とも言える存在の似姿を作成し、丁度転がってたイドリースから魂引っこ抜いて押し込んでみた。
結果出てきた感想が「なんか思ってたほど大人って感じじゃないわね、やっぱやめよ」
と言うものであった、あんまりな感想である。
『デスピアの導化アルベル』
彼の目的はただ一つ、己と、己の聖女との穏やかな一時を乱す存在の排除。それだけである。折角彼女と一緒に居られるのだから、世界を壊されてはたまったものではない。
『夢幻転星イドリース』
実は一番の被害者説あり。良いもの見つけたと思ったら全部他人の計画通りだった上に、眼前アーゼウスで吹っ飛ばされ、なんとか生き残ったと思ったらイヴリースに魂を引っこ抜かれて貧弱な肉体に押し込まれ、挙げ句恐ろしい空間に放り込まれ生きたまま腐り弄ばれ、最後にはなにかを記録してたイヴリースにもういいやと言われながら魂ごと踏み潰された。
可哀想ではあるが、そこまでされる事したかと問いを投げるとしましたと返ってくるのでどうしようもないのである。
『教導の大神祇官』
彼の始まりは、空から落ちてきた一つの機械を見つけた所からだった。精霊でも人間が産み出したものでもないそれが、何を目的とするものなのかを理解できてしまった彼は恐怖し、これに対抗できるものはないだろうかと、探し…世界が同じく外から流れ着いた存在によって汚染されようとしている事を知った。それをどうにかする術を彼は知らなかった、だがどうにか出来る存在は知っていた。
だから決めた、このまま命も尊厳も腐り果ててしまう位ならば、命が命である内にいっそ世界ごと焼き払おうと。
まずはそれらが来られるにする為の目印を探し、見つけた。だがそれを目印代わりにするには時間が必要だった。だから自分がどれだけそこに居ようと怪しまれない様にそれの上に国を、『教導国家ドラグマ』を築き上げた。それを目印代わりにすることは出来たが、どうしてもそれを動かすことが出来なかった。だから動かせる存在を誘い込むことにした。
そうした彼の計画はしかし想定外が多数発生した。
突然行われる事になった祭りによって誘い込んだ存在をどうにか出来てしまえるだけの数の精霊がドラグマに集ってしまった。
そんな状態なのに、誘い込んだ存在は何故か自信満々で突っ込んできた。
己が外から呼び寄せようとしている存在と似て非なる機械の放つ光によって目印が完全に破壊された。
そもそも、世界を守るように寄り添う存在が居て、呼び寄せたとしても阻まれていただろう事を知らなかった。
なにより、彼の目的である滅ぼすべき存在が既に存在しなかった。
以上の事をもって彼の計画は頓挫した。が、しかし彼はどこの誰よりも満たされながら朽ちていった。だが、それも当然である。
滅ぼすしかないと思っていた世界が、既に救われていたのだ。これ以上に喜ばしい事はないだろう?
『マクシムスが見つけた壊れた機械』
見た目だけで言えば『機皇帝』によく似ている外から落ちてきた侵略兵器。一定以上の技術、またエネルギーの発生が観測された世界を襲撃し、破壊しつくして去っていくとか言うはた迷惑な奴ら。もしもマクシムスの計画が上手く言っていたら吹き飛んだ精霊界に大量のこいつらが流れ込み止めを刺されていた上に繋がりをたどって人間界へとたどり着き、焼き付くされていた。
『アンデットワールドもどき』
イヴリースに体の良いゴミ処理場として利用されているもどきの欠片に映っていた影のようなもの。実態もなにもなく、以前のように同胞を増やすことも出来ない…が、放置しておくとつまらないからと言う理由で際限なく広がり続け生き物を殺し続ける存在となるので大変危険。ある意味適度に使っているイヴリースの対応が大正解だったりする。
元々のそれをどうにかすることは難しく、非常に相性が良い存在か、同じような存在なら抵抗は出来るがそれでも弱体化させるのが限界。根本的に対処するには世界そのものを餌として貪る化け物に弱体化している状態のやつらを食わせるか、世界ごと焼き払うかのどちらかしかない。
もっともそんな都合よく奴らが弱体化している時に、ピンポイントで奴らだけを化け物が喰らう等と言う都合の良いことが起こる訳がないとマクシムスは全て焼き払うことを選んだ。が、実はその都合の良いことが起きていた。言われただけじゃ信じねぇよこんな事。
『最果ての彼ら』
実はずっと見てた。どうしようも無いようだったら食べてしまおうとか思ってたり。