遊戯王マスターデュエル。通称『MD』
言わずと知れたデュエルモンスターズをより手軽に、より気軽に、そしてより幅広い世代の人々が楽しめるようにと生み出された今となっては世界の中心とも呼ばれるようになったコンテンツ。
その広がりにより多くの人に認識されるようになった精霊の存在がより多くの熱きデュエルを生むことになったのは、語るまでもない。
これは一人のデュエリスト『稲田遊賀』と彼と共に在る精霊が、ある人物の元に赴いた際の出来事を描いた物語である。
なお、本当にそれだけの物語なのでデュエル描写の効果は無効にさせてもらう‼
それは良く晴れた日の事。町の中でも一等目立つ屋敷の縁側で二人の精霊が向き合っていた。
「うむむむ…」
「かっかっかっ‼」
唸るのは『ティアラメンツ・シェイレーン』で笑うのは『翼の魔妖-波旬』であった。二人の視線の先には在るの一つの盤。行われているのは当然デュエル…と言う訳ではなく何の変哲もない将棋であった。
「ほれ、ここはどうだ」
「ちょっとそこは駄目でしょそこは⁉」
傍から見れば大人げない爺とその孫娘の戯れ。
「む? しまった王手か、また儂の負けだな! かっかっかっ‼」
「だからそこは駄目って言ったでしょう⁉」
実際は大人げない何てことは無くきわめて普通に波旬の方が将棋に負けているのだが。これで6敗目である、ある意味凄いなと稲田遊賀は思った。
「おやまぁあんたまた負けたのかい?」
と、三人に声を掛けるのはこの屋敷の家主であり、『翼の魔妖-波旬』の主、『霞の媼』と周辺の住人から呼び慕われている人物だ。お茶と菓子を乗せたお盆をもってきた彼女に波旬は視線を向けて楽し気に笑いながら手を振る。
「おぉその通りだ主よ‼ いやぁ気持ちが良い位見事に負けたぞ‼」
「あたしは逆に微妙な気持ちよ…なんであの状況から負けられるのよ貴方は?」
「あぁ横から見てた俺からしても驚くほどの自爆っぷりだったな」
それこそ相手が『ヌメロン』使いだと分かっているのにモンスターを攻撃表示で放置したり『時械神』相手に対策なしに殴りかかるレベルの自爆っぷり。それを狙ってではなく素でやっている様なのだから恐ろしい。
「全くあんたはシェイレーンちゃんに迷惑かけて。ごめんなさいねぇ稲田の坊や、あたしの代わりに買い物に行ってきてもらっただけでなく連れをこんな大馬鹿につき合わせちゃって。あぁこれお茶とお菓子、食べてっておくれ」
「いえいえ、買い物も自分たちの分済ませる序なので。シェイレーンもなんだかんだ楽しんでるみたいですし。あ、お茶頂きます」
「正直途中からは自分が勝ってるって感じがしなくて妙な気分だったけどね。あ、このゼリーみたいなの貰ってもいい?」
「えぇどうぞどうぞ、好きなだけお食べな」
「ぬ、主よ醤油せんべいが無いぞ⁉」
「あんたが朝に全部食べたでしょうが! あたしより先にボケてんじゃないよ‼」
「おぉそういえばそうだったな‼ すっかり忘れておったわ‼ かっかっかっ‼」
ではこの塩煎餅をと手にとり食べ始める波旬を見ながら全くと霞の媼は自分の分の茶を啜り一息。
「あぁ、そういえば。最近はどうだい稲田の坊や」
「どうとは?」
「ほれ、坊やもデュエリストじゃろうて。どれだけ勝てたやらこれこれこういうデュエリストと戦ったやらいろいろあるじゃろ? そういうのじゃよ。確か最近はやりのMDではプラチナランクじゃったか? そこいらだと前にいっていたじゃろ?」
「まぁそうですけど勝った負けたは兎も角どんなのと戦ったかって言うと…」
「犬も歩けばってレベルで『ティアラメンツ』に『烙印』ばっかりよ」
と、横から若干うんざりした様子のシェイレーンが口にする。先ほどの納得のいかない勝利をしたとき以上にその表情は歪んでいる。きっと出かける前に行ったMDのデュエルで三連続『イシズティアラメンツ』と当たった事を思い出しているのだろう。
「はれまぁ、そうなのかい?」
「ばっかりっていう程じゃないですけど…いやまぁ数が多いのは確かですね」
「成程のぉ、まぁ強い強いとはよく聞く。昔に比べてカードを揃えるのもデッキを作るのも随分と楽になった故、か。どうせ使うなら強い物が良い、と考えるのは可笑しな事では無い」
「まぁ儂と主はその『イシズティアラメンツ』とは余り戦ったことが無いがな‼」
「え、そうなの?」
「…あー」
「うむ! 環境デッキとまで言われているそうだが、正直儂はそこまで流行っているのか疑問に思う位だ」
「またバカみたいな事言って、本当にボケたんじゃないだろうね? あたしゃあんたの介護何てまっぴらごめんだよ?」
「ぬ? 今回はちゃんとしたことを行ったはずだぞ?」
「だとしたら本当にボケてるよあんたは」
首を傾げ本気で分かっていない様子の波旬に伊佐木の媼はため息一つ。何となくどういうことなのかを理解した遊賀は乾いた笑みを浮かべ、シェイレーンは首を傾げてから少して…意味を理解して呆れた様子で彼を見た。
「…え、これ無自覚?」
「まぁ多分。この人たちだし」
言いつつ、彼は茶を飲みほした。
「ふぅ…ごちそうさまでした」
「はいよ、お変わりは要るかい?」
「いえ大丈夫です、やりたいこともありますし」
「おやそれは失礼したね、なら長居させるべきじゃなかったか」
「あぁそこも大丈夫ですよ」
なにせと言いながらデュエルウィンドーを展開する。
「やりたいのは貴女とのデュエルですから」
受けてくれますか? と問いかける。
「ひっひっひっひっひっ‼」
「かっかっかっかっかっ‼」
彼女が笑い、彼も笑う。知っていたと言わんばかりに。
「だろうな、だろうと思っておったわ。坊やは何時だって手伝いと称してあたしに挑んでくるからねぇ」
「うむ、うむ! 将棋で暇を潰しておった甲斐があったわ‼ お前さんは最近のものの中では一等肝が据わっているからな‼ 先日挑んできたものよりも楽しめるというものだ‼」
「本当にボケたのかいあんたは⁉ あんな軽く撫でてやっただけで腰抜かして逃げていくような若造と坊やを比べるんじゃないよ‼ 坊やに失礼だろう?」
「であるな! かっかっかっ‼」
空気や雰囲気が変わった、と言うレベルではない。まるで別人に入れ変わったかのような有様、そして辺りが歪んでみる程の圧を先ほどまでほのぼのとお茶を楽しんでいた筈の人物が放っている。思わずマスターである彼の背に隠れるシェイレーン。今回が初めてではない、無いのだが。
何度経験しても恐ろしい。先ほどまで優し気な老婆が、妖怪の如きデュエリストとしての顔をむき出しるするのが。
「あの…頼んでおいてなんですけどもうちょっと圧を抑えてもらえるとうれしいなーって。シェイレーンが怯えてますし」
「おっとと毎回毎回すまいねぇシェイレーンちゃんや。だが無理だね、別に圧を放ってるつもりなんぞ欠片もありゃしない。ただこれから始めるデュエルが楽しみで仕方がないだけさね‼」
さぁこれ以上は時間が惜しいと、老人らしからぬ滑らかな動きで遊賀の前に立ち、同じようにデュエルウィンドーを展開する。彼はシェイレーンに下がるように軽く口にし、前を向く。
「それじゃあよろしくお願いします」
「おうさ、かかってきな坊や‼」
彼の前に立つのは『霞の媼』。
大会優勝経験5回、総当たり戦における全戦全勝する事3回、そして第4回デュエルモンスターズ世界大会準優勝。
MDにおけるランク…『マスター』
【デュエル‼】
一部デュエリストたちの間で『陽落としの妖怪婆』と恐れられる世界屈指のデュエリストである。
そして遊賀は最果てに至る事無く、百鬼夜行に飲み込まれた。
「はいあたしの勝ちだよ‼ ひっひっひっ‼」
「ぬぉー負けたー!」
「ぼっこぼこね。それこそさっきの将棋みたいに一方的」
「であるな‼ かっかっかっ‼」
そう、一方的。先ほどとは逆で遊賀が戦いシェイレーンが眺めているという状況で。これまた逆で傍から見ている彼女からして一方的に遊賀が負けている。
「もう一回、もう一回お願いします!」
「ひっひっ! 良いともさね。何なら手加減でもしてやろうかや?」
「それしたら二度とデュエル挑みませんよ」
「それは困る‼ では変わらず容赦なく行かせてもらうとするかねぇ‼」
再びのデュエルを始める二人。正直、それなりにMDを楽しんでいると言えるシェイレーンにして着いていけない熱量である。まぁそういうのが好きか嫌いかであれば好きではあるがと彼女は思う。だが、しかし。
「あんなに負け続けて良く戦意持つわよね」
「そう可笑しな事では無かろうよ! なにせ儂らの主たちはデュエリストだからな‼」
「なる、ほど?…たまにデュエリストってなんなのか分からなくなるわ」
「ぬ? 分からなくなるほど難解ではないだろうデュエリストと言う存在は。寧ろ一言で言い表せるのだから分かりやすい位だろうよ‼」
「えぇ、そうなの?」
「うむ、なにせ『デュエルモンスターズ』が大好きと言うだけの者たちの事だからな‼」
これほど分かりやすい者たちはそうはいないと波旬は言って呵々大笑。シェイレーンはと言えばあぁーと少し気の抜けた声を零して視線を二人のデュエリストへと向ける。
「そぉらここでトラップ発動‼ 『逢華妖麗譚-魔妖不知火語』‼」
「やっぱりそれ伏せてありますよねぇ‼ だが、トラップカードを発動‼」
「おやぁ? これはこれは同じ列じゃなぁ『無限泡影』となぁ‼」
「ぬぅあぁぁぁあああ――――‼」
「ほぉれ、バトルじゃぁ‼ 連続攻撃からのーダイレクトアタックじゃぁあ‼」
「あぁー! あぁぁぁぁあ――――ッ‼ また負けたー‼」
「ひっひっひっひ‼ ひーひっひっひっひっひ‼」
叫びながら崩れ落ちる遊賀と高らかに笑う霞の媼。成程と彼女は頷いた。
「確かに、その通りね」
「で、あろう‼」
再び彼の笑い声が響くのと、三度目のデュエルが始まるのはほぼ同時だったとか。
めちゃ雑人物紹介こーなー
『翼の魔妖-波旬』
魔妖の初動と言えばなカードの精霊。声がでかいおじいさん。実は主とはMDが配信されるよりも前からの付き合い、大体20年位一緒にいる。将棋、というかボードゲーム全般弱い、驚くほど弱い。
しかし彼とその主のデュエリストとしての腕は正しく怪物のそれである。
『霞の媼』
本名・霞きなえ、86歳。ぱっと見優し気なお婆さんで、実際優しい。子供によくデュエルを教えてほしいとせがまれ優しく丁寧に指導してくれる…が、彼女はデュエリストである、デュエリストである(重要)。一度デュエリストとして挑まれれば狂った様に喜びながら戦いに臨む。その様は正しく妖怪の如し。子供は泣き叫び、大人は逃げ出し、デュエリストでさえ腰を抜かし。そして一部上位の腕前を持つデュエリストたちは彼女に喜び勇んで挑んでいく。
その悉くを、彼女は己の『魔妖デッキ』で粉砕してきた。マスターの名に恥じぬ強さである。
『稲田遊賀』
一般デュエリスト。一般? 多分そう。結局あの後10回程デュエルを行い、運よく一回だけ勝利を捥ぎ取った。が、これっぽっちも満足していない。帰った後牛乳を飲みながらデュエル履歴を見て復習を行う。が、余りの己のミスの多さに滅茶苦茶落ち込む事になり、シェイレーンに慰められるのであった。
運が絡めど一勝を捥ぎ取った、その時点で十分彼は上澄みの存在である。
『ティアラメンツ・シェイレーン』
実は今回の勝率ナンバーワンな精霊。勿論、将棋の話である。霞の媼の家に行くといつも出てくるゼリーみたいなお菓子が結構気に入っている、特に紫色のが。デュエリストが分からないなどと言っていたが、そう言っている本人はれっきとしたデュエリストである。どれだけ酷い目にあってもデュエルを続けているのがその証明である。
媼の家に訪れた日の夜。毎回落ち込むマスターを慰め甘やかすのが地味に癖になっている。
『最果てに住まう彼ら』
稲田遊賀の魂のデッキの精霊たち。勝てなかったが久しぶりに使ってもらえて大変うれしい。その喜びを表す様に、彼らは今日もウミを揺蕩う。
『MD次元のマスターランク』
一言で言えば地獄。例えるなら歴代遊戯王アニメの主人公やそのライバルたち、或いはラスボスがただのデュエリストとしてOCGのカード片手に暴れ回っている様なもの。魔境を超えた修羅の国である。
なお、主人公云々は飽くまで例えである。似ている人はいるかもしれないが別人である。柚子と瑠璃位別人である。間違えると無言の腹パンが飛んでくるから注意しよう。